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エスファニア・シリーズ

恋だの愛だのそんなものは幻だよ〜やさぐれ女騎士の結婚※小話追加

作者: ちくわぶ(まるどらむぎ)




彼は言った。「私と結婚してくれないか」


私は答えた。「はい、了解いたしました」


こうして私たちの結婚は決まった。




「エスファニア!お前、隊長と結婚するって本当か?」


訓練場に入ろうとしていた私を見つけると同時にウェイドが叫んだ。

同時に近くにいた同僚数人がこちらを振り返る。


どこから聞いたんだ、という疑問とやってくれたな、という気持ちが入り混ざる。

が、ウェイドは何も気にせず私に詰め寄った。


「お前、隊長と付き合ってたのか?そんな素振り全くなかったのに」


ああ、もう。うるさい。私はうんざりした。

どうしてコイツはこういう話が大好きなのだ。


「いつから隊長と付き合ってたんだよ」


嬉々として近寄ってきたウェイドに《せめて声を落とせ》と言いたかったが、

どうせコイツは言ってもきかない。


それに既にウェイドの声を聞いた数人がこちらへ耳を傾けている。

私は諦めて説明することにした。


「付き合ってないよ」


「嘘つくなよ。じゃあなんで結婚、なんて話になったんだよ」


「隊長に言われたから」


「は?」


「隊長に結婚してくれと言われたから受けた。ただそれだけ」


「はあっ?!任務じゃないんだぞ!なんだそれ!」


「うるさいな。とにかくそういうこと。――あ」


「なんだ?」


「ひとつ訂正しとく。《結婚する》んじゃなくて《結婚した》。

もう届けは出して受理されたから。一緒に暮らしてはないけどね」


「――――――」


口をあけたままになったウェイドはほっといて、私は訓練を開始した。


私は近衛騎士だ。王族を守るのが仕事。

この国でただ一人の女騎士だからといって甘やかされはしない。

むしろ逆だ。

他の騎士――男性に劣ると判断されればすぐに降格されてしまう。

今日のように非番であろうと訓練は欠かせないのだ。


しばらくしてウェイドが模造剣を二本持って戻ってきた。

一本を私に渡す。

そして手合わせをしろというように模造剣を構えてみせた。


同じ騎士の中には私が女だからと相手をしない者もいる。

そんな中、この同僚はいつも私の相手を買って出てくれた。いい奴なのだ。

友というより兄でもあり弟でもあるような存在。


これで恋の噂好きでなければもっといい奴なんだがな、と独りごちてから

私は息を整え模造剣を構えた。




◆◇◆◇◆




気がつけば、訓練場は私たち二人になっていた。

風が汗をかいた身体に心地よい。


汗を拭いた布をたたんでいると隣からウェイドの声がした。


「……お前さあ」


「何?」


「なんで隊長の求婚を受けたんだ?隊長が好きだったのか?」


笑ってしまった。


―――あれが求婚?


「《そろそろ身を固めろ》って親戚が山ほど釣書を持ってきて、うるさくてたまらなかったんだって。

で、結婚してくれないかって言われた」


「はあ?!何だよそれ」


―――誰が誰を好きだって?


「で、お互い妙な感情を持ち合わせていないならちょうどいいか、と受けた」


「は?」


「好き?馬鹿らしい。そんな感情はいっときの気の迷いだよ。

ああ、結婚は一生の愛を誓うものだ、とでも言う?

契約だから裏切るなと誓うだけでしょう」


「お前。そんな……身も蓋もない……」


「だってそうでしょ。人の心なんて変わるんだよ。一生同じ気持ちがあるなんてあり得ない。

好きだの愛してるだの、そんなのただの幻だよ。いつか消えるものなの」


「いや。そんなことないだろ。尊い気持ちだよ」


「あのさあ。あんたが言うかな?女性を取っ替え引っ替えしてるあんたが?

この一年で5人はいたよね?彼女」


ウェイドはわかりやすく狼狽えた。

私が知らないとでも思っていたのだろうか。


「お、俺は探してるだけだよ!俺には《この子》しかいないっていう女の子を。

そのためには、とにかく付き合ってみないとわからないだろ。相手のことが」


「よーく知ってるだろって言ってんの。《好き》って気持ちを何人に持った?

