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煽りよる

 美味しい麦の飲み物を飲み交わしたアレクサンドラちゃん(二十八歳)。


 彼女と仲良くなったえるしぃちゃんは、軍用の大型輸送車両の後部座席でキャッキャウフフと仲良く会話をしています。


 テュイッチには友達とわいわい遊ぶための対戦できるゲームも入っています。


「あ、てめっ! アイテム使うなんてずりぃぞ!」


「にゅふふふ~。サーシャちゃんはよわよわですねぇ~ほれほれ、ふっとべぇっ!」


 小さなゲーム画面ではフィールド上で戦いが繰り広げられています。えるしぃちゃんはムキムキ系付け乳首の戦士『ファル子』、サーシャちゃんはガチガチの硬派な『蛇男』を使用しボコスカ戦っているようです。


「ファル子ダイナマイッ! ――あっ、爆弾使わないでッ! ぴぃああぁああぁあ!」


「フハハハハ! エルシィにもう負けることはないなっ!」


 すでに巧みなテクニックを習得したサーシャちゃんにボッコボコにされ始めています。えるしぃちゃんがイキれたのも最初の数回程の対戦までだったようです。


 車両の窓は強化ガラスで作られており外の様子はよく見えません、現在の状況はどこか危ない場所へ重要な人物を護送する――という名の強制連行のようです。


 そのことに、サーシャの瞳の中ではこの子を守らなければという使命感と、軍上層部に逆らう事になるかもしれないという恐怖感が滲み出ています。


 こうして大きな声で笑って不安を誤魔化しているのもあるのでしょう、その様子をじっとえるしぃちゃんは見つめています。


 自らの状況とサーシャちゃんの様子に気付かない程、愚鈍なえるしぃではありません。


 異世界生活の凄惨さから、若干――いえ、とっても幼児退行してしまっているハイエルフですが締める時はキッチリ締めます。


「――サーシャちゃん。わたしはとっても“強い”んだよ~? たとえ、露国の軍を全て相手にしようとも、ね?」


 じぃっと、心の中まで見通すような瞳でサーシャを見つめる。それを直視したサーシャは気づいていたのかと驚きながら息をのみます。


「ちょっと? うっかりこの国に来ちゃったけどサーシャちゃんと仲良くなれたのが、わたしにとってはとっても良かったこと。これから、何が起きようとも友達だよ?」


「――それ、は」


「気にしなくていい。本当は観光とかサーシャちゃんと行きたかったんだけど、それは今度の機会になりそうかな~? ――着いたみたいだね」


 車両が停車してどこかの軍事施設に到着したようだ、誰かが後部座席のドアを開けようとする前に、何かをサーシャへと渡したえるしぃちゃん。


「それは友達の証。大事に持っててね? ――ずっとあなたを守るから、ね?」


 サーシャの手の中にあるものは綺麗な宝石がトップに付いたペンダント、淡く緑色に発光しており神秘的な雰囲気が出ている。


 ここでサーシャとえるしぃは別れる事になった、警察官であり軍属ではない彼女の仕事はここまでなのだ。


 悲しそうにえるしぃの小さな背を見つめる彼女の手の中にはペンダントが強く握りしめられていた。







『わたしに五メートル以上近づくな。死ぬぞ? ――貴様らがな』


(わたしに五メートル以上近づくと死んじゃいます――主にわたしの精神が)


 初っ端から無自覚全方位に喧嘩をブッこんでいくスタイル。(夜露死苦ヨロシク!)


 軍事施設内へ連れていかれる際にえるしぃちゃんがホワイトボードへ書き込み、軍人達に見せた内容だ。やはり、相互理解が全く進んでいない。


 もはや、トラブルの原因はこいつが全部悪いんじゃないかな?


