第十四話 再会
「じゃ、おうち帰ろうね」
ワンッ!
翌日、ヒカリとブチは帰宅の途につく。
ゴミも全て車に入れて、出発だ。
ガタガタガタッ!!
ワゥウ〜!!
(うわっ揺れる、ヤベえ!)
行きは熟睡してて気付かなかったが、家から続くデコボコ道はジェットコースターみたいに上下左右に揺れて、ブチは焦る。下り終えて村と反対側の道に進むと、今度は森のトンネルに入った。まだ冬だから枯れ木が多いものの、春になれは緑が映えるだろう。トンネルを抜け、道は渓谷沿いに進む。自然あふれる山道は物珍しく、車窓から見るだけでも楽しかった。ヒカリが窓を少し開けてくれ、ワンワン吠えながら外の様子を眺める。
高速のインターに割と近かったのは意外で、予想より早く、我が家へ到着。家のガレージで車を停め光里がドアを開けると、ブチは思いっきり飛び出し、勢いよく庭を駆け回った。
ワウワウ〜!! ワンワン!!
(ふぅー、元の生活に戻れるぜっ!)
死の予感を感じ恐怖に怯えつつ家を出た昨日が、夢のようだ。
再び元気に戻ってきて、ご満悦である。
こうして、ブチにとって穏やかな日々が再開する。
だが光里の方は会社勤めが始まり、慌ただしくなった。
以前と変わらぬ朝早く夜遅い生活サイクルで、ブチの世話はしづらくなる。毎日餌と水だけは切らさずに置いておくものの、「ブチごめんね」と謝りながら家を出る光里だった。
ワゥ〜 ワンワン!
(頑張れよ、ヒカリ!)
応援のエールをした後は、ブチの時間だ。
(ふう〜 のんびりすっか〜)
縄を外されているから、庭を自由に走り回れる。だから散歩しなくても、運動不足は解消できた。偶には河川敷まで行って縄張りをマーキングしたいが、今は我が儘を言える時じゃない。ちなみにあの変な物が出てきた木の周辺だけは、近付いてない。
最近のお気に入りは、塀のそばでの土堀りだ。土は適度に掘りやすく、ブロック塀の下に穴を開けるのが面白くてついつい熱が入った。トイレがわりにして再び埋めればヒカリに迷惑もかけないから、一石二鳥である。
しばらくこんな日々が続き、やっと時間ができた日曜の昼前、ヒカリとブチは散歩に出る。今日は寒さも和らいできたが、まだ三寒四温の日々だ。公園に来てみると、ベンチに座る敬浩とその前でよちよち歩くルーシーがいた。
「こんにちは、清河さん」
「あ、お久しぶりです」
「こちらに、どうですか」
「あ、ありがとうございます」
敬浩に勧められ、光里もベンチに座る。彼がいるのを期待して、少し化粧とお洒落をしてきた甲斐があったようだ。ただソーシャルディスタンスで、体一つ分空いているのは仕方がない。
ブチはブチで、ルーシーとの再会を喜びじゃれあっていた。二匹に興味を持った子供達もやってきて、触ろうとしている。
「相変わらず元気な犬ですね」
「すいません、ご迷惑をおかけして……」
「良いですよ。それより、お母さんは残念でした」
「あ、はい…… 近所のみなさん、ご存知ですよね……」
「まあ、騒ぎでしたからね……」
やはりまだ傷は癒えてない光里は、敬浩に母の話題を出され、俯いて黙りこくる。敬浩は気まずそうな顔をして、無理に話を続けた。
「今はお一人で、大変じゃないですか?」
「……そうですね。家事や仕事は良いんですけど、口座変更や相続関係とかの書類処理が大変で…… 市役所や税理士さんとかに相談してるんですが、どうすれば良いか悩みますね……」
「そうですよね。失礼ですが、ご親戚は?」
「居ないです…… 父の実家はもう誰も住んでないし、母の実家は行ったことないから、親戚が何処にいるのか分からないんです」
「借金がかさむなら、相続放棄という手もありますよ」
「それも言われました。でも、決められないです……」
話を聞く限り、光里は天涯孤独の身になってしまったようだ。23区外の街でも彼女の家は百坪ぐらいあるから、金銭的負担は相当だろう。誰かに聞いて欲しかったらしく、愚痴はしばらく続いた。
一方、二匹は二人を気にせず楽しんでいた。
『やあ』
『おう、元気か』
『うん』
『俺は死にそうな目にあったぜ。オバさん、死んじまったけどよ』
『そうなんだ。そうみたいだね、家の中から様子は見ていたよ』
『もうヒカリが可哀想でなあ。あのバカを好いてるよな。あいつ、ヤバイだろ?』
敬浩と同様、ブチも敬浩が苦手だった。動物的な勘だが、こういう場合は大抵当たる。
『まあ確かにお金があるだけで、まともな職にはついてないよ。お知り合いは、怪しい人が多いし。家の中では静かなもんだけどね』
『そうだよなあ。俺が言うのもなんだけど、あいつ男見る目ないんだよなあ。俺が極楽に行っちまったら、ヒカリは独りきりになっちまうよなあ』
ブチは、ヒカリを心配していた。幼なじみでもあるし、犬としてのブチを世話してくれた恩もある。だがブチとしては、極楽に行って気楽な生活も捨てがたい。
徳を積むべきか現状維持か、時々悩むブチであった。
すでに徳を積んで極楽に行けると思っているのが、ブチらしい。
『そう言えば、お前の方はどうなんだ? もしかして卒業間近?』
『うん、実はそうかも』
『マジで!』
かまかけてみたら本当と知り、ブチは驚いてワンワン鳴いた。
驚いた子供達が、離れていく。
