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森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
1-6 東の国々 眠りの国
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散策

 立派な王冠を被り輝く王笏手に持った体長八十センチぐらいのオオスズメバチ――優雅な女王蜂型ペットザップのことを、サンティーが頭に思い浮かべながら、地神神殿ブランドの蜂蜜使用が売りの、小麦を主とした板状の焼き菓子ガッショー・ポムポムを買うための行列に並んでいる頃、カサンドラは杖を突きながら、淡々と道の端を歩いていた。


 宿を取り終え、サンティーは既に野に放たれている。カサンドラは仕事中だ。

 日が高くなって気温が上がり、王都レンダルの人通りは増えた。荷馬、馬車等が道の真ん中を通り、より人が集中した道の端の流れは中々の乱流となった。


 そこを、彼女が進む方向から自動的に人が居なくなっているように滑らかに進む。


 普段、彼女の閉じた目の視界は自己を中心とした五十メートルの球状。物体の形状、オーラを捉え、意識を集中すれば布や壁の一枚二枚は薄絹と変わらず、多くの魔法による欺きを見抜く。

 彼女は、人波、持ち物、建築物の中を、簡単に確認しながら歩く。


 魔法は術者の知識が成否に関わる場合があるが、占術は特にその傾向だ。

 例えば敵の襲撃を予知する場合、事前に襲撃者、装備、場所を知っていれば精度が上がる。

 つまり、レンダルで探し物をするなら、まずレンダルを一通り知るべき。


 彼女が探すのは、吸血鬼の組織から回収した書類から存在が判明した五つの鍵。

直接的な記述ではなく、複数の書類を合わせないと読み取れない暗号。

 その暗号はただ【黒の鍵】としか書かれていなかった。形状も不明。何か重要な物としか分からない。


 鍵はレンダルに居る五名が持っている。レンダル内で組織に貢献している人物に、次の位に昇格するための切符という体で授与し保持させているらしい。なお、授与したのはここ一年以内だ。


 黒の鍵の回収に手が空いていて探し物が得意な彼女が派遣された。

 カサンドラは歩いて問題無いレンダルの一般地域全てを周る予定だが、まずメルメッチが行った場所を外して四か所を優先する。


 彼女が足を止めた。

 前方を十歳ぐらいの男の子が塞いだからだ。


「お姉さん困ってる?目が見えないの?」


 男の子が見上げて、興味深げに言った。


「困ってはいない、が、ゼート工房を知ってるかい?そう遠くないと思うのだが」

「ゼート工房なら、知らない間に誰も居なくなったって。不思議だってお父さんが言ってた。だから行っても何も無いよ」


 カサンドラはそれを聞いてすぐ、逃げたか、と思った。レンダルの外に持ち出されていれば追うのは困難になる。


「そうか、知り合いに勧められたのだけど。私は一応行ってみるしよう」

「僕が連れて行ってあげるよ」


 男の子がカサンドラの手を引いて歩き出した。

 必要無いと言おうかと思ったが、案内役が居るに越した事はない。そのまま歩く。


「ありがとう、坊や」

「お父さんが綺麗な女性には優しくあげなさいって言ってた。だからお母さんには優しくしなくて良いんだよ」

「・・・・・・坊やはこの近所の子供かな?」

「そうだよ」


 カサンドラは《思考読み取り/シンキングリーディング》の魔法を使った。


「ゼート工房の主人はどんな人かい?」

「ええっとねえ、ひょろっとしてる・・・・・・あんまり知らない」


 カサンドラの閉じた目に、細身の中年男性の姿が映った。人の記憶は不安定、写真のようにはっきりと写らないが、顔も数パターン、それでも印象は残る。

 良く言えば謙虚、悪く言えば卑屈、そんな印象の顔。どこにいてもおかしくない顔。特徴が薄く魔法の対象にしにくそうだ。目は薄い青、赤ではない。

 吸血鬼ヴァンパイアではないのか、何かの偽装か。腕の良い職人を利益で釣って組織に引き入れたのか。


 考えていると、三分も歩かない内に目的地に着いた。

 少し路地を入った場所にある石造りで大きめの四角い家。窓の木戸は全て閉じ、ゼート工房と表記された木の看板が玄関の横に立てかけてある。


「ほら、居ないでしょ?」


 自分が正しかったのがうれしいのか、男の子が弾んだ声で言った。


(一つ目から空振り、一つは鍵を確保せねば形が分からぬ。これでは魔法でも追えぬ)


