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握手会

 イベント会場は夜間照明が設置されている運動場が確保されていた。雷蔵や退魔士協会の局長からの提案でその場所が指定された。


 室内型のドームやアリーナはイベント予定が詰まっておりさすがに押さえるのは無理であったようだ。


 前日の騒動で動き始めている裏社会の人間も少数だが確認できているので、建物の崩壊による人的被害を懸念され野外の公的施設が選ばれた。


 実際、えるしぃちゃんやプロダクションの社員を狙撃するという可能性も否定できないが聖遺物級のアーティファクトを装備しているので通常弾で仕留める事は不可能だ。それを超える魔術的攻撃にはえるしぃちゃんや退魔士協会の猛者が察知するだろう。


「ちょっと緊張してきたなぁ……」


 設営自体は簡素に済ませており一段高い所に舞台が設置されている。そこに簡単な装飾が入ったテーブルと椅子、エル・アラメスのロゴが大きく入ったスクリーンが設置されている。


 派遣されて来た退魔士のチェックが入場口にて行われており厳重な警備が敷かれていた。警戒はしているが恐らく襲撃は無いだろうと退魔士協会は考えている。


 椅子に座り足をぷらぷらさせているえるしぃちゃんは酔い止めを服用しちょっと眠たくなっていた。薬効耐性が素の状態で高いのであえて身体機能を抑えているので薬が効き過ぎているようだ。


「……ふあぁ」


「えろうねむたそうやな。薬が効き過ぎとちゃう?」


「身体の調子を悪くしないと薬が効かないんだよぅ……ふわぁ」


 間もなく開場しファンの入場が始まる。列の整理の為に並べられたポールにはすでに大勢の人が綺麗に並んでいた。


 その光景にドキドキしながらヴァルキリーヘルムをすっぽりと被る。


 サイン色紙は運営であるエル・アラメスが用意してありファンには無料で提供される。舞台裏には大量のダンボールが積み上げられており全てに色紙が詰められている。


 割り振られた会員番号さえあれば無料でイベントに参加できるのでファンには好印象で、このイベント内容も投げ銭をしてくれるリスナー達への還元だとえるしぃちゃんは考えていた。


『まもなく開場致します――。割り振られた整理券の順番に入場を行って下さい。サインを受け取り握手をされましたら列の移動をお願いします。それでは順番にゆっくりと前へお進み下さい』


 アナウンスが流れて来ると先頭のリスナー、もといファン会員がえるしぃちゃんの元へやって来た。


 しゅぱぱっとサインを書いて渡すと震える小さなお手々で握手の態勢に入る。恐る恐るファンの手を握ると、ぎこちないが握手をすることができた。


 えるしぃちゃんはゲロせずに握手が出来たことに感動していた。握手をしている間は会話すらできていないが知らない人に触れるという偉大な一歩を踏み出したのだ。


 ヴァルキリーヘルムの隙間から見える綺麗な瞳が見れてファン的には感激しているようだが。


「えるしぃちゃん応援しています!! 記念すべき握手第一号は僕だぁああぁぁ!!」


 マナーを守りゆっくりと握手をし終わると去り際に他のファン達へ自慢を始めてしまった。えるしぃちゃんの握手処女を奪ったファンの安否が心配になる程の煽りであった。


 煽ったファンが帰りの通路を堂々歩いて行きハイタッチの構えを行うと、整理列とすれ違う際に強烈なハイタッチ返しが行われていた。リスナー間で伝わる何かがあったのだろう。


 羨ましい気持ちと憎らしい気持ちがハイタッチ返しに込められている。もちろん、リスナー同志の愛に溢れている。


 なぜか、握手が終わったファンが帰りの列でハイタッチをしなければいけない空気になってしまい意外な事に盛り上がってしまっている。


 その様子を楽しそうだなあいつら、とえるしぃちゃんはちょっと羨ましそうに見ていた。


 なので途中から握手が終わってハイタッチの構えをするえるしぃちゃん。急な対応の変化にリスナーは戸惑う。


「え? ――ああ、ハイタッチですねッ!? どうぞ!」


 ぱちん、と幸せそうにハイタッチをするえるしぃちゃんとリスナー。羨ましそうに見ていたハイタッチをできたのでヘルムの中ではとっても満足そうな顔をしている。


 ――なんだと? 整列するリスナーたちは驚愕する。ハイタッチ処女を奪ったラッキーマンが現れてしまったからだ。


 そして、割とアホなリスナーは帰りの列で帰還する際に――


「ハイタッチ処女は僕が奪ったぞぉぉぉおおぉぉっ!!」


 と、煽りまくり。悠々と歩んで行く彼へのハイタッチ返しは、握りこぶしが混じっていた。


 握手会は夕方からのスタートで入場者は三千人に限定されている。会員に登録した中でも古参のリスナーから順番で選ばれている。それでも、一人五秒計算でも四時間以上掛かってしまう。


