表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
1-6 東の国々 眠りの国
98/359

王都の夜4

 スミルナは右手に力を入れて握った。そして視線を動かす。

 流星剣ヒターは、男の足元で魔術師に突き刺さったままだ。


「弱者は滅びる、当然のなりゆき。何を悲しむ?」


 人に近い姿でも完全に思考は化け物。利己的な狩猟生物、群れとして規律は無いらしい。

 これを再び人の群れに混ぜてはならない。

 必ずここで討つ。コウモリにでも化けて逃げられると追えない。


「お前も滅びるのよ」

「くくく、状況が分からんようだな。欲をそそる匂いがあるぞ」


 睨み付けたスミルナに対し、男が顎が外れんばかりに口を開き、牙を見せ威嚇する。

 

(追い詰められてるのはお前だ、まぬけめ)


 一人になっても逃げる気が無いのは幸運だ。

 しかし長々と話す余裕は無い。今も血が流れ出ている。

 熱が傷口から逃げていく。その熱こそ力。全身の力が失われているということ。

 このままでは自慢の足も無くなる。


 右手は動く。相手は一人。ポーションは使えるだろう。

 一旦離れて使うのが常道。


 しかし使わない。剣を拾いにも行かない。後退もしない。


 男が一歩進む。もう戦いだとは思っていないのだろう。

 どこまでも迂闊な男だ。


 スミルナも前進した。足取りには以前の躍動的な速さが無い。

 足の筋力で踏み出したというよりは、前へ倒れる際に生じた位置エネルギーを、どうにか運動エネルギーに変えた動き。


 それでも前へ。それが最善手だと思ったから。

 身を護る考えなど無い。全ては確実に、最短で殺すため。


 伏兵がまた居たらたまらないとの思考もあった。今だって、闇を深く見通す赤い瞳が、遠くから弓で狙っている気がする。

 動かなければ。


 男が歓喜の笑みで、剣を振り下ろす。何度か見た、考えなしの振り下ろし。

 反射的に身を少し後ろに引く。しかしその動きは鈍い。


 当たる。剣の軌道から逃れきれない。さらに防御系の戦技は不得手だ。

 ゴガッと鈍く擦る音。斬撃が彼女の胸部を浅く直撃した。


「うぐっ」


 高価な凍爪魔狼ヒドレイの皮鎧のおかげだ。体はほぼ切っていない。しかし金属棒で打ちつけられたような衝撃。あばら骨がきしみ、息が詰まる。


 だが止まってはならない。剣を振った隙は今だけ。

 足を踏ん張って衝撃に耐え、全力で男に飛びかかった。

 

