17、料理長とジョーモさんの過去
「こんなに広い店だったんですか」
周りを見回したが、近くには家はない。枯れた草が生えている空き地は、かなりの広さだ。
「アズさんの店は、この辺にあったっす。付近は、同時に焼かれたんだと思うっすよ。最初の火事は、アズさんの店だけだったんすけどね」
そう説明するジョーモさんの表情は、暗かった。周りにまで延焼したから、料理長は再建をやめたのか。門番が、アズ亭の店主は盗賊とトラブルがあったような言い方をしていたけど。
ジョーモさんが、空き地に入って行った。そして、地面に触れている。追悼の祈りだと感じた。その様子を、空き地の向こう側から、大勢の住人が見ているようだ。
あっ! 普通の服の人がいる! 住人が見ているから気になったのか、彼らも足を止めて、こちらを見ている。
「エドさん、少しここで時間を潰すっすよ」
「向こう側にいる人達って、盗賊でしょうか。普通の服を着ています」
「まだわからないっすね。だけど、俺達に気づいたみたいだから、少し待てばわかると思うっす。盗賊なら、必ず接触してくるっすよ」
ジョーモさんは立ち上がったけど、腕を組んでいて動かない。そういえば、盗賊達に、僕達が同業者だと勘違いさせたいんだっけ。
「じゃあ、待ち時間に混ぜ飯を作りましょうか。ここの住人に食べてもらったら……」
「ダメだ! そんなことをすると死人が出る! あっ、怒鳴ってしまって申し訳ないっす」
ジョーモさんの言葉遣いが変わったから、僕はビクッとしてしまった。怒鳴るというほどの大声じゃなかったけど。
「いえ、僕の方こそ、事情がわからないのにすみません。死人が出るというのは、奪い合いが起こるのでしょうか」
そう尋ねたが、ジョーモさんの返事はない。遠くを見ているようだ。少し経って、彼はようやく口を開く。
「エドさん、そうじゃないっす。貧民街は、助け合いの精神が強いんす。特に食べ物は、大勢で分ける習慣があって、奪い合いにはならないっす」
「助け合い精神ですか。僕の村もそんな感じでした。では、死人が出るというのは……」
「盗賊っすよ。貧民街には、いろいろな理由で人が集まってるっす。怪我や病気で働けない人も、貧民街にたどり着くっす。ここなら、誰かが食べ物を分けてくれるためっす。貧民街から出て行った人は、外で稼いで、施しをするために、ふらっと立ち寄ることもあるっす。そういう家が、盗賊に狙われるんすよ」
ジョーモさんの表情には、笑みがない。
「外で稼いだ人が、何かを持ってくると、それを盗賊が狙うのですか?」
僕がそう尋ねると、ジョーモさんはコクリと頷いた。そして、何かを思い出したのか、空を見上げている。涙を堪えているのか。
もしかすると、ジョーモさんが家族に何かを持ち帰って、盗賊に襲われたのだろうか。家族は全員亡くなったって言ってたけど。
「あぁ、ついでに話しておくっす。エドさんのその顔は、だいたい察してるみたいっすね。俺の家の向かいの人が冒険者になって、いろいろな物を貧民街に持ち込んで、ばら撒いたんすよ。本人は、良かれと思ってやったと思うし、みんなも喜んでたっす。だけど盗賊が来て、何もかも奪っていったっす。俺は学校に行っていたから助かったんす」
「えっ? 昼間にですか?」
「そうっすよ。貧民街にも学校はあるから、体力のある若者がいない時間を狙ったっす。俺の家族も含めて、その付近の人達が皆殺しにされたっす。その事件が、アズさんが店を焼かれることになった原因っす。アズさんは、盗賊を取り締まるようにと、街長に進言しに行ってくれたっす」
「そうなんですね。それで、盗賊に恨まれるようになったのか。でも、盗賊が悪いのに……」
シッ! と、ジョーモさんが僕の言葉を止めた。こちらに近寄ってくる足音が聞こえてきた。
「おまえら、ここで何をしてる?」
ジョーモさんは、僕に黙っているようにと合図をすると、声をかけてきた人達の方を振り返った。
「ここにあった店のことを調べてるだけっすよ。枯れた草しかないっすね。痕跡になりそうな物は、ここの住人が、持って行ってしまうんすかね?」
ジョーモさんの喋り方の癖は変わらないが、声のトーンが低い。しかも、剣に手をかけている。
「おいおい、いきなりケンカ腰か? ふぅん、この店の店主の居場所を探しているのか。冒険者、いや、目立つ鎧で偽装しているようだが、裏ギルドか?」
「答えて欲しいなら、払う物があるんじゃないっすか?」
そう言いつつ、ジョーモさんは、剣から手を離さない。
「チッ、そっちかよ」
彼らは、関心を失ったらしい。そのまま無言で離れて行った。僕には、今のやり取りが全くわからない。
「エドさん、失敗したっす。暗殺者だと思われたみたいっすよ。たぶん、エドさんをサーチできなかったからっすね」
「ええっ? 暗殺者? 僕は弱いのに、なぜサーチを弾くのでしょうか。あっ、魔道具か」
「そういうことっす。追放ざまぁ支援局のガチャ壺は、常に対象者を探してるから、邪魔になるサーチは弾くっす」
そんな説明は受けてない。アロンさんに言っても、失念しておりましたー! とか言われるだけだろうな。
「盗賊だと勘違いしてもらうために、立ってたんですよね? 何か、すみません」
「いえいえ、大丈夫っす。少し早いっすけど、北門に行きましょうか」
そう話しながら、ジョーモさんは、空き地に魔力を放ったように見えた。パラパラと、小さな土の塊が空き地を埋め尽くした。
「ジョーモさん、何をしたんですか?」
「小さな土偶を撒いたっす。踏むと大きな音を立てて壊れるので、盗賊達は何かの罠だと考えるはずっす」
「なぜ、小さな土偶を?」
僕は一つ拾ってみた。手のひらよりも小さな土人形だ。
「これは、家を補強するときに使えるっす。砕いた土偶を泥に混ぜると、良い土壁にできるんすよ。盗賊は欲しがらないけど、貧民街の住人には役立つっす」
ジョーモさんは、にこやかな笑みを浮かべて、さっきとは別の道を歩いて行く。
木造の建物が並ぶ通りでは、歩くスピードが遅くなった。あちこち、キョロキョロしながら歩いている。
行き交う人の顔を覚えようとしているのだと、僕は思った。だから、僕も普通の服を着ている人の顔を見ながら歩く。
「あっ、エドさん、そんなに頑張らなくて大丈夫っす。俺達の姿を見せているだけっすよ」
そうなの? いや、違うかな。僕に負担をかけないようにという、ジョーモさんの配慮だと感じた。




