次の聖女を見つけねば! 聖女専属護衛騎士エルマーの誤算
「今回の娘もダメでした。私のギフトは残り少ないのに……。もう、どうしたら良いのかわからなくなって来ました。神々は何をお考えになっているのでしょう。教えてくれませんか、教えて下さいませ。エルマー」
聖女様は研修室から出て来るなり、私に嘆かれました。
「そう言われましても、私は一介の騎士。神々の深慮などわかろう筈もございません」
「それはそうですね。すみません、無茶なことを言いました」
聖女様はそう謝られると、溜息を盛大につかれました。今回の娘こそ、次代の聖女では、と大いに期待していただけに、徒労感が半端ないのでしょう。
彼女の名前は、フランチェスカ・フォン・ノリングストン。
我々の国、アーベント王国を守る聖女様です。
アーベント王国では、至る所で、邪悪なる気「瘴気」が湧き出して来ます。王国は神々のおわす場所、エイトライツから遥かに離れた大陸の東端にあるため、神々の聖なる光が届きにくく、大地が完全に浄化されていないのです。
それを不憫に思われた神々は、瘴気を浄化することが出来る、「神の巫女、聖女」を王国に与え続けてくれています。
フランチェスカ様は、第八十八代目の聖女様。五年前、十四歳の時に聖女となり、王国を守るため、日々、果敢に瘴気と闘い続けてくれています。彼女のおかげで、大地は清浄に戻り、民は作物を育てることが出来ます。ほんとうに聖女様というのは尊い存在です。いくら感謝しても感謝し過ぎることはありません。
ですが、悩ましいことに、神々が与えてくれる、この聖女という存在には多くの問題点があります。
聖女は、聖女の秘術「ギフト」によって、おぞましい瘴気を浄化するのですが、回数制限があります。一代の聖女につき千回です。ギフトを使い果たした聖女は、もはや聖女ではありません。
また、別の問題として、神の巫女、聖女は乙女でなくてはなりません。異性と睦言を経験した瞬間、聖女は聖女ではなくなり、ギフトを使えなくなります。しかし、巫女、聖女というものは、清浄さを求められるのは当たり前のこと、身持ちを堅くすれば良いだけでないかと思われるかもしれません。
確かにそうです、普通なら大した問題ではないのです。聖女が聖女である間だけ、発現する、ある特質が無ければです。
その特質とは、色香です。聖女になった女性は、凄まじい色香を発するのです。その色香はとんでもなく、どのような禁欲的で真面目な男性でも、一日と持ちません。驚くべきことに、女性に興味のないタイプの男性でもダメなのです。もう訳がわかりません。フェロモンが歩き回っているようなものです。
何故、聖女がこのような色香を発するのか? いろいろな説がありますが、一番有力な説が、神々が我々、アーベント王国民が助けるに足る、確固とした道徳心をもった善良な民であるかどうかを試していると言う説です。しかし何故、我々男性だけが試されるのでしょう? 今一つ納得がいきません。
そのような訳で、聖女に男性が近寄ることは、王国の法で禁じられ、破ろうものなら厳罰、最悪、死刑です。首と胴がおさらばします。
え? だったら、何故、男性のお前が聖女様の傍にいるのか? いられるのか? ですか。
それは、私、エルマー・フォン・イェッセル(十七歳)が、聖女、フランチェスカ様の護衛騎士だからです。
大切な、大切な聖女様に何かあってはいけません。護衛は必要です。女性の騎士もいますが、どうしても能力的に男性騎士に劣ってしまいます。だから、私が彼女の護衛につけられているのです。
そして、男性の私が、どのようにして聖女様の発する強烈な色香に対抗しているかといいますと、首に巻いている王宮魔術師長謹製のチョーカーによってです。このチョーカーは聖女様の発する色香を感じにくくさせる効果があります。つまり、これを着けると鈍感になり、聖女様と一緒にいても、少しムラムラするくらいで済みます。
はい? 年齢から考えたら、少しのムラムラでも危ないんじゃないかって?
