『バトルの時間だぜ!!』
「こんえるしぃ……。リスナーたちよ……わたしに元気をおくれ」
テーブルの上に頬を乗せ横向きでおやつのポテチ(うす塩)をぱりぱりと食べている。
その姿はとっても元気がなく覇気もない。リスナーも心配するコメントが流れ始めている。
:くらげみたいになってる
:なにこの可愛い軟体動物
:ぐうたらえるしぃ
:[神よ……いかがなされたのか……]
:【鈴】[今はそういう時期アルネ]
:[ふむ、我がステイツのお菓子でも送りたいですな]
:珍しいですねぇ
:元気パワーを送りまっせ!
:ふにょエルフ
:もう、Vチューバーであることを捨ててすらあるな
「あ、業務連絡。事務所の社員募集は終了したよ~。合計で……え、何人だっけ?」
難しい事が分からないえるしぃちゃんは、自らの事務所の社員人数すら覚えていないのだ。
:【ヴァイスリッター】十一人やで? 協力業者の方を含めていないけどな
:【きらら】私も入社しましたぁ~
:【切り抜き爺】僕もよろしく。素敵な動画を作成するよ
:【鈴】よろしくネ。ふひひ
:いいなぁ~社員。私落ちた……
:【剣術爺】ほぉ、コレが嬢ちゃんの『ちゃんねる』かい
:【呪術爺】あの件じゃ世話になった、儂も協力させてもらうぞい
:【忍者婆】あら、元気ないのね娘さん
:[ぐぬぬ、任務さえなければ神の身元に……]
:【駄菓子婆】あんた、うちの駄菓子屋を宣伝しな
:【カメ子】あわわ、みなさん濃いですぅ
:[軍に復帰しちまったからなぁ]
:【超能力者】俺は恩人の為に力を振るう
コメント欄には事務所の社員や友人が書き込みをし始める。とっても濃い人間見本市である。
「ふぉッ!! みんないるじゃん。えっと、駄菓子屋『喧嘩道』は今日も元気に営業しております! 婆さんにベーゴマで勝つと多分? 駄菓子詰め合わせが貰えるかも? ――ほら、宣伝料でうまいスティック詰め合わせちょうだいな……」
数秒ほどシャキンとなって駄菓子屋婆さんの店の宣伝をするも、すぐさま、くらげみたいになる。
:えるしぃちゃん……婆さんトン麺を付けてやんな……
:【駄菓子屋婆】はっちゃんイカならオマケしてやんよ
:ああ、あそこの駄菓子屋だったのか! 地元じゃん
:何人もの生意気なガキが沈められるという伝説の……
:うまいスティック食べたくなってきた
:【雷蔵】俺もなぜか入社してるんだよなぁ。娘は喜んでいたんだけど……
:二次募集も期待しています
:【ウィザー丼】僕もいますよ~、顔は合わせはまだですが
:同時接続百万人キープしている宣伝がうまいスティック詰め合わせw
:たしか宣伝すれば数百万の金額が飛び交うよな
なぜか全国退魔士協会本部“元”局長が出現する。あの一件で責任を取らなければいけない事になり、神的存在と疑われているえるしぃの事務所へ日本政府からのスパイとして潜り込まされた。
さすがに日本政府も全国の異変を治めた大英雄に悪いと思ったのか退職金を何倍にも増やして支払っている。
まぁ、実際のところお互いそれを理解しており蓮ちゃんにコキ使われる運命が彼を待ち構えている。
仮にも元局長であり、戦闘能力も事務処理能力もかなり高く。コネも優秀なため事務所にとって、なくてはならない存在になるだろう。
「う~ん、事務所が設立されたらそういう宣伝のお仕事もあるのかなぁ? わたし嘘付けないからやらかしそうだなぁ~。――あ! そういえば公式ホームページができてるからファン会員募集しているんだった。もちろん、約束の守護の護符を発送しま~す。最初期のリスナー“だけ”得られる、ある意味超レアものだよ? 実際、かなりの力を注いだから持っている限り怪我で死ぬことはないんじゃないかな? 悪用しなければ、ね?」
【えるしぃちゃんねる】を開設して収益化が始まった際に、少しだけの間生活できるぐらいの資金を稼いだ時期があった。すぐさま、炎上騒動により収益化が停止したのだが。
その時からの古参のリスナーの中で投げ銭をしてくれたメンバーにのみ得られる【守護の護符】は特に力を込めて作られた、億単位の金銭を支払っても得られないレアものなのだ。
:お! 待ってました
:貴重なお宝や
:【ヴァイスリッター】転売防止処置が施されてるから気を付けるんやで?
