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ソワラ

 ドアを開けようとドアノブに手を伸ばしたところで、ドアが勢いよく開かれる。


「社長! 置いていくなんて酷いのですー。プンプンなのですー」


 ずっと元気一杯なウリコだ。


「そういえばお前もいたな。外は危険だからタドバンと遊んでいろ」


 面倒だ。ルキウスはウリコを適当にあしらう。


「ニャオン」

「ガオー」


 天井まで跳び上がり、タドバンにダイブしたウリコがもつれてじゃれている。


「ほんとに遊んでいやがる、気楽な猫どもめ……」

「ナオー」「グオー」


 ソワラとウリコはお互いを見ても何も言わなかった。

 ルキウスは見慣れぬ光景を鋭い目で見ると、部屋を出て、吹き抜けを飛びおりた。




 二体のウッドゴーレムが猫が狭い戸口を抜けるようにニョロッとして、玄関扉をくぐって外へと出ていく。これはルキウスが魔法で変形させた。

 人を不安にさせ精神の根底を汚染するとされていた彼の芸術が、玄関で門番になる。


「相当な頻度で趣味が悪いと言われる我が作品が真価を発揮する時が来た。あいつらを作った時は散々金の無駄と言われたもんなあ。芸術の勝利だ」


 ソワラは外で仕事をしている。ハンカチを取り出す自然さで、インベントリから杖を出して、軽い足取りで外へ出ていった。


 杖は【古宙神銀河の残雲】。ぎらついたメタリックシルバーで、金属の棒にしか見えない細い円柱状の一メートル強の杖だ。


 ルキウスはソワラを見て、慣れないことはまず彼女にやらせようと思った。


 ルキウスは玄関扉から出て閉める前に、ふと螺旋階段前の時計を見る。


 時計が示すのはリアルの時間。零時、八時、十六時がゲーム内での深夜零時になる。

 時計の針は午後七時直前。彼の認識と一致する。午後六時にログインしイベントの準備をすぐに終えた、これで正しい。


 外の太陽はほぼ直上。

 ルキウスは考えこみそうになるが、どうせわからないと打ち切って、扉を閉めた。


 どこか態度が大きくなった八体のハニワゴーレムが残るエントランスホール。


 時計の針は午後七時を指した。そこから時針、分針、秒針、全てが勢いよくキュルキュルと回りだす。自動時刻調整機能が働いたのだ。

 そして時計の体操は終わる。針は午後一時を示していた。




「応急措置はこんなところでいいだろう」


 ルキウスは簡易的な防衛処置を終えた。生命の木が幻術で隠され、術を破らなければ目視できない。周囲には接近者を心理的に遠ざける魔法、それを超えて接近者が現れた場合の警告魔法、その先に足止めと迎撃の罠を仕掛けた。慣れた作業だ。

 

「そうですね」


 ソワラは日光の下で肌がいっそう白く輝いている。

 警備を頼んでいた黄金林檎の木は、巨木の上によじ登っていた。聞けば高所の方が日当たりが良いのだそうだ。


(植物の本能しか感じられんぞ。警備員として機能するのかこいつは? 獣も植物も信頼性が低い)


「次は空から周囲を探ろうと思う。私が直に行く」


 ルキウスは周辺探査の手段として、古典的で効果的な手段をを口にした。


 鹵獲した機械、魔道機械の無人機は、スキルのないプレイヤーが操作した場合、能力は低く隠密性も確保できない。


「私もお供いたします」


 ソワラがパートナーらしく、自然に同行を希望した。


「そうか、なら付いてくればいい。〔緑飛行/ヴァーダントフライ〕」


 飛行魔法を発動させ、浮き上がったルキウスは上昇を開始した。

 この魔法は森林・密林地形だけで有効な飛行魔法だ。アトラスでは森林・密林地形の上空も森林・密林地形の一部になる。


 地形限定の代わりに、通常の飛行魔法より高機動で空中戦闘に耐える。遅いと対空兵器で袋叩きだ。同時にスキルの〈森林迷彩〉で隠密状態による不可視になっている、これで敵に見つからない。

 

