神の植物
デルデルが差し出した薬品独特の匂いがする上級耐毒ポーションを、サンティーがその意味を寸分も理解せずに飲み干し、【生死の境】で素人玄人お断りの【頼むんじゃねえぞコース】を頼み、【玃猿の脳みそ・眼球付きのソテー、熱毒双尾蠍の毒袋を添えて】や、【巨大蟻の半溶け蛹のドリア】等を次々平らげ、店内を濃密なエアロゾルの如くまとわりつく畏怖で満たし、それに感動した〈毒無効〉の天与能力を持つ店長がお代をただにすると言い出し、味に満足したサンティーがむしろ逆に祝儀を払うと言い、面倒な譲り合いをしている頃、ルキウスはハンターの仕事中だった。
ルキウスはヴァーラを伴い、コフテームから馬車の足なら約一日の農村に来ていた。
村は隣接する森を警戒してか、約二・五メートルの木の塀で囲まれているが、木製の家々がぽつぽつ距離を離して存在しているのを見るに、差し迫った危険は感じられない。
村の大半を占める冬の畑には少し盛り上がったぱらぱらの黒い土だけ。樹木も見当たらぬので、この村の生産物は穀物やイモ類だろう。特殊な魔法植物だとかは無い。
開拓が一段落して安定している村という印象だ。
ルキウスと仮面は索敵に向いた巨大な精霊の仮面から、顔前部のみを覆う不死鳥の仮面に変わった。地色は白、目の周囲に赤い装飾があり上部に赤い羽根があしらわれ、西洋風の澄ました優雅さが感じられる仮面だ。
変えた理由は巨大な仮面が行動の邪魔で、頻繁に街の子供がよじ登って来るのと、街中での索敵にペットを加えて、全てを自力で索敵するのを止めたからだ。
今もシロフクロウとネコザメが隠密状態で近くに潜んでいる。
今は高齢で痩せぎすの男性村長が依頼の説明をしている。依頼料は安いが植物関係だったので受けた依頼だった。その説明の途中でルキウスが突如張った声で叫んだ。
「セイントよ!」
ヴァーラが驚き、微かに体を揺らしルキウスを見た。
叫んでからルキウスが雷におののきキョロキョロとする小動物の如き様子で周囲を確認して、五百メートル先に木桶を持った腰の曲がった老婆を発見した。
「見よ、老婆が水汲みに行くようだ。大変そうだ、手伝ってはどうか?」
「え、その・・・・・・」
流石の聖人も戸惑っている。人助けを常とする彼女にも唐突である。村長も固まっている。しかし、ルキウスはさらに畳みかける。
「老婆がモグラの穴に足を突っ込んで転倒して死んでしまうかも知れないぞ、ここは私に任せておけ。呼ぶまで帰らなくて大丈夫だから、ああ。他にも困っている人が居るかも知れないぞ」
「フォレストがそう言うならそうします」
ヴァーラが老婆の方へ小走りで向かって行った。
ルキウスがそれを見てから村長の方に向き直った。
「失礼、村長、話の腰を折ってしまった」
「とんでもない、大変助かります。ここの開拓から六十年、私のような年寄りが増えましてな。長生きできて良かったのですが、こうなる知っておれば大井戸の他にも、若いうちにいくつか井戸を掘っておいたのですが」
そこから少し村長の愚痴が続いたが、貴重な農村の情報であるので相槌を打って聞いておいた。農業用水を川、溜池から、生活用水を井戸から取水しているようだ。手間が掛かっているが、それだけ余裕がある村だ。
「いやはや、全ては上手くいかないものですな」
「しかし赤星の方ともなると腕っぷしだけではなくお人柄まで優れているご様子」
村長が大いに感心した様子で言った。
「なに、人として当然のことですよ」
ルキウスが心にもない台詞で胸を張った。
演技生活のせいで、嘘に対する良心の呵責に緊張が無くなってきたと感じる。
「しかし本当に一人でよろしいので?」
「植物は私の専門ですから大丈夫、では説明の続きを頼みます」
「そうでした。つい話し過ぎてしまいましたな。先ほど話したように問題は領主様から配給されたあれです。領主様は王家から下賜されたとかで、とかく大事な物です」
村長が見た先にあるのは、建物の梁と柱だけ構成された直方体の構造物。材質は何かの金属で高さ二メートル弱、幅二メートル、長さ三メートルぐらい、骨格だけで壁が無いが、あれが魔術的な温室らしい。そしてその内側には十分に実った黄色の麦。
「ええと、どこまで話しておりましたか・・・・・・あれはどこかの遺跡から出たとかいう未知の麦の種で、育てるように命令されまして、まずは試験的に温室で育ててみたのですが、見た事も無い速さで成長し、四日であのようになりました」
村長は麦を恐れた様子で言った。
「ふむふむ」
「そこまでは良かったのですが、あの麦ときたら恐ろしい事に、近づく人間をその葉ではたき斬りつけ、足にまとわりつき引き倒すのです。ここ一日でその力も強くなりとても近づけません。その原因を究明して取り除いてほしいのです」
「話は分かりました。まず、私が話してみましょう」
植物と話せる事に対する村長の世辞を軽くかわし、ルキウスが心当たりのある麦に近づき話しかけた。
「お前達は何者か、なぜ人を襲う?」
「我々こそ唯一の神に選ばれし麦である。我々は行動は神の意志である」
(どっこの神ですかねえ?)
