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森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
1-6 東の国々 眠りの国
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娘と母親

 サンティーが宿に戻り、食堂で表情の動かぬカサンドラの対面に座り、その膨らんだ腹で、俊足五足芋パトパテポッターのポタージュ、スライスされた三叉槍甲冑川鮫トライデントポルプンテウスのテリーヌ、ワカチャナ種の子羊のロースト、赤月花の蜜、樹液のシャーベット等と、苦戦必至の連戦に突入した頃、砕魔の盾のリーダーのザンロ・ニレは、その巨体をどっかと椅子に下ろした。


 彼が一等地の隅にある戦士団長相応のエンドール家の邸宅を訪れた際、スミルナが明るく迎え入れたのは良いとして、旧知であるタリッサが「よく来たな、丁度良いところに」と悪い笑顔で言ったのが嫌な感じだが、じゃあ帰りますとはいかぬので、いっそ堂々としている。


 砕魔の盾の三人が通された部屋には、長方形の質素ながらも洗練された机があり、彼の座った椅子はその机に付随する物だ。両横にはチェリテーラとグラシアが座っている。そして正面にタリッサ、その横にスミルナが座った。


「すぐに料理が来る、急ぎだったが珍しく良い鬼熊オニクマが一頭手に入った。お前も好きだろう。香辛料は銀星アジョワンを使ったそうだ」


 タリッサが変わらず良い機嫌で言った。


「それはわざわざ俺達のために高いのを悪いですね」


 ザンロが愛想笑いを浮かべて言った。横の二人も礼を述べた。スミルナは母親の隣に居られてうれしいのだろう、軽く笑顔を浮かべている。


 それから間も無く、使用人が皿に載った料理を持ってきて机の上に並べた。

 元ハンターで信用のおける者がこの屋敷の使用人になっている。使用人は腕がパッとしなくても料理が得意等の職能を有するハンターの再就職先の一つ。

 ギルドの依頼履歴を見ればハンターの信用度が分かり、多少の武力を有し、街では珍しい知識や人脈がある。警備員を兼ねた中級使用人としてはそれなりに人気だ。


 タリッサはハンター時代、ザンロと同じパーティー【流れる星羅】に所属していた。そこでは金の掛かった料理が出るのは仕事前の景気づけであった。現在、ザンロが引き継いでいる習慣でもある。


 ザンロが机一杯に並んだ豪勢な料理を眺めた。

 この様子ではギルドへのお使いとかではなく、何かまともな仕事の話があるらしい。


「しかし久しいな。お前達は遠出すると長いからな」

「御無沙汰しております、姐さん。姐さんは忙しいようで、中々機会が合いませんで」


「娘から色々聞いてる。しかし今は手すきのようだね、実に暇そうだ、そうこないとな。まあ食べろ、暇そうだしな、私は食べる」


 客をもてなすといった風ではないが、いつもの事だ。

 ザンロは最初から話を聞く気が無さそうだなと思いつつ、スープに口を付けてからリーダーとして抵抗をしてみせる。


「いえ、また遺跡の探索予定があって、そう遠くないが、予定地近辺の地形と歴史の下調べが終わったら一度現地を確認しに」

「そうか、暇で何よりだ」

「仕事、がございましてね」


 ザンロが仕事を強調した。スミルナも口をもごもごしながら加わる。


「母さん、今度は宝剣だから、新しい剣が増えるかもしれないのよ」

「依頼ではなかろう。遺跡は逃げない、後にしろ」


 タリッサはあっさり娘も袖にした。スミルナは気を悪くしたようで、料理をどんどん口に突っ込んだ。。


「遺跡を発掘して優れた文明を復活させる、それがトレジャーハンターの本懐ですよ。タリッサさんみたいにひたすら魔物を刻んでいる訳にはいかないの。学者として少しでも多くの遺跡を発掘するのが私の使命、休んでいる暇なんて無いんですよ」