まあ、確かに、男の十七歳など、女性のことしか頭にない時期ではあります。しかし、もし、私がムラムラに負けて、聖女様を襲ったりしようものなら、私は死にます。この自力では外せないチョーカーに縊り殺されるのです。チョーカーはそういう残酷な魔道具なのです。
ですから、聖女様の護衛騎士は職として全く人気がありません。騎士団の誰も立候補など絶対しません。護衛騎士の選定は聖女様からの指名です。私は二年前に指名されました。騎士団入団ほやほやでした。
聖女様が私を選んだ理由は……。容姿が気にいったから。可愛かったからだそうです。騎士として全く誇りに出来る理由ではありません。
せめて、剣技や魔法戦が優秀だから、とかだったら良かったのにと思います。実際、私は剣技はともかく、魔法に関しては、子供の頃からの神童と謳われるほど優秀です。騎士団の団長にだって魔法戦なら負ける気はしません。
「フランチェスカ様、どうして教会は、もっと優秀な聖女候補を送ってこないのでしょう? もう失格者は二十名を超えますよ」
私も次の聖女様が決まらないことに、少々焦れていました。普通、聖女様のギフトが残り二百回を切った頃、次の聖女様が自然と現れてくるのです。フランチェスカ様のギフトは、もう百回ほどしか残っていません。それなのに未だ、次の聖女様は影も形もありません。このようなことは聖女の歴史に無かったことです。
私は聖女様の代替わりを心待ちにして来ました。代替わりすれば、護衛騎士も代わり、私はこの、忌々しいチョーカーを外せます。そして晴れて、聖女様でなくなった、フランチェスカと結婚出来ます、結ばれることが出来るのです。
しかし次の聖女が見つからないのでは、結婚どころの話ではありません。
「みんな優秀ですよ。それに勿論、みんな乙女。神与の石板に刻まれた聖女の要件を満たしています。でも、どの娘も、神々が認めてくれません。聖女の法衣を着せてもギフトの予兆が発動しないのです」
神与の石板、聖女の法衣とは、初代の聖女様が現われた時、神々が王国に与えて下さったものです。
「法衣を着せている時間が短すぎるのではないですか? せめて、半日は着せましょうよ」
「バカを言わないで下さい。聖女の法衣は、神々より賜った聖なる法衣です。神々に選ばれていない者が、そんなに長く着たら、どのようなことになるか。体を壊すどころの話ではありません」
別段、色っぽいことを喋っている訳でもないのに、聖女様のお声はとても艶っぽく、ねっとりと心に絡みついて来ます。こんなところにまで、聖女の特質「凄まじい色香」は現れるのです。
聖女の法衣、白色の法衣を着たフランチェスカ様を、まじまじと見てみました。彼女は別段微笑んだりもしていないのに、なんとも艶めかしい。意識して離さないと目が釘付けになってしまいます。チョーカーで感覚を抑えられていても、聖女様の色香からは、なかなか逃れられません。
でも、実際のところ、聖女様、フランチェスカ様の容姿は凡庸です、可愛いとは言えても、美人とはいえません。一番よくある茶色の髪に茶色の目。目鼻立ちは、まま整ってはいますが、派手さは皆無。はっきり言って、聖女の特質である「凄まじい色香」が無ければ、地味な女性。美女がひしめく舞踏会に出れば、壁の花になってしまうでしょう。
でも、私は彼女が大好きです。愛しています。
私の気持ちは、聖女特有の色香に迷ったせいではありません。もともと、色香などに私は、あまり重きをおいていないのです。その理由は私の家庭環境にあります。私には姉が三人、妹が一人いますが、全員美女&美少女です。特に姉二人はとってもゴージャスな美女。こんなことは言いたくないのですが、色香的には(聖女特有の色香を除いた)フランチェスカ様など、姉達の足元にも及びません。
でも、私には豪華なドレスを纏い、舞踏会に明け暮れる姉達などより、フランチェスカ様の方が遥かに輝いてみえます。彼女は日々、国のため、民のために戦ってくれています。近年、瘴気の発生頻度は増えております。一つ場所の瘴気を、三回もギフトを使って、なんとか、かんとか浄化し終え、ようやく自宅である神殿に戻って休めると思ったら、また別の場所に瘴気が発生したと言う連絡が届く。このようなことなど、しょっちゅうです。
それでも彼女は不平一つ言わず、疲れた切った体に鞭を打ち、瘴気の鎮圧に向かいます。私はこれほど、責任感の強い女性を知りません。私は彼女を尊敬し、その尊敬はいつしか、男としての女性への愛に変わりました。
三カ月前、私は勇気を振り絞って告白しました。そして、喜ばしいことに、フランチェスカ様は私の申し出を受け入れてくれました。私は幸せ者です。
「聖女の法衣が神具であることは、わかってます。でも、フランチェスカ、今のやり方では……」
彼女の耳が、ぴくりとなりました。
「エルマー、呼び捨ては止めて下さい。今、私は聖女で、貴方は私の護衛騎士なのです。職務に対する自覚を忘れないで下さいませ」
普段おだやかなフランチェスカ様を怒らせてしまいました。これは、公私混同してしまった私が完全に間違っています。常に聖女たらんとしている彼女に対して、私情に溺れる私のなんと情けないことか。
もうすぐ、私の妻(俺の女)。呼び捨てくらいいいだろう。
恥ずかしくて、顔もあげられません。私は顔を下げたまま謝りました。
「申し訳ございません、フランチェスカ様。以後、気を付けます。お許しください」
「許します。細かいことかもしれませんが、気の緩みはこういうところから出て来ます。お互い身を正していきましょう。では、私は自室で休ませてもらいます」
そう言って、フランチェスカ様は廊下へ出て行かれました。
「気の緩みか……。フランチェスカ様はいつ何時も自らを戒めている。なんて立派なんだ、こんな素晴らしい人が、自分の婚約者だなんて未だに信じられない」
私は神々に、我が身の幸福を感謝しました。
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きゃ、もうエルマーたら!
