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森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
1-6 東の国々 眠りの国
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暗闇

 サンティーが屋台で赤いトウモロコシ粉の生地で包まれたエン牛のミンチを焼いた料理、テインロに大きく口を開けて齧りつき、歯型にテインロをえぐって、食当たりを予測したデルデルが解毒ポーションを準備した頃、デゥラ・カンコーネが肉に喰らいつき、その血肉を飛び散らせた。


 場所は、知る者の限られた石造りの地下室。一つのロウソクが部屋の中心の置物の上で燃えており、その光だけで一応は照らせる広さ。


 そこでデゥラ・カンコーネはつまらなそうに佇んでいた。

 頭髪を短く刈り揃えた角ばった頭、目つきは険しく威嚇的、動きやすい軽い服装で露出した腕は引き締まった若い男。

 

 口元にまとわりついた血を、獣のように舌を這わせて舐めとった。開けた口からは尖った大きな上の犬歯が見え、その瞳は闇でも不気味に赤く輝く。彼は吸血鬼である。


「こうなるとつまらん、活きが良くなくては」


 彼は握っている物を床に投げ出した。濡れた音を立てて床に落ちたのは人の腕だ。他の部分も床に転がっている。


「やはり人だ、もう獣では足りぬ」


 獣なら子羊が一番美味い。しかし人とは比較にもならない。特に良いのは子供と若い女だ。それもほどほどの肉付きで苦労していないのが良い。疲労があると血も肉も悪くなる。


 彼の中は過去を思い返し不満が噴出した。ここ数日何度も繰り返した鬱屈とした怒りだ。


 なぜ、なぜ、なぜ、これを我慢する必要があった? 馬鹿馬鹿しい、何が高貴か。そもそも吸血鬼は化け物。化け物らしく人を喰らえば良い。最初から備わった魅了の魔眼、生粋の人間狩りではないか。


「くだらぬ、実にくだらぬ」


 喰らいたい時に喰らう、それが我らだろう?高貴など、惰弱でしかない。

 魔法で麻痺させられれば簡単に食えるがやらない。

 足を折り、指をもぎ、腹を割き、悲鳴を聞きながらの食事が最高だ。ただの血肉より、恐怖と悲痛が入り乱れ、つのりにつのった絶望こそ喰らうべきもの。これさえあれば他は要らない。もっと食べたい。

 長き鬱屈は去った、なくした時を取り返す。


「王都は俺の物だ。誰にも渡さん」


 ザメシハの西部を奪取する計画は失敗、盟主シュットーゼは滅びた。

 生き残った幹部は数名いたようだが、逃げるよう連絡してから消えた。

 逃げる先など無い。彼らは最初からずっと組織に所属してきた吸血鬼。一人での生き方は知らない。


 しばらく王都で潜み警戒したが、危険なことは何も起きなかった。

 落ち着いてから彼は理解した。口うるさい上級幹部が勝手に消えて、自らの思うがまま振る舞って良くなったと。


 王都でやくざ者の管理、情報収集という雑事を任されて以来感じた事のない歓喜。武闘派でありながら、決起に加われなかった不満が感謝に変わった。


「デゥラ様、そろそろ時間になります」


 部屋の外から部下に呼ばれ、彼は外に出る。出た先も長い地下廊下が続く。


「ああ、あの辛気臭い顔を見に行ってやるとしよう。残りは適当に解体して食っていいぞ」


 デゥラの言葉に部下の男がにやける。


「手頃なのがいたらまた捕まえておけ、数が多ければお前達にも与える」

「はい」



 線が細く、人の顔色を伺っているような上目遣いが固定された顔の中年男性。レイヴス・ウェオネッタ。彼もまた吸血鬼でありその目は赤い。


 長方形の大きな石の机を背もたれの無い石の椅子が囲んでいる。彼はその隅の椅子に座っている。彼の後ろには二人の部下が控えている。


 会合用の深き闇の間は、深い地下で光が入る余地は無く、《暗闇/ダークネス》の魔法がかかり、上位吸血鬼グレーターヴァンパイア以上でなくては見通せない。これが最低限の入室条件だ。

