王都3
スミルナ・エンドールは、今日も悪徳の輩を打ち倒して機嫌よくしていた。これで五つ日連続。それを朝から達成できた。実に前途洋々とした気分。後は北側で悪を討てば、東西南北制覇である。
ローブのフードを上げると活発さの見て取れる若々しい顔が現れた。明るい栗色の髪は光を受けて一層色鮮やかだ。ミディアムヘアは規則的に波打っている。体格は小柄で動作には俊敏な印象がある。
彼女はローブ内側の革袋から取り出した赤三ツ星のタグを首にかける。
倒した二人を南広場の南西にある衛兵の詰め所まで引きずって行こうと足首を掴んだ。
「飽きずによくやるね。スミルナ」
「うわっ」
スミルナは耳元でいきなりボソッと聞こえた声に、ふためいて足首を放しさっと振り向いた。
「チェリ」
スミルナがつぶやいた。
チェリテーラ・ジウナー、三十六歳。赤三ツ星ハンターパーティー【砕魔の盾】の耳と目である《盗賊/ローグ》だ。
華奢な印象のある顔の女性で、身長は百七十センチぐらい。普通の人間より少し尖って伸びた耳がすぐに目に入る特徴だ。暗い緑色の髪は長く、バレッタで後ろ髪をまとめている。
着ている黒革の服の面積は少なく腹部などが露出していて、上半身には極薄で透けた微かに黒く長い布まとわりつくように存在し、ヒラヒラと風に揺れている。
全ての手の指には何かしらの指輪、腰には短銃、小剣がある。
「びっくりしたじゃないの」
スミルナがむくれた様子で言った。
「少しは周りを見ないとねえ。で、これはまたなのかい?」
「悪そうな奴が、悪そうな動きをしていたから尾行していたら、案の定悪事に及んだのよ。よりによって目の見えない人を傷つけるなんて許せないわ」
スミルナは怒りながらも自慢げに言った。
「知っているよ、さっきの女性を見てたから」
「見ていたなら何で助けないのよ!」
「必要無いかと思ってね」
「必要無い訳が無いでしょう、何言ってるのよ」
チェリは調査中などに時折考えて、スミルナにも他のパーティーメンバーにもよく分からない行動をするが、今回の行動は間違いだとスミルナは確信して追求する。
「いや、さっきの人なら自力で何とかしそうだと思ってね」
「はあ?」
「見えないにしては足取りがしっかりして、凸凹の石畳でも全く体が揺れてなかった。普通の人間はああも綺麗には歩かないし歩けない。杖には一度も体重がかかっていないようだったし」
スミルナは悪党にしか興味が無かったので、被害者には興味が無かった。怪我も無かったようだし、無事だった時点で完全に興味を失っていた。だから言われていることは全く分からない。
「でも倒れていたのよ」
「倒れるのをためらうほど汚い場所でもないよ」
「わざわざ倒れなくてもいいのに倒れる理由なんてないじゃない」
自分が軽率である自覚はあるが、これは疑い過ぎに思える。
「どうかしらね。可能性は否定できないでしょ。盲人の剣客だっているしね。銃士はいないけど、魔法でも周囲の気配は分かるのよ」
「疑い過ぎじゃないの」
「あんたは少しは疑うべきだと思うけどね。普段からよく見ておかないと。あんた狙いの罠を張られてもおかしくないのよ、有名人なんだから」
「説教臭い」
チェリの諭すような口調にスミルナが拗ねた。
「まだまだ子供ね、そんな事ではタリッサさんみたいには成れないよ」
まだ拗ねているが、スミルナはこれを言われると弱い。話題の切り替えを試みる。本来ハンターとして話すべき話題へ。
「チェリは占いが終わったのよね?」
「そうよ、レンダル近郊にもまだ発掘すべき場所が増えそうね」