どこで誰が聞いてるかもわからないのに、『フランチェスカ!』だって。
もう、これってあれよね。
俺の女! って感じよね。
あー、もう! 聖女の乙女の縛りと、あの忌まわしいチョーカーさえなかったら、
エルマーを部屋に呼んで、ラブラブが出来るのに!
あんなことや、こんなことや……。
えへ、えへへへ。
終わりたい、
早く終わりたい
「 聖女なんて、終わりたいー! 」
思わず、心の声が駄々洩れになってしまいました。ですが、私の自室は石造りの部屋、そうそう音は漏れません。前世で住んでいた安普請の木造とは違うのです。壁薄かったもんなー、隣の部屋の声が丸聞こえ。
あ、申し遅れました。
私は、フランチェスカ・フォン・ノリングストン。十九歳。この異世界で、聖女やってます。
前世は日本人です、今世と同じ女性でした。二十七歳まで生きました。過労死です。頑張り過ぎたのです。
下に弟二人、妹一人の四人兄弟の長女だったせいで、母によく言われました。
『秋乃は一番上のお姉ちゃんなんだから、しっかりしなさいね。弟や妹の面倒もちゃんと見るのよ』
とても素直な子供だった私は、母の言いつけを守つづけ、気がついてみると、周りから、「秋乃って頼もしい、何でも責任を持って完璧にやってくれるね、凄いね!」と言われるようになっていました。
これは大学を卒業して会社に入ってからもそうでした。人一倍頑張ったおかげで、二十七歳にして、一つのプロジェクトを任されました。若手ばかりのプロジェクトでした。こんなチャンス滅多にありません。みんな燃えていました。だから、私は思いました、どんなに苦労しても、プロジェクトを成功させたい、何が何でも成功させる、それこそがリーダーである私の責任であると……。
その結果が過労死です。若くして死んだことは悲しいですが、一番心残りだったのはプロジェクトのことです。一緒に頑張ってくれたプロジェクトのメンバーには大変申し訳ないことをしたと思っています。私はリーダーとしての責任を果たせませんでした。(もちろん、自分の家族にも申し訳なく思っています。ほんとにごめんなさい)
そして、この異世界に転生(最初から前世の記憶は持ってました)し、聖女に選ばれた時、私は思ったのです。決心したのです。
今度こそ、今度こそ最後まで、仕事をやり遂げよう!
聖女としての役目を最後まで、完全に果たし終えよう!
聖女の仕事は聖女の秘術「ギフト」を使って瘴気を浄化することです。ですが、ギフトの使用回数が八百を超えた頃、聖女の仕事がそれだけではないことに気づきました。それは次世代の育成です。次の聖女を見つけ、訓練しなければいけません。自分が前の聖女様にしてもらったことなのに、瘴気と闘うばかりの日々を過ごすうち、すっかり忘れてしまっていました。
で、次世代育成を頑張ろうとしたのですが、次世代、次の聖女が出て来ません、見つかりません。普通、魔力が異様に多いとか、精霊に愛されているとか、何か飛び抜けたものを持った娘が自然と頭角を現してくるのです。私もそうでした。ですが、そのような娘は全く出て来ません。ギフトの数が残り百五十を切った頃、焦った私は教会に、有望と思われる娘達を、私の下へ送るように依頼しました。
教会は私の依頼に応えてくれました。修道女見習い、貴族の娘、町娘、村娘。いろいろな階層からめぼしい娘達が送り込まれてきました。でも、全滅。どの娘にも聖女の法衣は反応しませんでした。
私の心は今、二つに分裂しています。
幸せ & 苦悩。
幸せは、もちろんエルマーとのことです。聖女を終えた後、私はエルマーに嫁ぎます。お嫁さんです。前世で、成し遂げられなかった最大の悲願達成です。イエイ!