 その扉の一つが開かれた。


「遅いぞ」


 レイヴスが視線だけを動かして言った。


「いやあ、中々に家畜の活きが良かったのでな」


 いくつもある扉の一つから入室したデゥラがそう言いながら、扉から一番近い椅子に座った。レイヴスの斜め前だ。


 それにレイヴスはムッとする。この座席は序列順。本来ならデゥラは正面、そこが最下位になる。


「また人間に手を付けたか、どれだけ危険な状況か分からんのか? 国外はおろか、王都内の他組織とも満足に連絡を取れないのだぞ」


 エフェゲーリ・メクレルでは下部組織同士が連絡を取らないし、そもそも同じ組織だと知らない。


 盟主近辺のわずかな人員が連絡方法を管理し、非常に複雑な手法で命令を伝達し、直接会うのは徹底して避ける。顔見知りは幹部同士ぐらいだ。

 考えるまでもなく、芋づる式に組織を辿られるのを避けるためであり、反乱を避けるためでもあった。


 魔法での情報伝達もご法度だ。魔法では偽装の手段が山ほどあり、簡単に偽の命令に割り込まれる。


 さらに組織は巨大で過半数は吸血鬼と無関係、さらにその半分は合法の一般的な商家等である。彼らは取引先と普通に商売しているつもりだが、知らぬ間に組織に関わっている。取引する品の中に禁制品を偽装して混じらせ運ばせたり、危険な魔道具の一部だけを工房に生産させたりと。


 利益を減らしてでも、極力何も知らない人間を使うのが組織の基本。

 事件を認識した当局は、一通り捜査して何も出なければ、適当に誰かを犯人にして終わらせるからだ。


 さらに緊急時には、この汚れの無い商家等を魔法で一時的に洗脳して避難先にする。レイヴスと彼の部下もそうやって逃れていたが、何も起こらなかったので避難先の人員を処分して、別の予備拠点に戻った。


 そこからレイヴスは最近滅んだ幹部の下部組織を掌握するのに腐心していたが、あまり上手くいっていない。同じ組織だと証明する手段がないのだから。

 さらに上の手法はある程度分かるが、複雑な連絡手段はもう真似できない。あれには織物で複雑な模様を編み上げるような計算をやる専門家がいる。

 幸い王都内の連絡手段の半分ほどが自分の担当、これを簡略化して使っているが、レイヴスは不安で仕方がない。


 これだけ自分が苦労している間に、目の前の男は呑気に人間を食っている。憤慨しかない。


「好きなだけ血を喰らえるようになった、何を嘆く?」


 デゥラが得意げな表情で言った。


「馬鹿か若造、上が丸ごと滅びたのだぞ」


 愚かだと思っていたがこれほどか、とレイヴスは怒りより呆れが来る。


「お前はそればかりだな、心配事ばかり口にするくせに逃げ支度もせん」


 痛いところを突かれた。レイヴスは危険を指摘しながら、対処手段を持たず様子見をしている。だからといって、この状況で目立つのは愚の骨頂である。


「心配してしかるべき状況だろうが」

「ならばなぜ我らが生きている? 王都にいる我らが」


 一理ある。王都レンダルはザメシハの最重要地、吸血鬼がいると知って仕掛けぬ道理は無い。大規模な捜索もなく、追手の気配もない。ザメシハはなぜかここにいる者達を認識していない。