 スミルナが素手で突こうとしたのは右目。男の左目はまだ完全に修復されていない。右目を潰せば、視界はしばらく無くなる。


 男はそれを察していた。視界が片方塞がっているのだから当然だ。意識している。

 突き出されたスミルナの腕を、額で打ちつけて目を守った。


「素手でやれるのはそれぐらいだ」


 そしてスミルナの腕を捕まえる。細い腕を押しつぶすように指が食い込む。

 唯一使える手を封じられた。

 魔道具だって手に持たないと効果を発動できないものが多い。つまり終わり。


「くくく、ははは、ついに捕まえたぞ」


 男は捕まえて勝ち誇った勢いで、スミルナを道に押し倒す。

〈生命力吸収〉による倦怠感が彼女を襲う。


 しかし、それでも彼女は先刻よりよほど元気だった。


 男が待ちに待ったごちそうだと、噛みつこうと口を開いた。牙がスミルナの首元に迫る。

 男の目には勝利しか見えていない。己の滅ぼす一撃が見えていない。


 完全な死角からの一撃。

 スミルナの左手の小剣ショートソード、神代の剣――天来剣デオグリが男の下顎から、口内、頭部を貫いた。魔術師と同じように。

 ただし魔術師と違い、阻むものは無い。剣は根元まで刺さり完全に頭部を貫通した。


「とりゃああ」


 その剣でさらに脳をかき混ぜる。


「な、あが」


 大口を開けたまま、何もわからぬまま、男は目の焦点が定まらなくなった。

 スミルナは一息ついてから、己に覆いかぶさる肉を横へ押しのけて起き上がる。


 彼女は二刀流、剣は二本ある。天来剣デオグリの性能を引き出せないため、普段は使わないが、単純に斬るならこちらの方が上だ。


 そして、胸の谷間にはライフポーションが挟んであった。

 緊急時にはベルトや荷物から取り出す余裕が無い場合もある。手が使えない場合もある。

 だから、叩いて割るだけで使えるようにしてあった。それを割らせた。


 チェリテーラがやるのをまねたファッション。だが、役に立った。


「余裕ができれば捕まえてくれると思った。吸血鬼ヴァンパイアの目的は生き血だものね」


 剣を男から引き抜き、その首を両断した。確実に滅びた。


「お前一人になった時点で終わっているのよ」


 頭蓋骨下部からの攻撃は多分に有効だ。脳の中枢を確実に直撃し、骨に逸らされにくい。

 不死者アンデッドでなければ、喉元を貫かれた時点で致命傷。不死者アンデッドでも多くは頭部破壊で活動を停止する。


 しかし、まず狙わない攻撃だ。常道ではない。

 四足獣は自分より低い。見上げる巨獣なら横から腹部を狙う。

 顎を下から狙うには正面、至近から。それは危険が大きすぎる。


 この戦術は普段の彼女からかけ離れている。

 これまでは装備も状況も万全。その中で速さでかき回す役をやるだけ。決められた手順を決められた通りに、できるだけ上手くやる。

 それは演技だ。戦闘ではない。


 吸血鬼ヴァンパイアは〈生命力吸収〉を使う。だから触れない。

 しかし、触れられた方が有利なら攻撃の手順に数えられる。


 重傷を負えばすぐ回復するべきだ。しかし、怪我を戦術に組み込めるなら遅らせてもいいだろう。


 武器は常に手の内になければならない。武器を失えば予備武器をすぐに装備するべきだ。しかし、隠しておけるなら致命の一撃に繋がる。


 より威力のある打撃、より素早い斬撃、より精密な突き、より破壊力のある魔法、それらを人々は目指す。

 しかし、これらは手段、目的ではない。


 赤星に至るハンターは一年ぐらいでそれを知る。どんな手段でも目標を達成できればいいのだと。


 使い捨て用の武装を持つ戦士は多い。常に一番の武器を使う方が少数派だ。

 魔術師なら手間の掛かった触媒に金を掛けるをやめ、効果が安定しなくても良い場合は、ボロ布、安酒、ただの土や木片、野草で代用する。


 スミルナは、今夜初めてハンターらしい戦闘を経験した。


「これは大赤字ね、報奨金を期待したいわ」


 スミルナは胸元に手を突っ込んで、中からガラス片を取り出し捨てた。

 周囲を警戒するが何も発見できない。ただ、あの女は無事のようだ。


 死んだ吸血鬼の顔つきが変わっていた。魔法で変化させていたのだろう。

 捜査の手掛かりだ。

 二つの首を持って早くここを離れようとした。




 それを遠くから見る者があった。

 深く闇に溶け込んでいる男はデゥラ・カンコーネの部下。


 デゥラは勝手に狩りをやる者が出る事を予想して監視させていた。

 成功するなら良し、失敗するなら処分するまで。

 食う事自体は咎めない。


『全員、討たれたのか?』


 監視者の耳元でデゥラの声が響く。


「ドニーが見えません、建物の影に入ったきりです。気配も消えました」

『敗北者は要らぬ、家畜を確保したら、全員処分しろ。優れた同胞だけを集めるのだ。他の隠蔽も忘れるなよ』


 無能な吸血鬼ヴァンパイアは不要。ふるいにかけ、強者だけの組織を作る。

 無意味に数が多いのは危険だとデゥラは考えている。


 組織が崩壊し、これまで同じことはできない。少数精鋭組織への改変。それがデゥラの答え。戦うにも逃げるにも潜むにもそれが最善とした。


「了解したしました」

『任せたぞ』


 男は死毒の短剣ダガーを取り出した。半端な耐性ならばやすやす突破し、複数の状態異常を与える。

 そうなれば、腐敗、混乱、恐慌、幻惑、吐き気等で行動不能に陥りそのまま死ぬ。


 男が動き出そうとした時、後ろからの湿った生暖かい風を感じた。

