前夜祭!? だよ!
えるしぃちゃんの告知したイベント開催当日。都内各所にある霊的スポットには退魔士協会に所属している観測班が現場へ詰めていた。
「こちら、B25地点異常なし。敵確認できず」
本部へ通信を行い状況報告を行う。霊的スポットは基本的に自然が残っている場所であったり神社や寺などの施設に限定されている。
なぜならば古い時代からの退魔士や特異能力者が霊的エネルギーを利用する為に、この様な宗教施設を建設させているケースが多いためだ。
もちろん、アストラルアンカーを打ち込む場所の周囲に物や建物が無いように配慮されている。
『同じくD13地点異常なし』
『本部了解。――間もなく儀式が始まる。引き続き警戒を厳にせよ』
重要地点に儀式術式の補助アイテムである【アストラルアンカー】を打ち込んでおり、観測班が儀式の動向を見守っている。
今回は大々的に行う大魔術であるため、敵対組織が儀式を妨害したりしないか念のため警戒を行っている。
もし邪魔をされたとしても都内数百ヵ所にも及ぶ、打ち込まれたアストラルアンカーを一斉に除去しなければならないため、妨害が成功する事はほぼありえない。
さらに魔人と呼ばれるえるしぃちゃんに喧嘩を売ってまで退魔士協会と争いを起こすつもりなど無いであろうと予測している。
「一体何が起きるというんだ……? 概要は聞いているのだが本当に成功するのだろうか……」
観測班の一員である退魔士は半信半疑のようだ。こうして現場で待機はしているものの、未だに疑ってもいた。
たしかに、都内を浄化できると聞いているが一時的なものなのだろうなと。
『儀式術式展開――始まるぞ。我々、退魔士協会本部の聖域がついに完成するのだ……ッ!! ははははははっ!』
元局長である葉隠雷蔵の後任である、久世 純也は、優秀であるものの人格に少々問題があった。局長に就任するあたり派閥の争いが絶えなかったようだ。
本部から指揮を執っている久世は儀式の始まりに狂ったように歓喜する。
彼は、都内に家族と暮らしていた折に、退魔士が逃して狂暴化した妖怪に嫁子供や両親を惨殺されていた。それ以来妖魔に対して苛烈なまでに増悪し、根絶しようと努力を重ねて行った。
局長就任してすぐに大規模な聖属性の大結界を張れると聞き、雷蔵に全力で協力をした。
仲が悪かった雷蔵からの提案で顔を顰めていたが内容を聞くや否や、雷蔵のケツにキスをするぐらいの勢いで感激し飛び上がった。
通信から聞こえる局長の叫びには、妄執とも言える妖魔の浄化が都内限定であるが達成できることから来ているのだろう。
それを聞いている観測班の人間には、黒幕が邪悪な儀式の成功に感動する様にしか聞こえないのだが、局長本人は割とまっとうな人間である。
「局長も、もちっと雰囲気とかどうにかなんねえのかねぇ? あれで戦闘能力はピカイチなんて信じられねえよ」
目の下に隈があり頬がコケてて年中不健康そうな面をしている局長。
無精ひげを剃って身だしなみを整えればカッコいいのに、と独身のオペレーター達はそう思っている。皆、優良株の彼との結婚を狙っているのだ。
アストラルアンカーが光り輝き、儀式の開始を知らせてくる。都内数百ヵ所も同様の光が観測されており儀式の前兆が現れた。
「光ってはいるが…………特に変化は――――ん、だとぉッ!?」
男が現在立っている地点『B25』が突如、前が見えない程眩い光に包まれた。
発生源は打ち込んだアストラルアンカーであり、そのエネルギー量は退魔士数千人でも足りない程の、極大な霊的エネルギーが観測された。
『本部から通達ッ! ――現在、極大な霊的エネルギーの発生を確認している。身体的に影響は――ないとは言えないが、異常を感じたら報告してくれ』
「おいおいおい、異常を感じたらって、この現象そのものが異常事態だろッ!?」
観測班は次々と光の柱に飲まれていく。そして、数十分後全ての柱が天に到達した――まさに、その瞬間。
「おい、おいおいおいおいッ! 光の巨人様でも召喚すんのかよ!?」
数キロにも及ぶ巨大な“手”が都心直下から生えてきたのだ。
もちろん、世界各国の上層部や闇の組織は監視衛星から逐一観測を行っていた。
呼ばれ方はそれぞれ異なるが共通事項として『えるしぃ』というワードがあげられている。
大規模な術式を展開するとまでは掴んでいたが、まさか、都心から光の巨人が産まれるとは予想だにしていなかったのだ。
その威容は都心の二十七区を超え、関東圏一帯から観測できるほど巨大なもの。そのため観測できる範囲内全ての経済活動がマヒしてしまった。