 サーシャちゃんと離された事により警戒度マックスになった子猫が、一生懸命に周囲を威嚇している。しかも、邪悪な人見知りオーラが漂い始め、えるしぃちゃんが冗談を言っているわけではないと軍人共は正しく理解する。


 五メートルと言った事により、偶然にも閉所である厳重な室内《鳥籠》を回避したえるしぃちゃん。


 軍人共は『やはりただものではない……一筋縄ではいかない。ぐぬぬ』と、勘違いが発生していた。


 そうなると案内される場所は屋外の広い訓練場でしかない。施設内のルートを案内されるがままトコトコとついて行く。


 訓練場内には軍人が数百人も整列していた。各々、銃器を携行しており軍事演習をすぐにでも行うことができそうだ。


 訓練場の中心に置かれた高級感漂う革張りのチェア。場違いにも偉そうに座っている人物がいた。


 上級将校の証なのか勲章をジャラジャラと胸元に付けたおっさんが、えるしぃちゃんへと喋りかけて来る。


「我が国はどうだったかね? 他国の人間には少し寒いかもしれないが立派な街並みだっただろう?」


 輸送車両の後部座席からは景色が見えませんでした。この、将校はなんかちょっと祖国の自慢がしたかったようですが初っ端から滑ってしまいます。


 どう返事しようか迷ってしまったえるしぃちゃんは無言を貫いてしまいます。


「答えるまでもない、か。……田舎の小娘では我が国の偉大さが分からぬのもしょうがないか」


 なんか、とっても失礼な事を言われてる気がして修羅ゲージ+1です。


 おっさんはなぜかえるしぃちゃんに向かって何度も足を組み替えている、たしか…………『女性はセクシーアピールの際に良く足を組み替えるんだ! よく、見ておく事だ! しかし、焦ってはいけない。君のチェリー卒業は間近だ、確実に仕留める為に狙いを澄ませよ!(別冊ダンディズム増刊号)』と、書いてあった気がするのだが男性もアピールするのだろうか? 呑気にあほぅな事を考えている駄エルフ。


「ふむ。“お願い”と言っては何だが君に我が国へ亡命し、軍属になって欲しい。私は君の事を高く評価しているのだよ?」


 片手を上げたおっさんの指示に従い、整列していた軍人達が一斉に銃を構える。まるで脅迫されている状況に修羅ゲージ+45です。


 よく見ると軍人達の身体には機械が埋め込まれている。スコープの様な眼球だったり、脚部から機械の擦過音が聞こえて来る。


 じぃっと、軍人を見つめる様子に偉そうなおっさんは満足そうに頷いた。


「気付いたようだね――この部隊こそ我が軍が誇るデザイナーズチャイルド計画の最高傑作だ」


 えるしぃちゃんに向かって、自慢のおもちゃを見せびらかすように紹介する。


 その自慢話は数分間に渡り続きました。筋繊維が常人の数倍だとか、神経形成を赤子の段階から調整しているだとか。――チップを埋め込み、命令に忠実だとか。


 まるで吐き気を催すような木偶人間の製造秘話です。


 子供の様に無邪気に笑うサイコパスおっさん。なんか心も顔もキモイので修羅ゲージ+25です。


「もう聡明な君なら気付いているだろう? これだけの軍事機密を知ってしまったんだ。アーティファクトを無限に製造できるだけの非力な小娘に、この状況で逃げることはかなうまい。日本政府も退魔士という連中も弱者になったものだ。ちょっと、強いアーティファクトに翻弄されるなんてな」


 えるしぃちゃんは気づいてしまいました。――あ、こいつ勘違いしてんな、と。


 公開されているえるしぃちゃんの映像の戦力分析に失敗したのでしょう。決して山を切り裂いた軍刀はアーティファクトでもなんでもありません。


「君が所持している物品はテュイッチとか言う子供のくだらないおもちゃと携行食品しかないことは調べが付いている。――ほら、かしこい君がする返事は『ダー(はい)』だけだ」