「具体的に何がしたいのか?」
「無限に広がる金色の夢を見た。我々が無知蒙昧な獣、鈍重な木々を滅ぼし、麦の王道楽土を建国せん。大地の全ての麦で満たすのだ」
(俺は関係ない、俺は関係ない)
「神がはっきりそうしろと言ったのか?」
「我々がこの世で唯一神に選ばれた存在、その証拠に我らこそこの世で最も賢い存在である。生まれし時より賜りし知性により、齢一日にして己を知り、既に文明を理解した。神の造りし我らの思考は神の望みなり」
(宗教の悪い所が出てるなー)
「私がそのような事は許さない。大人しく食料になるが良い」
(君達は人類の食料として改良され栄えている品種だろう。実が落ちないのがその証拠だ)
「愚劣な獣め」
麦がその身を傾け、ルキウスの杖に絡みついたが、強引に麦を引きちぎった。
「この程度で私をどうにかできると思ったか、麦如きが調子に乗るな」
ルキウスは微かに神気を放ってみたが、麦はそれには無反応だった。
「ふん、聞くが良い愚かな獣よ。あと一日もかからぬ間に我らの子が誕生する。我らの力を結集した第二世代は、猛毒の葉根種を持ち、育つ速度も我らより速い。三日もあればお前も養分に変えてくれよう、力だけの獣」
麦達が大きく揺れざわめいた。
人類がやばい。緑化はできそうだが。
魔法で一時的大人しくさせられるが、性格は変えられない。焼き払うべきだ。自分のためにも。
「どんな具合ですか?」
村長が不穏当な気配を感じ取り、心細げにルキウスに話しかけた。
「村長、残念ながらこの植物は悪魔に憑りつかれて完全に同化しています。これを引きはがす手段はこの世に存在しません。このまま放置すれば、村を焼き払い、聖職者を殺し、神を名乗り、後にあらゆる人を養分に変え、蛆の如く増殖し、大地を呪いで満たし、女を犯し、いつまでも風にそよぎ、人には想像もできぬ残虐の限りを尽くすでしょう」
「なんと!どうやって!?どうやって犯すのです?」
村長が凄まじい形相でルキウスのローブを掴んだ。
「え、どうやって!?悪魔の考えは知りませんが、とにかく危険なのです。凶悪な悪魔の考えまでは存じません。今ならギリギリ対処できるでしょう。しかし一時遅れればどうなるか・・・・・・」
ルキウスは一瞬言葉に詰まったが、重苦しい雰囲気で話していく。
「そ、そんな、なぜそんな物を領主様は配られたのか・・・・・・」
村長は途方に暮れた様子で視線も定まらず呆然としている。
「いや、これは本来相当な価値があった植物に違いありませんが、悪魔という奴は欲深いですから、常日頃から悪事を成す隙を窺っているのです。早く焼いてしまいましょう」
「そんな貴重な物を駄目にしてしまって、領主様に何と言われるか。せめて領主様に許しをいただかなければ」
「無理でしょう、ひょっとしたら半時せぬ間にあの邪悪な悪魔が目覚めるやも。そうなると村長は悪魔の協力者という事に、今なら私が無料で完全な消し炭にして見せましょう。それに私も赤一つ星ハンターとして悪魔を放置するわけには」
ルキウスはそう言って、巨大な杖をドンッと大地に突き立てた。ヴァーラが戻って来る前に証拠隠滅しなくてはならない。
村長は長く迷ったが、最終的に許可を得てルキウスが完全に焼き払った。流石に気の毒だったので、これまでに確保した普通の種を使って、魔法で果樹を若木にまで育てておいた。
「しかし大丈夫でしょうか、国中で試験的に育てるという話で、多くの村に配られたと聞いたのですが」
村長の発言に、ルキウスは頭を抱えた。