すぐさま、内閣総理大臣が全ての情報媒体で緊急放送をするように指示を出し、日本中へ情報が伝達される。
――【光の巨人はえるしぃちゃんの前夜祭です】と。
ごごごご、と大気を震わせる謎の衝撃波が微弱に発生し、人々は口を開け空を眺めるだけ。あまりの異常事態に脳が考えていることを辞めているのだ。
物理的な衝撃は感知されていないが霊的波動が大気中に伝播する際に発生する“魂”への影響からそう感じさせられているだけなのだ。
しかし、身体を通過していく光の巨人の手は暖かく、母に抱かれていた頃を思い出させるほど慈愛に溢れていた。
巨大な手先が出終わると次々に前腕、頭部、胸部と天へと伸びて行く。空にかかる雲は全て消え失せ、本州全域でも光の巨人が観測できた。
それほどまでに巨大で――――ちょっとエッチだった。
胸部が出てくる際にエルフ耳を生やした頭部が少しばかり恥ずかしそうにしていたのが人々の印象に残った。衣服を一切纏っていない状態で下から余すことなく見られたらメス属性を持つえるしぃちゃんもめっちゃ恥ずかしいらしい。
「これが……これが、えるしぃ……ちゃんってことか? ――は、ははははっすっげぇ! えるしぃちゃんって奴ぁ、とんでもねえお方だったんだな!? ははははっははははっ!」
各地点の観測班である退魔士たちも似たような反応をしており、ただただ『えるしぃって奴まじすげー』と連呼をしていた。もちろん、すべての地点を観測している退魔士協会本部のモニターでも監視衛星の映像込みで映し出されていた。
『――ハハハハハハッ! 雷蔵ぉ! 私は貴様に感謝するぞッ!! まさしく、神! 彼女こそは我々退魔士の神だぁッ!! あーひゃひゃひゃひゃ!!』
久世純也は壊れていた。自らの中に救いの神を見たからだ。
本部では未だに上昇していく霊的エネルギーの観測が不可能の領域となっており、モニターの装置がエラーを吐き出している。画面には【LCEG not found】と表示されていた。
『霊的エネルギーが観測限界を突破ッ!! 超高密度な霊的エネルギーが収束。これは……――アストラル体が物理世界へ顕現していきますッ! 観測班はすぐさま光の柱から離れてッ!!』
呆然としていた観測班たちだが本部の焦るような命令にすぐさま反応した。全力でアストラルアンカーを打ち込んだ地点から撤退を開始する。
――轟ッ!!
天へ伸びる光の柱が都心を囲む檻の様に物質化した。
数十メートルもの光の柱は輝く石柱へと変化したのだ。物質化した影響で周囲の岩や土などが押し上げられ小規模の地震が発生した。
「――あっぶねー。さすがオペ子ちゃん。判断能力がすげえや。ちっとは俺にも靡いて欲しいもんだがねぇ」
光の巨人はすでに全身が地中より出てきており、ゆっくりと上昇していく。その全貌が明らかになり、その姿は――
「あれが、えるしぃちゃんか……。とんでもねえ女神様じゃねえか……」
全身が発光し大事な所が見えない親切仕様。ブルーレイディスクでも光は消えません。
都内上空には顔をこちらに向け微笑んでいる女神の姿が。
「前夜祭か……ここまででも一生分驚き疲れちまったよ……」
観測装置も今だ計測不能。日本政府が緊急放送している内容は『光の巨人はえるしぃちゃんの前夜祭です』と一辺倒のまま。
関東圏一帯の人間に観測されたえるしぃちゃん。
【えるしぃちゃんねる】が一千万人間近と配信でも言っていたが、一千万どころじゃない程に登録者が急激に上昇していく。日本政府が放送している、えるしぃちゃんの前夜祭と言うパワーワード。
一千五百万、二千万、二千五百万、三千万人と増えて行く。まさに、日本政府との強制コラボである。
そして、登録者数五千万人を突破したころ上空の光の女神が口を開いた。
『ただいまより、えるしぃちゃんねる前夜祭を開始しま~す』と。
その気の抜けた宣言に、馬鹿らしくなった観測員は煙草に火を付け、いつも持ち歩いているスキットルに入れてあるウイスキーを飲み始める。
ドカリと近くにある岩場に腰を下ろすと観察、ではなく鑑賞の態勢に入った。
「――本部へ。こちら、B25地点だ。もう、少しは気を抜いて鑑賞に入ってもいいかい? 気を張り過ぎマジ疲れちまったわ……」
少しの間があったが、本部から全観測員に向けて通信が入る。
『儀式は成功した。敵の警戒をしなくてもいいとは言えないが……鑑賞するぐらい許可しよう。実は、私も驚き過ぎて心臓に悪いのだよ。――ハハハハッ』
