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「キャーッ!」
美菜の悲鳴が周囲に響き渡った。
「また騒々しいヤツが来たか」
「オワタ……ジンセイオワタ……」
縁側で硬直する美菜。居間の中央であぐらをかいている、一糸まとわぬ少女。そして、がっくりとくずおれる礼司。
ある意味修羅場ではある。
「ど……どういうことよ、礼司さん……」
美菜のやや冷めた声。
「いやその、何か石から出てきて……」
「石から? 下手な言い訳はやめてよー。礼司さんってそのケがあるかもしれないとは思ってたけど、こんな小さな子に手を出すなんて……。しかも髪まで染めて。まさかコスプレでもさせてたの?」
「いやあの……」
必死に言い繕うも、美菜の視線は冷えたままだ。もし乾に知られたら、会社はクビだろう。
(というか、『そのケがある』って一体……)
さらにダメージの追い打ちである。
「ふむ、礼司とやら。どうやらお主にとってはあまり良くない有様か。ならば、私に“力”を与え、解放してくれた礼だ。少しは助けてやろう」
「……へ?」
少女の声。
当惑する礼司をよそに、彼女は美菜へと向き直る。そして、その眼が怪しく光った。
『久しぶりだな、美菜とやら』
「おい、何を……ん?」
「え? ……あれ? えっと……」
“声”をかけられた美菜の様子がおかしい。目の焦点が合っていない。
「……一体何をしたんだ?」
「ふふ……ちょっとした暗示だよ」
「なるほどな……。ありがとう」
どうやら助かった様だ。一つ胸をなでおろす。
あくまでも、現時点では、だが……。
ともあれその前に、やるべきことを済ませねば。
「つか、早く服着れ。下着は後で買ってきてやるからさ」
礼司は持ってきた服を少女に押し付けた。
「面倒くさいな……。それに、ずいぶんとけったいな服だ」
「いいからはよ」
文句を言いつつも、少女は服を着終える。
「これでいいか? では、この娘を……」
「いや待て。その前に、お前の……痛ッ!」
そう言いかけた直後、少女の拳が礼司の脳天を襲った。
「神に対し、『お前』と言った罰だ」
「ぬお゛お゛ぉお゛……」
頭を押さえ、転げ回る礼司。
「う……む。そいつはスマンカッタ。でも、名前が分からんとどうしようもないがな……」
「そうか。そうだな……とりあえず“ミヤビ”とでもいっておこうか」
「ふむ。ミヤビ、ね」
礼司は立ち上がると、納得いかない顔ながらもうなづいた。
(にしてもカッタい拳だぜ。石の中にいただけあるのか? つか、カミサマ? こんなチンチクリ……あ、なんでもないdeath)
「……ふん。それよりも、だこの娘を元に戻してやらねばな」
余計なことを考えかけた礼司に視線を一つ刺すと、ミヤビは美菜に向き直る。
そして彼女に歩み寄ると、その虚ろなその瞳を覗き込んだ。
『私は“ミヤビ”。礼司の姉……』
「ヲイ」
「い……いや、妹だ。良いな?』
「ミヤビ、ちゃん? 妹? ……そんな気もする」
虚ろな表情で彼女がつぶやく。
「よかろう。では……」
ミヤビは軽く両の掌を打ち合わせた。
と、
「え? ああ……ミヤビちゃん、来てたんだ。久しぶりー」
美菜が再起動した。
しかも、ミヤビを妹と認識しているらしい。
記憶をいとも簡単に操作出来るという事実を、礼司は少し空恐ろしく感じた。
『ふむ……上手く行った様だな』
満足げなミヤビの“声”が、礼司の脳裏に響く。
どうやらこれは、テレパシーのみであった様だ。
(仕方ない。腹を決めるか)
「おはよう、美菜ちゃん。今日はどうしたんだい?」
とりあえず、できる限り冷静を装いつつ問うてみる。
「おはよー、礼司さん。父が言っていたんだけど、何やら怪奇現象が起きてるとかって。それをちょっと見に来たんだー」
「ああ、コレか……」
礼司は今の中央を振り返った。
そこには真っ二つに割れた石の姿がある。
「コレ……どうしてこうなったの?」
美菜は石の前にしゃがみ込み、興味津々と言ったていで観察し始めた。
「や、朝目が覚めたらここにあってさ。どうしたモンかと思ってたんだよ」
「へぇ〜。あれ? でも父さんに見せてもらった写真だと割れてなかったよね?」
「うん。ついさっきね。美菜ちゃんが来る少し前あたりに、いきなりヒビが入ったと思ったら真っ二つに割れちゃったんだよ」
「そうなんだー。あっ……大丈夫? 礼司さんもミヤビちゃんも怪我はない?」
「ああ、大丈夫さ。飯食って、ここに戻って来た直後に割れたんだ。だから、俺たちは別に」
慌てて兄妹設定だったことを思い出し、『俺たち』と付け加える。
「へぇ……ちょっと残念。その瞬間を見たかったなー」
「いやそれだと、下手すりゃ美菜ちゃんが怪我してたかもしれないしね……」
「そっかー。……ン?」
「どうした?」
美菜が何かに気づいた様だ。
「コレ……何か隙間があったみたい。何か入ってた様な……」
彼女の指差す先。
石の断面中央には、小さなくぼみがあった。その形は、勾玉を思わせる。
おそらくは、ミヤビであった勾玉が入っていた場所だろう。
「ふ〜ん? 割れた時に、その部分細かく砕けたのかもね」
「でも……これら以外に破片はほとんどないんだよねー」
周囲には、小さな石のカケラがいくつか散乱していた。それと、石の底部に付着していた泥も。
しかしそれらを合わせても、このくぼみを埋めるに足る体積にはならない。
「う〜ん、元々スキマがあったのかもしれないね。だから割れてしまったのかもよ。あっちこっち動かしたしさ」
「そっかー」
礼司の適当な言い訳ではあったが、美菜はどうやら納得したらしい。
「じゃあ」
そして彼女はスマホを取り出して写真を撮り始めた。
「それ、どうするん?」
「うん。オカルトとかが好きな友達がいるから、見てもらおうかと思って」
「なるほど……」
などと話していたその時、窓の外が眩く閃いた。
「!」
「きゃあっ⁉︎」
「むぅ……」
それは、稲光。
そしてすぐさま轟音が轟いた。
「落雷⁉︎ 近いな……。それにしても、今朝の予報は……」
スマホは自室に置きっぱなしであったのでちゃぶ台上のリモコンを手に取り、テレビをつける。
直後に、再びの落雷。テレビと居間の照明が消えた。
そして、激しい雨音。
「ああ……停電しちまったか」
「う〜ん……今日は雨が降らないはずだったんだけどな〜。止まなかったらどうしよ……。合羽持って来てないよ〜」
ぼやきつつ、美菜はスマホで天気予報を確認する。
「う〜ん……やっぱり0%だよねぇ……」
「最近は天候不順なことも多いからねぇ」
そうは言ったものの、礼司は妙な胸騒ぎを覚えた。