22、ケモ耳の女の子とビーウルフ族のこと
「ジョーモさん、その子はどうしたんですか? セルス村の子供ですよね」
「エドさんの護衛をするらしいっすよ」
ノワール洞窟の入り口で並んでいると、人数確認をしていたアロンさんが、僕の腕にしがみつく獣人の女の子を見つけた。
自称あーちゃんだという4〜5歳に見えるケモ耳の女の子は、10階層に行きたいらしい。この子は、ノワール洞窟ではよく目撃されていて、ジョーモさんも何度か見たことがあるそうだ。しかし、こんな小さな子供が10階層に行くなんて、絶対に無理だよな。
「エドさんの護衛ですか?」
「たぶん、理由をつけて入場したいんじゃないっすか? この子は、ハーフっすから」
「あぁ、10階層に住むビーウルフ族と人族のハーフがいると聞いていますが、こんなに小さな女の子なのですね。あっ、違う子かな? 私が聞いたのは、もう10年以上前のことでしたね」
10階層に住むビーウルフ族? 僕は以前、幼馴染のパーティで5階層に降りた瞬間、死にそうになった。10階層に関する情報なんて、何も知らない。
「何人かいるのかもしれないっすね。ビーウルフ族は、完全に人族と同じ姿に人化できるから、見分けがつかないっすよ」
完全に人化できる種族の実態は、不明とされている。街の中を普通に歩いているかもしれないけど、ケモ耳の子供を街の中で見たことはないな。
◇◇◇
ノワール洞窟内は、次の階層への最短ルートには、魔物避けの薬を撒いてあったらしく、1階層と2階層は、魔物に遭遇することなく、安全に進むことができた。
「3階層の魔物には、魔物避けが効きません。冒険者の皆さん、よろしくお願いします」
弱い魔物に遭遇して時間を取られることを避けるため、幼馴染のパーティでも、魔物避けの薬を身体に振りかけて、移動することはあった。
だけど、ノワール洞窟の3階層はそうはいかない。ここは、Cランク冒険者でさえ油断できない危険な階層だ。
「エドさん、緊張しなくても大丈夫っすよ。その子が、近くにいる間は、魔物避けになるっす」
「えっ? そうなんですか」
僕の腕にしがみついている小さな女の子は、全然、余裕があるようには見えない。むしろ、怖がっているような気もするけど。
「あたしの嫌いな臭いがしてるよっ」
僕が視線を向けたことに気づいた女の子は、僕の服で鼻を押さえながら、そう訴えた。怖がっているんじゃなくて、臭かったのか。
「魔物避けの薬のニオイが残ってるのかな? 3階層には撒いてないみたいだよ」
「わかんないっ。でも、エドちゃんは臭くないよ」
「そっか、ありがとう」
「うんっ!」
小さな女の子は元気な返事をすると、ケモ耳をピクッと動かし、また、僕の腕にしがみついている。僕にはニオイはわからないけど、獣人なら敏感なのかな。
3階層に降りると、階段付近には、たくさんのテントが張られていた。3階層の休憩所が使えないためだろう。
「冒険者の皆さんは、交代で、休憩所付近の護衛をお願いします。メンテナンス中は、休憩所の結界が無くなりますので、魔物が入り込まないようにしてください。このテントは、救護用です。治癒魔法を使える冒険者さんは、テント付近の護衛をお願いします」
知らない職員さんが皆に説明していたが、ほとんどの冒険者は話を聞いてない。まぁ、自由な人が多いよな。錬金協会は、パーティに所属していない人にしか依頼できないみたいだし。
錬金協会の人達は黒いローブを身につけているが、護衛の冒険者には何の目印もない。だから、下の階層から戻ってきた冒険者との区別もつかない。
「エドさん、俺達は、4階層への階段付近に立つっすよ」
「メンテナンスをする休憩所の近くじゃないんですか?」
「アロンさんは、4階層への階段近くにいるはずっす」
そうか、僕達はアロンさんの護衛なのか。
ジョーモさんの後ろをついて行くと、不思議と魔物が近寄って来ないことに気づいた。見える距離で威嚇するような唸り声を出す魔物も、飛びかかってこない。
「魔物が、近寄って来ませんね」
「その子を恐れてるんすよ。ビーウルフ族は肉食っすからね。その子は、ハーフだからわからないっすけど」
あっ、アロンさんの姿を見つけた。数人の職員や冒険者も一緒にいる。
僕達が視界に入ると、数人の男性が何かの合図をして、階段を降りていく。4階層に行くってことは、護衛の冒険者ではないらしい。あっ、でもさっき、4階層でトラブルがあったと言ってたっけ。
「エドさん、今、降りて行ったのは盗賊っすよ。そういえば、アイツの姿がないっすね」
「えっ? 盗賊? あー、タイトさんの姿は、ずっと見てないですよね」
ジョーモさんは険しい表情をして頷いた。タイトさんが盗賊と繋がっているなら、4階層にいるのかもしれない。そして、タイミングを見計らって、失敗したように見せかけて事故を起こすのか。
錬金協会は、盗賊に狙われていることがわかっていて、なぜ、冒険者の護衛をつけることしかできないのだろう。冒険者ギルドに依頼して、盗賊を一掃することもできそうなのに。
「エドちゃんは、ここで立ってるの?」
あっ、退屈なのか。僕は、ジョーモさんが立ち止まったから、アロンさんが見える距離に立っている。
「うん、3階層の休憩所のメンテナンスがしやすいように、魔物を近寄らせないのが、僕達の仕事なんだ」
「ふぅん、そっか。じゃあ、あたしは10階層に行くねっ」
「本当に行くの? 10階層は行ったことないけど、すごく危険だよ?」
「あたしは大丈夫だよっ。じゃあ、またねっ」
僕の服で、顔をゴシゴシと拭くと、ケモ耳の女の子は、4階層への階段を降りて行った。
「あはは、エドさんはマーキングされたみたいっすね」
「へ? マーキング?」
「冗談っすよ。たぶん、あの子の匂いを付けていったんす。3階層程度の魔物なら、近寄って来ないんじゃないっすか?」
ゴシゴシされた部分を嗅いでみたが、特に何の匂いもしなかった。洞窟の特有のニオイがあるためかもしれないが。
「あの子は強いんですか? 10階層に行くって言ってたけど、無理ですよね」
「10階層にはビーウルフ族の集落があるから、たぶん頻繁に行き来してると思うっすよ。それより、あの子が嫌いな臭いがするって言ってたのが、気になるっすね。この3階層が、いつもとは違うんじゃないっすか」
ジョーモさんは、そう言いつつ、何かを探しに行く気はないようだ。彼は4階層への階段の方を、ジッと見ていた。




