6
――庭
『ミヤビよ、あの時の恨み、ここで晴らしてくれる!』
「ふふ……貴様如きが私にかなうと思うか? 返り討ちにしてくれるわ!」
とりあえず、仕切り直しである。
(美菜にキレられたせいか、何か両者とも微妙にテンション低いなー)
などと、美奈とともに縁側に座る礼司が余計な事を考えた刹那、
「また貴様は余計な事を!」
『人間如きが我を愚弄するか!』
「あ、スイマセン」
二人にキレられ、思わず礼司は謝ってしまう。
再び、妙な沈黙が訪れる。
そして、
「……さて」
『うむ』
軽く頷きあうと、ミヤビとヒサメの両者は激突した。
雷光が閃き、炎の弾丸や不可視の衝撃波が飛び交う。
両者は宙を軽やかに舞い、派手な空中戦が繰り広げられている。
とはいえミヤビの張った結界の中なので、流れ弾が家や礼司たちに被害を与えることは無いようだ。
それにミヤビが言うには、他者から認識される事もないという。
この家の周囲は田んぼや畑、工場ばかりなので人はほとんど住んでいない。しかしそれでも万一という事もあり得るから、それはありがたかった。
「おおっ……まさかこんなのが見れるとはねー。特等席だな」
戦闘を眺め、礼司が呟く。
「それはいーけど……礼司さん?」
「な……何?」
横からの、美菜の声。
彼女にじっと見つめられて、礼司は内心たじろいた。
「ミヤビちゃんって……何者?」
「えっ? いや、さっき妹って……」
「でも……本当は妹じゃないよね? あの時、何か催眠術みたいなのかけられたけど……」
「あー、スマン。実はな……」
先刻のゴタゴタで、美菜ににかけられた暗示はすっかり解けてしまったのだろう。
仕方なく礼司は、ミヤビとの出会いの顛末について語った。
「……と、いう訳さ」
「ふ〜ん。石から現れた勾玉から変化して、ね」
「ああ。目撃した俺としても信じがたい話だがな」
「ふ〜ん? で、したの?」
「へ? ……した? 何を?」
「そりゃー決まってるでしょー、いやらしー事だよ。あたしが来た時、あの子裸だったしー。あー、もしかしてあたしも襲われる可能性もあるのかなー?」
「いいいや、してないって。そもそもそういう趣味ないしっ! というか、今までも美菜ちゃんをそういう目で見たことないだろ?」
そう抗弁しつつも、礼司の背中には大量の汗がにじむ。
「そうだっけー? あーそういえば、その手の本は持ってなかったっけか。あたしが見つけてないだけかもしれないけど」
「……へ? ちょっ、をまっ……」
硬直する礼司。
「だって礼司さん、そーいうの隠すの下手だしー」
「おいィ⁉︎」
そして、礼司は思わずいたずらっぽい笑みを浮かべる美菜の両肩を掴んだ。
「ああああのなぁ!」
「いや〜っ! 助けてお父さんー。礼司さんに犯されるー」
「ちょっ、をいィ⁉︎」
「さっきから何じゃれてる、二人とも!」
そこに、ミヤビの怒声が響いた。
「あっ、ごめっ」
「あー、決着ついたんだー」
見ると、ミヤビの足元には、ボロボロになったヒサメが倒れていた。
息も絶え絶えといった有様だ。四肢の先端付近も透き通っている。
もしかしたら消えかかっているのだろうか?