「――B25了解。ふぅ――ッチ。大事なところが見えやしねぇ。おっと、罰が当たっちまうな。さて、楽しませてもらうよ」
状況は落ち着き、前夜祭を楽しむ態勢に退魔士協会の面々は入った。オペレーターも休憩に入り、観測機器のエラーを解除した。
しかし、日本政府は中継で見たままの混乱状態であり頭がハゲそうになっていた。
闇組織はあの光の巨人への対応策の会議へ、世界各国は自国の軍事力で対応可能なのか討論が始まり、エル・アラメスプロダクションのメンツは―――
◇
「これが、前夜祭いうんやからえるしぃちゃんは凄いなぁ。明日もなんかすごい事するんやろな」
エル・アラメスプロダクションのスタジオに儀式術式陣を刻んでいる床の上にえるしぃちゃんは目を瞑り集中していた。
先程の光の巨人のえるしぃちゃんも観測している。
ボソリと呟いた蓮ちゃんの呟きが聞こえていたのか、盛大に冷や汗を掻き始め、ぶるぶる震えていた。
その様子に気付いた蓮ちゃんは嫌な予感がして額に手を置きゆっくりと溜息を吐く。
「もしかしてえるしぃちゃん前夜祭の意味を間違えとったりせえへん――ああ、言わんでもわかったわ。絶対、なんかよう使われとるから言うたっただけやろ」
儀式術式陣の中にいるえるしぃちゃんはゆっくりと頷いた。
その返答に社員一同頭を抱えている。中には爆笑している剣術爺などもいたが。
その返答に色々な企画を検討していた書類を精査し始める精鋭達。なんとか明日の本番とも言えるイベントをでっち上げなければ、と。行動し始める。
「えるしぃちゃん……。前夜祭何するか分からへんけどほどほどにしたってな……これ以上頑張ってまうと、明日のビックリ要素捻り出すのが正直絶望的になるねん。ほんま頼むで……」
ぶんぶんぶんと高速で頷いている姿はとってもポンコツさんであった。窓の外の光の巨人までもが高速で頷くあたり気を散らせるのはマズイと会話を切り上げた。
『――はっ! 日本の皆さんこんばんちわ? 前夜祭の時間だよ! あ、あした行われるイベントの前夜の催しだってことは分かっているよ!? いるんだからね!? 本当だよ!!』
先程まで光の巨人を見て、神々しさと畏怖を感じていた人々は思った。――あ、こいつポンコツや!! ポンコツ女神や!! と秒で嘘がバレる女神様に親近感が湧いて来る。
ちなみにこの様子はニュースで生中継されており、もれなく全国区である。一部のコメンテーターが彼女が夏コミのゲロインであることを注釈に入れていたりしている。
【えるしぃちゃんねる】でも上空のえるしぃちゃんとリンクしているスタジオの状態も同時中継している。ただし、バストアップの状態であり、儀式術式陣が映らないように配慮していた。
:とうとうやっちまったなぁ
:やりおる
:光の帯がなしのブルーレイディスク希望
:いやん、えっち
:えちちやなぁ
:これ、本州全域で見えるんちゃう?
:登録者六千万人超えとるやん……
『――え、えっと何するんだっけ? あ、お歌を歌うんだ、ぞ!!』
光の巨人を顕現させることに集中する余り、する事を忘れていたえるしぃちゃん。なんか目立つビックな事をするとは言っていたが、まさか文字通りビックになって出現するとは社員すら想像していなかったのだ。
しかもだ、日本中の人間の頭に響く状態で“あの”歌声を聞かせるのだ。きっと、日本中の活動が停止してしまうのは容易に想像できてしまう。
:あいやぁぁぁぁぁあああぁ
:嬉しいけど、嬉しいけど
:もれなく、日本中の活動が停止しそう
:電車の運転手さん大丈夫?
:[ここが、偉大なる神のちゃんねるか]
:日本政府緊急速報【運転を今すぐ辞めて下さい】
:まだ、走っとる奴大丈夫か?
『あ゛!? ……――事故や怪我を負わないように一時的に加護を与えよう……。このひと時の間だけ安息と安寧の時を得るがいい――≪神の息吹≫』
都内から音速を超え光速に届く勢いで光の帯が広がっていく。日本政府が気を利かせて周知したおかげで、術式へ転用できる信仰を大量に確保することが出来たからだ。これには慈愛の女神もニッコリ微笑み、特別出血大サービスを行う。
おまけで日本の平均寿命がわずかに伸びたがサービスの範疇だ。
:痔が治りました
:虫歯が痛くないです
:彼女が目を覚ました……奇跡だ……
:[オーマイガッ!]
:前回は都内だけだったが九州まで来てるぞ……
:これはエルシィ教創設不可避
:ああ、怪我が治っていく……
『これで心配ありませんね……うふふ。では――――私の歌を聞きなさいッ!!』
その叫びと共に神聖なる歌声。人間には出せない天使の音域が発生する。