そして、苦悩の方は、聖女の後継者育成問題。見つからないことには育てようがありません。もし、次の聖女がこのまま見つからず、聖女がいなくなってしまったら……。
瘴気の恐ろしさは、五年近く瘴気と戦い続けて来た私が一番よく知っています。瘴気にやられた土地は作物は全く育ちません。その代わりにグロテスクな色の毒草が蔓延り、ついには魔獣まで現れ始めます。魔獣は騎士団が退治しますが、瘴気を消さない限り魔獣は湧き続け、いくら騎士達が奮闘しようと、放棄せざる得ない土地は増えて行きます。そして、最後には王国消滅です。
私は十九年間、この世界で生きて来ました。はっきり言って、前世の日本に比べ、遅れた不便極まりない世界、魔獣が跋扈する恐ろしい世界です。でも、家族も友達も、未来の旦那様もいる世界、このまま捨て置くことなど出来よう筈がありません。
はっきり言いましょう。私はこの世界を愛しているのです。
ですから、なんとしてでも、次の聖女を見つけねば!
なんとしてでも!!
そして、この戦闘服、聖女の法衣と晴れておさらばして、
純白のドレスを着るんです、
私はなるんです、
可愛いお嫁さんに!
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「ローラー作戦? 何ですかそれは?」
定刻通り、お部屋に向かうと、フランチェスカ様が訳の分からないことを仰いました。彼女は時々、私の知らない言葉を使われます。まあ、飛び抜けた学才で頭角を現し、聖女になられた御方ですから知識豊富なのは当たり前ですが、王宮が抱える一流の学者でさえ知らないことを知っている時があります。どのようにして知ったのでしょう?
「ようするに、虱潰しです。私と貴方で、町や村の娘がいる家々を回って、そこの娘達に法衣を被せまくります。数を打てば当たります。母数を増やすのです!」
「被せまくるって、そんな泥縄な。もう少し、別の方法を考えましょうよ」
「もう、なりふりなど構ってられません。行きますよ、エルマー」
「ちょ、ちょっとお待ち下さい。朝食は、朝食は食べられましたか?」
「要りません。善は急げです」
「いや、朝食は食べましょうよ、体に悪いですよ、聖女様ー!」
フランチェスカ様は思いついたら猪突猛進なところがあります。仕事熱心なのは賞賛すべきことだとは思いますが、いつか体を壊すのではと、冷や冷やです。何回もお諫めしてるのですが、聞いてくれません。
くそ~、今はあちらが主だから仕方がないですが、結婚したら、こちらだって夫。少しは言うとを聞いてもらいますよ。
コン、コン!
「はい、どなた様?」
「はじめまして、通りすがりの聖女です」「その護衛騎士です」
「まあ、聖女様! 騎士様!」
「こちらに娘さんがいらっしいますね。すぐに連れて来て下さいませ」
「いますが、何か娘にご用がおありなのですか?」
「あるから来たのです。とにかく連れて来て下さい。さあ、早く!」
聖女様の押しに負けたご婦人が、娘を連れて来ました。
「聖女様、おはようございます」
「あら、可愛い子。おはようございます」
「えい!」 ガボッ! 「きゃ!」
聖女様が、いきなり聖女の法衣を、女の子に被せました。ワイルドです。
「法衣の反応無し、次行きましょう」
「えい!」 ガボッ! 「きゃ!」
「えい!」 ガボッ! 「きゃ!」
「えい!」 ガボッ! 「きゃ!」
「えい!」 ガボッ! 「きゃ!」
「えい!」 ガボッ! 「きゃ!」
「えい!」 ガボッ! 「きゃ!」
「えい!」 ガボッ! 「きゃ!」
「えい!」 ガボッ! 「きゃ!」
「えい!」 ガボッ! 「きゃ!」
全くダメです。でも、フランチェスカ様はめげません。次の家に向かいます。
「えい!」 ガボッ! 『うぉ!』
またもダメ。それに、これ娘、その驚き方は女の子としてどうよ、そんなでは、男子にモテないぞ、絶対モテない。
結局、丸一日使って、一つの町をくまなく廻りましたが、法衣は全く光りませんでした。全滅でした。
フランチェスカ様に聞いたところでは、聖女の法衣は、聖女になる素養がある娘が着ると、神々しい光を放つそうです。それはそれは美しい光景だそうです。見てみたいです。早く見つかって欲しいです。そうでないと……
フランチェスカ様の評判が……。
「今の聖女様、何かおかしくない?」
「そうよね、いきなりやって来て、ガボッ! だものね」
「でも、ここ数代の聖女様の中では、瘴気退治、一番頑張ってくれてるって聞くわよ」
「頑張り過ぎたんじゃない? 頑張り過ぎて、頑張り過ぎて……おかしくなちゃったとか」
「まあ、なんて御労しい!」
