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社会性不適合者と仙人崩れ(〇た…〇り…だと――)

 「ん~ぁあ~ぁあ~、この、半額シール……幸せ……二つ買っちゃお」


 先程貼りだされたパックお寿司の半額シール。えるしぃちゃんにはとってもとっても輝いて見える宝物。


 しゅわしゅわの麦の飲み物は冷蔵庫から無くなっているから六本セットをカゴへ放り込む。


「ラーメンの袋麺は『うまいっちゃん』だよね、でも、みそラーメンもいいなぁ。紅ショウガと高菜も買って……。あ、配信の時に食べるお菓子も買わなきゃ。ポテチはうす塩! 異論は認める」


 ポイポイとお菓子もカゴに入れると、むふふ、と微笑む。


「あぁ~幸せ。最近人と関わり過ぎだよ……。もう、疲れちゃったよぉ。――ハッ。ひとりになりたい症候群が発症している……えるしぃちゃんそんなにコミュ強じゃないんだよぉ~っと」


 えるしぃちゃんとっても精神的に疲れていた。


 女の子は好きだ。大好きだ。ぱふぱふしたりくんかくんかするのも好きだ。


 でも、一人はもっと好きなんだ。


 昔、急に誰とも関わりたくなくなった時、スマホの電話帳を全部消したり。仕事を辞めて一切部屋をでなくなったり……。


 えるしぃちゃんの社会性は壊滅的なのである。


 ずっと、慈愛と闘神が出ているならいいけど、主人格はこんなものなのだ。


 ――慈愛~闘神~わたし、元気でないよぉ……。


「…………まぁ、ちょっと休まれてはいかがですか?」


 優し気に自身へ労り。


「ふん、『ボケッとモンスター』とテュイッチを購入したのだからのんびり厳選でもしたらどうだ?」


 気分転換を提案し。


「――そうしよっかな~、なんか力が抜けちゃう」


 脱力気味に肯定する。


 スーパーの店内で小声で一人三役を始めるえるしぃちゃん。気持ちがだいぶ参っている様である。


 スーパーのレジで店員に対してビクリと震えるも、声を発する気力さえ失われている。


 疲れ果てるとコミュニケーションを気にする余裕が無くなり、普通に行動できるのだから皮肉なものである。


 結局、様々な局面で慈愛と闘神に頼りっぱなしで、コミュ障の改善はまっっっっったく進展していないのだ。


 レジで精算が終了すると肩に掛けたエコバックに商品をポイポイ入れて行く。


「最近はがんばったなぁ……。蓮ちゃんに、きららちゃんに、あと変態女、王・鈴(ワン・リン)。部屋の家具も増えちゃったし、洋服やゲームも一緒に買いに行ったし、なんか豪華なベットになっちゃたし、良い匂いのシャンプー買ってくれたし……なんか、女の子って大変なんだね」


 自身が女の子だという自覚が薄いえるしぃちゃんは、大変だなぁ……と、他人事のようにつぶやいた。


「事務所の開設も来月に決まっちゃったしなぁ~。――どこか遠くへ旅立ちたくなって来ちゃった」


 何かがスタートする際にとっても心細くなった経験はないだろうか? ある意味、マリッジブルーな、しおしおエルフちゃん。


 普段のマイナス三百パーセントで元気がない。


 購入したパックのお寿司を帰り道に開封し、歩きながら醤油をかけて食べ始めた。


「この背徳感……癖になっちまうぜ」


 近所のどら猫がお寿司を狙ってえるしぃちゃんの周りをくるくると回り始めた。


「――ん? しょうがないにゃ~ん。ほれ、わたしがこのお寿司を……あ、確かイカとか駄目だったような……。じゃあ――ツナ缶があったな。これにしよう」


 ツナ缶をカパリとあけるとほ~いほいほ~いと、公園まで誘導しベンチに座りながらどら猫に餌を与える


 ベンチに座りながらツナを食べるどら猫を見ていると、喉が渇いたので麦の飲み物をプシュッと、開けて飲み始める。


「あんたとっても美味しそうに食べてるね~、ほれ、二つ目じゃあ。――たんとお食べ」


 ツナ缶は三個セットで買っているのでまだどら猫に上げる弾はある、ほげぇ~と猫を眺めながら口から魂が抜けていると、ちょっと猫を触りたくなったので浄化の魔法をほいっと掛けゆっくりと撫でる。