何人を《この子なら》って思った?気持ちはすぐに変わるの。あっけなくね」


「俺はともかくだ!お前にはジャンがいるじゃないか」


「はあ?ジャン?」


「ずっとジャンにつきあってくれって言われてただろ?知ってんだぞ。

なのにいきなり、一言もなく隊長と結婚って。あいつに悪いと思わないのか?」


何を言うんだコイツ。

私は盛大にため息を吐いた。


「思わない。付き合ってたわけじゃないし。

むしろジャンはこれで私のことを見限れるでしょう。

そしたらまたすぐに別の誰かに好きだって言うよ。あんたみたいに」


「いや、そんなことないだろ。

ジャンはお前が隊に入ってからずっとお前のことだけを見てたんだぞ?」


「私の家が借金だらけなの知ってる?」


私の家は貴族ではあるが借金だらけだ。

きっかけは領地が天災に遭ったからなので誰も責められないが、それで生活は一変した。

兄は父と金策に駆け回る日々。妹は侍女として他の貴族の家で働き、私は近衛騎士となった。


そして


母は家族を見限り家令と消えた―――


なのに父は未だ母の部屋をそのままにしている。

戻るとでも思っているのだろうか。哀れな人だ。愛という幻にしがみついて。

母の置いて行った装飾品を売れば生活も少しはましになるというのに。



「……あー。……まあ。お前んちの事情は聞いてる」


ウェイドは困ったように頬をかき、私は笑った。


「ジャンはね。親が作った借金を私が背負うことはない。二人で逃げようって」


「え?」


「二人で隊を辞めて逃げようって。借金踏み倒した無職二人の逃走。

指名手配犯だよ。誰にも見つかっちゃいけない。

で、どうやって暮らすのさって聞いたら――」


「――聞いたら?」


「愛があればなんとかなるってさ」


「―――」


「愛で腹が膨れるかっての。全く先を見てないんだよ。

ジャンはその場限りのことしか考えてない」


「……」


「優しい奴だとは思うよ。けど、私はごめんだわ。

なら手酷く振ってやった方がアイツのためにもなるでしょ」


「わからないではないけど。……その。お前んちの借金、そんなに多いのか」


「多いよ。だから私は近衛騎士になった。宿舎があって給料もいいからね」


「ちなみにその借金。隊長はなんて?」


「《私の財力なら全く問題ない》って」


「………それもどうなんだよ……」


ウェイドの背中がへなへなと曲がった。


「……聞いてると借金返済して貰えるなら誰でもいいように聞こえるけど。

お前、それでいいのか?」


「いいよ。まあ相手が触られることに嫌悪感を抱くようなタイプだったらさすがに悩むけどね。

隊長なら筋肉質だし問題は――」


「――やめろ」


ウェイドは泣きそうな声で言うと両手で顔を覆った。




◆◇◆◇◆




次の日、ウェイドと私は宿舎から王宮に向かって歩いていた。

二人で王妃様の警護にあたることになっていたのだ。


王宮が目の前となった時、後ろから足音がして振り返るとジャンがやってきた。

ウェイドと私は顔を見合わせた。ジャンは今日、非番だったはずだ。

青ざめた顔のジャンに嫌な予感しかしない。


「エスファニア。隊長と結婚したのか?」


―――ああ。やっぱりその話しか。うんざりだ。


「したよ」


私はつとめて平然と言った。

ジャンはそれが気に入らなかったらしい。


「どうしてだ!君には僕がいるじゃないか!」


大声で叫んだ。

いや、誰に誰がいるって?


