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第十三話 週末の終末旅行(後編)

 ワンワン!! ワゥウ〜!!


(生きてる、生きてるぜ! いゃっほ〜!!)


 外に出たブチ(リュウセイ)は、思い存分走り回った。普段と違う場所だが、どことなく馴染む匂いがする。勢い余って藪の中に突っ込む。枯れ草の種が毛にひっつくけれど、人間じゃないので気にならない。むしろ心地よくて何度も突入して行った。ポキポキと折れる足の踏み心地も楽しく、やみつきになる。


(なんだヒカリ、怖がらせやがって。もう変な真似はすんなよ!)


 ワンッ! ワンッ!


 意味もなくクルクル周り、ブチ(リュウセイ)の興奮は冷めない。


「ぶち、ダメだよ。もうちょっと待っててね」


 車から荷物を取り出すのに忙しい光里の足元に擦り寄って喜びを表すブチ(リュウセイ)を、光里は笑いながら(たしな)めた。さっきまでの思い詰めた表情は、ブチ(リュウセイ)の勘違いだったようだ。何であれ、今は楽しむことしか頭にないブチ(リュウセイ)である。


 新鮮な驚きに満ち溢れ、庭の土も掘り放題の此処は正にパラダイス。しかも、この地に同胞(他の犬)が入った気配はない。つまりここはフロンティア。マーキングした分だけブチ(リュウセイ)の領地だ。こうなったらやることは一つ。


(おっれの場所、おっれの場所♡)


 光里が家に入って作業し始める中、ブチ(リュウセイ)は気ままに遊ぶ。

 死に怯え震えていた先ほどの姿は、微塵もない。


(ふぅ、いい汗かいた〜)


 ひとしきり遊び尽くすと、周りの様子が気になり始める。


 目の前にあるのは大きな一軒家だった。流星や光里の地元にも何軒かある、昔の農家らしき古い平家だ。しかしヒカリが玄関に荷物を置いても、誰も出てくる気配がない。ヒカリも、それを気にする風ではない。


(あれ、何だか変だな?)


 ここに至りブチ(リュウセイ)も、周辺を注意深く見始めた。


 今いるのは小さな山の麓のようだ。車で通ってきた道が下の方に続いている。舗装はされておらず、デコボコの砂利道だ。家の背後には、立派な杉の木が立ち並んでいた。その中に混じって何本かある梅の木が、ささやかな彩りを添えている。


 ワゥウ〜 ワゥウ〜


(いや〜 きっもちいいわ〜)


 ブチ(リュウセイ)は機嫌良く遠吠した。

 命の危険がなくなり、本当に安心してフワァっと大きなあくびもする。


 ヒカリが家の中から戻ってきて、練炭コンロを庭に出し火を起こし始めた。


「ふう、これくらいで良いかな」


 手をコンロにかざして少しあったまり、水を入れた鍋を上に置く。風もなく穏やかな日だから、外で料理をするようだ。出汁の昆布を入れて沸騰すると、野菜や鶏肉の具材を鍋に入れて蓋をした。予め切って持ってきたらしい。いい匂いがしてきて、ブチ(リュウセイ)の食欲もそそられた。


 ヒカリは練炭コンロから離れ、玄関を開けてブチ(リュウセイ)を呼ぶ。


「ブチ、家の中に入る?」


 ワォウン?


(良いのか? 入っても?)


 家の中に入るのはご法度と理解しているので、ブチ(リュウセイ)は少し戸惑う。が、ブチ(リュウセイ)が玄関にやって来るとヒカリは懐中電灯を持って土足で上がり、そのまま家の中に入って行った。それを見て、主人が良いと言うならと一緒にブチ(リュウセイ)も上がって行く。


(ふうん……)


 中に入って分かったが、この家には誰もいない。人の気配が絶えて久しいようだ。廊下も砂埃がひどく、部屋にある畳も寝そべれるほど綺麗じゃない。玄関すぐ右にある茶の間には、ちょうどいい高さでテントが張られていた。さっき、ヒカリが作ったようだ。