「ふぉ~、ふっかふかになったねぇ~、美味しいにゃんかぁ~? お代わりあるにゃんよ~」


 しょんぼりエルフ、でれっでれな表情で猫を可愛がっている。――ふと、視線に気づき周りを見回した。


 すると電柱の陰には変態チャイナ娘、王鈴が仲間になりたそうにこちらを見ている……。


 溜息をゆっくり吐くと、座っていたベンチの横をポンポンと叩き、座るように合図する。


 トコトコと歩いてきたので、その間にパック寿司を開封し醤油を掛けた。


「ほれ、餌だよ。たんとお食べ。食べ終わったらわたしを膝枕する栄誉を与えよう」


 にぱーっと超絶笑顔になる変態美女。食べ始めたと思ったらパックのお寿司がいつの間にか王鈴の胃袋に収まっていた。


 ――なんて残念な変態美女なんだ……。こういう性格じゃなきゃなぁ。


「――少しは味わって食えよぉ。それ、貴重な半額パック寿司なんだぞ? まぁ、いっか……。――今のわたしはツッコム元気すらないんだよぅ」


 膝をえるしぃちゃんの側に寄せて膝枕の準備万端だったので、ぽてりとちっちゃい頭を乗せて目を瞑る。


 膝枕の暖かさがジワリと伝わってくると、ほんの少し癒されているようだ。


「まぁ、鈴は変な性格だけど……。別にわたしは君を邪険に扱うつもりはないよ~。ただ、わたしは急かされるのが嫌いなんだ。穏やかにまったりさせておくれ……」


「! ――そうさせてもらうネ。今、この瞬間だけでもめっちゃ幸せアルな。わたしを素直に受け入れる何て……。えるしぃちゃんとっても重症アルネ」


 初対面の時から軍刀を突きつけられたり、あまりもの変態性に距離をとられていた王鈴。


 こうして素直に甘えて来るえるしぃちゃんを見て心の中でちょっとだけ反省した。


「うん、めっちゃ重症。人と関わるのは疲れちゃうんだ。――ああ……変態の膝枕だと考えなければ、いい匂いのするあったかい天国なんだけどにゃ~あ」


 サラサラの銀髪を優しく撫でられ始め少しウトウトしているお子様えるしぃ、王鈴は自身の涎が顔面に垂れないよう欲望を必死に抑えているようだ。(イベントCG開放にはえるしぃちゃんの好感度が足りません)


 どら猫は神聖な雰囲気を発生させるえるしぃちゃんのお腹の上に乗って一緒に寝始めた。異世界の生活でもえるしぃちゃんが昼寝をする場所は、野生動物達の天国になっていたものだ。


「ふにゃぁ~」『ふなぁ~ご』


 えるしぃ猫とどら猫が一緒になって大きく欠伸をする。


 きっと半額パックお寿司を食べている夢でも見ているのだろう、もぐもぐと口を動かしている。




 その姿をじっと見つめ王鈴は昔を思い出す。





『仙人を目指せ。我々こそは真なる理想を叶える新世代なのだ!』と主体性のない王鈴は今まで周囲に流され厳しい修業を行って来た。


 あまり人との会話を得意としていなかった彼女は、仙人としての才能が飛び抜けて高かったのか期待の新人と持て囃された。


 みんなが認めてくれる、みんなが褒めてくれる。引っ込み思案の彼女の人生は最高潮であった。


 老害である仙人候補を駆逐し『偽・仙術』などと言う総称を名付ける、軟弱な敗北者共を一掃せよっ! と言う風潮が巻き起こっていた。


 そして努力をひたすら続けた王鈴はついに待望の宝貝パオペエを発現させた。


 特別な才能とたゆまぬ努力をもってしても宝貝を発現させるのはとても困難である。まさに、発現させた王鈴は天運としかいいようのないものであった。

 