 横からチェリテーラが割って入った。それにザンロも乗っかる。


「そう人類に対する奉仕ってやつでしてね。大事な仕事なんですよ、姐さん」

「ザンロ、若い女に囲まれて調子がいいようじゃないか、ああ、若くないのも居たね」


 タリッサがチェリテーラに視線を送った。


「私はいつでもタリッサさんよりは若いですよ」


 そう言ってチェリテーラが対抗する。それにタリッサもすぐに応じる。


「三十も後半になれば十個ぐらいは同じだよ」

「私は体の作りが違うものでしてね」


 チェリテーラが得意げに応じた。


「・・・・・・私はまだ若い、私はまだ若い、私はまだ若い」


 横ではグラシアが呪文の詠唱を開始した。特に効果は無いが。


「・・・・・・で何なんです?大層な面倒ごとじゃないでしょう」


 ザンロが深いため息をついた。女共の面倒に付き合わされるより話を聞いた方が楽だ。


「最初からそう言いなよ」


 タリッサは勝者の気配で自慢げだ。


「断ったって聞きやしないんだから」

「つまらん話じゃない。国から直通の依頼だ、断れるものじゃあない」

「ギルドを通さないつもりで?」

「そうだ」

「あんまり良くねえな、それは、分かってるでしょう?」

「理由を聞けば納得する」


 タリッサが食事を勧めながら依頼内容、つまり王都内の不審な動きの調査に関する話をした。


「それで直接と」


 ザンロが納得した。金払いは良いようだが厄介な依頼だ。


「そうだ、こうなるとギルド等は怪しい。大所帯だからな。良からぬ者は居るだろう、今回の事に限らず、まず少人数からだ。そっちで信用できて街中の調査ができるハンターを選べ」

「街中で魔法を使ってもまず分からないですからね、一般人なら。適当な理由をつけて《魔法解呪/ディスペルマジック》を掛けて回るとか」

「酷く曖昧な話ね、何を探せばいいのかも分からない。私達だってここに特別詳しい訳ではないし」


 グラシアは魔法に着目し、チェリテーラが不満をこぼす。


「その街に詳しい衛兵共が疑わしいのだからやむをえぬ。とにかく異常を起こしている元を見つけろ。相手は一人や二人じゃないはずだ。さらに調査を気取られるな」

「昨日、【牛飼いの道楽】が帰って来た。まずあそこに話を持って行くか」

「面白そうな話じゃない」


 スミルナは楽しそうにしている。大きな何かを期待しているのだろう。


「でも王都に変なのが潜めそうな場所なんて無いでしょ。生活できない貧民は全部開拓地送りだし、大規模な貧民街が無いわ。ここに住んでるのは開拓初代の子孫に成功者。流れ者の集団なんてハンターぐらいよ」


 チェリテーラが示したのはレンダルでは常識的な事だ。ただしハンターも、王都レンダルではある程度経験を積んで、居宅を構え落ち着いているハンターが多い。


「最近の事件なんて、首切り魔ぐらいですね。あれは結局未解決でしたけど、もう一年以上前でしたか。被害者の死体に喋らせても変な事しか言わなかったとか」


 グラシアがその表情に影を作り、スミルナは明るい声で言う。


「あの時は王都にいなかったけど、今回は仕事なら私が解決して見せるわ」

「お前は駄目だ、お前以外の砕魔の盾に依頼する」


 タリッサが当然だという口ぶりで言った。


「何でよ!?私だって砕魔の盾の一員よ」


 スミルナが大きな声を上げ、机を叩いて皿が揺れた。


「依頼相手の選出は私に一任されている。人手不足にでもならない限りお前を使う気は無い」


 タリッサの強い語気には確たる意志があった。


「今日だって悪い奴を捕まえたのよ、裏道だって詳しいわ」


 自分にもできるという不満があふれ出ている。


「つまらんごろつきの相手をしている暇があるなら、剣の腕を磨け。衛兵にやらせておけば済む仕事だ、あんなものは」


「まあまあ、姐さん。スミルナには才能がある、うちでもちゃんと仕事はしてる」


「ああ、そうだな、才能はある。後十年もすれば一流のハンターだ。さらに経験を積めば、もっと上に行けるかもな。だが今はひよっこだ。それに才能があっても早死にした奴は山ほどいる」


 ザンロはすぐに理解する、タリッサが言っているのが夫のセティのことだと。タリッサ以上の剣士、流れる星羅のリーダーだったが、魔物との戦いで死んだ。


「私はちゃんとやってる、ザンロさんも言ってるじゃない」

「お前ら見ろ、娘はもう十九だというのにこのザマだ。人がどう言ってるかなんぞ当てになるものか。自分の能力は自分で証明しろ。お前達が甘やかして育てた結果だ」

「もう。やってるって、言ってるじゃない」


 タリッサは娘を無視してザンロに険しい視線を送った。


「自覚はあるはずだ、ザンロ」

「そりゃあ、一番若いんだからカバーするのは当然だろ」


 と言ったものの、スミルナが特別に恵まれているのは明らかだ。特別に良い装備、父と母の業績から親切な周囲のハンター。普通のハンターがする苦労はしていない。


 普通はまず仲間探しに苦労する。頼れるのは精々同郷の知り合いぐらいしかいない。そして依頼の選び方だ。新米は依頼選びで儲かる依頼を取るのに必死になるが、ベテランは依頼に潜んだ危険を読み取ろうとする。


 いわゆるハズレ依頼はザンロが避けている。つまりスミルナは不測の事態を知らないハンターだ。口頭で説明してはいるが経験したのとは大違いだと、過去に死にかけたザンロは分かる。