 なので事前に列の人間の名前を伺い、超人的スピードでサインを先に書いているのだ。それならば握手の時間だけで対応でき時間の遅延は発生しない。そのえるしぃちゃんの姿はわんこそばのお代わりをしているようだ。


 だんだんと、休憩が増えているえるしぃちゃんの献身と、エル・アラメスが無料で開催したイベントへの好感度が異常に高く今のところクレームは出ていない。


 えるしぃちゃん等身大ポスターや卓上カレンダー、アクリルスタンドなど在庫マシマシで販売ブースも用意しているので待ち時間をずっと並ばなくてもいい。


 会員ごとに番号を割り振りスムーズにイベントの進行計画を立てたウィザー丼の腕はさすがとも言えよう。


 きららちゃんのコスプレ写真集やグッズも並べられているが中々の売れ行きとなっている。えるしぃちゃんねるで司会者を行った際に、きららちゃんのファンになった人間もいたようだ。







 そろそろ、休憩に入れようと蓮ちゃんがえるしぃちゃんに声を掛けようとする。


 その時、握手をしていた人間はやけに顔色が悪いのが印象的であった。右手で握手しながら左手を腹部に入れると、尖ったようなもの取り出しえるしぃちゃんの眼球目掛けて刺突を行った。


 だが、辛うじて回避したがこめかみの皮膚を抉り出血する。護衛で背後にいた剣術爺がすぐさま仕込み刀を抜き放つもすでに敵は後方へ飛んでいた。


 剣術爺が護衛に遅れた理由は恐らく気配。人間としての気が下手人からは一切感じられなかったのだ。


「――なッ! えるしぃちゃん!」


 こめかみを抑えるえるしぃに駆け寄ろうと蓮ちゃんが近づく際、飛び上がっている最中の男の頬が膨らんだ。


 ――火炎弾。


 口の中から吐き出された炎の玉がえるしぃと蓮に激突。周囲は可燃性の液体の様な異臭が漂っていた。大きな悲鳴と共に混乱するファン達を待機していた退魔士たちが避難誘導を開始する。


 待機していた鈴、舞子、忍術婆も下手人をブチ殺そうと足を踏み出した瞬間、同じように顔色の悪い人間が数十人も襲い掛かって来る。


 恐らく分断する事でえるしぃを仕留める事が目的のようだ。


 蓮を庇って火炎弾が直撃したえるしぃは衣服が焼け落ち、身体の皮膚が焼けただれ、その姿は普段の美しさが失われ眼球が濁り白化していた。


 ――しかし。


「よかった――蓮ちゃんが無事で。ああ、渡していたバングルが起動している。綺麗な肌に火傷をしなくて」


 焼け爛れながら引き攣った笑顔を蓮へ向ける。皮膚が張り付いて表情を変えづらいのだろう。爛れた手で頬を撫でる。


「!! ――あ、あ゛あ゛ぁぁぁあぁあぁあっ!! ……か、顔が……うっぷ、げぇ、――う、うちなんか庇わんでもよかったのにッ! 」


 蓮は涙をボロボロ流しながら爛れた頬へ持っていた飲み物を慌てて掛けていく。もはや半狂乱の状態だ。ストレスが極限を超え手が震えている。


 えるしぃをこんな状態にした下手人は自らの腹部の中に武器や爆薬を仕込んでいたようだ。今も手にしている爆発物らしきものに血液が付着している。そして――投擲の態勢を取った。