 ――だが。


理沙我知宝珠りすな・がち・ほうじゅ≫は、あらゆる媒体に情報の入出力が可能だが。保存できる領域も少なく、処理速度は王鈴の思考に依存していたのだ。


 若い仙人候補たちは失望した。なんだそれは! 本人が出来損ないの生まれならば宝貝も出来損ないの欠陥品なのだなッ! と。


 彼女の集落はかつての昔、優秀な仙人候補を輩出する名家であったのだ。


 しかし、血筋を守るため、優秀な仙人を輩出する為。異常とも思える近親婚を繰り返し、数世代後にそれは起こった。


 奇形種が生まれてきたのだ。


 眼が無かったり、腕が足りなかったり――半陰陽だったり。


 そして出来損ないと呼ばれる所以たる決定的な事件が起きる。


 かの名家の人間達が仙気を取り込み修行を行っていたのだが、取り込んだ瞬間に異形な姿へと変わり果ててしまった。


 その出来事はすぐさま力を持っていた名家によって闇に屠られたのだが人の口に戸は立てられない。


『あの名家は出来損ないを生み出すようになった』『異形なるものの血が混じり、おかしくなった』『非人道的な実験を繰り返している』と。


 さらに不幸は続く。名家の人間が修行する誰もが異形種へと変わり果てて行ったのだ。


 もうそこからは言わずとも、ものの見事に没落が始まった。


 繁栄を築いていた一族はかなりの人口となっていたのだが『異形種狩り』なるものが横行し始め急激に数を減らしていく。


 中世の魔女狩りの様に凄惨で、残虐な狩りは一族の滅亡寸前まで行われた。


 だが、時の権力者がその一族の集落を隔離し、民衆の一段下の立場に置くことで不満のはけ口へとすることを思いついた。


 その制度は半ば成功するのだが不穏分子をずっと抱える事になってしまう。


 現代に続くまでに何度もテロリズムや革命の火種になり、その一族は蔑称として『異形種』『反逆者』『悪魔の巣』『蟲毒』など、様々な呼ばれ方をした。


 様々な血が交わり、仙人の修行を行っても異形化する事は無くなったが、その一族に生まれ出でる人間の中に先祖がえりとも言えるものが極稀に発生する。


 ――それが『王・鈴』という名の人間だ。


 才能がありいずれ仙人へと至ると持て囃され、賞賛を浴びせられた彼女の転落も、かつての名家に似たような状況だ。


 仙人候補は彼女の出身を知っていた。しかし、才能があり次世代への礎にするつもりであったのだ。それが、不首尾におわり失望したのだ。所詮は欠陥品だと。


 彼女は幼い頃周りの人間達と違う事を理解していた。


 よく、母親にも『皆には内緒だよ?』と、約束をして今の今まで誰にも言っていなかったことがある。


 そうして、仙人の修行を全て辞め部屋に引きこもるようになるのは必然であった。


 修行中に稼いでいた資金で高性能なパソコンを買ってオンラインゲームをしたり、先進的な日本の文化であるラノベや、カートゥーンを視聴したり。


 そして出会った。出会ってしまったのだ。


『こんえるしぃ~。今日は道端で拾ってきた草を『雑草のサラダ~生味噌風味~』に調理していくよ~! ん? やめとけって? ――お腹が空いているんだからしょうがないんだよぉ~!』


 最初は驚くほど綺麗で可愛くてわたしもそんな風になりたいなって思った。


 次にとっても笑った、だってわたしより悲惨な食生活だし、アホなことしかしないんだ。


 そして運命が時が来た。


 急に思いついたように彼女が占いを始めた時だ、自身が疑問に思っていた事をポロッとコメントに漏らしてしまったのだ。


『わたしの存在は間違いなのですか? 生まれて来なければ良かったのではないですか?』と。


 すると驚くことにわたしが占われることとなり、画面の中の彼女は目を瞑った、何かを探られるように心に入って来る“ナニカ”がいた。仙術を学んでいたことにより知覚する事が出来のだろう。