フランチェスカ様には、ちゃんと聞こえていないようですが、耳の良い私には、町のご婦人達の井戸端会議の内容が丸聞こえです。もう溜息しか出ません。
「もうやめませんか、こんなことをしても無駄ですよ。もう少しマシな方法を考えましょうよ」
「たった一日で挫けてどうするのです。それにマシな方法とは何です。あれば、教えて下さいませ」
「それは……」私は答えることが出来ませんでした。
「無いようですね。では、エルマー、明日も一緒に、がんばりましょう!」
「はい、聖女様……」
私はもう少し、「押し」というものを身に着けようと思いました。でないと、敷かれます。結婚したら、絶対、尻に敷かれてしまいます。ううう。
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次の聖女探しのために、町や村を歩き回る日々も、四日目になりました。まだ、見つかりません。さすがに私も疲れて来ましたが、エルマーが疲労困憊で、もうこれ以上はダメかなって感じです。
未来の聖女を探して、町や村の中を歩き回るのです。当然男性といっぱい出会います。彼らは全員、私が聖女として発する色香の影響を受けます。エルマーはその全ての男性を警戒し、ことあらば対処しなければなりません。一日中緊張の連続です、とても大変だったでしょう。申し訳ないことをしました。
せめて、聖女の法衣が聖女以外でも扱えれば、こんな苦労はしなくて良いのです。他の人に法衣を託し、廻ってもらえば良いだけです。
でも、聖女の法衣は神与の法衣、聖女以外が扱うことは禁じられています。これは窃盗に会わないためです。聖女の法衣を纏わない聖女は、聖女の術「ギフト」を発動出来ません。替えもいれて、たった三着しかないのです。盗まれる、失くすなどあってはならないのです。
翌日の朝、定刻どおりにやって来た、エルマーに私は言いました。
「ローラー作戦はもう止めることにしました。別の方法を考えることにします。大変苦労をかけましたね、申し訳ありませんでした」
「苦労など。でも、良い決断だと思います。そうですね、別の方法を考えましょう、別の方法を」
やはり、エルマーの負担は相当だったのでしょう。彼の顔が、明らかに喜んでいます、喜びまくっています。私は彼の笑顔が好きです。
彼は男性としては、大変可愛らしい顔をしています、特に笑ったりすると、目を離したくなくなるほどの可愛さです。その辺の女の子レベルの私は、完全に負けています。うう。
まあ、エルマーの一族は美男美女を輩出する家系として有名で、エルマーの家族も全員が美形らしいです。私が会ったことがあるのは妹ちゃん、アリシアちゃんだけですが、ほんと可愛いいです、超絶美少女です。その上、とても利発で、とても物知り。九歳も年上の私が、なんで、そんなことまで知ってるの? と感心することも度々でした。あの子は将来、絶対出世する、仲良くしておこう!
などと、邪まなことを思っていたら、まさにそのアリシアちゃんが現われました。
「おはようございます。聖女様」
「あら、アリシアちゃん。おはようございます。今日はどうしました?」
「お兄様が、お弁当をお忘れになったので届けに参りました」
「アリシアちゃんがわざわざ? 使用人にでも頼めば良いのに」
「聖女様、いえフランチェスカ様にお会いしたかったのです」
そう言って、アリシアちゃんはニコッと笑いました。
あー、なんて可愛い、ほっこりする笑顔。まだ冬なのに春の日差しに包まれたような気がします。もし、春の妖精がいたら、アリシアちゃんのような姿でしょう。思わず抱きしめたかったのですが、踏みとどまりました。
私は聖女、国の民を瘴気から守る聖女なのです。あまり、可愛いもの大好き、ぽあぽあお姉さんな面を見せるのは如何なものでしょう。きりっとしているべきです。
「嬉しいことを言ってくれますね。私もアリシアちゃんを妹と呼べる日を心待ちにしていますよ」
「はい、わたし、良き妹になれるよう頑張ります、誓います」
アリシアちゃんが両手をグーにして言ってくれました。あかん! もう、たまらん! と、なったのですが、ちょっとした用事で別の部屋に行っていた、エルマーが戻って来ました。良かったです、自分を抑えきれなくなるところでした。
「アリシア、どうした。何か用でもあるのか?」
「お兄様、お弁当ですよ、お弁当。お忘れになってましたよ」
「ああ、そうか。それは済まなかったな」
私はエルマーに駆け寄って行くアリシアちゃんの背中を見ながら思いました。アリシアちゃんて、ほんと良い子。可愛いし、性格良いし、頭もめっちゃ良い、魔力だってエルマーの妹だから、当然いっぱい持っているだろう。ほんと聖女に打ってつけじゃない。アリシアちゃんが聖女になってくれたら……。
え、えっ?