「いつ居なくなったか、知ってるかい?」

「ええっと、半月ぐらい前かなあ」


 半月、微妙なタイミングだ。一月前なら騒動の直後に逃げている。最近なら西部で徐々に組織を狩っていたのを知ってからだろう。

 五日もあれば西部の情報は噂で伝わっているはず。それなりに準備して逃げたか?こんな街中で思念を追うのは困難。


(追跡は無理だな、他の四つに期待しようか)


「他に居なくなった店なんか知ってるかい」

「ううん、知らない」

「坊やここまでありがとう、御駄賃を上げよう」


 カサンドラは黄銅貨一枚、十セメルを取り出した。


「受け取れないよ!男として当然の事をしたまでさ」


 男の子が胸を張り、カサンドラが少し集中してから言った。


「そう、ならば別のものにしよう。緩やかな黒い石階段、大きくひび割れた赤いレンガの壁、わだちにできた水たまり、何も植わらぬ白い植木鉢、大きな白い家と木の小屋の狭間、鉄のウマ。それらが揃った場所に行ってはいけない」

「何で?」


 男の子が首をかしげた。


「私には悪い場所が見えるのだよ」

「馬具屋の奥の路地のこと?」

「場所は知らない。とにかくそこに行っては駄目だよ。悪い気配がある。野良犬にでも噛まれてしまうかも知れないよ」

「えーでも、あそこは人が通らなくて遊ぶには丁度良いの」

「まあ、決めるのは坊やだ」

「分かった、気をつけとく」

「それでいい。私は疲れた。ここで少し休んでいくから、坊やはお帰り」


 男の子は心配していたが、カサンドラはいつものことだ、と言いくるめて帰した。


 カサンドラは工房の壁に体重をかけ、休んでいる素振りで木戸を少し開け、《千里眼/クレアボヤンス》の魔法を使った。


 透明な魔法の目が工房内に出現した。この魔法で得られる視界は普通に見るのと同じ。閉じた目の特殊視界とこれを合わせて中を探る。


 中は特殊な突起等がある工具等が棚、壺、箱に入っているが、大分空きがあるようだ。ただし特に荒らされた様子は無い。綺麗に整理整頓されている。

 仕事で発生したのか、金属の削りかすのが床の隅の方に落ちている。机ぐらいの大きな工具は出しっぱなしだが、工房なら普通だろう。


 元より職人でない彼女には、細かな以上は分からぬので、単純に強い魔法オーラの道具、幻術で騙している場所を探すが異常は無い。


(何か残っている可能性はあるが、中の調査は後でメルメッチに)


 カサンドラは次の目的地に向かって歩き出した。



 スミルナはレンダルの北区で悪人、ではなく、被害者候補を探していた。

 早く誰か被害に遭えばいいのになあ、角を曲がって直後に助けを求める人が出てくれば理想なんだけど、と思いながら視線を盛んに動かし小走りに道を進む。


 そしてある店に並ぶ行列を見つけて、彼女は目を輝かせた。


 高級菓子店【醇美たるガッショー】は高級菓子店で小さなガッショー・ポムポム四つで百セメルもする。あれでお腹一杯になろうとすれば五千セメルぐらいかかりそう。

 それでもレンダルの北区は商業地域で大店が多いからか、行列は絶えない。


(普段より多めの行列、西部を避けてる商人が多いからかも。これならスリの出現を期待できる)