チェリの左手中指にある黒い金属の指輪は、魔道具である発掘家の指輪である。この指輪はこれまでに得た資料、知識から、一定以上の知名度のある人物、物体、場所の位置、関連情報を得る効果を使える。ただし、この力を使うと数日間、戦闘したり、魔法、スキルを使ったりできない。使うと最初からやり直しになる。
「今度は近所なの?」
「そうよ、最近は近郊の畑をどんどん増やしているし、城壁外の家も増えてる。放置されていた汚染地まで活用し始めている。土が浄化され掘り返されて、地下深くまで魔法が届きやすくなっているだと思うわ」
「冬はオッドカエラ山地に行きたくないから丁度良いかも」
「草が茂る前に調査を進めたいわ」
「そうね」
「私はこれで暇になったよ、広場で何か買ってこようかしら」
「暇なら手伝ってよ」
スミルナは足元のごみを見た。
「あんたなら一人で十分でしょう、そもそも斬り捨てておけばいいのに」
「武器は抜いてなかったよ。斬るほどの罪じゃない」
「また硬い事言って。それもどうとでもなるでしょう、あんたなら。衛兵だって毎日ごろつきを詰め所に放り込まれるより喜ぶと思うけど?」
借り物の権力を用いるつもりは無い。彼女は国を良くしたいだけだ、少なくとも本人はそう認識している。
スミルナは手伝ってくれそうにないと判断して、仕方なく二人を引きずり始めた。
そして、二人はまたかという表情の衛兵にごろつきを引き渡し、そこから二十分ほど北西に歩くと、街の中央西側にあるハンターギルドの扉を開けた。
探していた二人の人物は入ってすぐの場所に掛けていた。
まずリーダーで《重戦士/ヘビ―ファイター》のザンロ・ニレ。青い瞳で壮年の大男だ。彫りが深く、いかにも頑健で屈強そうな顔立ちをしている。
薄いメタリックグリーンの全身鎧を着用した肉体は、特に左腕と肩の筋肉が発達して盛り上がっている。
濃いヴァイオレットの短髪は荒々しく刈り上げられ、顔全体に不必要なまでに髭を生やし、
背には塔盾と中型の赤い戦棍を背負っている。
そしてもう一方、濃い青の長髪に灰色の瞳に真面目で温和そうな表情の女。
年のころは二十代。水色を基調とした神官用ローブに身を包み、先端が四つに枝分かれして、その中に青く巨大なオパールが固定された杖を持っているのは、ザメシハで特に盛んな信仰の二つの内の片方、水神の《僧侶/クレリック》のグラシア・アイオリス。
「お、終わったか?」
ザンロがチェリを見つけて期待した感じで言った。
「そうよ、グラシアは神殿の手伝いはもういいの」
ザメシハ西部での吸血鬼騒動により、王都近郊の神官は西部に出払っていた。その間グラシアが臨時の救援に入っていた。
「ええ、最低限の数は戻りましたし、この段階で特殊な治療を受けに来る人はいないでしょう。流れ聞く話では塞がらない傷を受けた人が一番多かったらしいですね」
「取りあえず、個室行こうぜ」
「そうだね」
四人は防御魔法の張られたギルドの個室に移動した。窓も無い部屋だ。
「五つ星、赤星以上に三十人以上の死人が出ていたようです。あれから一月、被害はもう確定したと判断できます、これでこの騒動は終わりでしょうか」
椅子に掛けるなりグラシアが穏やかな声で話を続けた。
「だろうなもう復活可能な赤星は全部復活したろう。わざわざ死にましたと言ってるのはケイフェイぐらいのようだが」
「国が聖樹の使用を認めましたからね」
「そりゃあ、吸血鬼が大勢いる状況で手練れのハンターが減れば困るだろう。弱体化しても経験は残るし、大体五年もあれば調子が戻るって話だ。しかし相当な国力の減少だな。開拓前線のハンターが減ったんだ」
「私がその分頑張る」
ザンロが発憤するスミルナを見て笑った。