なんで、私、アリシアちゃんを試してないの?
アリシアちゃん、今まで教会が送って来てくれたどの娘より可能性あるよ!
なんで、今まで気づかなかったの?
私のバカ! バカ! バカ! バカ!
フランチェスカの大バカ!
私は自分が着ていた法衣を脱ぎました(冬なので下にはそれなりの服を着ています)。そして、その脱いだ聖女の法衣を、アリシアちゃんに……。
「えい!」 ガボッ! 「きゃ!」
アリシアちゃんに法衣を被せた瞬間、法衣から聖なる光が満ち溢れました。なんて凄い光量、私の時の数倍はあります。この子は凄い、この光の凄まじさから見て、素晴らしい力を持った聖女になることは間違いありません。もしかしたら歴代最高の聖女になるかも。いいえ、絶対になるわ、絶対に!
私は、全く予期していなかったであろう光景にポカンとなっているエルマーに語りかけました。
「エルマー、やったよ。ついに見つけた、ついに次の聖女を見つけたよ。これで私が聖女じゃなくなっても、この国は大丈夫。これで、心置きなく貴方と結婚できる、貴方のお嫁さんになれるのよ!」
ようやく状況を理解したエルマーの表情が変りました。彼の顔にも喜びが溢れて来ます。
「まさか、こんなに身近に居たなんて。灯台下暗しもいいところだ! 良かった、ほんと良かった……」
彼の声が涙声になっています。私は感極まりました。
「エルマー、私のエルマー!」
「俺のフランチェスカ!」
ひしっ!
私とエルマーは喜びのあまり、抱き合いました。エルマーと抱き合ったのは初めてです。細身の彼ですが、しっかりとした筋肉を感じました。さすが騎士です、私の未来の旦那様です。
「ねえ、私達の子供は何人くらいが良いかしら?」
「そうだな、やはり適度なのが良いんじゃないか。三人くらい……いや、四人……」
私達は次の聖女が見つかった喜びのあまり、つい二人の世界に突入してしまったのですが、アリシアちゃんの爆弾発言で、一気に現実に、いえ奈落に引き戻されました。
「あのー、お二人のラブラブ空間を壊すようで申し訳ないのですが、わたし、聖女にはなれませんよ。いえ、聖女の素養はあるみたいなので、なれるのはなれますが、今直ぐには無理です」
「「へ? 今直ぐにはなれない?」」
私とエルマーは思わずハモってしまいました。
「ええ、確か、聖女には年齢制限があった筈です。尊き神々が、お決めになっています」
「年齢制限? あー、あれは二十五歳以下。大丈夫よ、アリシアちゃん」
「いえ、私が言っているのは上限ではなく下限です。下限が確か十二歳。わたしは今、十歳です。後、二年はなれません」
私は、アリシアちゃんの言葉に血の気が引きました。なんたることでしょう、聖女たる私が、そのような基本的なことを失念していたなんて! 私は確認のため(まだ、アリシアちゃんの記憶違いという可能性もあります)、聖女の要件が刻まれた神与の石板が保管されている部屋に向かいました。
石板が入っている箱の蓋を開け、石板を取り出し、まじまじと見ました。よく考えると、この石板とちゃんと向かい合ったことがありませんでした。聖女になった時、「こういうのがあるよ」と先代の聖女様に教えられ、興味本位でチラッと見て以来、殆ど見返したことがありませんでした。迂闊でした。
その石板には、五つの要件が刻まれています。
・性格が邪悪でないこと。
・異性との経験が無いこと。
・魔力、知力等、何か飛び抜けた才能を持っていること。
・年齢が十二歳から二十五歳の間であること
・容姿は可愛い方が望ましい。
確かに年齢制限には下限も書いてあります。アリシアちゃんの言うように、十二歳以上となっています。ううう。
しかし、こうやって、じっくりと見てると、この要件、何か意味があるの? と思うものが多いです。神々は鼻歌交じりに書いたんじゃないかと思ってしまいます。
特に五番目。『容姿は可愛い方が望ましい』って、何ですか、これ。必須でないなら書くな、刻むなって感じです。
私は、石板を片付け、とぼとぼと二人のいる部屋へと向かいました。
あー、アリシアちゃんがなってくれるとしても、二年近くの空白が出来るのか。聖女がいなくて、もつかな? いや、二年は無理、絶対もたない。
「アリシアちゃんのバカ。どうして十歳なの? どうして十二歳じゃないの?」
などと、罪の無いアリシアちゃんに無茶苦茶な難癖をついていると、先ほど見た聖女の法衣、白色の法衣を着た彼女の愛らしい姿が目に浮かびました。心がほっこりしました。
