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ヒガシノカゼ

作者: 鈴ノ木聖陽

  

    それでも零戦は飛んで行く

    

       1945年5月

  

 広がる青空の下、250キロ爆弾を抱えた十数機の零戦のエンジンが一斉にかかる。

 先頭の零戦が爆音を立てて発進する。

 見送る側からも爆音に負けんとする程の歓声が沸き起こる。

 少し離れた小高い丘で二人の人物が会話している。

 「はる姉、兄ちゃんは今日もアメリカ退治に行くんか?うちらには全然会いに来てくれんなぁ!」 

 「いち、今はアメリカと戦争しとるんだから仕方ないし、それに、もう直ぐアメリカが降参して戦争は終わるし」

 「ほんとに?そしたら、また兄ちゃんに会えるんか?」

 「うん、必ずまた兄ちゃんに会えるよ!」

 「そうかー、楽しみじゃなぁ!」

 

 何も知らないいちの言葉と遠ざかる零戦の編隊を見て、はるかは涙ぐんでいちの頭を撫でる。



        三人の夏


       1941年7月


 俺(辻公彦)は、8歳になる妹のいち、そして、一つ年下であり19歳になる幼なじみのはるかの三人で実家近くの山に散歩に来ていた。

 途中、疲れたと言いだしグズり出したいちだったがはるかが

 「もう直ぐ山のてっぺんよ、そこでお弁当を食べましょ」

 と、上手くいちをなだめ、三人は無事に山の頂上に辿り着く。


 少し前までグズっていたいちだったが山の頂上から見下ろす田舎の町並みを見て、

 「わー、家があんな小さい!」

 と、はしゃぎはじめる。

 はるかが自前の弁当をひろげると、更にいちは息を吹き返したように元気になり、おにぎりを頬張りはじめる。

 いちのそんな姿を見て俺とはるかは目を合わせ微笑む。

 

 しかし唐突に

 「なぁ、公彦さん、あんた海軍の飛行機乗りじゃからわかっとるんだろう?」

 と、訪ねてくる。

 少し間を置き、

 「ん、ああーアメリカさんの話か?」

 俺はそう返す。

 はるかは軽く頷く。

 「まぁ、そう心配するなや、そう簡単にアメリカとは戦争にはならんて」

 おれは、はるかをなだめる様に小声で返す。

 「でも、みんな言うとるよ、日本とアメリカは戦争になるって、あんな大きな国と戦争になったら日本はどうなるん?」

 はるかが俺に食い掛かる様に返してくる。

 「だから、簡単にはアメリカとは戦争にならん、もし戦争になってもアメリカなにするものぞじゃ」  

 俺の嘘と本音が出る。

 それを聞いて、はるかは黙ってしまった。

 勿論、俺も言葉が続かなかった。

 

 いちの鼻唄だけが寂しげに二人の耳に届いていた。




           開戦

     

         1941年12月


 ハワイ諸島のひとつであるオアフ島近海に帝国海軍の小型潜水艇である甲標的の潜望鏡が上がる。

 

 米太平洋艦隊の要となる真珠湾基地が燃え上がり激しい黒煙をあげているのがはっきりと確認出来る。  

 二波にわたる帝国海軍の航空攻撃が成功した模様だ。

 

 甲標的は更に真珠湾に接近する、先に想定されていた湾外への離脱艦艇は見当たらない、やむなく真珠湾の入口へ向けて二本の魚雷が発射された。

 

 

 続々と帝国海軍の攻撃隊が六隻の空母群へ帰還してくる

、こうして緒戦は大勝利に終わった。



   

  

       いちとはるか


       1942年5月


 開戦以来、日本は連戦連勝だった。

 真珠湾では、米戦艦八隻を全て撃沈破、インド洋では迫り来るイギリス艦隊を撃破退却させた。

 破竹の進撃は勿論、いちとはるかにも届いていた。

 「日本は強いのー!」

 少し前まで昼寝をしていたいちが大本営発表でのフィリピン陥落の報を耳にしてはしゃぐ。

 「ほんとよね、いち、日本がこんなに強いとは思わんかったわ」

 「兄ちゃん、今度はミッドウェーをやるんじゃろ?」

 いちのその言葉を聞き、はるかは固まる。

 確かに帝国海軍は近々ミッドウェー島を攻略するという噂を耳にするが、まさかこんな幼い子供にまで。

 真珠湾の時は一切、情報は流れて来なかったのに、帝国海軍、そして公彦さん大丈夫だろうか…

 

 

 

         ミッドウェー


        1942年6月


 アメリカ海軍の航空基地が存在し、真珠湾の西方近くに浮かぶミッドウェー島に帝国海軍航空隊が投下した爆弾が炸裂している、しかし、滑走路に敵機は見当たらず対空砲火が予想外に激しく、航空攻撃は中途半端な結果となった。