 それはとてもとても大きく、暖かく、尊大で、偉大で、凶悪で、慈しみを覚えるような輝きに包れていった。


 気付くと涙で溢れており、手が震えていた。神を、神を見た気がしたのだ。


 配信画面に映る彼女はとても優しげな顔で微笑んでいた。わたしと目が合い語り掛けてきた。


『あなたの生まれは間違いではありませんよ? 優しい家族に望まれ、生まれてきたのではないですか』


 確かに母に愛されている事は分かっている。幼い頃に母が亡くなって孤児となってしまったが。


『では私があなたの存在を肯定しましょう。あなたの生き方を肯定しましょう。あなたの生まれを肯定しましょう。――いまのあなたを私が愛しましょう』


 声を出して泣いた。


 わんわんと、小さな子供の様に。


 いつの間にか彼女の配信は終わっていたが、心に触れられた感触は忘れられない。

 

 なにか、大きな力の様なものが体中に溢れ出していることに気が付いた。


「これ……は……」


 彼女の宝貝であった≪理沙我知宝珠りすな・がち・ほうじゅ≫に金色の輝きが混じり、能力が信じられない程に強化されていた。


 そして、その宝珠から彼女の現在の情報が流れ込んできた。


 配信が終わり、野草でお腹を壊しているシーンが映っている。


「あはっ、あはっ、あははははははは! ――えるしぃ。えるしぃちゃんはアホ可愛いなぁ…………ふひっ。愛してくれるって言ったよね? 言ったからには責任を取ってもらわないと」


 きっと彼女は王・鈴を数多くいるリスナーの一人としか認識していないだろう。


 だから。


「んー、日本のカートゥーンでは中華の人間の語尾を特徴的なものにするんだっけ? ――こんにちわネ。――わたしは王・鈴アルネ?」


 彼女の学習能力は高く日本語などすでに習得済みであった。


 あえて語尾を特徴的にすることで推しに覚えてもらおうとするガチ恋勢の誕生であった。




 そうして現在、えるしぃちゃんを膝枕している王鈴はしみじみと感慨に耽っている。


 ふわりとえるしぃちゃんの銀髪を慈しむように撫でる。


「私はあなたに首ったけなのですよ? こうして偶には飴を下さいね? あなたは覚えていないかもしれませんが『いまのあなたを私が愛しましょう』という言葉は救いになりました。――だから、私があなたを愛するんです。半端な身体ですが……」


 誰にも言わなかった事実とは『半陰陽』という身体的特徴だ。彼女の性自認は、れっきとした女性であり。それとは別にも特殊な条件下でのみ身体の一部が異形化するのだ。


 その王鈴の言葉に反応するように神聖な空気が発生した。


『――キチンと覚えていますよ? ふふふ、日本まで追いかけて来るなんて熱烈ね。私のセリフは今も変わりませんよ? ――いまのあなたを私が愛しましょう』


 膝の上に寝転がっているえるしぃちゃんの目は金色に輝き、王鈴の目を見つめながら愛を囁いた。


 その言葉に王鈴の瞳から涙が溢れ出し、プニプニの頬にぽたぽたと落涙する。


『あなたは泣き虫さんなんですね』


 そう言うと起き上がり自身の膝をポンポンと叩いた。


『ほら、交代です。少しくらい、甘えてもいいですよ?』

 

 王鈴は言われるがままに膝へ寝転がると優しく頭を撫でられる。


 その間も涙は止まらずに膝を沢山濡らしてしまった、けれども王鈴の心は幸せで一杯であった。


『よしよし。あなたは生きていいのです、胸を張って楽しく、希望にあふれた毎日を送りましょう。だから――私の傍にいて支えなさい』


「――はい。この命持ってしても。必ず」


『命は駄目ですよ? ほら、涙を拭いてあげますね』


 ボロパーカーの袖で涙を拭いているが王鈴は幸せなので気にしていない。


 それから、肌寒くなってえるしぃちゃんはくしゃみをした事により家路につく。


 王鈴の手を『しょうがねえな』という顔で握り締め、一緒にボロアパートへ歩いて行った。

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