 ルキウスは徐々に速度を上げ、最高速度に達する。風を切る感覚は新鮮で、尖った耳にはビュオーと轟音が飛び込んでくる。


 圧力に目を細める。空気がこれほど重いとは。青空を太陽に向かって、空気と戦うように上へ上へ。


 混みあっていたアトラスの空。


 箒にまたがる魔女、魔力光を引きのばすように跡を残して飛行する流線形の魔道飛行機、空を飛ぶ群れを操るニシンライダー、飛行生物への変身、空飛ぶ靴や羽根、カツラなどの装備品による飛行。

 ここには誰もいない。


「五キロを超えた、間違いない。空が高い、空ってこうか」


 もっと上がりたい気持ちはあったが停止した。何か、力が薄まった感じがした。

 不安を感じさせるほどに広い青空、多くの青があり、地平の彼方には雲が見える。はるか南には山らしいギザギザが見えた。


 日差しは強くなった。

 見おろせば、緑と光を反射する水辺、黒い大地、そして生命の木の青だけ。地形は平坦なようだ。


(正確な距離はわからんが、どう見ても周囲百キロは森だけ。建築物も、煙も無い。この距離で魔力は視えないな。文明なし。魔物を警戒しておけば安全か。利点は敵対勢力がなし、欠点は依然として状況が不明だってこと)


 下方から接近する青い光が、彼の目に入った。ソワラの背にある妖精の羽の放つ魔力光だ。彼女は魔法で隠蔽されており半透明、ルキウスと同じく外からは見えない。


 ソワラの最終基礎職業は〔純妖精人/フェアリーエルフ〕、魔法戦全般が得意だが打たれ弱い。透きとおる蝶のような羽はこの職業の特性で、飛行魔法が強化される。


 ルキウスの隣にソワラが浮かぶ。無限の空間でポツンと、白雪の肌と透きとおった大きな羽が輝いている。妖精然として非人間的で、いかにも空想的だ。


「見てのとおりの森だけ、楽しくなる。何か思うことはあるか?」

「はい。空の壁が無くなったようです」


 アトラスでは空に蓋する壁により、五キロメートルの高さ制限があった。

 高くなるほど魔力消費が激しくなり姿勢も制御しにくい。これはゲームバランスの都合で戦闘区域を一定範囲にするため。

 空が広いと爆撃などが有利になり、長距離戦ばかりになる。


 ルキウスがぐるっと回転して周囲を見ると、遠方の空に月らしき影を見た。


「そうだな、今のところ確認できない。ひょっとしたら月まで行けるかもしれないな。月ぐらい、すうっと行けてもよさそうだと思っていた」


 アトラスは非常に自由だが、宇宙戦闘はなかった。すべて大気圏下の戦いだ。


「ルキウス様ならば、月を支配するのもたやすいかと存じます。私の予感では、そんな日が来るように感じられるのです」


 ソワラが自然に言った。月はかすかに緑に見える。

 たしかに魔法が使えれば緑化できる可能性はある。空のどこまでが森林地形と見なされるかは不明だが、瞬間移動系の魔法で直接行けるかもしれない。


「予感な。まあ、暇になったなら考える。他にあるか?」

「そうですね……空に違和感を感じます」


 ソワラは周囲をよく見渡してから答えた。


「違和感? 幻術の類か?」


 ルキウスは探査の精度を上げるが魔力は視えない。


「いえ、魔法の類ではないと思いますが、うまく表現できません」

「ふむ、空の壁は無くなった、ほかにも変化があったのかもしれんな」


 ルキウスが留まっても新たな情報はないと思った時、峻烈な気流が起きた。


 彼は大気の力に負け、顔をそむける。顔をそむけた先ではソワラも同じ様な姿勢をとり風に対している。銀の長髪は大きくたなびいている。

 違和感がないという違和感だ。ルキウスは世界を目撃する。


 こぼれそうな果実は波打ち治まるを知らぬ。これは断じて簡略化され設定された揺れではない。皮膚、脂肪、血液、筋肉、細胞が存在を主張する。なんたる雄弁。すごみのある一種のドグマの連続。


 この揺れは現実に違いない。宇宙の真理が、神羅万象、ユニヴァース、この世の物理の法則が凝縮されここに存在する。これが悟りか。世界は身近にあった。アトラスではありえないものだ。


 現実でもそう悪くはないかもな、アトラスが生き甲斐から人生にシフトしただけの話だ、大した問題はない、世界は美しい、とルキウスは思った。

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[一言] 神認識されておきながら悟りを開くポイントよw
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