16、ジョーモさんが生まれ育った貧民街
「今朝も、エドさんの方が早いっすね」
翌朝、朝食を食べていると、ジョーモさんの声が聞こえて振り返った。だが、どこに居るかわからない。僕がキョロキョロしていると、黒い鎧を身につけた人が近寄ってくる。
「あはは、まだ寝ぼけてるんすか?」
「ええっ!? ジョーモさんですか? 全くの別人だと思いました」
「今朝は髪を結んでるんすよ。食べたらすぐに出発できるように準備してきたっす」
確かに栗色の髪は、後ろで結んであるけど、声以外は別人だ。高そうな鎧を身につけているから、高位の冒険者に見えるし、何より年齢がグンと上に見える。
ジョーモさんは21歳のはずだけど、20代後半くらいの大人に見える。だけど、そんなことは言わない方がいいか。
「僕は、まだ何も用意できてないです。そんな鎧が必要なんですか? どうしよう」
「エドさんは、護衛じゃなくて同行者だから、普段通りでいいと思うっすよ。でも杖は、腰に引っ掛けておく方がいいかもしれないっす」
「杖は持ってないです。杖が必要なんですか?」
僕がそう尋ねると、ジョーモさんは首を傾げながら、朝食を取りに行った。厨房にいる料理長と少し話し、トレイを持って戻ってくると、僕の前の席に座った。
「エドさんは、剣を使うんすね。スキルのイメージから、魔法系だと思ってたっす。いつもの剣を装備していけば、大丈夫っすよ。威嚇のようなものっすからね」
「僕は、剣も魔法も学生レベルしか使えないです」
「両方使えるんすか? あっ、そういえば錬金協会の人が、エドさんには弱点がないと言ってたっすね。防御系の話だと思ってたっす」
「僕のステイタスは、どの数値もギルドの下限値らしいです。そういう意味の弱点がないということだと思います」
僕がそう話すと、朝食のスープを飲んでいたジョーモさんは、ゲホゲホとむせている。彼が僕を同行させると決める前に、ちゃんと話すべきだったな。あまりにも弱い僕に、慌てたんだと思う。
「エドさん、マジっすか」
「はい、僕は弱いんです。昨日、お話するべきでした。すみません」
「いや、そういう意味じゃないっすよ。ちなみに俺は、魔法防御力とスピードは、ギルドの下限値をクリアできてないっす。だからスキルを多用するしかないんすよ」
「そうなんですか。でも、ジョーモさんのスキルは土魔法系だから、戦闘時には問題ないんじゃ……」
「土壁は、向こう側が見えないから、ブレスをガンガン使ってくる素早い魔物とは、相性が悪いっす。俺は基本的に物理系っすからね。魔法は、土属性しか使えないっす。エドさんは、何が使えるっすか?」
「僕は、基本4属性が使えます」
「ええっ? 杖なしで発動できるんすか?」
「はい、杖は魔導士が使うものだと思ってましたが」
ジョーモさんは、目をパチパチさせて驚いているようだ。いや、呆れているのかもしれない。僕は、これまで、人とほとんど話せなかったから、基本的なことを何も知らないんだと思う。
「エドさんは、育て甲斐がありそうっすね」
「無知でスミマセン」
「いやいや、なんだか楽しくなってきたっすよ。あっ、俺は、ゆっくり食べてるんで、支度をしてきて欲しいっす」
「わかりました」
僕は、トレイを厨房へ持っていくと、宿の部屋に戻って、出掛ける用意を始めた。
◇◇◇
「エドさん、その右側が貧民街の入り口っす。財布は隠してくださいっす」
「布袋はマズイですか?」
僕は、肩から布袋を下げている。
「斜め掛けなら大丈夫っすよ。貧民街には、ひったくりがいるっす。特に子供に気をつけるっすよ」
子供が? 聞き返そうとしたときには、貧民街の入り口が見えてきた。街の中なのに、大きな木の門があり、門番がいるようだ。貧民街は、高い土壁で囲まれているのか。
「この先は貧民街です。何かご用ですか」
「俺は、貧民街の生まれっすよ。友達は、小さな村の生まれっすけど」
「なんだ、凱旋のつもりか? 荷物を盗られても知らんぞ」
ジョーモさんが生まれを明かすと、門番の態度がガラリと変わった。僕には、軽く会釈をするのに、ジョーモさんのことは、汚い物を見るような目つきだ。
「大丈夫っすよ。俺は、Bランク冒険者っすから。友達を美味い店に連れて行くだけっす」
「美味い店? あぁ、アズ亭か。あの店ならもう無いぞ。あの店主は、盗賊連中に睨まれてたからな。もう生きてないんじゃないか?」
「アズ亭が無い? まさか、騙されないっすよ」
僕達は料理長から、店が燃やされたことは聞いていた。だけどジョーモさんは、久しぶりに貧民街に戻ってきた冒険者のフリをしてるんだな。
僕達は、貧民街への門をくぐった。
「エドさん、まずは、アズさんの店の跡を見に行くっすよ。観光客のフリをして、適当にキョロキョロしておいて欲しいっす」
「わかりました。初めて来たから、普通にキョロキョロしてしまいますけど……木造の家ばかりですね。街の中は、基本的には石造りなのに」
土の道の両脇には、木造の家というか、小屋が立ち並んでいる。右側の小屋の奥には、すぐに高い土壁があるが、左側は端は見えない。
「木造の家は、ごく一部っす。だいたいが商人か宿屋っすね。奥に行けば実態がわかるっすよ。草と泥で作られた家に住んでるっす」
「草と泥? しかし、人は居ないですね」
「門番から見える場所には、住人は出てこないっす。内側の門番は、貧民街を見張ってるっすからね」
僕は、ぐるっと見回すふりをして、後ろを確認してみた。入る時には気づかなかったけど、内側には10人近くの人が立っている。貧民街から外へ出ないように見張っているのだろうか。
土の道が左の方へ緩やかに曲がった先は、景色が一変していた。
ジョーモさんが言っていたように、木造の家はない。見た目は、黄色っぽいというか土色だと感じた。すべてが平屋だから、視界がひらけている。
「思っていたより、広いです」
「貧民街は、普通の宿場町の3倍はあるらしいっすよ。そこを右に曲がるっすよ。アズさんの店は、その先っす」
ジョーモさんは、土色の家というか、こんもりした土塊が並ぶ間を歩いていく。家の前には、たくさんの住人が出ている。僕達を見て、怯えている人が多い。
住人達の服も土色に見えた。髪も肌も土で汚れ、痩せ細っていて、目だけはギョロリと光っている。これが、貧民街の実態なのか。
「あぁ、何もないっすね」
ジョーモさんが立ち止まった場所には、枯れた草がびっしりと生えていた。




