第二話 転生? 何それ? 美味しいの?
上を見ると、地獄の天井に穴がぽっかり空き、その先は青い。
確かに、極楽への道が続いている。
イケメン達を押し除け、リュウセイは全集中で登っていく。
昔はお釈迦様が絶妙なタイミングで切り落とし、罪人達を再び地獄へ落とすのがお約束だった。希望が瞬時に絶望に変わって恐怖する顔を見たさの、快感を求めた気晴らしだ。
罪人相手なので世論も喚起されなかったけれど、近頃は他の神に人権侵害だとクドクド言われ、何かと面倒臭い。
仕方ないから、一人ゴールするまでは糸を切らないルールができた。
守る義理もないが、イケメン見たさに天女達は切るなと煩く、そのままにする。
「キャー! お釈迦様! イケメンたちが上がってきますぅ!」
「あの坊主頭、かっこいぃ!」
「私はあっちのジャニ風が良いな。あ、やられちゃった」
「筋肉すごい! 触らせて〜!」
「頑張れー!」
天女達の可愛い声で発奮し、イケメン共も気合が入る。
地獄で武器の携帯は禁止されているから、己の身体一つで勝負だ。
何だか、昔やってたアイドル水泳大会の逆バージョンにも思える。
「ユウジ、戻ってきて!! 今日の夜もサービスするって言ったでしょ?」
「テツヤ、私をおいていかないで!! 約束守ってよぉお!!」
「こらぁあ、おどれら舐めとんかぁあ!!」
下からは、裏切られた鬼女達が発する怨嗟の声が、地鳴りのごとく鳴り響く。
対極な彼女達の絶妙なハーモニーに挟まれ、イケメン共は必死に上がった。
群がるイケメン達があまりに多く、誰が糸を手繰っているのか分からない。
要領よくこいつらの背中を踏みつけて行く方が、手っ取り早い。
あちこちで乱闘が起き、巻き添えで落ちていくイケメンもいる。
(くそ、負けねえぞ!)
リュウセイは必死にしがみつき、イケメン共をなぎ倒していく。
高校中退の頃から荒んだ生活だったので、喧嘩慣れしている。
昔取った杵柄とでも言おうか。だが、そう簡単ではない。
(しっかし何で俺が、こんな目に……)
思えば、イケメンだったおかげで小さい頃は苦労知らず。
幼稚園でも保育士さん達には可愛がられ、悪さをしてもブサ男のせいにした。
なぜかリュウセイの言い分は常に通り、あいつらは怒られ役だった。
小学生や中学生でも状況は変わらず、いいとこ取りだ。結婚適齢期を過ぎた行き遅れの先生をあしらうのも、学年が上がるにつれ上手くなった。このまま勝ち組かと思った中三に、現実が待ち構えていた。
成績が悪かった……
顔が良くても、頭の悪さはどうしようもない。内申書も、ごまかせない。
勉強しろと誰も言ってくれなければ、する訳がない。
向かうところ敵なしだったのに、世の中甘くなかった。たまに原宿や渋谷でスカウトされても、芸能界に行くほどの覚悟もなく、これじゃヤバイと思い始めた十五の夜である。
適当に選んだ高校に入り、卒業後の現実を知って、人生詰んだと自覚する。
そうなるとやる気が失せ、何もかもつまらなくなった。
勉強に身が入るわけもなく、中退。誘われてホスト業もやったが、顔だけじゃ声もかからず、金ばかりかかって直ぐ辞めた。その後は日銭を稼ぐために、オレオレ詐欺をしたり女を風俗に沈めてヒモ生活を満喫する中、つまらない喧嘩に巻き込まれ、ナイフで刺されてあっけない最後となる。
これなら地獄行きで当然だが、本人は微塵もそう思ってない。
とにかく今は、与えられたチャンスを掴むのに懸命である。
「いや〜 明るい!」
やっと地上に出る。久しぶりの地上界は爽やかで、ずっと居たくなる。
しかし目的は別だ。リュウセイは一心不乱に、更に上へと登り続けた。
蜘蛛の糸は丈夫で、これだけの大人数がつかんでも切れる気配はない。
山よりも高く上り、下界が小さくなる。
周りにいるイケメン達も減り始め、だんだんトップが見えてくる。
威勢は良かったものの、ここまで根性のあるイケメンは少ないらしい。
若くして死んだおかげで、有利になっている。
死人なのに体力勝負も変だけど、とにかく先頭集団に入れた。
(おっしゃ、行ける!)
無心に上り続けるうちに、やっと天界の雲が間近に見えてきた。
気づくと、リュウセイがトップに躍り出ている。
(よっしゃ、一番じゃ!!)
このまま行けば、夢の極楽住まい。
天女達の顔と質は知らないけれど、鬼女よりはマシだろう。
(お、雲の上に人影が見えてきた。天女達か?)
