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第十一話 空の彼方に

 その翌日も、オバさんは朝から寝込んでいた。


「大丈夫?」

「ああ。ちょっとは良くなったと思うけど……それより光里は調子どう?」

「私は大丈夫。熱もないし。じゃあ行ってくるね」

「行ってらっしゃい」


 ワン!


(頑張れよ! 無理すんな!)


 ブチの励ましを背に、今日も光里は出社する。

 電車に遅れそうなのか、いつもより小走りだ。


(さあて、今日も見守りすっか)


 ワンと吠えると顔を向けてくれるが、気のせいか昨日より反応が悪い。

 オバさんの様子見は最小限に心がけ、早々と庭遊びに切り替えた。


 雲一つなく澄んだ青い空で、まだ寒いが良い昼寝日和だ。

 一頻り穴掘りを終えると水を飲み、ブチは眠り込む。


 起きたのは、お昼前だった。


(ほにゃ?)


 庭に、誰かがいる。


 そこには透き通ったオバさんが、佇んでいた。

 家の中に入れず、オロオロしている。


(あれ? 元気になったのか?)


 一瞬そう思ったけれど、パジャマ姿ではなく、普段着だ。

 縁側の外から不思議そうな顔をして、家の中を覗き込んでいる。


 ブチも縁に前足をかけて立ち上がって中を見ると、オバさんが寝ていた。

 だがワン! と吠えても反応がない。静かに寝ている、ように見える。


 庭にいるオバさんも布団で寝ているオバさんも、見かけは全く同じオバさんだ。


(も、もしかして……)


 ブチは嫌な予感がした。


『オバさん?』


 ワンワンの鳴き声ではなく、リュウセイとして庭に立つオバさんに話しかけた。

 すると彼女は存在に気付いたらしく、振り返ってリュウセイを見る。


『おや? どなた様ですか?』


 庭にいるオバさんは、ブチではない人間姿のリュウセイが見えるようだ。

 見知らぬ男の存在に、オバさんは戸惑っている。

 恐怖心を抱かせないように、リュウセイは冷静に答えた。


『俺だよ。保育園の時にヒカリと一緒だったリュウセイだよ!』


 その言葉に、オバさんの顔は明るくなった。


『あら、リュウちゃん? 見違えたわ。かっこよくなったねえ。なんでここにいるの? 光里から亡くなったと聞いてるけど?』


 覚えてくれていたようだ。リュウセイの存在を、オバさんは素直に受け入れた。普通ならとても信じないだろうが、オバさん自身もあり得ない状態なので、認めたのだろう。


『実は俺、ブチなんだ』

『え? どういうこと?』


 オバさんは、リュウセイの言葉で更に混乱し、困った顔をした。

 当然だろう。リュウセイも喋りが下手なので、要領を得ない。


『死んだ後、転生してブチになってんだよ。転生って、お釈迦様のせいなんだけど』

『あらあら。そうなの。ブチがリュウちゃんだったの。じゃあ、もっと可愛がってあげれば良かったわね』


 次から次へと普通なら冗談で片付けられそうな話も、オバさんはリュウセイが嘘をついているとは、これっぽっちも思ってないようだ。


『そうだよ、今からでも起きて、もっと遊んでくれよ!』


 リュウセイの頼みを聞いて、オバさんは寂しそうにため息をついた。


『リュウちゃん、残念ながらおばさんは、もう駄目みたい。体と離れちゃって、戻れないの。咳が酷くて息が詰まって苦しくなった後、全く記憶がなくて、気付いたらここにいたの。これが、”死ぬ”ってことなのね』

『そんな……』


 状況からそうだと分かっていても、リュウセイは信じたくなかった。


 だが、無情にも青い空から光が降りてくる。

 それは極楽からやって来た、二人の天女だった。


『お迎えにあがりました』

『おいお前ら、オバさんを連れて行くなよ!』


 リュウセイが必死に抗議しても、彼女達は動じない。

 オバさんは後ろ髪を引かれるようで、無念な顔をしている。

 やはり、死ぬのは嫌なのだろう。


『やっぱり、そうなのね……』

『はい』

『これで光里が私を見つけるなんて、不憫ね……どうにかならないかしら』


 オバさんは、天女たちに真剣に頼み込んでいた。


 その気持ちは、リュウセイも分かる。第一発見者があいつじゃ、やりきれない。しっかりしているヒカリでも、泣き叫んで何も出来ないんじゃないかと思う。それにオバさんに続いて感染発症しても、何ら不思議じゃない。


『分かりました。何とかしましょう』


 どんな手立てがあるのか知らないが、天女達はオバさんに約束する。


『ありがとうございます。この歳でヒカリを一人にしてしまうのはとっても心配だけど……これが運命なのね。リュウちゃん、後はお願いね』

『……分かったよ!』

『元気でね』


 天女達に両脇を抱えられ、オバさんの体がフワッと浮き始める。

 リュウセイが必死に掴もうとするが、スルッと通り抜けて触れない。


『さようなら。もっと昔の思い出話もしたかったけど、楽しかったわ』

『行くなよオバさん!! おいお前ら、連れて行くなぁあ!!』


 隣近所の迷惑も顧みず吠えるものの、オバさんの魂は空の彼方へと消えて行った。


(本当に、死んじまったのか……)


 時折家の中を覗いても動かないオバさんを見て、ブチはやるせなかった。



 ピンポーン

 

 少しして、誰かが来た。


「由紀江さん、いますか? 保健所の者です。経過観察に来ました」


 ワンワンワンワン!