「ほら、ブチ、静かに! すいません」
「ええ、良いですよ。しかしあのじゃれ具合、ルーシーが妊娠でもしたらまずいですね。去勢手術は?」
「あ、いえ、そこまでは……」
「して貰った方が、今後もお付き合いしやすいんですけど。今度、一緒に行きませんか?」
「え、どうしよう……」
不穏な会話がされているとは露知らず、ブチはルーシーとの会話に夢中であった。
『お前、どうやって徳を貯めたんだよ? お前の飼い主自体、徳なさそうだけど?』
『主人は関係ないみたい。まあ日々の生活かなあ。あと僕の場合、君より基準が緩いのかも』
『確かに、それはありそうだな。くそっお釈迦の野郎……』
お釈迦様の顔が浮かぶ。あいつなら、相手を選んでハードル上げても何の呵責も無いだろう。ただルーシーは気の毒な身の上だから、それくらい良いかも知れない。
『君も、最初に会った時より良くなってると思うよ』
『そ、そうか? いやあ、それほどでも……』
ルーシーに褒められ、ブチはにやけた。褒められると、つけ上がるタイプだ。
『会った最初は自分が自分がって感じだったけど、今は聞き分けも良いでしょ。僕にも無理なことはさせないし』
『ま、まあな……お前は友達だし、ヒカリに悪いしな。そうだよな、見てる奴は、見てるもんだよな』
『そうだよ。だから、頑張れば極楽に行けるよ』
『そうかな……』
「ブチ、そろそろ行くよ〜 高輪さん、ありがとうございました」
「いいえ。ひとりじゃ心細いでしょうから。今度家に来て……いたっ!」
ワゥウ!!
敬浩の本心を察し、ブチは敬浩の脛に軽く噛み付く。
忌々しそうに、敬浩はブチを振り払った。
「ご、ごめんなさい。ブチ! こら!」
「い、良いですよ。ただこの犬には、やっぱりあれが必要かも知れませんね。男性ホルモンが減って、大人しくなるんですよ。今度連絡しますよ」
「は、はい……」
今の失態を見せられては、光里も嫌だとは言えない。
「ほら、ルーシー行くぞ」
ワン!
敬浩達が帰ったあとも、ブチは河川敷の方まで行って散歩を楽しんだ。
最近来れてなかったから、縄張り確認も手間がかかる。
帰宅後は、落ち着いた日曜の午後を過ごした。
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『おお、久しぶり、でもないか』
『ああ、そうだな。更新時間が空いただけで、こっちの世界はそれほど経ってねえな』
『まあ、そういうこともある。ほれ、ステータスじゃ。ちょっとだけ増やしといたぞ』
『ありがとよ』
【ステータス】
名前 :ブチ
徳 :★★★☆☆
イケメン力:★★★☆☆
洞察力 :★★★☆☆
統率力 :★★★☆☆
コミュ力 :★★★☆☆
腕力 :★★★★☆
特殊能力 :
アイテム :ナイルの炎
『そういえば、タカシがそろそろ徳を積み終わるって聞いてんだけど』
『ああ、そうじゃ』
『これ、徳を積み終えずに死んだら、どうなるんだ?』
『お、良いところに気づいたな。その時はその時じゃ』
『え、極楽には?』
『残念ながら、無理じゃの。通常ルートで犬としてあの世に来てくれ』
お釈迦様の無情な通告に、流星は焦った。
『マジかよ! オレの寿命、どうなってんだ?』
『それは教えられん。まあ焦らず、日々精進するが良い』
『そうは言ってもよう、こんな平凡な日常じゃ、何して良いか分かんねえよ』
『精進するのじゃ』
『お前、そればっかだな』
不貞腐れる流星を残して、お釈迦様は去って行った。
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久々に光里と再会した後の、ある日のこと。敬浩がリビングで寛いでいると、携帯電話が鳴った。父からだ。無視もできないので、止むを得ず出る。
「タカヒロ、元気か?
「ああパパ、元気だよ」
「それで、あの件はどうなった?」
「あの件?」
「隣の家の件だ、忘れたとは言わせんぞ?」
しらばっくれようと思ったが、父は許してくれない。
「この前会ったけど、特に何もないよ。お母さんがコロナで亡くなって、大変そうだし」
「何、それは本当か? 母親が死んだのか。確か、地味で飾り気のない女だったな。看護師だったから大方病院ででも感染したんだろう」
他人を上から目線で評価するこの癖も、昔から変わらない。
「どうして感染したかなんて、知らないよ」
「まあいい。そうすると、今は娘一人か?」
「そうだね。あとは馬鹿な犬が一匹」
敬浩も、ブチの印象はすこぶる悪い。どうも苦手だ。敬浩の心理を読んでいるような行動で、人間に対するのと同じ憎悪の感情を抱いてしまう。犬相手に大人気ないが、あれだけは別だった。
「チャンスだ。どんな手段を使っても構わんから、あの土地を取り戻せ。手籠めにでもしろ。そうだ、こんど客がそっちに行くから丁寧にもてなせ。そいつに話は通してあるから、相談するんだ」
「客? どんな人?」
「……ワシも良くは知らん。とにかく、お前次第だ。いいな」
一方的に話を終えると、電話が切れる。いつもの父だけれど、客が気になった。
父が誰かを連れてくるなんて初めてだ。仕事の取引先か、店のなじみ客だろうか。
朧げながら、敬浩は嫌な予感がした。