とうとう、念願の極楽が目と鼻の先までやってきた。
しかし、そう簡単にはいかない。
勝ったも同然と邪念が湧いて油断していると、往年の横綱白王みたいな汗だく男が上ってきた。体型は普通でも、こいつだけ肘にサポーターが巻いてある。
「おりゃあ、くらえ!」
リュウセイが先手を取って、殴りかかる。
だが相手の汗で滑って、バランスを崩す。
「ふ、甘いな」
「うわぁ!!」
エルボーを食らい、リュウセイは滑り落ちる。
何とか糸にしがみついたものの、この間に男は極楽へ辿り着いていた。
「ちくしょお!!」
悔しがるリュウセイを尻目に、男は得意満面の笑みだ。
「ケイィイ!!!」
極楽にいた天女の一人が、その男の名を呼ぶ。すると男は「マコ!」とその天女の名を呼び、熱い抱擁と口づけを交わすと、何処かへと去って行った。
「やっぱ極楽にコネがあると得だよな。前世は『川の王子』だったとか」
「極楽は税金使わねえからな、勝手にやってくれ」
「あの肘のサポーター、反則じゃねえのか?」
下にいる男達から、文句が聞こえる。
(マジかよ…… 出来レース?)
終わった事に、今さら文句を言っても無駄だ。
ただ、まだ穴は閉じてないし、糸も切れていない。
希望を捨て切れないでいると、今度は雲の合間から、大きなハサミを持つ天女が覗き込んできた。
「あら、未だいるんですか?」
天女は微笑みながら、男達を見下ろしている。
「お、おい、助けてくれ!」
「もう一人か二人上がっても、良いだろ?」
「ここまで来たんだからさあ、良い思いしようよ?」
そのハサミで切られたら、万事休すだ。
リュウセイも下にいる男達も、必死に懇願する。
「良いですね、その絶望で歪んだイケメン顔。ホント、眼福」
満足げに微笑む天女は、明らかなS気質である。
顔が可愛いだけに腹が立つけれど、なりふり構ってはいられない。
「頼むよ、大事にするからさ。君みたいな可愛い子、好みなんだ」
「おあいにく様、間に合ってます」
「ちくしょう! このブス! ふざけんな!」
「あらあら、可愛いって嘘だったんですか? 困りましたねえ」
罵倒されても顔色一つ変えないこの天女、かなり余裕がある。
「ここまでお疲れ様。残念ですが、お別れです。その歪んだ情けないイケメン顔が続くように、時間をかけてゆっくり切ってあげますね」
防ごうにも、両腕じゃないと糸を掴みきれない。
思わせぶりな顔でこちらをチラチラ見ながら、これ見よがしに糸にハサミを入れようとした時、
「チクショッォオ!! てめえら、なめんなよぉおお!!!!」
とリュウセイは火事場の力を爆発させ、驚く天女の腕を掴む。
流石の天女も、鬼気迫るリュウセイの顔に怯えた。
「きゃ、止めて! この変態!」
悪態をつく天女に構わずそのまま極楽の雲に手をかけ、遂にゴールとなる。
❖ ❖ ❖ ❖ ❖ ❖
ハア、ハア……
しんどくて、まだ立ち上がれない。
天女達は珍獣を見るかのように遠巻きにリュウセイを眺め、ヒソヒソ話をしている。彼女達もどうして良いのか困っていた。
「お釈迦様が来られました!」
一人の天女の声に、場が静まる。
すると蓮の池の方から、確かに釈迦らしき人物がやってきた。
巨大でもなく黄金の鎧も纏わず、立川にいる時のラフな格好でもない。
至ってお釈迦様らしい、アルカイックスマイルの気高いお姿だ。
お釈迦様はリュウセイを見つけると、細い目を少し開けた。
「おや、既に一人来たのに、もう一人いるのか?」
「そうなんです。私の手を掴んで無理やり……」
先ほどのハサミを持った天女は、罰が悪そうな顔をしている。
「ふうん。極楽も定員オーバーに近いからな、困るのう」
お釈迦様の割に小物っぽく、本当に嫌そうな顔をしている。
「待てよ! ちゃんと上ってきたんだから、良いだろ?」
リュウセイは必死だった。ここで地獄にまた戻されたら、元も子もない。
とにかく、ここから落とされたら、たまったもんじゃない。
「そうは言っても定員があるからな。選挙でもするか? 郵便投票付きで」
「そんなの負けるに決まってんだろ!」
リュウセイは、怒り心頭だ。
ちなみにイケメンが日々地獄に堕ちて来るので、現世の情報はそれなりにある。
「ふむ。じゃあ転生して【徳】を積んでくるがよい。それで決めよう」
「転生? 徳?」
リュウセイには、耳慣れない言葉だった。
そういえば、ホストクラブに職業ラノベ作家とかいう女が来ていた事を、思い出す。異世界がどうとか俺TUEEEとかチンプンカンプンだったけど、化粧も服も派手で太鼓持ちの編集をはべらせ、儲かってるのだけは分かった。
「どうやって積むんだ? 石みたいなもんか?」
リュウセイは、賽の河原積みと勘違いしている。
「いや、そういうものでは無い」
「だから、どうやれば良いんだよ? ちゃんと教えてからやらせろよ!」
「ああしつこい。迷わず行けよ。行けば分かるさ。はい目ぇつむって。いち、に、さん」
次に目を開けた時、リュウセイはびしょ濡れになって街をさまよっていた。
念のためですが、この作品はあくまでフィクションであり、実在する人物などとは全くの無関係です。