「ほんと可愛かったなー。『とある○○の禁書目録』のインデックスが現実に現れたら、きっとあんな感じだよね」
アリシアちゃんに『当麻~』って、言ってもらおうかな? いや、そんな謎台詞頼んだら、変な人と思われるか……。でも聞きたい、聞きたいぞ。
「インデックスかー、懐かしな。そう言えば、コミケに行った時、アリシアちゃんと同じくらい年の子がコスプレしてたっけ、あの子も可愛かったなー」
白状します、私はオタクでした。すみません。
『 ! 』
その時です、天啓が降りて来ました。
急いで先ほどの部屋にとって返し、石板を再度確認しました。
「無い、無い! そんなこと何処にも刻まれてない! どうして誰も今まで気づかなかったの! どうして!」
私は脱兎のごとく駆け出し、エルマーとアリシアちゃんの下へ戻りました。アリシアちゃんは、もう聖女の法衣を脱いで手に持っておりました。
「フランチェスカ様、お帰りなさいませ。どうでした、わたしの言ったことは合っていましたか?」
彼女の問いかけに答えませんでした。そんなことより!
「アリシアちゃん、その法衣、かして!」
「は、はい。どうぞ」
アリシアちゃんから聖女の法衣を受け取るやいなや、私はエルマーに、法衣を被せました。
「えい!」 ガボッ! 『うぉ!』
ピカーッ!!
やりました! エルマーに法衣を被せた瞬間、法衣から聖なる光が満ち溢れました。光量も凄いです。アリシアちゃんと同じくらいあります。
「お、お兄様!」
自分の時はさほど、驚いていなかったアリシアちゃんが、大きな目をさらに真ん丸にしています。そりゃ、驚くよね、男性のエルマーに法衣が反応しているんだから。
「え、何? 何が起こっているだ? なんで光ってんの! 何なんだこれー!!」
エルマーの方は混乱の極致。こっちも仕方ない、本当に仕方ないよ。
私が、聖女の法衣を男性に着せたらどうよ? と思ったのは、コミケで出会ったインデックスちゃんのコスプレをした子のことを思い出したからでした。その子があまりにも可愛かったので、声をかけてみると、なんと男の子でした。
その男の子が、私の中で、エルマーと重なりました。
天啓でした。
あれ? もしかしたら聖女の法衣って、男性にもいけるんじゃね? 認めてくれるんじゃね? って。
私は、すぐさま神与の石板を確認しましたが、「女性であること」などという規定は、どこにも記されていません。
つまり、私達は神々が下された法衣が女性ものだったので、瘴気を浄化出来る聖なる存在は女性、『聖女』なのだと思い込んでいたのです。思い込みって恐ろしいですね。私で聖女は八十八代目ですが、このようなこと、全く誰も気づきませんでした。
これに、気づいたおかげで、一つの謎が解明されました。それは石板に刻まれた五番目の要件です。
・容姿は可愛い方が望ましい。
それはそうでしょう。神々が与えてくれた法衣は女性ものしかないのです。いかつい系の男性が着たら、似合う訳がありません。神々はそのことを配慮して、五番目の要件を付けたのです。(まあ、そんな気を使うより、男性ものの法衣を支給しろとは思いますが)
しかし、まあ。今回、選ばれたのが、可愛いエルマーで良かったです。彼なら聖女の法衣が良く似合います。
「エルマー、このウィンプルとベールを付けてみて」
「きゃー! お兄様、とても似合います! 短くした髪を隠したら、もう可愛い女の子にしか見えません! 最高です! 最高ですよね! フランチェスカ様!」
「そうよ、最高よ! 貴女、よくわかってるわね、ほんと、よくわかってる! アリシアちゃんとは良い姉妹になれそうだわ!」
「はい、フランチェスカお姉様。これからも二人で、お兄様を愛でていきましょう!」
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最愛の恋人と最愛の妹が、目の前にいます。
いつも聖女たるよう己を律し、果敢に瘴気と闘い続けて来た、凛々しい聖女、フランチェスカ。
この世で一番ではないかと思われる美少女な上。とっても兄思い。非の打ち所無しの妹、アリシア。
この二人が、私が知らなかった顔を見せております。到底理解出来ない盛り上がり方をしております。
「最高!」だの、
「わかってる」だの、
「愛でる」だの、
これらの言葉は、この呆然自失状態の私の目の前で使う言葉でしょうか。
フランチェスカとアリシアが、異世界の人のように思えます。
私はどうなってしまうのでしょう?