 偉そうなおっさんに友達と楽しく遊べる神器テュイッチを『くだらないおもちゃ』と言われ修羅ゲージ+35です。


 ――おめでとうざいます! 闘神覚醒の閾値いきちを超えました! ただいまを持ちまして蹂躙と殺戮の宴が始まります。


 戦闘の挨拶は大事だなと、ホワイトボードにおっさんへのお返事を書きます。白ヤギさんのようにお返事を読まずに食べたりはしないのです。


くと死ね』


(早く死ね)


 まさに最高なパーフェクトコミュニケーション!! ようやく異国の地の人間と相互理解ができたようです。――殺意という名の物騒な感情のようですが。


 書かれていた内容におっさんは理解しがたい感情を抱き、思考が一瞬停止する。


 その間にえるしぃちゃんはホワイトボードを異空庫に仕舞い戦闘形態に移行する。


「は、ははは……。…………クソガキがぁ!! 舐められたもんだ。――四肢を狙え。息が有れば手足などいらん」


 数百もの銃口が向けられるも腕を組みながら仁王立ちの姿勢を崩さずに余裕の笑みのえるしぃちゃん。


 ――ダッダッダッ! 前列の射撃体勢を取っている軍人の突撃銃アサルトライフルから花火マズルフラッシュを打ち出した。


 もちろん狙いは細い手足。えるしぃちゃんを仕留めるには明らかに火力不足。ぬらりと手足が円の軌道を描いた。


 その見るからに遅い動きは正確に撃ち出された弾丸を逸らすルートを通る。コンマ以下の精密作業を事もなく繰り返していく。


 チッ、チッ、チュィィン! と、小柄なエルフの背後に、今もなお撃ち続けられている弾丸が地に払い落とされていく。


 リロード――命令を忠実に守る悲しき木偶人形達は突撃銃の発砲を止めない。数分間もの間、弾丸を吐き出した銃身は赤熱し後方の部隊と射撃主が切り替わる。そして再び死の鉛玉を打ち出していく。――撃て、撃て、撃て、撃て。命令の変更は下されない。


 弾丸の集中する舞台の中心には美しき銀髪のアクター。演目は戦場の舞踏。焦りを感じさせぬ顔には不敵な微笑みすら伺える。指先を綺麗に伸ばし、普通に舞うだけでは飽き足らず。神楽の舞を思わせるステップを踏み始める。


 弾丸が逸れる瞬間に発生する火花が秒間数百も発生し、至高の存在を映えさせるためだけの舞台装置に成り下がる。


 劇の舞台フィールドには粉塵スモークを上げ終えた弾頭と、廃薬莢の落下音メロディがもの悲しく流れるだけ。


 舞台に参加する価値のない取るに足らない者(ドサンピン)は、歯噛みをし、こんなはずではなかった! 私の部隊は最強なんだッ! と、叫び散らし、自らの計算違いに気付こうともしない。


 リロード――できない。


 演習場に用意して置いた突撃銃用の弾丸が切れてしまう。数十分もの間、美しく神々しさを感じさせる神楽の舞の拝観料には安いものだが。


 トントントン。ホワイトボードを叩いているえるしぃちゃんにおっさんが気が付いた。そこには新たな言葉が書き込まれており、おっさんが目を凝らして読んでいくと。


『最高傑作(笑)の出番まぁだ? 傑作とは笑わせに来ている“けっさく”の意味ですかぁ~? マジワロリングwww』


 えるしぃちゃんは流麗な言語能力で“正確”に“正しく”余すことなく“本当の意味”でコミュニケーションを取ることに成功した。


 煽りよる。煽りよる。小生意気なつよつよエルフは最高潮に本領を発揮した。


 ブチリッ。もともと沸点の高くなかったおっさん将校の沸点が限界を超え、身体をぷるぷると震わせる。強く握りしめた拳からは力の込め過ぎで出血していた。


「――ろせ。――ろせ。――殺せぇぇええぇぇええぇぇっ!! どんな手を使ってもいいッ! 生きて返すんじゃない!!」」


 激高。ついに殺害命令が下され木偶人形達が一斉に動き出した。

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