:たしカニ。転売する人ももしかしたらいるかもしれないね
:公式グッズはよ!
:まじかぁ、何億でも買えない財産やな
:公式サイトはこれか……ほぉう
:【地域密着退魔戦士】ああ、喉から手が出るほど欲しかった……
:きららちゃんのグッズもあるやんけ
:ポスターに卓上カレンダー、キーホルダーもあるやん
:退魔士協会でえるしぃ印の簡易守護の護符売ってたからいいじゃないか
:準備早いwww世の事務所よ、見習うといい
:ご利益ありそう
全国退魔士協会に発送された、えるしぃ印の『守護の護符』が格安で売られている。しかも、性能は折り紙付きで低級の妖怪は瞬殺であった。
えるしぃちゃんがパパッとチラシの裏にマジックペンで書いたものを使っているので見た目が最悪な事を除けば大好評なのであった。
チラシの再利用なんてとっても地球に優しくてエコだよね、と笑顔で言われてしまえば退魔士たちは文句を言えないのであった。(一枚三百円とコスパ最強)
森深い霊脈スポットや危険地帯へ出撃する際に、退魔士たちは懐に『卵おひとり様限定ひとパック五十円!』と書かれた護符を大事に抱えて向かうのだ。とってもシュールである。
「ふぃ~。残っていた元気をしぼりとっちゃったぁ……。それと、事務所の名前は『エル・アラメス』だよぉ。わたしのミドルネームと、伝説に残ってる『創世の女神アラメス』の名をお借りしています。名付けの時に地球の女神の名前を使うのもなんだかなぁ~って思ってね」
異世界に伝わる伝承の中には『かつての我々の住まう大地には高度な文明を持つ異種生命体たち存在していた』とだけ残されており。全ての人種の原型であり、そこから様々な種族へと枝割れしていった。
しかし、知恵を得た多くの人種は互いに争い合い、何度も世界は滅びの危機に瀕し、歴史は巡っていった。
それでもなお、遺伝子に刻み込まれている『アラメス』の名だけは忘れることが出来ないのだ。
宗教でも『アラメス』は崇拝されず、どの神よりも上に置かれ、最上位存在として当たり前だと本能が認識してしまうのだ。
転生したえるしぃちゃんにはなぜか適用されず、周囲の空気を珍しく読んでおり。不思議な女神様もいたんだな~、くらいにしか認識していない。
異世界では決闘の時に宣言する『アラメスに捧ぐ』と宣言した内容は、自身の命よりも重たい事なのだ。
宣言した内容を遵守しなければ人の世では生きていけない事になる。
たとえ、貴族や、王族、超越存在である土地神であってもだ。
:エル・アラメスかぁ。なんか、響きがいいなぁ
:なんかいいね!
