2
――さらに、翌朝
会社の門をくぐった礼司の目に、またしても人だかりの姿が飛び込んで来た。
そこは、西入り口ではなく玄関の前。
また何かあったのか? と、興味半分で近づいていく。
と、そこには……
「あれ? 何でコレがここにあるんです?」
駐車場の片隅に置かれていたはずの石が玄関前で移動して来ている。距離にして直線で50m程か。それも、ワイヤーロープが半ば外れた状態で。
「誰かしらんが、コイツをここまで転がして来たらしい」
「へ?」
見ると、石にこびりついていたであろう土が、移動経路と思しきアスファルト上の数カ所に落ちていた。
そして、何かを引きずったかの様な傷跡も。
「一体誰がこんないたずらをしたんだ?」
「そういえば最近暴走族がたまにこのへんに来る様になったんですよね。昨晩もいましたよー。もしかしてその連中がやったんじゃないっすか?」
乾の言葉に、礼司は適当に答える。
無論、確信があったわけではない。正直、この件が面倒になったのだ。それと、昨晩安眠を妨害されてイラついたというのもある。
「ふーむ。外に出しておくのも考えものか。とりあえず工場か倉庫の奥にでも入れて置くか? それとも、何処か……」
「工場内はまだダメですよ。材料の搬入やら生産の下準備やらもありますから……」
乾の言葉に、製造課長が答えた。
現場は生産開始に向けての調整の真っ最中である。こんなモノを置いたら邪魔になるのは間違いない。
倉庫もまた、パレットやコンテナ、まだ配置が住んでない機器類などがとりあえず置かれた状態なので、あまり余裕はないだろう。
「そうだな……ああ」
乾はしばし黙考する。そして、礼司を見た。
「へ? 何っスか?」
礼司は嫌な予感がし、後ずさる。
「お前の所の庭にコレをしばらく置かせてもらえんか?」
「ええっ、俺の所ですか⁉︎」
「一番近いからな。無論、強制するつもりはない」
確かにこの工場に一番近い場所に住んでいるのは礼司である。それも、歩いて数分の場所。
しかも、庭付きの一戸建てだ。
「管理手当とかもらえるなら考えても良いっすよ」
面倒を回避するために、適当なことを言って見る。
「そうか。ちょっと総務と相談してみる」
しかし、あっさりと流された。
思わず肩を落とす礼司。それでも何か……
そう思った直後、
「それはそうと、もうすぐ始業時間だ。着替えてこい」
「あ゛ーッ! しまった!」
礼司は慌てて駆け出した。
――昼過ぎ
「オーライ、オーライー」
トラックからクレーンで石が下される。
そこは、礼司の家。いや彼が住む社宅だ。
「やっぱしココ、置くんスかー」
「おう。会長の許可が取れたしな」
「ああ……」
この家は、ムサシ工業所の元会長宅。
現在は夫婦ともに足腰が弱ったために有料老人ホームに入所しており、空き家となっていた。
それを、礼司が借りて住んでいるのだ。
(いらんコト言わなきゃ良かったぜ。とはいえ縁故で拾ってもらった訳だし、こういうことには文句言えんよなぁ……)
礼司はそれを眺めつつ、内心ため息をついた。
就職活動に失敗したところを、母親の叔父であるこの会社の会長に拾ってもらったのだ。それどころか一戸建てに住まわせてもらっている。
(ああ、そうだ。どうせなら……)
ふと思い立ち、スマホを取り出すと設置が終わったところを写真を撮る。
(SNSにでも上げとくか。せっかくだしな……)
そして帰社後、休憩時間を使い、ネットに上げた。
――夕刻
帰宅した礼司は、近所のコンビニで買った日本酒の瓶を携えて庭へと向かった。
理由は、SNSを見た高校時代の友人、城崎拓也からの指摘である。
「道祖神、か」
その可能性あり、との事だ。
村の守り神。そして、子孫繁栄の神。
その城崎は現在、大学院で民俗学の研究をしているそうだ。
指摘を受けて気づいたが、上げた写真をよく見ればうっすらと表面に何か刻んである様だ。
確かに、コメントにあったリンクから飛んだ先のサイトにある道祖神の写真と少し似ている気もする。
そんなモノがなぜ会社の敷地に埋まっていたのだろうか?
あまりオカルト的なモノを信じる質ではない礼司であるが、流石に少し不気味な気がしはじめたのだ。
そもそも道祖神と関連があるといわれるミジャクシ神は、祟り神の側面があるそうな。
なのでとりあえず、酒でお清めでもしようと思い立った。
軽く石に酒を振りかけ、手を合わせる。
(……何事もなければ良いけどな)
とりあえず、そう願う。
そして顔を上げて石を眺めた。
そこには、上げた写真よりもくっきりと、人を象ったと思われる姿が浮かび上がっていた。
(ふーむ、確かに“何か”が浮かび上がって見えるな。でも、これなら朝見たときに気付かないはずはないんだが。いや、まさか……)
嫌な予感を振り払うと、彼は縁側から家に入り……
『…………』
と、何か“声”が聞こえた気がした。
(気のせいだ、気のせい)
しかし、そのまま廊下を横断し、居間に入る。
と、視線を感じた様な気がした。
(……今度は何だよ?)
流石に不気味に思い、礼司は視線を巡らす。
と、あるものが目に入った。
「え? ……ああ、アレか」
思わず苦笑する。
戸棚の上に飾られた、一体の人形。
艶やかな黒い肌に、チロリアンテープが巻かれた鮮やかなピンク色の毛糸の髪。フェルトの目と口。レースの服。
瓶と毛糸でできた、女の子の人形である。
いわゆるオカンアートの一種だ。
何とか就職し、この家で一人暮らしを始めた礼司に母親がむりやり押し付けたモノである。
捨てるに捨てられず、居間に飾られたままになっている。
ちょっと怖いので、あまり見ない様にはしていたのだが……
なお、名前は永羽。どうやら母親が礼司を妊娠中に女の子だった場合につけようと考えていた名前だそうな。
男用にもアレな名前を考えていたようだが……親戚一同が全力で阻止してという話を聞いた。
なお、どんな名前かは、恐ろしくて聞いていない……。
(ある意味、母さんにとっては娘のようなモノか。一応、コイツも何かご利益あるかもしれんな)
礼司はとりあえず、この人形にも軽く手を合わせ、拝んでおくことにした。