私はすぐに反論しようとしたがウェイドがそれを止め、私とジャンの間に入るとジャンに言った。


「ジャン。ここでする話じゃない。お前は今日、非番だろう。宿舎へ帰れ」


「ウェイド!君も知っていたのか?!知っていて僕を笑っていたのか?」


「違う!ジャン、とにかくやめろ。その話は今晩宿舎で――」


「――エスファニア!裏切り者!何故隊長なんかと!」



―――どうしてそんな話になるのだ



悲壮感を持って叫ぶジャンと必死で止めるウェイドがまるで絵のように見えた。


王宮の目の前。同じ近衛騎士以外にも侍女達や庭師、多くの人がいる。

何人もの目がこちらを向く。


まずい、と思った。

この騒ぎ。起こしたジャンも止めようとしているウェイドも、そして私も。

このままでは全員が処罰されてしまう。


だが私は見ていることしかできなかった。

近衛騎士同士の諍いで剣を抜くわけにはいかない。

そしていくら同じ騎士でも女の私が力で二人を止められるはずがない。


どうしたら―――――


ああ、もう。

うんざりだ。


なぜこんなことになるのだ。

だから嫌なんだ。

恋だの愛だのなんて。


いっときの幻にしかすぎないものに踊らされて。


どうせすぐに消えるものなのに。

何にもならないものなのに。


そんなもののために何故、人は―――




「――やめないか馬鹿どもっ!」



びくりと身体が震え上がった。


それは組み合っていたジャンとウェイドも同じだったらしい。

二人はピクリとも動かなくなった。


「何をやっているのだ、お前たちは」


声は――隊長だった。


王宮からゆっくりと出て、ジャンとウェイドに近づいて行く。


先に我に返ったのだろうウェイドが、ジャンから手を離し隊長に跪く。

それを見た私も慌てて跪いた。


しかしジャンは。呆然とその場に立ったままだ。


隊長はそんなジャンを睨みつけた。

ジャンは狼狽えたが俯いただけで、そして言った。


「何故、エスファニアを取ったのですか」と。


「エスファニアは僕が!……私が、出会った時からずっと変わらず好きだった

女性です。貴方も知っていたはずだ。それを!」


「――彼女はお前の《もの》ではないだろう」


隊長が平然と言った正論はジャンを怒らせたらしい。

ジャンは拳を握り震えている。


「確かに、彼女には恋だの愛だのは一時の幻の様なものだからと断られました。

人の気持ちは変わるもので続くものではないと。

だが私はそんな彼女に知って欲しかった。私はずっと変わらずに彼女を好きなのだと。

そう告げ続けていたというのに貴方は――」


「――人の気持ちは変わるものだ」


「――え?」


「当然だろう。人の心は常に更新されていく。常に新しく変わっていくものだ。

ずっと同じ気持ちが続くわけがないではないか。

もし、お前が彼女を《ずっと変わらず好き》なのなら、それはもう今の気持ちではない。

止まった想いを手放せず抱えているだけではないのか?」


ジャンは目を見開いたまま動かなくなった。

そして、そのまま近くにいた騎士の一人に付き添われ宿舎へと帰って行った。



残されたウェイドがおずおずと顔を上げる。


「隊長」


「なんだ」


「その……何故、エスファニアを選んだのですか」



―――ウェイドの奴、何を聞くのだ!



私はウェイドの発言を謝るつもりで慌てて隊長を見た。


しかし彼は平然と。

なんの躊躇いもなく言い放った。



「当然だろう。――私は女性といえば彼女しか知らないのだ」



その場にいた全員の息が止まった。


聞いたウェイドは真っ青になっている。



ああ、もう。

今、最低な誤解をうみましたよ。……旦那様。


私は苦笑しながらこの気持ちをなんと呼ぶのか考えていた。



◆◇◆◇◆


※ 追加小話


 〜 真実まであと少し 〜 

 