:お祝い金どうぞ【5000円】
:創世の女神様か。でも聞いたことないなぁ
:地球“の”女神か、もしかしてえるしぃちゃんは……
:気付いてしまったか……世界の闇に……
:いや、えるしぃちゃん異世界冒険譚語ってるじゃんw
:まさに、今更な話
:事務所創設祝い【1000円】
:ふぅ~ん、ぐらいだな
:『何』ふぅんなんだろwww
「ねぇねぇ、どうせだから通信でモンスターバトルしようかな? 今日は気分転換をするために配信始めたんだ~」
世界的に有名な『ボケッとモンスター』。
南天堂から発売されたテュイッチなるものの専用ソフトであり、ボケッとしたゆるゆるな造形のモンスターを捕獲し、ネット回線を使用して友達と対戦出来たりするのだ。
ハイなエルフはよっこいしょ、と、テーブルにゲーム機とコントローラーを用意すると、起動させ通信対戦の準備をし始めた。
配信画面に起動したソフトを読み込んで自身の配信映像を隅っこみ移動させると、暇な時に厳選していたモンスターを紹介する。
「この『ズドドンゴ』と『キマグレ』そして『スットボケ』が手持ちの三強なんだよね。もちろん種族値も技も厳選しているんだよぉ~! ふぅはははははは~! このちゃんねるを見ているキッズどもよ、かかってくるがいいっ!!」
表示されたモンスターは巨腕を誇る城壁の様なゴリラのモンスター『ズドドンゴ』。念力をメインウェポンにするナイスな髪型をしている『キマグレ』。座布団の上に大仏の様に寝転がっている『スットボケ』のステータスを嬉しそうに自慢する子供可愛いエルフ。
:うお、ガチやん
:むむむ、つよつよエルフ誕生か?
:フラグ乙
:心はキッズ
:えるしぃちゃん……
:あーあ。フラグたてちゃったよ……
:むむ、これは良い『スットボケ』ですな
:がんばえ~がんばえ~
:君に決めたッ! いけ、つよつよエルフ!
配信画面に対戦コードを後で表示させるねっ? と、リスナーたちはえるしぃちゃんとの対戦の座を得るための熾烈な争いがまもなく始まる。
リスナーの全てが『ボケッとモンスター』のプレイヤーではないため、競争率は高くなさそうに見えるが、それでも数万分の一という宝くじ並みの確率なのである。
「ふっふっふっふ~。まぁ、えるしぃちゃんが↑? 全勝がぁ↑? 当然なのでぇ↑? 可哀想なリスナー達にはわたしに勝つごとに賞品を用意してあげましょう~! ああ、テンション上がって来たぁ~にゅふふふ」
:超うざいエルフちゃん
:煽る煽るwww
:わからせ本が売れるわけだな
:つよつよエルフ調子の乗ってるw
:お、いったな?
:なんでもするって?
:えるしぃちゃんの使用済みタオル下さい
:えるしぃちゃんの賞品本気で宝くじの一等より価値ありそう
:時価www
:国ぐるみで対策せねば
:え、モンスター育てていればよかった
う~ん、う~ん、と部屋を漁り賞品である物品を探す、その際に可愛いお尻からパンツが見えてしまいスクリーンショットの嵐が訪れる。
「――よっこらしょっと。じゃじゃん! 最初の賞品はこちら!! 『バイザー付きヘルメット(近未来SF風)』だよ~? 対衝撃、対熱変動、対魔力、対ガス、の効果があって、ここのフェイスラインが蛍光色に光るんだよ! ガスマスクの機能も持っているからマグマや海の中、宇宙空間での無酸素状態でも呼吸が可能! ――そしてそして。こうして被ると『声が変わるのだよ諸君ッ! どうだね? カッコいいだろう?(ダンディズム)』」
えるしぃちゃんがバイザー付きヘルメットを被るとシュィィンとフェイスラインが蛍光グリーン光、とっても偉大なフォースを感じそうだ。
さらに、えるしぃちゃんが愛用していたので神聖エルフ水が染み込んでいるのだ。
「これ、錬金術で地球に存在しない物質が含まれているから超激レアなんだよ!? しかも、わたしがいっつも愛用していたからちょっと使用感があるけど……大丈夫だよね? 臭くないかな? もし、勝・て・た・ら。消臭剤入れて送るね? 負けないけど! ふんすふんす」
:…………えぇ
:予想以上にマジもんでビビった
:ガチじゃんガチじゃん
:かっけぇええぇぇえぇ!!
:え……大丈夫なん? 色んな意味で
:エルフスメル満載なのか……ゴクリ……
:【ヴァイスリッター】あ゛あ゛あぁぁああぁ
:【きらら】テュイッチ持ってなかった……
:しゅんごいほしい
:【鈴】!!
:[至高の一品ですな神ッ! コントローラーはどこであったか……]
:[ステイツの為に緊急連絡をッ!]