「確かにまだばれていない。だが以前のようには潜めぬ」

「我らの偽装は完璧だ、家畜共には見破れん」

「大した自信だが、国外と連絡が取れねば触媒も手に入らん。現在の施設の維持もできんのだぞ。組織がここで勢力を拡大できたのは他と連携しているからだ」

「我らは独自でやるさ。これまではドブネズミのようではないか」


 デゥラが馬鹿にして言う。


「お前達が問題を起こせば、こっちにも波及する。お前だけの問題ではない」

「王都が気に入らんならいつでもまとまって去れ。邪魔はせぬ」

「我が出ていけば好きにできる、とでも思っているのか?」

「そう思わんでもないが、無理に出ていけとは言わんよ」

「無暗に喰らわぬのは美学ではない、同じ場所に留まるための実用的な手法だ。いかに王都が巨大でも続けば露呈しよう」

「それは俺とて分かっているさ、しかしまあ、少しぐらい良いではないか? 家畜はいくらでもいる」


 レイヴスは苛立つ。言い様から、デゥラの狩りは計画的でないと察したからだ。本来は狩りは狩る相手の情報を集め、十分な工作をしてから行う。

 俗なやり方では駆け落ち、夜逃げ等、噂を事前に広げ、周囲にあいつはいなくなってもおかしくない、と思わせておく必要がある。


 特に獲物の身内に手練れがいる場合は危険だ。吸血鬼の仕業と知れば、執念でどこまでも追ってくる。《吸血鬼狩人/ヴァンパイアハンター》はそうして誕生する。


「王都内に狩り場は無い。この街は狩りには向かんのだ」

「そうでもない。最近は王都でもくたびれた服を見かける」

「たしかに変化はあった。開拓に適した土地に対して、人があまりはじめている。それでも開拓地へ送り出し政策は破綻していない。人は把握されている。死体の出ぬ事件の増加は警戒をまねく」


「なら外で狩るさ、城壁外でな」

「国が異常を知れば、出入りを重点的に警戒する。門が存在する理由が分からんのか? 迂闊に動かぬのが鉄則。定住者の信用は高いのだ。今は何代にも渡って住んでいると周囲は誤認しているが、誤魔化しもできなくなるだろう」

「心配ばかりで楽しいか? 我らは表立っての支配を目指した、表に出ても良かろう。それが盟主の意向だろう? 何ならあれを使えば良い。レンダルぐらいは落とせる」


 デゥラは食い下がられ少し苛立ったようだった。


「あれは盟主しか制御できん。それに表に出るのは欲望を満たすためではない。第一、幹部達を滅ぼした相手がいるのを忘れたのか」

「盟主はどこかでどじっただけだろう。それに俺とて情報は集めたさ。だが吸血鬼に苦戦したという情報ばかりだ。案外、盟主達は望みの宝を見つけて組織を切り捨てたのでは?」


 その可能性もある。盟主と側近がまとめて討たれるのは非現実的。それでも彼はリスクに着目する。


「楽観的にもほどがある! 盟主を討った者が我らを探し当てたらどうする?」

「我らの地下を使って戦うまでよ。そもそも我らは見つからん」


「繰り返せばどこかで露呈するに決まっているだろうがっ! そもそも、お前のように人の血の味を知る者を増やさずにきたのは、一度知れば我慢できなくなるからだ! 個々が勝手に人を襲いだし統制が取れなくなるぞ」


 レイヴスとて人を喰らいたいと思っている。しかし、やればどうなるかは知っている。

 彼はザメシハ開拓初期の開拓民に紛れていた時、シュットーゼにスカウトされた。開拓時代に、好機と人を貪った吸血鬼が、十年経たぬ間に狩られていったのを見ている。


 それに人の血には報酬の役割もある。組織の人狩り専門部署が人間を確保し、褒美として供給して忠誠を維持する。誰でも口にできては困るのだ。

 一度秩序が失われればそこまで、いや、既に秩序はないか。

 レイヴスはデゥラを見る。


「俺は好きにやる。荒事があれば依頼しろ。仕事なら受けよう」


 デゥラはそう言って席を立った。

 確かに直接的な戦力はデゥラが上だ。吸血鬼も人間も。


「後になって泣きつくなよ」


 レイヴスも席を立ち、逆の扉から部下と出て行く。


「何か対処されるので?」


 部下が尋ねた。


「・・・・・・何かあればあっちに向かってもらえるように誘導するぐらいだ。余計な仕事を増やしてくれる。お前達もよく覚えておけ。我らはいると確信されたら終わり。疲労を知らず治癒する体があっても、専用の装備を持った大軍、どこまでも追ってくる銀の猟犬を相手にすれば滅びの運命よ」


 部下が頷いた。


 包囲されぬよう、ザメシハ西部をとって建国する策。それが失敗した以上、徹底して潜むしかない。


 今は強引な手法で何とかなっている。不正を行う者に幻術で変えた顔で接触すれば、依頼主を知らない手駒を作れる。

 だが繰り返せば、相手から罠を張ってくる。昔と同じように。


 問題を起こさなければ、しばらくは潜み続けられるだろう。

 だが普通の商売を続けるのは無理だ。年を取らないのだから。放浪を続けるか、組織に属し良い生活をするか。一度組織を知ればもう戻れない。

 彼が昔を思い出し言う。


「人は実に恐ろしいぞ。吸血鬼が一人居ると知れば、村の一つ二つは疑わしいだけで焼き払う。正念場だな、長生きするための」

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