 すでにえるしぃの意識は闘神に切り替わっていた。


 ――ギシリ。


 寝ぼけていたえるしぃに代わると、闘神の歯ぎしりが周囲に響く。


 置いてあったマジックペンを指弾の要領で投擲された爆発物を打ち抜くと、下手人の間近で炸裂。男は全身に爆炎を浴びた。


 その間にも戦闘がそこかしこで発生している。かなりの人数の敵が紛れ込んでおり退魔士の中に裏切者の可能性が湧いてきた。軍神や雷蔵はその対応で手一杯のようだ。


 特に舞子と鈴は限界以上にブチ切れておりすでに数人程殺している。人間怒りを超越すると無表情になるというのは本当のようだ。


 半狂乱の蓮を見て闘神は彼女の頭をポンポンと軽く叩いて安心させる。闘神に切り替わった際に焼け爛れた皮膚は再生していき普段どおりの綺麗な肌に戻っていく。


 はぁ……。と闘神は溜息を吐くと呟く。


「あやつは古参リスナーの為にここまで身体能力を落としおって……普段の力が欠片も発揮されておらんではないか」


 市販の酔い止めが聞くという事は、ハイエルフの特性でもある毒耐性を人間まで落していることになる。あらゆる自発的なものを止めるという事は呼吸を停止させながら行動しているようなものだ。


 闘神や慈愛からすれば死人が歩いているような状態だ。そこまでするとは他人格も思っておらず本気でえるしぃの正気を疑っていた。


 心臓を抜いて晒すという狂気的な事を気軽にやってのける馬鹿なハイエルフは自らの人格すらに常識を疑われている。


「もう大丈夫じゃ、蓮よ泣き止んではくれないかのぉ? ――さっさとゴミ共を片付けて来るからのう」


「よかった……本当によかった……」


 再生していく様子をみて少しは落ち着いたようだ。綺麗になった肌を何度も触れて確かめている。


 闘神は身体に爆炎を受け身体が焦げようとも平然としている下手人を睨みつける。その姿は他国で始末した木偶人形に似ているようだ。


「今回の怪我は、あのあほぅの失態じゃが……我の仲間。そしてリスナー共を巻き込むとは――命が惜しくないようじゃ」


 異空庫より新調した軍刀を取り出した。鞘には金細工が施されており退魔士協会のツテで作らせた刀匠の渾身の一品だ。


 抜刀の構えを取る。それに気付いた鈴や舞子、剣術爺は全力で後退した。自身たちが邪魔にしかならないと分かっているからだ。


「我は闘神。地へ伏さぬ唯一の強者也。――闘神流抜刀術・斬雨」


 闘神の殺人圏は果てしなく広い。戦闘を行っていた痴れ者は血霧となった。肉片も血液も粉々に切り刻まれ広範囲に残骸が散っていった。


 その様子を見ていた周囲の反応は感心と驚愕、そして焦り――


「そこか。――闘神流刀術・針通し」


 突きの姿勢で刀を高く掲げ、目標を見定める。刀を持つ腕を押し出すと鋭利な衝撃波が走る。空気が破裂した音が響くとファンの誘導を行っていた退魔士の頭部が破裂した。

 

 それに気付いた数名の退魔士が走り出し逃走を図る。


「逃がさぬよ。まぁ、証人用に一人いればいいじゃろ。運が良ければ生き残れるかもしれぬぞ?」


 次々と頭部が破裂していく退魔士。裏切ってはいないメンツもその光景に肝が冷える。最後の一人は運が良く、四肢を切り落とされた状態で藻掻いていた。


「下手人は始末したぞ。――おい、雷蔵。どういうことか説明をせんと我が貴様の首を今すぐ落とすぞ?」


 納刀された状態の鞘から親指で刀身を少し浮かび上がらせる。裏切者を探していた雷蔵と軍神は渋い顔をしている。今回、人員の選定を行ったのは退魔士協会本部の局長と雷蔵だからだ。軍神はもっとよく調査をするべきだったと後悔している。


「こやつらは、木偶人形のようなものじゃ。薬で自意識を極限まで落して操られておる。体内に可燃性の液体と骨を削いで作った刺突武器が仕込まれておったわ」


 地面に落ちている骨刀と爆発物を拾いながら説明する。


「この爆発物は何かしらの符で起爆させておるの。これでは金属探知や霊的エネルギーを感知できないじゃろう。じゃが、あのような分かりやすい顔色の奴を素通りさせたのは失態じゃな。いつまでも泳がせずにさっさと処分すればよかったのじゃがな――のう、雷蔵」


