第一話 地獄の沙汰も顔次第
イケメンは、罪である。
当然だ。一夫一妻制度の現代日本で、イケメン一人が数多の女性をたぶらかし、心を釘付けにしている。すぐ側にいる素晴らしい男性陣は存在すらアピールできず、何も無いまま終わってしまう。イケメンが放つ核弾頭並みの威力に、凡人は耐えられない。
しかもイケメンは今や三次元に加え、動画や二次元と至る所に溢れている。
無限の誘惑に抗えず、淑女達がイケメンの海に沈むのを止める術はない。
これを罪と言わずして、何と言うのか。
少子高齢化問題も、イケメンがいなければ諦めもついて円満解決だ。
モテる努力ぐらいしろと言う至極真っ当な意見は、受け付けない。
けれども一つだけ、彼らが知らない真実があった。
イケメンは、すべからく地獄行きなのだ。
こんな大罪を犯しているのだから、今まで違ったのが不思議なくらいである。
閻魔大王が決めた時、鬼達は満場一致で喜んだという。
残念だったな、イケメンども。
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こうして、今日も一人のイケメンが、地獄の朝で目を覚ました。
地底奥深くで燃え盛る火山のマグマが、熱く眩しい。
致死量の硫化水素ガスが充満しているけれど、死人には問題ない。
「うわぁあ」
「やめてくれ〜」
あちこちで阿鼻叫喚の呻き声が聞こえる。
イケメンだからイケボも多く、悲鳴がポップスみたいで心地良い。
苦しむイケメン達の傍らで寝そべるこの男、名を吉良里流星と言う。
享年二十歳、芸能人と言われても十分通用するイケメンだ。
腰布一つの半裸姿は、ムダ毛もない鍛えられた肉体でセクシーである。
「リュウセイ? ねえ、リュウセイィ……」
まだ寝ぼけているリュウセイの耳元で、甘い声が聞こえる。
目を開けると、立派な角を持つふくよかな鬼女がいた。
思わずまた目を瞑り、返事だけする。
「ふわぁあ〜 姫、どうした?」
「ユミだよ。ちゃんと覚えてよぉ。もう朝よ。賽の河原積み、始まっちゃう」
「え、そんな時間? だりぃな。代わりにやっといて」
「えぇ。また?」
美女に囲まれウハウハな夢を見ていたリュウセイは、不機嫌であった。
ここ地獄では、賽の河原積みの量でその日の拷問内容が決まる。
やらないと、めんどくさい。
「ちょっとリュウセイィ。私も、バレるとまずいのよぉ…… この前も、上司にヘッドロックかまして何とかごまかしたんだからぁ。ちょっとは手伝ってよぉ」
愚痴を言いつつ恩着せがましい、世話好き女に良くある口ぶりだ。
この女、きっと前世でもイケメンに騙されていただろう。
「大丈夫だよ。やってくれれば、夜のサービスしてあげるから」
「本当? 分かった♡」
ユミは、途端にニコニコして出かけて行った。
こんな口約束で満足するなんて、チョロ過ぎる。
リュウセイは動くのすらだるく、再び横になる。
ちなみにこのユミは獄卒で、リュウセイを管理する側だ。
だがイケメンであるリュウセイの魅力にかかって、暗黒面に堕ちていた。
ヤクザと懇意になった婦警さんと同じで、こんな鬼女は沢山いる。
さすがはイケメン、地獄に行ってもやる事は同じであった。
イケメンは地獄行きと決まった時、獄卒の鬼女達は色めきたった。
今まで身近じゃない存在と、気軽に会える。
どっかのアイドル並みに、歴史的な転換点であった。
閻魔大王も罪状の軽さに気が引けたのか、彼らを入れる為に八大地獄と十六小地獄とは別に、《活麺地獄》が新しく作られ、拷問部署が設けられた。
鞭打ちで苦しみ悶えるイケメンを見たい鬼女達に好評な《鞭打処》、
全身をくすぐられ快楽のイケメンを堪能できる《擽処》、
燃え盛る火山の麓で縛られ、肌が良い具合に黒くなる《灼熱処》、
サッカーやバスケ、水泳やテニヌなどを延々と続けさせられる《運動処》、
イケメン同士でいけない事を強要させる《BL処》、などなど——
