第十七話 ヒカリ奪還
タカシのアドバイス通り、そこの土は柔らかくブロック塀の下も難なく掘れる。ブチは鼻ゴフゴフしつつガンガン掘り進め、遂に家の外まで繋がった。
(おっしゃぁああ!!!)
必死にくぐり外に出ると、ブルブルっと体をふり、泥を落とす。
だが全然落ちず、真っ黒なままだ。これ以上は仕方ない。
振り向くと、タカシの周りに天女たちが集まっている。
どうやら、時間切れらしい。
『リュウセイ君、後はお願いするよ。僕のご主人、頼りなくてごめんね。あ、そうだ。黒幕は氷黒っていうヤクザみたいなおじさんだよ。きっとリュウセイ君なら見れば分かると思う。気を付けて』
『ヒグロ? そいつは、何で光里を襲うんだ?』
『ごめん、そこは聞いてなかった』
『しゃあねえな。ありがとよ、タカシ!』
『じゃあね。向こうで待ってるよ』
こうしてタカシは、天に召されて行った。
一方ブチは、ヒカリを探す旅に出る。
夜も遅く、人通りも少ない。人目を気にせず、ブチは疾走した。
(おっしゃぁああ!! ヒカリィイ、どこだぁあ?)
まずはクンクンと、道路に擦り付けるようにして鼻センサーを最大にする。道の一つにヒカリの香りが、ほのかに続いていた。ここが川山田駅に向かう毎日の通勤経路のようだ。
(待ってろよ!)
最近運動不足の鬱憤を晴らすかの如く、ブチは全力で走りまくる。血が滾り興奮するのは、本能らしい。喧嘩好きなブチにとって、こんな場面は大好きだ。
匂いを辿って閑静な住宅街を進んで行き、人気の無い小さな商店街を出ると、大通りの横断歩道にやって来た。ここを渡れば、駅まで一直線で行ける。
(ん?)
対面の信号近くに大きな白いバンが停車しており、数人たむろしていた。良く見えないが、誰かを囲んでいるようだ。行き交う車の音に混じり、声が聞こえる。
「い、嫌です」
「まあ、そう言わず。話だけでも」
「そうそう、お姉さん綺麗だし。ちょっとだけ」
「や、止めてください」
ヒカリだ。見つけた!
信号が青になるや否や、ブチは真っ直ぐ駆けて突進する。
ワンぅんん!!
(待てぇええ!!! ヒカリから離れろ!!)
ブチの向かう先には、無理やりバンに乗せられそうな光里と怪しい男三人がいた。格好はチャラい二十代で、タカシの言うヤクザみたいなオヤジはいない。
初め男共は野良犬のブチに無関心だったが、止まらず猛進して牙を剥くブチの姿に、狼狽し始めた。大きくジャンプして、ヒカリを掴んでいる男の腕を噛む。
「痛ぇ! うわ、何だこの犬?」
「おい、やめろ、こら!」
「おれ、犬苦手なんだぁ!」
ワゥウ!! ワンワン!!
「え? ブチ?」
真っ黒で汚くても、光里はブチと分かったようだ。
男達に反撃の間を与えることなく服を噛み切ったりスネを噛むと、たちまち悲鳴が上がる。乱闘騒ぎに周りの民家も、何かが起きていると気付く。明かりがつき、ベランダから様子を伺う人もいた。
ワンワン!!
振り払われても何度も立ち向かうブチに、男共は手を焼いた。
やがて駅の方から、警官が歩いてきた。助かった、これなら一安心だ。人間の頃は目の敵だったお巡りさんが、これほど頼もしく見えたことは無い。
「ヤベェ、一旦引き上げるぞ」
「うっす」
「畜生、覚えていやがれ!」
三人の男は、慌ててバンに乗り込み走り去って行った。
(フウ、何とかやったぜ……)
、暴れまくったブチも、息が切れそうだ。
ハアハアと舌を出して、呼吸を整える。
一難去って光里は気が緩んだのか、ぺたんと座り込む。ブチが近寄って慰めるようにほっぺたをペロペロ舐めると、光里の目に涙が浮かんだ。
「ブチ……」
泥で汚れているにも関わらず、光里はブチをギュッと強く抱きしめる。彼女の心臓の鼓動は、まだ早い。やはり相当ショックだったらしい。
「怖かったよぉお。ありがとう、ブチ!!」
(ふ〜、何とか間に合ってよかった)
タカシのおかげで、光里を付け狙う奴らがいることはわかった。
今日は偶々うまくいったが、今後は対策を考えねばならない。
「大丈夫ですか?」
騒ぎを聞きつけて来た警官は、がっしりした体格の男性と小柄な女性二人だった。
「いえ、なんか急に男の人達に話しかけられて……」
「この犬は? 野良犬?」
男の警官は、不審そうにブチを見る。紐も付いてないから明らかに怪しく見える。
「あ、私の犬なんです。すいません、紐外れてて」
「じゃあ、特に問題はないんですね」
「はい。あ、いえ、男の人達に無理やり車に乗せられそうになったんです……」
「さっきの車ね。交番で話を聞いた方が良い?」
女性警官の方は、事情が飲み込めているようだ。
「いえ、大丈夫です」
説明下手な光里は、行っても話せる自信が無かった。初めて会った相手だし、特徴も良く覚えていない。光里に声をかけて来たのも偶々だろうし、これ以上関わりたくなかった。
「そう。じゃあ巡回を多くしておきます。気をつけて」
「ありがとうございます!」
ワン!
光里は二人に深々とおじぎをして、ブチと一緒に帰って行った。
「ブチ、ありがと〜 でも何で来れたの?」
帰り道、少し落ち着いた光里は不思議そうにブチに聞く。
ワゥ?
聞こえないフリをして、ブチは道端の草を食う。
「ま、良いか。とにかくありがとう。帰ったら体きれいに洗ってあげるね」
ワン!
(細えことは言いっこなしよ)
あの穴は今後も使える。黙ることに決めたブチであった。
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『大活躍だったようじゃの』
『まあな。タカシのおかげだけどな』
『光里みたいな子が不幸になるのは、儂も耐えられん。仮にお前ら二人が死んで極楽に来ても、嬉しくはない』
『そりゃそうだ』
『ほら、ステータスじゃ』
【ステータス】
名前 :ブチ
徳 :★★★★☆
イケメン力:★★★☆☆
洞察力 :★★★☆☆
統率力 :★★★☆☆
コミュ力 :★★★☆☆
腕力 :★★★★☆
特殊能力 :
アイテム :ナイルの炎
『おお、遂にあと一つかよ!』
『長かったが、だいぶ頑張ったの。現世に送った甲斐があったと言うものじゃ』
問題児の流星が何とかここまで来て、お釈迦様はホッとしている。
『そういや、タカシは元気か?』
『ああ、今はゆっくり楽しく過ごしておる。ショタ好きの天女達に囲まれて、ウハウハじゃ。『これじゃ、入院してた頃と変わらないよ』とか言っとるわ』
『マジかよ!』
少し羨ましくなる。
『お前ももう直ぐじゃ。イケメンだから天女達もほっとかんだろう』
『いやあ、それほどでも』
そう言いつつもリュウセイの顔はニヤついている。ヒカリが心配ではあるが、それはそれ、これはこれ。残り一つでやる気が出てきたリュウセイであった。