 ビクリと震える雷蔵。本人も今回の失態はスパイを泳がせ、芋ずる式に内通者を捉えられる功績に欲張ってしまったためだ。今は無傷だがえるしぃの顔を焼け爛れさせ重傷を負わせてしまった。


「――じゃが、起きてしまったものはしょうがない。退魔士協会はファンのみなへの説明を今すぐ行い事態の収拾を図れ。それと退魔士協会はでかい貸しを我に作ったと言っておけ」


「はい。すぐに動かせて頂きます!!」


 よほど闘神の殺意が怖かったのだろう、そう言うと全力で走り去っていた雷蔵。


「社員のみなも我の為に頑張ってくれた。怪我をしたのは我の失態じゃ。そう気に病む出ないぞ? ――特に、蓮よ。まだ泣いておるのか?」


「だってぇ……ひぐっ……うちのせいで……」


「う~む。――ほれ、鈴も舞子も蓮をそう睨む出ないぞ? 何かしら我が補填するから気を静めておけ」


 近くで護衛が出来ず蓮を庇った事で負傷を負った事に少なからず彼女に対してシコリが残るが、補填と言う言葉に渋々納得する二人。敵をぶっ殺しても気持ちの収まりが付かなかったのだ。


 特に剣術爺は護衛失格だと老け込んだように憔悴していた。軍神もだ。いちいち、落ち込む姿を見てえるしぃは微笑ましいものを見るような視線になっている。


「ほれ、とっとと動き出せ。我が良いといっておるのじゃ。お主等がしっかりせんでどうするのじゃ? ――それと、なぜか知らぬがとても、そう、とっても甘いものが食べたいのう。どこかに、買って来てくれる優しい子はおらんかのぉ?」


 その言葉を聞き社員達が次々に動き出した。ただ、蓮だけは顔色が優れないままだが。それほどにあの焼けただれた顔のえるしぃが衝撃的だったのだろう。


「蓮よ。そう悔やむならこれからも我に尽くしてくれ。さすれば許そうぞ。――お主は言っておったろう、仕事関係なく我の事を大好きじゃと?」


「…………うん」


「我もお主の事を仕事抜きに掛け替えのない友じゃと思うとる。悲しむ顔みるのは我とて辛いのじゃよ?」


「わかった。――お菓子、買って来るね?」


 そう言うと離れて行く。本人はよほど慌てていたのか中途半端な関西弁を忘れて標準語になっている。


 現場は慌ただしいままだが直に収まるだろう。ただ、闘神であるえるしぃは今回の件の不自然さに違和感を覚えていた。だからこそ怒り狂って周囲を破壊しなかったし、暴れ回らなかったのだ。


 しばらく椅子に座り考えこむ。だんだんと疑惑は確信に変わり、自身の内なる者へ呟く。


「――ふむ。何を考えとるか分からんが程々にしておけよ慈愛の。我らは異心同体で互いに干渉はできん。まぁ、側面と言えば側面じゃが、えるしぃを悲しませるのは我とて許せぬぞ?」


 少しの沈黙の後、えるしぃの口からは落ち着いた様子の口調の慈愛が返事をする。


『…………今回は炊き付け過ぎたようです。本当に申し訳ありません。以後気を付けます』


「じゃろうな。貴様が我らの事を第一に考えとることは分かっておる。だが、陰謀を企むなとは言わんが程々にしておけ。我らの内で弱り、眠っておるこやつを見ると殺意が湧く」


 重傷を負い闘神と意識を交代したえるしぃは意識の中で眠り続けていた。それほど弱体化していた際に負った傷が響いていたのだ。


 慈愛の女神の目的は判明していないものの悪い事ではないだろうと闘神は考えている。慈愛の信者は少しずつ世界各地に増えて行っており、様々な工作活動を行っているようだ。


 今回はその工作活動の煽りを受けた一部の人間の凶行であり、退魔士協会が泳がせていたスパイと共謀した事により起きた事故に近いできごとであった。


 さすがにテロに近い事が起きたことにより握手会は中止になった。


 お詫びとして退魔士協会出資の元、ファン垂涎のえるしぃちゃんの生写真セット(寝起き、バスタオル姿、パジャマ姿)と直筆サイン(名前入り)グッズの盛り合わせが送られた。


 テロ活動が起きたことに日本政府は今後も警戒を厳にしていくのだが、今回の黒幕は女神の信者によってすでに殺されているのであった。

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