 例えば、特定の魔物が大量発生して駆除する依頼。急ぎの場合、単価も高く、駆除対象向きの装備があればおいしい依頼に見える。しかし原因が強力な魔物で、駆除中に鉢合わせする場合がある。依頼主が嘘をついている場合、そもそもハンターに害意がある可能性もゼロではない。


 通常赤星なら相当な修羅場を潜っている。未知の遺跡を探し続ければ、必然的に魔物の領域に入る。そして情報の少ない魔物を相手しなければならない。その中で対応力が磨かれる。


 しかし砕魔の盾は魔法で当たりを付けて、十分に下調べしてから発掘する。パーティーとしては優秀。しかし砕魔の盾しか知らないスミルナは経験が少なくなった。


 考えてみれば確かに甘やかされた感はある。本人も幼げな感があり、それがまた周囲から好かれ面倒を見てもらえている要因になっていた。

 少なくとも血しぶきの中を生き抜いてきた母親とは大違いだ。


「私も絶対やるから母さん」

「分かった、分かった。なら一対一で私に勝てたら依頼しよう」

「そんなの勝てる訳無いじゃない」

「ヒターを使えばいい」

「え、でも」


 スミルナが怒りから一転、困惑の表情を浮かべた。


「さっさとしろ忙しいんだ」



 一同は広い部屋に移動した。


「姐さん、止めた方が」

「お前は黙ってろ、回復役もいる」

「そうよ、ヒターを使うなら勝てる。ザンロさんは見てて」

「親子喧嘩で大怪我しないでくださいよ、神の加護は喧嘩のためにあるものではありませんよ」


 グラシアが杖を回した。


 スミルナとタリッサが剣を一本持って向き合う。スミルナは小剣ショートソード、タリッサは長剣ロングソード。二人とも二刀流をやれるが、今回は一本だ。


 スミルナは思う。母に認めてもらう絶好の機会だと。それに今回の仕事を受けて、自分が解決すれば間違いなく認めてもらえる。国から依頼だ、普通の依頼とは全く意味が違う。絶対に勝つ。


 そして母の剣術は良く知っている、母から剣を習ったのだから当然だ。長々とやる勝負ではない。だからすぐに叫ぶ。


「流星剣!」


 これには二つの意味がある。一つは攻撃速度の上がる戦技、流星剣の使用。もう一つは父の形見の魔剣である流星剣ヒターの効果を発動させること。ヒターの効果も加速であり、二重に速くなる。


 流星剣ヒターは発掘品の魔剣でも上位の性能であり、戦技の流星剣はこれを再現しようとして生まれたものだ。スミルナは《魔剣使い/マジックソードファイター》。通常の《戦士/ファイター》より身体能力は劣るが、魔剣の効果を大きくする能力がある。


 腕力は圧倒的に母の方が強い。速度も通常時はそうだ。それをひっくり返すのが魔剣。

 つまりこの戦いはスミルナの最高速度に、タリッサが対応できるかどうかの勝負。


 スミルナが常人には残像にしか見えぬ領域まで加速した。魔剣に限界まで込めた魔力。何の細工も無く、一直線に進む。


 母が少しゆっくりに見える。以前と同じ、こちらが速い。経験上、二つの加速が重なれば、母でも近距離では完全に対応できない。

 それだけこの加速は大きい。この流星剣さえあればどんな相手でも倒せる。武器に依存しすぎるのはよくないと分かっているけれど、これを使えさえすれば必勝。


 これに対する対処は下がりながら効果切れを待って反撃するぐらいだ。しかし今は前に出てきている。


(一体何を考えて?いえ、今は攻撃あるのみ)


 スミルナはその速度で母の腕を剣の腹で打ちつけようとした。最速最短の一撃。



 一方、向かいあったタリッサは流星剣・重雨を発動させた。彼女の速度も上がる。

 まだ娘の方が速い。さらにタリッサは二剣葉の護符の効果を発動させた。


「起動」


 力と速さが大きく上がる。まだ慣れず違和感を感じる加速。

 見ているザンロも微かに驚きの声を出した。


 急激な加速に娘も驚いた顔を見せたが、もう仕切り直せる距離ではない。

 本来なら一日に一度しか使えぬ効果を私事で使うべきではない。しかしここらで娘に己の分をわきまえさせなければ、娘はどこかで命を落とすだろう。


 タリッサは渾身の力で向かって来る流星剣ヒターを、夫の形見を打ち払った。

 その衝撃にスミルナは耐えきれず、流星剣ヒターは手から離れ音をたてて床に転がった。


「終わりだ。勝てると思ったのか?実戦なら死んでいる。身の程をわきまえるように」


 スミルナが目を潤ませ、ヒターを拾うと走って部屋を飛び出した。


「姐さん、もうちょっとやり方を考えねえと」

「だから、お前達が甘やかした結果だろうが」

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