 質の悪いスリは袋の紐を切ったり、ローブや外套クロークに後ろから穴を空けて手を入れて盗んでいく。人混みに好んで入る動きをする人間等が怪しい。


 スミルナは建物の角に潜み、犯罪者以上にぎらついた獲物を狙う獣のような目で行列を観察した。行列と行き交う人々でかなりの人口密度だ。

 そして通行人の中に何度も行列の後ろを往復する男を発見した。明らかに怪しい。


 ローブを着た緑の髪の若い女が買い終えると、行列から少しずれた場所で足を止めて呑気に食べ始めた。基本的に端っこは危険である。簡単に死角になるからだ。


 怪しい男がその後ろに張り付いた。スミルナからは死角になって見えない。他の多くの通行人からもそうだろう。

 スミルナはすったらすぐに捕まえれるよう気配を殺して、見える角度から回り込んで接近する。


 しかし途中で奇妙な事が起きた。男が急に後ろに吹っ飛んで仰向けに倒れたのだ。気絶している。


 周りの誰かが止めたのか?余計な事をしてくれるとスミルナは思う。

 しかし誰も倒れる男を見ていない。いきなり倒れた男を見て周囲は様子を見ている。


 緑髪の女は突っ立って、ガッショー・ポムポムを口に突っ込んでいる。そして急に後ろへ見てキョロキョロした後、下を見て驚いた。馬鹿そうな顔だ。


「何だこれは、何かの儀式か?」

「その男はスリだと思います。あなたからすろうとしたように見えたのですが、途中でなぜか倒れまして」


 近くまで来たスミルナが声をかけた。残念な事に、状況から見て未遂のようだ。実は女と男が知り合いで殺人未遂だったりしないだろうかと期待する。


「えっ、スリ!ああ、スリね。知ってますよ、スリ」


 緑髪の女が思い出したように大きな声で言った。

 妙な受け答えだとスミルナは思う。どこか良い家のお嬢様だろうか、それにしては品が無い気がする。人のことは言えないけれども。


「スリも観光の内かな、よしよし」


 女は意味不明な事をつぶやいている。単に頭がおかしいのかも知れない。


「話のついでに聞くのだが、この街で何か美味しい料理知らないか?お姉さんは何の料理が一番好き?」

「え、母さんの手料理かな」


 間抜けそうな顔で近くに寄られ、思わず答えてしまった。


 子供の頃に母が切り取ってくれた青鹿ブリン・メッヒの背肉、割った頭からすくい取った鬼熊オニクマの脳みそ、割いた腹から引っ張り出した閃光山羊ドッファグインの胃、どれも新鮮で血の滴って美味しかった。

 あれがもう十年ほど前、母が戦士団長になってからは忙しく、狩りには行けなくなった。


「それ、お店出てるの?」

「え、いえ、別に料理人ではないから」

「それは残念だ。美味ければ何でも良いから、良い店はないか。できれば人が知らない店が良いんだけど」

「ええっと、じゃあ、知る人ぞ知る【生死の境】という店があるんだけど」


 スミルナは生死の境の場所を説明すると、緑髪の女はお礼を言ってすぐに駆けだしてしまった。まだ言いたいことがあったのだが。


「・・・・・・いわゆるゲテモノなんだけど大丈夫かな、私は割と好きだけど」


 スミルナはあの迂闊そうな女を尾行すれば犯罪にありつけるのではないかと思ったが、後で生死の境の文句を言われたら困るので止めておいた。


 その代わりに足元に転がっているスリ未遂の男の貧相な顔をつねって起こす。こんな貧相な顔だからスリも満足にできないのだろう。使えない男だ。


 男は目をショボショボさせて目を覚ました。


「お兄さん、スリですよね?」


 スミルナが寝ている男の顔を覗き込んで言った。


「い、いきなり何を言ってやがる」


 男は焦っている。当然だろう、なぜか道路で寝ていて、周囲の目もあり非常に目立っている。スリなら目立つなどもってのほかだ。


「いやあ、見てたから嘘言っても駄目だよ」

「何の証拠があって言ってやがるんだ」

「まあまあ、ちょっと詰め所に行って、嘘発見器の前で話してくれればいいんだよ」


 スミルナはかなり強い力で男の腕を掴んだ。


「し、知らねえ、俺は関係ねえ!」


 貧相な男は叫ぶと、必死で腕を振り払い、怯えながら全力で走り去っていった。

 恐らく不都合な何かはあったのだろう。しかしそれを聞き出しても衛兵の手柄と考えるべきだ。それを奪おうとは思わない。


 それにまたスリに及ぶ可能性がある。その時に捕まえれ良いだろう。それなら自分の手柄だ。

 スミルナはまた被害者捜しを始めた。

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[一言] しかし誰も倒れる男を見ていない。いきなり倒れた男を見て周囲は様子を見ている。 見たのか見てないのかどっちだ。
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