9.俊哉
日曜、朝から家には騒がしいのがやってきていた。
「えー!なんでしゅんちゃんいかないの!?」
「兄さん、友達来るんだってさ」
今日は紗香と智哉、そして両方の母親でアウトレットモールに行った後、どこぞのホテルでディナーを食べるらしい。
うちの父親は単身赴任、紗香の父親は土日が関係ない仕事で家にいないゆえにできる諸行だろう。
金曜の朝にそんな話を小耳に挟み、どう断ろうか悩んでいたところ、丁度いい理由が出来たというわけだ。
「それに絢香もいかないっていうし」
「俊兄に勉強習うから。いってらっしゃい」
むぅっと少し膨れた紗香はうちの母親が運転する車で出かけて行った。
残されたのは自分と紗香の妹の絢香だけだ。
「さてと、帰るね」
「いればいいだろ?勉強くらい教えてやるぞ」
「あくまでお出かけ断る口実だし、友達くるなら悪いしいいよ」
「待てって。女子もくるし、妹みたいのがいるっていってあるから。それに俺らも折角集まるし少し勉強でもするかって話してたんだ。その後に一緒にゲームしたらいい」
「・・・お昼は?」
「うちのお袋の特製ハンバーグ。ご飯はサフランライスで、付け合せはサラダと人参ソテー。もう全部仕込んでってくれたから盛り付けて出すだけ。手伝ってくれるとお兄ちゃん嬉しいな」
「・・・しょーがないな」
絢香は玄関に向けていた足を戻し、ソファに体を沈めた。
うちの母親の料理とお兄ちゃんからのお願いに絢香は弱い。
絢香は中二で、性格は賑やかな紗香と違い、どちらかといえば大人しい。
年々、姉を苦手としているようで、ここ最近は紗香と一緒に出掛けることを避けているようだ。
「いつ来るの?」
「もう来るよ。ほら、来た」
チャイムの音に玄関を開けると、そこには約束の二人がたっていた。
タカと友永に2階にある自分の部屋の場所を簡単に教え、友永からケーキを預かって冷蔵庫にいれた。
「ほら、行くぞ」
「ねぇ、さや姉のこと知ってる人?」
「そうだけど、大丈夫だ。ほら」
絢香は紗香の友達を苦手とする。
比べられるのが酷く嫌らしい。
ジュースをのせたお盆を片手に絢香の背を押した。
おそるおそる階段を上り、絢香は部屋を覗き込んだ。
「あ、やっぱり絢香ちゃんだったんだ。久しぶりだね」
「瑞樹先輩!」
薄く開いていたドアを大きくあけ、絢香は友永に飛び付いた。
危うくこちらはお盆を落としかけて酷く焦る。
タカは驚きもせず、冷静にその様子をみていた。
「先輩って、部活の後輩かなんか?」
「中学時代バスケやってたの。中3の時に肘壊して辞めちゃったけど、そこそこ上手かったんだから」
「え、バスケ?」
お盆を机に置き、友永の言葉を反芻する。
バスケ部の友永?
「・・・あー!友永瑞樹か!」
「え、どうした」
タカのツッコミは知らなければ当たり前だ。
だが、友永は察したようで苦笑いを浮かべる。
「やっと思い出した。俊ちゃん先輩」
懐かしい呼び名に思わず口元を覆う。
中学時代自分もバスケ部だった。
女バスの後輩の友永瑞樹といえば、弱小バスケ部だったうちの学校ではかなりいい選手だった記憶がある。
彼女がいたから、自分達が中3のとき、女バスは地区大会で優勝することが出来ていた。
「え、でもこんな小さくて、髪も短かった記憶が」
「男子張りに中3の時に10㎝伸びたんだよ。髪は夏の大会で肘壊した後に伸ばし始めたの」
開いた口が塞がらないとはこの事か。
友永はいつも一生懸命で、人一倍練習していた。
その姿がとても印象的で、頑張り屋な彼女を誰もが可愛がっていた記憶がある。
それが故障でバスケを辞めていたなんてこれほどの衝撃はなかった。
「お前、」
「すとーっぷ」
目の前に出したジュースを啜りながら、タカが言った。
「なんかこのままだと、俊得意のマイナス方向話が始まりそうだし、何よりローカルトークわかんないし。んで、俺まだ絢香ちゃんとやら紹介されてないしで、どうしたらいい?」
最もな意見に友永と顔を一度見合わす。
聞きたいことも言いたいこともいっぱいある。
それが今じゃないのは間違いないだろう。
「ごめんごめん。絢香、こいつは吉野隆雄。こんな感じのいい奴だから」
「待て。今のところ、いい印象はないでしょ」
「いや、タカのそういうとこ好きだぜ」
「いやいやいや。俊に好かれても困る」
本当に嫌そうに言うものだから、絢香が面白そうに笑った。
少し人見知りする絢香が珍しく、表情が柔らかい。
それにホッとして、絢香が一番緊張するであろう言葉を口にする。
「それで、この子が絢香。うちのクラスの百瀬の妹」
そういった瞬間、やっぱり絢香の表情が強張った。
タカはジッと絢香を見ている。
だが、次のタカの言葉で絢香の表情は一瞬にして崩れた。
「あの化粧おばけと違って可愛いね。よろしく、絢香ちゃん」
「え?」
「えって、よろしくするの嫌?」
困ったようにタカが首を傾げる。
絢香はびっくりし過ぎて二の句が繋げないようだった。
「絢香、知らない人に可愛いって言われんの慣れてないの。つーか、お前は紗香のこと嫌い過ぎじゃない?」
「嫌いじゃなくて苦手。あの喧しいのもケバいのもちょっと遠慮したい。あ、妹さんの前でこれはマズイか。ごめんね」
あまり謝っている感じではないが、どこまでも本音を突き通すタカに固まっていた絢香は破顔した。
そして、それはそれは嬉しそうにタカの手をとった。
「私ね、可愛いお姉ちゃんと違ってってよく比べられるの。それが嫌で嫌で・・・初めてそう言って貰えたから凄く嬉しい!ありがとう、吉野さん!」
「うわー、何この可愛い子。人の感性なんてそれぞれだし、世の中睫毛つけてガッツリアイメイクしてる女子を可愛いという人ばかりじゃないんだよ」
どこまでも紗香をディスり続けているようにしか聞こえないが、絢香はそれに満足しているようだった。
なんとなく、ツッコミ難くてどうしようかと悩んでいると、同じように困った様子の友永と目が合った。
苦笑を零すと同じように友永は笑い、また2人に視線を戻す。
まぁ、いっか。
わいわいしている2人を眺めながら持ってきたジュースのコップに口を付けた。