 ※※※ ウェイド視点 ※※※



俺には苦手な奴が二人いる。


一人はエスファニアの兄貴。


妹エスファニアが近衛騎士になり王宮に上がったと同時にご挨拶を、とやってきた彼女の兄貴はその日、たまたま非番で応対した俺に聞いた。


「身長はどのくらいですか?」


何を聞くんだと不思議に思い首を傾げたら奴は笑って言ったのだ。


「墓穴を掘る時に必要なので」


鳥肌がたった。


……近衛騎士を脅すか?普通。


そりゃあ猛者なのは見ただけでわかっていた。

服を着ていてもわかる鍛えられた身体。姿勢。手にあった剣だこ。雰囲気。


借金だらけで金策に走り回らなければならない次期領主という立場でなければ間違いなく騎士になっていただろうエスファニアの兄貴は、顔は人の良さそうな笑顔で。

だが溢れる殺気を隠そうともせず俺に言ったのだ。


「私の妹エスファニアを《くれぐれも》お願いしますね」と。


今、思い出しても鳥肌がたつ。

だが兄貴の気持ちはわからないではない。


妹がこの国初の女性近衛騎士になったのだ。

つまり近衛騎士――強者の男ばかりの中に紅一点、飛び込む事になった。


おまけにエスファニアは《特別扱いは不要》だと自ら男ばかりの近衛騎士の宿舎に入った。

王が《何かと問題があるだろうから》と侍女の宿舎に入れるよう手配されていたというのに。


身内としては気が気ではなかったのだろう。

エスファニアの良い兄貴ではある。

初対面で墓穴の話をされ殺意を向けられた俺にとっては苦手でしかない奴だが。




もう一人は隊長だ。


言わずと知れた近衛騎士隊の長。


自分で言うのも何だが、俺は昔から自分を上にいける奴だと思っていた。

今でも思う。

入隊して三年。今の俺は近衛騎士の中でも五本の指に入る。出世頭だ。

数年で副隊長を抜ける自信がある。


だが――どんなに励んでも《隊長》にはなれない。


俺よりたった3歳年上なだけ。

しかし国一番と言われるに相応しい圧倒的な剣の腕とその風格。


隊長を抜けはしないのだ。何年あっても。誰であっても。

隊長が隊長として居る限り、俺が――他の奴が《隊長》になれることはない。


敵わない、と認めるしかない隊長だが、俺が苦手だと思うのには他に訳がある。


―――どうも上手く意思が伝わらないのだ。



エスファニアの兄貴と会った後。


隊長までが俺に「エスファニアを任せるから頼んだ」と言った。

俺の顔を見て、俺がエスファニアの兄貴に言われたことを察したのだと思う。


騎士は姓を名乗ることを禁じられているが隊長は貴族だ。多分高位。

騎士の宿舎で暮らしてはいない。


だから紅一点の女性騎士に宿舎で野郎どもが《悪さ》をしないよう《見張り》が欲しかったのだろう。

俺はちょうど良かったわけだ。しかし、丸投げかよ。


勘弁してくれ―――


正直、気が進まなかった。

女の子の見張り?しかも絶対に《そういう目》で見てはいけない女の子の?

何で俺が。面倒くさい。そう思った。


だがすぐにそんな考えは変わった。


エスファニアは俺が付き合っていた女の子たちとは全く違った。

彼女は騎士だったのだ。


エスファニアの訓練相手をしない同僚たちは多い。

彼女はそれを《自分が女で弱いから》だと思っているようだが酷い勘違いだ。

彼女は強い。だから負けるとわかっている同僚は決して彼女の相手をしない。


俺でも三本に一本は取られる。ちなみに彼女は兄貴から一本も取ったことがないそうだ。

……だから《自分は弱い》と思い込んでいるわけだな。


それを知った俺は大嫌いだった訓練を非番の日でも欠かさずするようになった。

俺だけじゃない。彼女が近衛隊に入ってから訓練を真面目にやる奴が増えた。


田舎の領地を守るために剣を覚え馬を駆り盗賊とやりあっていた彼女なのだ。

エスファニアは隊の中でも俺の中でも性別など超越した存在になった。


友であり、かけがえのない家族のような存在。

異性として見て想いを抱いていたのはジャンくらいのものだ。あとは―――


……本人に自覚があるのかどうかは知らないが。

いつからか隊長の視線は彼女を追っていた。


だから二人が「結婚する」という話を聞いても、俺は隊長が求婚したことはああそうかと思っただけだった。

エスファニアが受けたことには驚いたが。


それまで愛情深かった母親が、借金を抱えた途端に家族を見限り家令と逃げたせいなのか。

エスファニアは人の情を否定する。


恋だの愛だのなど幻だと。

人の気持ちはすぐに変わるのだと。


俺はそんな彼女に《夫》となった者として言ってやって欲しかった。


「結婚相手にお前を選んだのはお前を好きになったからだ」とか。

「お前を好きになり、これかも愛していきたいから結婚したのだ」とか。


そう言って欲しかったんだよ、隊長。


なのに。



――「当然だろう。――私は女性といえば彼女しか知らないのだ」――



だあ? はああああああああああ―――――――――?!


誰がそんな台詞言うと想像できたよ!!


どんだけ斜め上の答えなんだよ!!


なに盛大にとんでもないこと暴露してくれてんの? 



――ってか何だそれ!!



俺にアイツを任せるって言ったよね?

俺にアイツを野郎どもの魔の手から守れって言ったんだよね?


なのに何でアンタがアイツに手ェ出しちゃってんの?

なんでアンタが食べちゃってんの?


何してくれてんだ!!


あああああああ―――――――――?!



――――― 詰 ん だ ―――――



だめだ………終わった………


だからアンタ苦手なんだよ……隊長………



エスファニアの兄貴の溢れる殺気を思い出す。


今頃、俺の墓穴は出来上がってる頃かな………



エスファニア。


俺は見届けられないだろうけれど……どうか……

幸せになってくれ………



空を仰いで


俺は意識を手放した。



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