:ひゃああああっはははぁ! 神聖エルフ汁付きだぜぇ!
「じゃあ、対戦コード表示するねぇ~。果たしてわたしに何人目で勝てるかなぁ~? もしかしたら、今日はいないかもねぇ~。――それじゃあ、せ~のっドンッ!」
対戦コードが表示されると世界中から『ボケッとモンスター』の猛者が集まった、その中にはたまたまテュイッチを持っていて急いで応募した裏の住人も数多くいたのだ。
「お! 栄えある一人目は『ウルトラスーパーボーイ』君だね? うんうん、掛かって来るがいい!!」
豪運で対戦一人目に選ばれたのは近所に住んでいる小学校低学年の少年であった。
ネット回線の世界的なラグが、たまたま近所の方が有利であったため偶然入り込めたのだ。
「じゃあ、いっくぜぇ! ――『バトルの時間だぜ!!』」
『バトルの時間だぜ!!』とはアニメ化されている『ボケッとモンスター』の主人公のキメ台詞であり、ユアチューブの配信者もモンスターバトルの際には良く言う定番となっているのである。
そして熾烈なモンスターバトルの幕がここに上がった――
◇
「ふぇっふぇっ、ふぇぇええぇぇぇぇぇえんっ!!」
えるしぃちゃんは即落ちニコマでボッコボコのフルボッコにされた。
かれこれ三十五連敗中である。
その度にテキトーに作った、超強力な守護の付与された。ハンカチ、タオル、使い古した靴などの私物が賞品として巻き上げられていた。その中には王鈴とか言う人物や、ステイツの大佐などがいたようだが……。
「ぐすっぐすっ――ずびびびびび。ふぅ、おかしい……チートやチートや!」
なお、賞品は後日発送となっております。
:【鈴】やったアル! 神聖ハンカチゲットネ
:[幸運に恵まれたな……守護のタオルとは……]
:きぃぃぃぃいいぃぃ! 入れなかった!
:カモがネギしょって来とるで
:エルフがネギをしょってるんでしょ
:【ヴァイスリッター】くっ! 入れへんわ
:あのヘルメットを手に入れた少年っぽい子は豪運やな
:私物が毟られてるwww
:ガチレアもんやなぁ
「ふんだっ! じゃあ次を最後にするね……もう、ちかれたよぅ……。賞品はコレ」
エルフのお手々に乗せられた指輪の様な物品。なぜか神聖な空気を漂わせている。
「これはねぇ。『救世の指輪』わたしが作ったジョークグッズなんだけど――――ある素質を持つ人間の元へ行くような性質を帯びております。人々の救いを求める声が聞こえ超人的な――いわゆるアメコミの様なスーパーパワーを手に入れることが出来ます。さて、この指輪に選ばれる特別な“人間”はいらっしゃいますか?」
ウェブカメラに指輪を近づけるえるしぃちゃんの目は金色に輝いている。最後の最後に悪戯好きな慈愛の女神が出てきたようだ。
:え? ママンが出て来るというは、ガチアーティファクトやん
:[!! ぜひ欲しいものですな]
:ほぇ~。え゛!? 最後にヤバイ奴が
:スーパーパワー……ゴクリ……
:厄ネタじゃねえかwww
:大いなる力ですね
:[私は自らの力を鍛えております故]
:四六時中救い求められそう
:ある意味呪物
:ヒーロー症候群なのかな?
「ふふふ――あら、あなたなんですね? では、こう宣言するのですよね? 『バトルの時間だぜ!!』と」
案の定えるしぃちゃんが順当に負けて『救世の指輪』は手の中から瞬時にどこかへ飛んで行く。
だがよく考えて欲しい。
虫酸が走るほど『正義』という言葉が大っ嫌いな慈愛の女神が『救世の指輪』というアイテムを素直に作るだろうか? ――答えは否である。
特級を超えた呪物を手に入れた人物はどこかの国で頭角を現し始めるだろう。
その顛末は後に語られることになる。
そして、配信が終了してえるしぃちゃんはとっても拗ねてしまいました。そして、そのことでちょっとした事件が起こってしまうのです。