選りすぐりの拷問ばかりだ。
そしていよいよ新規地獄開設にあたり獄卒を募集したら、鬼女達が大挙して押し寄せてきた。彼女達も、こんな熱くて臭くて血だらけの魑魅魍魎より、一服の清涼剤が欲しかった。
その数は瞬く間に増え、暴動にまで発展する。まるで昔の年末大バーゲンセール会場のような鬼女どもの醜い争いは閻魔大王も辟易させ、とりあえず希望者を全員担当させる事に決まった。
まあつまり、ダメンズに引っ掛かりそうな鬼女ばかり集まったわけだ。
だからイケメン達も、対処しやすかった。
ウブな鬼女達を、籠絡するのは容易い。
ちょっと気のあるそぶりを見せれば、鬼女の目がハートになる。
百戦錬磨の手練れ達は直ぐに彼女たちを攻略し、地獄はぬるく変貌した。
(しっかし、つまんねえなあ……)
リュウセイは、この生活に飽き飽きしていた。
地獄に来た当初は、かなりビビっていた。でも他のイケメンのアドバイスを参考にユミみたいな鬼女をめざとく見つけ、無難にこなせばどうってことはない。乙女ゲームみたいに、コツを掴めば楽勝だ。
しかし、血と汗がこびりつき美的センスの欠片も無いこの地獄からの脱出は、不可能。それが、リュウセイの心を憂鬱にしている。
賽の川原積みが終わったらしく、意気揚々とユミが戻ってきた。
「リュウセイ、終わったよぉ。頑張って一番高く積んだから、ご褒美でお休みだって。ユミ凄いでしょ!」
「ああ、すごいすごい」
全く気のない返事に、ユミは気づいていない。
「ねえ、ご褒美ぃい。どこか行きたいなぁあ」
きっと他の鬼女供の妨害にも負けず、積んできたのだろう。
腕っぷしは強いから、さもありなんだ。
どこかに行きたいと言われても、デートスポットなんて地獄には無い。
せいぜい拷問部署に行き、一緒にイケメン共が苦しむ様を見学するぐらいだ。
「わりぃ、疲れてんだよ」
リュウセイは相手にしたくないので、背をむけたまま軽くあしらう。
「ねえ、ちょっとぉお」
ユミは構って欲しいのか、リュウセイを揺さぶった。
力があるので、一回転しそうなほど、揺さぶられる。
(めんどくせえなあ)
「ほらよ、」「え、何? アフッ!」
適当に三段腹を揉んでやる。それだけでも、彼女はひどく喜んだ。
「フォー!!」
「おい、お前、何してる? ちょっとこっち来い!」
「あ、はい、すいません。リュウセイ、ごめん、待っててね♡」
悦びの声をあげたユミは獄卒に呼ばれたらしく、去って行った。
(はーー)
全くもって憂鬱だ。
責め苦を受けるのも嫌だが、何もしないのも怠い。
そんな時だった。
ジャンジャラジャンジャラ〜〜♪
突然、天井が明るくなり、パチンコ屋のフィーバーみたいな音楽が鳴り始めた。
趣味の悪いド派手なネオンが、地獄を包む。
何事かと思って見ていると、天井から一本の糸がスルスルと下りてきた。
『地獄でのたうちまわるイケメンどもに告ぐぅう!!!』
偉そうな声が響き渡り、他のイケメンどもも気づき始め、天井を見上げる。
『これから数十年に一度の大イベント、『蜘蛛の糸大作戦』が始まる! 先着一名、この糸を上ってたどり着いた野郎は、無条件で地獄から極楽に行けるぞ! 極楽に、行きたいかぁあ!!』
『うぉおおお!!!!』
あちこちでイケメンたちの雄叫びが響き渡った。
そりゃ、こんな地獄にいるよりは、極楽の方が良いに決まってる。
獄卒たちの制止もきかず、イケメンたちは続々と糸の周りに集まってきた。
『それでは幸運を祈る。レディ、ゴー!!』
掛け声と同時にイケメンどもは一斉に糸めがけ走り始め、しがみつく。
瞬く間に山となり、イケメンがゴミのようだ。
これで天界に一着で行ければ、全ての罪は許され極楽浄土で寝て暮らせる。地獄にいるロクでなしにも多少の目施しは必要だろうと、その昔カンダタとやらにやって以来、釈迦が趣味でやる一興だった。
「よっしゃあ、行くぜ!」
リュウセイも起き上がり、蜘蛛の糸に向かって走り始めた。