(オバさんを見つけてくれよ! 頼む、お前ら!)


 リュウセイは、必死になって派手に吠えた。

 その唯ならぬ様子に、彼らも異変を感じたらしい。


「ひどく犬が吠えてるな」

「おかしいですね。ちょっと連絡をとってみますか」


 門の向こうでする話し声から、ヒカリに電話をかけているのだと分かる。


「承知しました。じゃあ五時ごろに再び伺います。私達が入りますので、くれぐれも家の中には立ち入らず、外で待っていてください」 


 こうして外の車は走り去っていった。


 クーン、クーン


 時々二本立ちで家の中を見るが、オバさんは微動だにしない。

 さっきのは嘘で、もう一度動いて欲しいと念じるが、現実は残酷だ。



 夕方、ヒカリが戻ってきた時には、救急車が既に待機していた。


「清河光里さんですね」

「は、はい……」


 本来は光里も待機対象なのだろうが、検査自体受けられなかったし、不問にされた。門を開き家の鍵を開けると、防護服を着た人達がやってくる。


 光里は心配そうに、庭にいるブチを見た。

 顔は真っ青だ。ブチ(リュウセイ)も声をかけることが出来ない。


「外で待っていて下さい」


 光里は、外に出て行った。


 普段ここには車が停まらないし、救急車はどうしても目立つ。だが隣近所の人達は、コロナを恐れているのか近づいてこない。でも無関心という訳ではなく、二階の窓から見ている姿が、ちらほらとうかがえる。タカシ(ルーシー)の家を見ると、敬浩が見ていた。


 仏間では保健所の人達が担架にオバさんを乗せている。医師もいるので、死亡確認は取れたらしい。感染しないようビニールで包みこみ、オバさんを乗せた。それはもう人間ではなく、包まれた何かのようだった。


「お、お母さん……」


 外で、光里の声が聞こえる。


「申し訳ないですが一緒に乗車はできません。後で連絡しますので、自宅待機をお願いします」

「分かりました」


 こうして救急車は、サイレンを鳴らさずに去って行った。


「た、だいま……ブチ……」


 クーン、クーン


 ブチ(リュウセイ)はヒカリに、抱きしめられるままにしていた。


 

❖   ❖   ❖   ❖   ❖   ❖   ❖



『リュウセイ君、元気かな? 良い知らせ持ってきたよ』

『……』

『おーい、ステータス見てみようよ〜 きっと喜ぶよ』

『……』

『三日連続来たんだぞ。大サービスなんだから、少しは感謝してくれよぉ』


 いつになく下手に出るお釈迦様だが、リュウセイは背を向けて黙っていた。

 昨日のアカハラ疑惑が、よほど堪えていると見える。


『何か言ってくれよぉ。儂も、そんなに時間取れないんだぞぉ』

『……オバさんが』

『お、喋ってくれるか。嬉しいのぅ。ほら、こっち見て』

『オバさん、死んじまったじゃねえかよぉ! どうすんだ、これ! ヒカリ、これからどうやって生きてくんだ? 可哀想だろ!』


 リュウセイは、泣き顔だった。今まで世話してくれた恩もあるし、これからのヒカリを思うと、やり切れない。リュウセイと違って何の罪もないオバさんが呆気なく死んだ事実を、受け入れるのは難しかった。


『仕方ない。運命なのじゃ』

『ふざけんなよ! 生き返らせろよ! できんだろ?』

『それは出来ない』

『何で良い人ばっかり、先に死ぬんだよ!』

『……いつの時代も同じじゃ。儂の時もそうだった』


 お釈迦様は、珍しく真顔で話を始めた。


『民から搾取した金で贅沢の限りを尽くす一族を見て、儂はつくづく嫌になったのじゃ。誰も彼もが儂におべっかを使い、裏では不正をやりたい放題。さりとて実権のない儂に、民を守る術は無かった。あいつら儂に不平不満をたれていたが、儂一人居なくなったぐらいで滅亡したなら、所詮はそれまでの運命だったのじゃ』

『……あんたも、色々あったんだな』

『まあな。落ち着いた所で、ステータス見るか?』

『あ、ああ』


【ステータス】

名前   :ブチ

徳    :★★★☆☆

イケメン力:★★★☆☆

洞察力  :★★☆☆☆

統率力  :★★☆☆☆

コミュ力 :★★★☆☆

腕力   :★★★★☆


特殊能力 :

アイテム :ナイルの炎


『お、何だか色々変わったな』


 興奮状態もおさまり、リュウセイは徳や他のステータス変化を喜んだ。


『まあとにかく精進せよ。結果は後からついてくる』

『分かったよ』

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― 新着の感想 ―
[一言] 娘一人残して逝くお母さんは、やはり心残りだったでしょうね。 病死ともなれば無念も一入かと……。 ご冥福を祈るしかありません。 それにしても、人並みに憐憫の情を持ち合わせていたリュウセイ君よ。…
[良い点] バランス感がすごいです。悲しくなりすぎないような掘り下げかたとストーリー、文章の配置で。 じゅうぶん胸が痛いんですが、耐えられるし続きを待ち望んでしまいます。 (悲しさもあって、すごく集中…
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