「全く……。まぁ、良かろう。後は、コイツを封じるだけだ」
ミヤビはヒサメの首根っこを掴んで引き起こす。
「神様とか妖怪変化? なんて、初めて見たよー。そんなのが実在するんだねー」
と、そこに美菜が興味津々といった顔で近寄った。
その時、
『好機!』
「むぅ⁉︎ いかん!」
ヒサメの姿が揺らいだ。
それはまるで人魂の様な姿になり、ミヤビの手からするりと抜け出す。
そしてそれは、
「ほへ? ……うひゃあっ⁉︎」
無防備に近づいた美菜の身体にまとわりついた。そしてそれは美菜の身体全体を包み込んだのち、その中に染み込んで行く様に消えた。
「えっ……オイ、まさか⁉︎」
『はははは……さっきから気になってはいたが、この娘の身体はなかなかの“力”を秘めている様だな。ありがたく使われてもらう』
美菜の口から語られる、ヒサメの“声”。
同時に湧き出す、強大な“力”を感じた。
そして、巻き上がる旋風とともに、美菜はヒサメの姿と化す。
「ああっ、何て事だ……」
「むぅ……人に取り憑きおったか。厄介な。しかし、我が敵ではない!」
嘆息する礼司。そして、掌に“力”を集中するミヤビ。彼女のオーラが一際輝きを増し……
「跡形もなく消し去ってくれよう」
「ちょおぉっとぉ待ったぁ!」
「おうっ⁉︎」
我に返った礼司は、慌てて彼女に飛びついた。
このままでは美菜ごと消滅させられてしまう。それだけは、マズい。
「アレは美菜だ。それだけは止めてくれ!」
「ええい、どこを触っているか!」
無理やりしがみつく礼司。
なにやら薄布越しに、これまた薄く柔らかい肉の感触が伝わってくる。
その状況に、ミヤビの注意がそれた。
『今だ!』
ヒサメがニヤリと笑った。
そして、両の掌に“力”を集中させ……
しかし、
「ええい、鬱陶しい! 貴様の様なヤツは……」
ミヤビは半ば強引に礼司の頭を掴み、その身体から引き剥がす。そして、
「こうだ!」
「うをっ⁉︎」
ミヤビは礼司を投げ捨てた。
信じ難い腕力。
そして彼は宙を飛び……
「あでっ!」
『ぬおっ⁉︎』
“力”を放とうとした美菜にぶち当たった。
そして、
『あっ……』
「どあぁっ⁉︎」
その“力”の暴発。
爆発に巻き込まれた両者は、折り重なって倒れた。
礼司に至っては、完全に目を回してしまっている。
『むぅ……今回は退散だ』
負けを悟ったヒサメは、礼司の下から抜け出し、逃走にかかる。
しかし、それを我に返った礼司が捕らえた。
「逃すか!」
『むぅ……貴様⁉︎』
ヒサメは強引それを振り払おうとした。
と、ボロボロになっていた服が、大きく裂ける。
「チッ!」
『今だ!』
『見ないでー!』
礼司の手元に残るのは、ボロボロの布切れ。
更に逃げようとするヒサメ。
だが、
「逃がさん!」
すぐにとびかかった礼司が彼女を強引に組み敷いた。
『離せ!』
『近い、近いよ礼司さん⁉︎』
「死んでも離さん! 美菜に何かあったら俺が殺されるだろが! 身体は置いてけ!」
『そんな理由ー⁉︎』
『……いいから離せ! ああっ、どこを触っている⁉︎』
「へっへっへ……もう逃げられねぇぜ」
『そこはダメー! ってゆーか、目が怖いって!』
頭の中で何か妙な声が聞こえた気がしたが、構わずに抑え込む。
「むぅ……完全にアレだな。まずはあやつらを助けた方がいい気もするが……」
引きつり笑いを浮かべるミヤビ。
そして、再び掌に“力”を集中。
「……許せ!」
“力”を解き放った。
ほとばしる雷光。
それはヒサメ、そしてついでに礼司を打ち据える。
「うをっ⁉︎」
『きゃっ!』
『ぐおぉ!』
両者の身体は硬直し、くずおれる。
“力”が尽きてしまったのか、ヒサメから美菜にその姿が戻ってしまった。
と、白い“靄”が美菜の身体から抜け出す。
それはなおも逃げようと……
「……今だ!」
再びミヤビの掌から“力”が放たれる。
それは瞬く間に“靄”を捕らえた。
すぐさま印を結び、念を込めるミヤビ。
と、“靄”は淡い光に包まれつつ、母屋の方へと向かった。そして居間にある割れた石の所へとたどり着いた。
そして、
「封印!」
その声とともに真っ二つになっていた石は、“靄”を飲み込む様に起き上がり、結合した。
「ふむ。これでよし。後は……」
そこでミヤビは、折り重なって倒れる礼司と美菜へと目を向けた。
「……無事の様だし、後回しでも良いか」
そう呟くと、彼女は居間の石へと向かった。