「ここはね、私のお父さんの実家。少し前までクロっていう犬とおばあちゃんが住んでいたの。でも、もう誰も住んでないんだ」


 まだ昼だから陽の光が家の中まで通っているものの、奥の部屋は薄暗い。ヒカリは勝手知ったるようで、ブチを連れて各部屋に案内する。電気は通っておらず、奥には懐中電灯を点けて行った。部屋の数は多く、大小十ぐらいある。台所や風呂場は使えない。茶の間の奥は襖が開けられていて二部屋ほどあり、三十畳ぐらいの広さだ。


(でけえ家だな……)


 往時はきっと、ここで沢山の人達が住んでいたのだろう。家具もそのままで、光里のおばあさんやお母さんがひょっこり現れても何の違和感もない。あちこちキョロキョロ見渡すブチ(リュウセイ)に向けて、ヒカリは話し始めた。


「お父さんは、私が2歳くらいの時に亡くなったの。お母さんの話じゃ会社でリストラ係になって、心労で倒れちゃったんだって。相手の生活を奪うんだから、恨まれるよね。そんなの、しなきゃ良かったのに。私が顔を覚えるくらいは、生きてて欲しかったなあ」


 ヒカリは、少し寂しげに微笑む。


(やっぱりそうなんだ。ヒカリの父さんが俺の記憶にないのも、当然か)


「おばあちゃん、子供はもうお父さんしかいなくて、お母さんと親子みたいに仲良しだったの。だからお母さんは仕事の合間におばあちゃんの世話もして、亡くなった後も時々ここに来て綺麗にしてたんだ。一昨年、このテントを買ってお母さんと一緒に泊まったりもしたんだよ。けどもう、みんな居なくなっちゃったね……」


 クゥウン……


(お前も大変だな……)


 少し涙ぐむヒカリを見て、寄り添うブチ(リュウセイ)である。


「税理士さんから売った方が良いと言われてたけど、こんなとこに住む人、いないよねえ。お母さんが死んじゃったから私達が住んでる家の相続もかかるし、やんなっちゃうな。どうしよう。放棄しちゃえば簡単かな。でも皆の思い出を消しちゃうのは、嫌だな……」


 ヒカリが奥の間に行くので、ブチ(リュウセイ)も大人しく付いて行く。そこには掛軸や遺影が飾られていた。こうやってみると、ヒカリのくっきりした目鼻立ちは父親似のようだ。壺や掛け軸も残っているが、価値があるのかブチ(リュウセイ)には分からなかった。


「ふう。ブチ、そろそろ鍋を見に行こっか」


 戻ってみると、ちょうどいい具合に出来上がっていた。

 ブチ(リュウセイ)にも皿に取り分け、冷まして与える。

 

 ワン、ワゥ!


(うめえ!)


 ガッついて食べるブチ(リュウセイ)の側で、光里も一緒に食べた。


「残りは、夕飯にしよう。ちょっと散歩に行く?」


 ワン!


 ヒカリは火力がやや弱った練炭コンロから鍋をどけてヤカンを置くと、ブチ(リュウセイ)の首輪に紐を付けた。家の外に出るようだ。玄関に置いてあった花束も持っていく。


 さっきのデコボコ道を下ると、少し広い道に出た。この村の大通りらしい。アスファルトだが既に手入れされておらず、雑草が出てきている。当然、人影はどこにもない。


 ワン!


 沢山のフロンティアを予感し、尻尾をフリフリさせてブチは喜ぶ。

 光里はブチに引かれつつ、この地を踏み締めるようにゆっくりと歩いていた。


「ここは、むかしうちの畑だったの。今じゃ雑草がはえすぎて、もう何だか分からないね」


 道の脇に広がる土地を指差して、ヒカリは言った。ブチも見たが、そうとは思えない風景だ。ヒカリの背より高い雑草が枯れたまま密集し、ブチでも中に入りづらい。


「この辺が村の中心。おばあちゃんが元気だった頃はまだ住んでいた家もあったけど、全部引き払ったみたい」


 その集落には、光里の祖母の家と同じような平家の農家が建ち並んでいた。だがガラスは全て割れ、木枠だけが残る。外壁には穴が開き、歪んだ屋根からは瓦が落ちて砕けていた。更に成長した木々が覆いかぶさり、侵食されていた。

 試しに一軒を覗き込むと、襖は剥がれて床は抜け、半開きになったタンスはカビの生えた衣装がそのままで、何かの雑誌や本が無造作に積まれ捨てられている。やがて森の中に消えるのだろう。以前人が住んでいたとは思えない。