「おうおう、速いところ、姐さんを超えてくれよ、そうすりゃ、俺は大分気楽にできるからな」
「しかし、襲撃から三日目以降は一体も見つかっていないんですよね、明らかに捕り逃している、そもそも被害に対して討伐数が少なすぎる。かと言ってまとまった第二次攻撃が無い・・・・・・奇妙ですね」
グラシアが首を傾げた。
「母さんも空振りだって、つまらなそうに言ってた」
「そこは姐さんの機嫌が悪くならくて良かったぜ、オークションのおかげだ」
「捜索依頼の連中がことごとく空ぶってたねえ、吸血鬼用に装備を整えた連中は大赤字だ」
「悪魔の森側に逃げられたんだろうと思うがな。チェリ、次は西の方じゃないだろうな?流石に吸血鬼が潜んでいる森は危険すぎるぜ」
「レンダル近郊で南側が有望だね、他にも近所にありそうだ」
「それは楽でいい」
「まだ近くにありますか?」
グラシアが遺跡に対する疑問を口にして、スミルナは別の疑問を口にした。
「吸血鬼退治しないの?」
「魔物捜索は俺ら向きじゃないし、単独でやる仕事でもねえな」
予想できた回答だが、スミルナは少々不満なものだ。彼女は討つべき悪がいるなら、見逃したくないのだ。
「震源地はコフテームだと思うのですが、セレテームの被害の方が大分大きいようです」
「そりゃあ、コフテームの遺跡を見つけたハンターが手練れだったんだろう、全く知らない奴だが、珍妙な評判と強いとの評判がセットで来るな。木に齧りつくとか、赤子を喰らうとか、悪魔の化身であるとかよ。とにかくやべえ奴に違いないぜ」
「前はそんな強い新人はおかしいと言ってませんでしたか?」
グラシアが疑問を呈した。
「あの時は、まだ吸血鬼と当たった連中の話を聞いてなかったからな。コフテームの戦闘は空が何度も派手に照らされたって話。こいつは信用できる情報だ。どっかに隠棲してた変わり者の魔法使いが出て来たんだろうぜ」
「知らない文化圏の人なら一回会ってみたいね」
とチェリ。学者として未知の文化知識を得たいのだろう。
「スミルナ、万が一吸血鬼を見つけても仕掛けるなよ、今回の奴らは相当な群れだぞ、たまに出てくるできそこないとは次元が違うぜ、赤星級がフルパーティーで一体に押し負けてるからな」
「状況によるけど」
人々のためという意識が強いスミルナは同意しない。
「あんたは若いだから長生きすることを優先しなよ」
「依頼が無い限りは西に行かない方が良いですよ」
チェリがたしなめ、グラシアは接触自体させない方向だ。
「だとすると、今年は木こり大会に行けそうもないな」
ザンロは木こりの家系である。そのせいか攻撃が植物系魔物に効きやすい。血筋に感謝して、ザメシハの再奥地で開かれる木こり大会にちょくちょく参加していた。
「前回は変な割り方して、不評だったじゃん。木材を粗末にするなって」
「いやあ、力が強くなりすぎてなあ。とにかく西にはいかねえ、当面は遺跡探しだ、いいな?」
「分かったよ、でも道端にいたら斬るから」
「まあ、勝手にしろ、ここらにはいないさ。だが夜は出歩くなよ、いい子は早く寝るんだ」
「子供扱いしないでよ」
むくれるスミルナにチェリが助け舟を出した。
「まあまあ、今日は取りあえず私の術が成功した祝いだろう。楽しくやろうじゃないか」
「そうね。今晩は予定通りに私の家でお食事ね」
スミルナに笑顔が戻った。
「姐さんの予定は空いているのか?」
「暇だと思うよ、ここのところ何も無いようだし」
「じゃあ、世話になるとするか」
砕魔の盾の四人はこの後、次の発掘予定地の情報収集と準備の計画を練る事を確認して解散した。