 やむなく、帝国海軍は再度、ミッドウェー島を攻撃する決断を下した。

 当初の計画では、速やかにミッドウェー島の航空戦力と滑走路を無力化し、迎え撃って来ると予想された米空母群を壊滅し、その後、上陸部隊をもってミッドウェー島を攻略する手筈だったが予想外の抵抗に作戦変更を余儀なくされた。

 準備していた魚雷は陸用爆弾に変更、その間に敵の雷撃隊の散発的な攻撃を受けたが、零戦隊が獅子奮迅の戦いを展開、その全てを退けた。

 その零戦隊の中には公彦の姿もあり敵機二機を撃墜していた。

 

 敵空母発見

 

 索敵機より無電が入る。

 慌てふためく司令部。

 目の前にいる脅威を叩くべきとの決断により、再度、陸用爆弾から、魚雷への変更の命令が下される。


 公彦が所属する零戦隊が燃料切れの為、空母蒼竜へ着艦する。

 艦内での兵装転換にはまだまだ時間がかかりそうだった。

 

 

 

           落日


 公彦が少し離れた位置にいる空母加賀に目を向ける。

 やはり、兵装転換は遅遅として進んでいない模様だった。

 直後、空を切り裂く様な音が公彦の耳に入る。

 公彦は、直感で敵機の接近を確信し廻りを見渡す、上空に敵の急降下爆撃機を発見する。

 

 数秒後、空母加賀の周りに水柱が立ち上る。

 水柱が消え去る前に強烈な閃光が走り、ドーン!と、衝撃音が公彦の耳に届く、次に巨大な爆発が空母加賀の艦内で発生する。

 「加賀がやられた!」

 誰かが叫ぶ。

 

 空母加賀は炎と黒煙に包まれる。

 

 公彦は、その光景を信じることが出来ない様子だったが更に上空から急降下爆撃機の鋭い音がする事に気が付く、見上げると、もう敵機は直ぐ近くまで接近している、公彦は危険を察知して甲板横の対空機銃の砲座に身を滑らせる、爆弾の降下音が耳に響く!

 「頼む、外れろ!」

 公彦が伏せながら叫ぶ。



 

 敵の艦載機が去っていく。

 そこに残されたのは無残に撃ちのめされた帝国海軍の空母群の姿だった。

 空母加賀、蒼竜、そして旗艦である赤城までもが敵急降下爆撃機の餌食となり誘爆と黒煙に包まれている、護衛の零戦隊が力無く上空を旋回している。

 数キロ離れた位置にいた空母飛龍のみが無傷だった。


 その後、空母飛龍が二度に渡り敵空母へ反撃を行い爆弾と魚雷を命中させたが奮戦虚しく飛龍も大破炎上し帝国海軍空母部隊は壊滅した。

 

 後方に陣を構えていた戦艦大和率いる主力部隊に空母部隊壊滅の報告が入る。

 急遽発案された夜戦も中止となり、作戦は大敗に終わった。

 

 太平洋の真ん中に勝機は失われたのだった。


   

  

         疎開


      1945年 1月


 連日のように日本は激しい空襲を受けていた。

 

 度重なる激闘の末、連合艦隊は壊滅していた。


 開戦から3年が経過していた。

 

 はるかは、公彦の死、そして帝国海軍の死を確信していた。

  

 「やっぱり、無謀だったんじゃ、この戦争は」

 眠るいちには、聞こえない声ではるかは呟く。

 

 アメリカ軍の空襲は、いちとはるかの住む町にも迫りつつあった。

 

 

 

 空襲から逃れる為、疎開する、いちの姿があった。

 はるかは、いちを見送る。

 いちには、何の事かわからない様子だった。

 それでも、いちは同級生達と共に機関車に乗り旅立つ。

 

 

 

      

         神風特攻隊


 いちがはるかの元を去り、数日が過ぎた。

 新聞には連日のように、神風特攻隊の戦果が報じられていた。

 神風特攻隊が最初に報じられたのは昨年のフィリピンでの事だった。

  次々と報じられる大戦果、舞い上がる国民。

 はるかも、それに胸を躍らせたが、その反面、疑問もよぎる。

 なぜ、空襲が収まらないのか?

 敵が大国であるアメリカだから、ある程度は仕方がないのだろう、はるかは自分にそう言い聞かせる日々が続いた。

 そんな、日々を過ごす中、はるかは一計を案じる。

 いちは、お兄ちゃんである公彦さんの帰りを待っている。

 零戦の姿は、いちも知っている。

 そして、公彦さんが零戦に乗っていた事も知っている、今は嘘も方便という言葉を信じるしかなかった。


  


       送る日々

 

 

 はるかは、 



  

 



     


 

 

         

 

 




    

 

   



  





        

 

 


  



        

       



        


      

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