 他の家も、似たようなものであった。


「あの辺は棚田。もう山と変わらないね」


 光里の指差した先には、そう言われればわかる程度の段々があった。

 もう木々が生い茂り、今さら稲作なんて無理だろう。


「ここは、村の神社。私の小さい頃は、まだお祭りやってたんだよ。けどもう駄目だね」


 光里とブチの目の前にあるのは、立派な石の鳥居だった。だが蔦に覆われ、雑草や木が参道の行先を拒んでいる。遠くに見える本殿は、やはり歪んでいるようだ。


(こんななんだ……)


 生活圏が東京だったリュウセイ(ブチ)は、初めて見る風景ばかりである。リュウセイだった頃、お金が無いから観光なんてした事がない。リュウセイにとって、異世界に迷い込んだのと同じ新鮮さであった。


「もうちょっと行くと、お父さん達のお墓があるんだ」


 少し歩いた先に小さな墓地があった。墓地だけで、近くにお寺はない。ここは未だ訪れる人が居るのか、中に入れる。

 清河家と書かれた墓石を見つけると、軽く掃除をして花を備え、手を合わせた。ブチ(リュウセイ)も愁傷にお座りをして、ヒカリが動くのをじっと待つ。


「よし、戻ろうか」


 ワン!


 元来た道を戻り、おばあちゃんの家に向かう。日もだんだんと暮れてきた。遠くで鳥の鳴き声が聞こえるだけで、この世界にはヒカリとブチ(リュウセイ)しかいない。


「残った人達が今何してるか、知らないんだよね。こんな事なら、お母さんに聞いておけば良かった。でも取り立てて仲が良くなかったし、意味ないかもね」


 帰り道、どこにも人口の明かりが無いのはブチ(リュウセイ)にとっても不安に感じる。無事、家に到着。練炭コンロに問題はなく、再び鍋を置いて温める。今度はうどんを入れて、うどんすきだ。


「ふぅ、暖かい。ブチ、どう?」


 ワンッ!


(ヒカリの料理、美味しいぜ!)


 夜になり、遠くに街の灯が見える。ただそれよりも、冬の星空が綺麗だった。


「じゃあ、寝よっか。一緒に入る?」


 ワゥ!!


 家の中は、すっかり真っ暗だ。ライトを灯し、ヒカリはスウェットパーカーに着替える。こういう時、パーカーは役に立つ。テントの中で持ってきた布団に入り、ヒカリとブチ(リュウセイ)は一緒に寝た。



 ❖   ❖   ❖   ❖   ❖   ❖   ❖



「お、久しぶりだな。死んだと思ってたぜ」

「今更わしが死ぬわけなかろう」


 ぐっすりと寝ているおかげか、お釈迦様が現れる。


「しっかし、この前はマジで死ぬかと思ったぞ。お前、お釈迦様なんだろ。ああいう時は出てきて、何とかしてくれよ」

「慌てるな。光里はああ見えて強い子じゃ。お主もしっかりせい」

「まあ、そうだな」

「ほれ、ステータスじゃ」


【ステータス】

名前   :ブチ

徳    :★★★☆☆

イケメン力:★★★☆☆

洞察力  :★★☆☆☆

統率力  :★★☆☆☆

コミュ力 :★★★☆☆

腕力   :★★★★☆


特殊能力 :

アイテム :ナイルの炎


「……増えてねえじゃねえか」


 リュウセイは不服そうな顔をした。


「気持ちは分からんでも無いがな。光里を慰めるのは評価するが、お前、走って食って寝てただけじゃろ。星半分やっても良いのじゃが、フォントがないのでそのままにした」

「ちっ。しけてんな」

「そう言うな。腐らずがんばれ。そろそろ後半戦だぞ」

「わーったよ」

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― 新着の感想 ―
[一言] 廃村は独特の侘しさがありますよねぇ。 それに不動産が絡む相続は面倒の一言ですから、ヒカリさん、気持ちが滅入らなければいいのですが……。 いや、いや。ここはリュウセイの出番でしょう。 セコいフ…
[良い点] 先がまったく読めない( *´艸`) 毎回面白く読んでいます~!!
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