幼馴染みの秘めたる想い
「ゆ、ゆかり!」
「ちょっと今時間ない」
また、ひゅっと避けられた。中学生の頃は「なになに?」って興味津々に寄って来てくれたのに。それに、もうじき僕は親の仕事の都合で大阪から東京へ引っ越す。そのお別れがしたい。
大学受験が忙しいのかな。金髪も黒髪に染め直して、大人しいというか、クールになった。まぁそうだよね。もう二年生だもんな。でも、でも……! ちょっとぐらい良いじゃないか。冷たい奴だな。
(ふーんだ。良い大学に行って良いキャンパスライフを送れよ、ゆかりめ!)
別に寂しくないし。良いんだ。
「――よ! 翔。どうした?」
「わぁ! 下澤!?」
こいつ。下澤は、ゆかりと同じく僕の幼馴染だ。どこからともなく湧いて来る。無駄に背が高くて釣り上がった目は、一見すると怖い。でも、ひょろひょろなのと愛嬌の良さでクラスメートの人気者だ。
下澤は下品に笑いつつ、僕の肩に手をあてて、
「フラれたか? ん?」
と言った。
「幼馴染にフラれるも何もないだろ。そういう関係じゃないし」
「ふーん……そうなのかぁ残念」
「なんだよ。お前は好きなのか?」
「さぁ~」
「胡麻化すな」
下澤とそんな話をしていると、通りすがりの女子が僕たちを見て「コントみたい」とクスクス笑っていた。何が面白いんだ。こっちは、ゆかりからハブられた気分なんだぞ。そっとしておいてほしい。
僕は、口いっぱいに酸素を吸い込み吐き出した。
下澤に言われて少し意識してしまった。「そういう関係じゃない」ってどういうことだ? 彼女にしたいかとかそういうことか? その先に何があるのか……。やばい、考えるとちょっと顔が赤くなる。
それを下澤が見逃すはずもなかった。
「わぁお~真っ赤だー。やっぱり翔はゆかりのことが好――」
言いかけたところで、下澤は「やべ!」と僕を後ろにして回る。そこには、ゆかりが立っていた。途中まで変な空気を作られたから、ゆかりにどう対応して良いかわからない。ひとことで言うと、気まずい。
体からじんわり汗がにじんできた。顔もちょっと赤いかもしれない。周囲の生徒の視線が痛い。
(これじゃ、まるで告白みたいじゃないか!)
僕はその場から逃げようと、ゆかりに背を向けた。その時、
「そーりゃ!」
背中に何かを貼られた。声はゆかりの物だった。背後からは大爆笑の嵐が起こっている。下澤もニヤニヤしながら背中に視線を集中させている。
(え、なに? イジメ?)
引っ越し前に僕は幼馴染からイジメを受けるのか。解せない。悲しくなって目がツーンとした。とにかく背中に貼られた物をひっぺ剥がそうとヤッケになる。
それはどうやら紙だったらしく、ビリッと二つに裂けてしまった。
「ああ!」
ゆかりが眉を下げて残念そうに言った。周囲の空気もヒヤッとした。ふんだ。たった一枚の紙でこの強い心が折れるものか。
(どれどれ……なんて書いてあるんだ?)
___________________
ま
た
会
え
る
___________√Ⅿ_______
し
ね
!
翔へ。
____________________
「……」
変な所で破いてしまった。「また会えるしね!」が、「また会える、死ね!」みたいになってしまった。空気を読んだのか読んでいないのか下澤が、
「翔はフェニックスだ! 何度でも蘇る!」
と訳の分からないことを言って凍った周囲の空気を少しずつ溶かしていく。ゆかりはまだ何か言いたそうに僕のことを睨んできた。
もともと気の強い子だから、何か思い通りにならないことが有ったのだろうなとは思う。もしかして紙を破いたことに対して怒っている?
僕は、
「言いたいことが有るならちゃんと言ってよ」
と、ゆかりに言ってみた。
(あ、俯いちゃった)
なんとなくだけど、僕わかっちゃったんだ。ゆかりの本当の気持ち。僕を避けているんじゃないなって。
俯いてたゆかりの顔がやっと僕に向けられた。
「あのね、翔」
「うん」
「私隠していたことがあるの」
「……うん」
これ、やっぱり告白のパターンだよなぁ。今までそういう目で見たことないけれど、ゆかりより仲のいい女子はいない。付き合うのも、アリ……かな?
いやいや、そんな軽率な考えで女の子と付き合うなんてよくないぞ!
ゆかりが口を開く。周囲の学生が興味津々で見つめてくる。はずい。
「あのね」
「うん」
「――か」
「……うん?」
「校歌の第三番を憶えていてね」
「はい?」
なんだ校歌って、僕校歌の頁を開いたことなんて一度もないぞ。
(告白じゃなかった)
期待しただけ損だった。いや、僕たちはこういう関係の方が良いのかもしれない。結局その日はお別れの挨拶も出来なかった。
(どうせは幼馴染。ふーんだ)
放課後下澤から物凄くいじられた。解せない。ホントに解せない。部屋の中で荷造りや課題、晩御飯を済ませる。大型のゲーム機なんかも段ボールに入れているから、スマホを触るだけの夜。
ふと、ゆかりの言葉が気になった。
――校歌の第三番を憶えていてね。
「そもそも僕の学校の校歌ってどんななんだ?」
初めて学生手帳の校歌のページを見る。そこにはこう記されていた。
**********************
青藍高校に吹く風は
愛しき君の頬を撫でる
永遠の絆で結ばれるよう
見えない手を握り続けよう
青藍高校に吹く風は
愛しき君の頬を撫でる
ああ青藍高校
ああ青藍高校
**********************
その時初めて、僕はゆかりの本当の気持ちが分かった。そうだ。僕だって同じ気持ちだ。この校歌はきっと僕たちのためにあるようなものだ。そう感じた。
――ピロリン♪
スマホが鳴る。ゆかりからだ。「校歌見た?」だって。なんと返そう。
(……そうだ!)
僕は「ふふ」っと笑いながら、
「好きだよ(この校歌)」
と返信した。
そりゃもう好きになっちゃったよ。意識するよ。仕方ない! こっちも意識させてやる!
――ピロリン♪
スマホが鳴る。ゆかりからだ。そこにはこう書かれていた。
「私も。ずっと好きだから。」
これは、これはぁあああああああああ! 初めて告白された、初めて告白された‼‼ しかも幼馴染のゆかりに! 思わず布団をダンダンしてしまった。物音に気付いた両親に怒られてしまった。
あと数日は青藍高校で青春を謳歌できそうだ! やったぁ!
※もっと面白くさせるために、近々改稿+加筆します。