第五話 新しい日常
ヤっホぉおい! みんな元気か〜
お前らも、転生するなら犬がいいぜ。ワンコ、さいこー!!
いや〜 最初はビビったけど、今じゃ快適快適〜
何せ、働かなくて良いんだぞ!
衣はないけど食住ばっちり! 贅沢だろ?
食っては寝て、食っては寝ての、お気楽な暮らしだ。
食うのも寝るのも、好きな時にすれば良い。誰も文句は言わねえ。
日銭稼ぎに苦労してた頃が、馬鹿らしくなるぜ。
味覚が変わったからな、ドンペリなんか不味いわ。
ヒカリが買ってきたコンビニのドックフード、むっちゃうめえ〜
嘘と思うなら、お前らも食ってみな!
そりゃ俺様は賢いからな、玄関上がって部屋に入るようなアホな真似はしねえ。
ちょっと大人しくすれば、「わあ、ブチかしこい」ってヒカリ様も大満足よ。
チョロいチョロい。ご主人様を悦ばせるのも、大事な役目さ。
保健所に行った時も、ちゃんと大人しくしてたぞ。初めての車でも暴れなかったし、痛え痛えとワンワン騒ぐ周りの犬達とは違って、さっと手を出して直ぐ終わりよ。獣医さんからも、「偉いね」って褒められたさ。まあ転生してやり直しだから、コツは掴んでるわな。いや〜、楽勝楽勝〜
あれからご主人が俺様の豪邸を買って来てくれて、庭が俺の居場所になった。小ぢんまりだけど塀に囲われてるから外の目は気にしなくていい。晴れた日は草の上に寝転ぶの、気持ちいいんだ。今は寒いが、俺の毛皮ならどうってことはない。
首輪につなぐ紐もかなり長くしてもらったから、一通り走り回れる。庭には木もはえていて、爪を研ぐのに丁度いいぜ。穴掘るとダンゴムシとかいるからな、オヤツ代りになる。それに、庭の穴掘りも立派な仕事よ。遊んでるんじゃねえぜ? 土の入れ替えをしてるのさ。
これでもやる事いっぱいあるんだぞ?!
思ってたより忙しくて、毎日が大変なんだ。
まず縄張りに変な犬や猫が入ってこないように、見張らなきゃならねえ。
マーキング、大事。匂いで不法侵入も分かるしな。特に、猫はヤバい。
下の世話をしてもらうのは恥ずかしかったが、直ぐ慣れた。
この家にやってきて、段々事情が分かってきた。
どうやら、お父さんはいないようだ。
そう言えば保育園の頃から、見たことねえな。
だが、オバさんとヒカリで住むくらいが丁度いいぐらいの広さだ。
古い昭和みたいな家で、縁側もある。
ま、俺の仲間でこんな家に住んでいたのは、一人か二人だけだな。
金持ちの部類に入るのは、間違いない。
けどヒカリんちよりもヤバいのは、隣の家。マジでけえ。
ブロック塀の向こうに、三階建ての立派な屋敷がずんと見下ろしてんだ。
そして、なんか嫌な匂いがする。臭い。
こりゃかなわんと思って塀の下にある穴から覗いたら……
いたんだな、猫が。しかもかなりの美猫。
女だったら直ぐ声かけてナンパするぐらい綺麗だが、相手は生憎と猫だ。
やることは一つ、思いっきり吠えまくった。
ワンワンワワンワワンワン!!、てな。
だが猫は全く動じねえ。ふてえ猫だ。ちくしょうと思いつつ、俺には吠えるしかなかった。繋がれた犬なんか怖くねえんだろう、あの美猫、こちらを一度も見ずに、プール側で上品に寝そべってた。そう、プールがある家なんて、初めて見た! すげえよなあ。隙間からしか覗けねえが、本当に別世界だ。
ちょっとここに住むのが嫌になったが、これくらいは仕方ねえか。
もちろん、番犬としての役割も弁えている。
宅急便だろうが郵便配達だろうが、役目を終えて帰る後ろ姿に吠えてやるのさ! 優しいだろ?
いや〜 極楽極楽。 ヒカリも裏表ねえし、ほんと良いご主人様よ。
しっかしこの家、色気はねえな。
おばさんが歳なのは分かるけど、あいつまだ二十代半ばだ。
昔のもっさい格好からは良くなったけど、まだまだ。
それに、彼氏がいる雰囲気すらない。
あれだな、働き過ぎだ。ヒカリが帰ってくるのはいつも俺様が寝てる、夜遅くなんだ。俺の嗅覚と聴覚は人間より遥かに上だから、かなり遠くからでもヒカリが分かる。気づくとすぐ起きて、ワンワン!!と喜びの声を上げちまうんだが、近所迷惑と思わないこともない。
でも「ただいま、ブチ」と撫でてもらえるから最高さ!
しかしオバさんも忙しいみてえで、週に三回くらいは夜勤で留守だ。
俺もやってが、昼夜逆転って結構つれえよな。
ただその分時々はオバさんが昼間もいるから、散歩もしてもらえてラッキーだけど。
オバさんも優しくて、俺のオカンとは大違いだ。
いや〜 こっちの子供に生まれてくりゃ、良かった。
散歩といえば、近くの川や公園に行くんだ。でも、犬のくせに服まで着てスカしてる奴らも沢山いて、ムカムカする。陣地の横取りなんてしょっちゅうだ。なんだか、犬同士でもめんどくせえな。
ま、細かいことは言いっこなしだ。
今日もやるぜ〜 任せろよ! むにゃむにゃ……
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『おいブチ、ほら、起きろ』
「何だよ…… あ、お前!」
どうも、寝ていたらしい。久しぶりに見るお釈迦様であった。かつてリュウセイと言われた男は、今やブチとして馴染み、夢の中でも自然にブチの姿だ。
『ブチ、そのままで本当に良いのか?』
「え、何ですワン?」
『このままでは、極楽に行けんぞ』
「ファっ!! そうだった!!」
当初の目的をすっかり忘れていた。慌ててリュウセイの姿に戻る。
お釈迦様は相変わらずのアルカイックスマイルで、冷ややかな目をしていた。
『ほれ、今のステータスだ』
【ステータス】
名前 :ブチ
徳 :☆☆☆☆☆
イケメン力:★☆☆☆☆
洞察力 :★☆☆☆☆
統率力 :★☆☆☆☆
コミュ力 :★★☆☆☆
腕力 :★★★★☆
特殊能力 :怠惰
「何も変わってねえ!! 怠惰、ってどう読むんだ?」
『当たり前じゃ、何もしとらんのだから。怠惰は『たいだ』、と読むのじゃ。なまけものと言う意味じゃ。まさにお前だろ?』
「……」
事実に、リュウセイは言い返せない。
『こういうのも、困るのじゃ。地獄を何と心得る? お前らみたいなクズどもを矯正させるための、限りある資源を使ったありがたい施設じゃ。居座られても迷惑なんじゃ。チャンスを与えるためにああ言うイベントをやっておるのに、このままじゃ、またノルマ達成できん。他の神から文句を言われて、わしも迷惑なのじゃ』
どうも、神様の世界もノルマがあるらしい。初めて聞く話だ。
「そうなのか、お前も大変だな。どの神様が一番なんだ? やっぱキリスト?」
『いや、最近は落ち目だな』
「ふーん」
『それはともかく、もう少しやる気を出せ。頼むぞ』
「はーーい」
気のないリュウセイの返事を聞いて、ため息をつきながらお釈迦様は消えていった。