 吸血鬼ヴァンパイアは温度を気にしないが、これはおかしい。

 彼は何気なく振り向く。

 そこは暗かった。



 花子の開いた口が、貴族吸血鬼ノーブルヴァンパイアより遙かに力のある口が閉じた。


 服が裂ける音、骨が砕ける音、肉がちぎれる音、金属が割れる音が混じり合った。

 ガリゴリガリボリジェリジャリボリガリガリボリボリ。


〔伝言/メッセージ〕の魔法は音声による伝達。

 目の前で喋る人間は当然、通信相手の声も技術があれば盗み聞きできる。


 花子を始めペット達はサンティーを守れ、との命令だけ受けている。サンティーの脅威と判断した時点で、事情は無視して排除する。


 すべての吸血鬼ヴァンパイアは霧化して逃亡する間もなく滅ぼされた。




 カサンドラが杖を持ち、宿屋の部屋の床に座っていた。

 メルメッチは調査に出ているので一人だ。


 彼女を囲むように、棒のように細長い台座が立ち並び、その上には丸く研磨された色とりどりの宝玉。

 それらの台座は飾りのついた糸で結ばれ、微かな電荷が宿りほんのりと輝く。

 彼女の直上では金属の車輪が宙に浮き、ゆっくりと回転していた。


 これは占術のための装置だ。

 何かを追跡する時、こちらから追えば魔法的な反撃を受ける恐れがある。そうでなくても追われていると認識すれば対処するだろう。


 しかし、向こうから漏れ出る気配を読む分には問題無い。その精度を高めるために部屋を魔法的レーダー施設としていた。


「ぬ、思いのほか近くに一つ。これは近い未来、いかなる導きか」


 カサンドラが反応を捉え、低くうなった。

 そこに衛兵の詰め所で事情聴取を終えたサンティーが戻り、下品にバンッと扉を開けて、神秘的空間を台無しにした。


 彼女は世間知らずなどこかの権力者の娘か何かだと判断された。良い服を着て、金を持っている若い女はそれぐらいだ。

 衛兵は余計な問題に関わりたくないのでさっさと帰した。


「いやー、吸血鬼ヴァンパイアが出たんだけど、ダサくてさー。華麗にマントをはためかせたり、斬り落とした首が飛びまわったり、合体してパワーアップしたりしないんだよ……何これ?」


 サンティーが部屋を見て、止まる。しかし、カサンドラもサンティーの発言を聞いて止まっていた。


「……今なんと?」

「だから吸血鬼ヴァンパイアが期待外れでさ」

吸血鬼ヴァンパイア? 向こうから」


 サンティーが簡単な説明をした。吸血鬼ヴァンパイアへの不満が半数を占めたが。


 向こうから呑気にやって来るのは想定外だ。

 ペットはそれほど強くない。吸血鬼ヴァンパイアの襲撃となれば危険だ。


 カサンドラは、吸血鬼ヴァンパイアが、敵が来ると次元に穴を空け閉じこもる次元隠穴虫ディメンジョンハイドワームのように、必死で潜んでいると考えていた。


 しかし衝撃はそれだけではなかった。


「ああ、そうそう」


 サンティーは無造作に懐から取り出し、机の上に置いた物。

 それは黒の鍵だ。


「要るんだろ? これ。落ちてたぞ」


 決してそこらに落ちてる代物ではない、とカサンドラは心の中で突っ込む。占いのために精神集中していなければ、驚きの声を漏らしたところだ。


「その襲撃者が持っていたので?」

「いや、どっかの石畳の裏に隠してあったぞ、なんかデルデルが拾ってた」


 いよいよ状況が分からない。

 カサンドラが念話でデルデルに話を聞く。


 デルデルはサンティーが幽霊屋台を探し求めていたので、街中の幽霊に片っ端から声をかけていた。

 存在力の貧弱な幽霊は、サンティーには見えていなかった。


 すると幽霊の中に吸血鬼ヴァンパイアとの関わり合いがあったが、その相手に殺された人間が居た。


 上層部の崩壊で、関連組織に混乱が生じていた状況で起きた事だった。

 逃走資金が目的だったのか、情報隠蔽だったのかは分からない。幽霊はかなり記憶が曖昧で、意思疎通にも苦労する。たいていはすぐに悪霊化して憎悪にまみれる。


 しかし今回はある程度意思疎通できた。

 危うくも狂いかける怨嗟の声で幽霊は語ったのだ。

 主が殺され、ほかの財産は無くなり、残ったのが鍵だった。

 吸血鬼ヴァンパイアを討伐したので、お礼に鍵の場所を教えてもらった。


 つまりこれはアンレケ屋の分の鍵だ。

 行方不明の鍵を手に入れた事で、三つは確保できる確率が高まった。


「流石は主様のご友人、運命の流れを揺さぶる激運の持ち主」


 カサンドラはもう笑うしかなかった。

 普通から外れた行動が、普通から外れた結果を招く。ある意味、常識的ではある。


「見直したか」


 サンティーが眉毛を動かして得意げな顔をする。


「ええ、しかし夜中の外出は御遠慮願いたい」

「幽霊屋台をまだ発見してないぞ」


 カサンドラはサンティーの行動を強制する権限を持たない。相手も仕事中だ。


「せめて護衛を増やすべきでしょう。それに発見しても料理は出ないと思いますが」

「むう」


 サンティーは言葉少なにベッドへ体を投げ出した。ここまで寝ていない。


 カサンドラはサンティーを放置して二つの鍵を近づける。凹凸ははまらない。隣り合った部品では無いようだ。しかし引き合う力を感じた。


「やはり五つで一つか、情報は読み取れぬ」


 カサンドラは再び占いに戻った。

 後で主に連絡をする必要があるだろう。彼女の予定が増えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