いや、もう答えはわかっています。聖なる法衣に選ばれてしまった以上、聖女をやるしか、いえ、『聖人』をやるしかないのです。アリシアが引き継いでくれる、二年後のその日まで。
フランチェスカとの結婚も延期です。もし、無理やり結婚し、ことをいたして「ギフト」を使えなくなったら、私もフランチェスカも厳罰です、二人そろってあの世かも。
どうして、こんなことに……。
どうして……。
「エルマー、そんなに気を落とさないで。貴方との結婚が延びてしまうのは、残念でしかたないけれど、貴方が法衣に選ばれてくれたから、この国は救われるの、これは誇って良いことだわ」
国が救われる。この言葉がグッと来ました。ここは個人的感情、恥ずかしいとか、恥ずかし過ぎるとか、超恥ずかしいとか、を捨て去るべきかもしれません。
「フランチェスカ。そうかもしれない……、確かにそうかも」
「そうですよ、お兄様。それに、心配しないで下さい。フランチェスカ様とわたしが聖女としてお兄様をお支えします」
「聖女として? 意味がわからない、どういうことだ?」
「あら、エルマー、わからない? 聖女は(二十五歳以下なら)ギフトを使い切らない限り、聖女でいられるわ。だから、私はなるべくギフトを使わずにおく、節約するわ。そうすれば、聖女として貴方と一緒にいられるわ。そして二年たったら、アリシアちゃんも聖女になれる。貴方を聖女として助けられるの」
フランチェスカの説明はわかった。確かに聖女のシステムを考えれば、そういうことも出来るだろう、出来るのはわかるが……。私は笑顔のフランチェスカに問いかけた。
「フランチェスカ、どうして、そんなに嬉しそうなんだ。私達の結婚が遠のいたんだよ」
「それは、先ほども言った通り、悲しいわ。でも貴方とアリシアちゃんの三人で聖女をやれるのよ。これは得難い経験だわ。結婚を先に延ばしたってする価値があることよ」
「三人で聖女って、私は聖女じゃないが」
「細かいことは良いのよ。見た目、私より、ずっと聖女なんだから」
がーん。
『私より、ずっと聖女』こんなこと、恋人に言われる男ってどうなんでしょう、こんなこと言われても全然嬉しくないぞ! それなのに、妹が追い打ちをかけてきます。
「お兄様の聖女姿、ほんと可愛らしいです! 写真に残しておきたいくらいです!」
「そうねー、ほんとねー。スマホがあったらねー」
「 写真! 」
「 スマホ! 」
二人が突然大声を上げました。もう、どちらの言っている言葉もわからない。なんなんだこの二人は!
「アリシアちゃん、あなたも転生なの?」
「フランチェスカ様もですか! 前世、どこですか? わたし地球、日本です!」
「私も日本! 凄い偶然、こんなことあっても良いのかしら!」
二人が手を取り合って、喜びあっています。普通なら、自分の婚約者と妹が仲良くなっていることは、嬉しいこと、喜ぶべきことです。でも、今、私が感じているのは疎外感、完全な疎外感なのです。
一人だけ除け者……。
淋しいのです。
ええい、もう!
聖女でもなんでも、やってやる!
フランチェスカにも、アリシアにも、俺は負けない!
凄い聖女、歴代一の聖女になってやる!
「フランチェスカ! アリシア! 俺はもう腹を括った。俺は闘う、この国の瘴気を殲滅する。この忌まわしき瘴気から、皆を永遠に開放するんだ! 手伝ってくれ、一緒に戦ってくれ、頼む!」
フランチェスカとアリシアは、互いに顔を見合わせると、ニッと笑った。そして俺のほうに顔を向けた。二人の声が、同時に神殿の庭に響き渡った。
「 「 はい、聖女様! 仰せのままに! 」 」
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アーベント王国、この国は百年前まで、瘴気が吹き出す呪われた国だった。
それを救ったのが、三聖女。
聖フランチェスカ、聖エルマ、聖アリシア。
彼女達の活躍によって、ついに瘴気は王国から根絶された。
三聖女とも、その功績は見事なものだが、中でも、
一番の功績を上げたのが、聖エルマ。
それ故、王国の民達は彼女を、
聖女の中の聖女、大聖女として讃えている。
これからもずっと、讃えられるだろう、
永遠に。