王都2
サンティーが足を止めて見た先には、大きく底の浅い鉄鍋の中を棒きれでガラガラとかき回している男がいる。鍋の下で鍋を収める鉄筒の中では炭が燃えていて、その鍋と、隣の四角い木製台上の大きな器には栗が大量に入っていた。
彼女にとっては木を燃やすのも始めて見る光景だ。生命の木では魔法や魔道具の火しかない。帝国ではありえない。
四角い大きな広場は、ここまでに見たものより大きな石造りの建物で囲まれ、立派な鐘楼も見えた。
数十の何かを焼いている小さな設備が並び、漂う香りが中枢神経を刺激した。女子供の区別も無く、多くの者が何かを籠に入れて売り歩く。
サンティーは初めて見る景色をじっくりと観察してから口を開いた。
「屋台も栗も分からないが、栗は食べ物だろうな」
「屋台とは移動可能な仮設店舗、つまりここらに並んでいるあれらです」
食べ物が並んでいる。全て購入可能である。果実が実っているのとは違う趣。
自由に食べていい、より自由に買える方が欲望を刺激されるようだ。
なるほど、これを全部買えるのが望んでいた良い生活なのだと彼女は納得した。
帝国では食料の販売ルートは限られている。一般に流通する天然食材は小麦粉ぐらいで、それも工場で生産する食品よりは割高だ。保存性と栄養を重視した工場製食品を、ルキウスは信仰的苦行、愚直なまでに栄養志向、砂糖を入れればマシになるだろう、と評していた。
「あれは卵か?白でも金でもないが」
ある売り子の籠の中には、茶色でまだら模様の卵が詰まっていた。
「確かに何らかの卵には違いないでしょう」
ルキウスが頭にニワトリのタマコを乗せて、こいつはペットであってニワトリじゃない、これをニワトリだと思うな、これは魔法の一種だ、普通は一日に千も卵は産まないからな、と言っていたのを思い出した。
「あれは、栗は植物だよな?」
「そうです」
「あそこには無いようだが」
友は全ての食用植物を栽培していると思っていた。なんせ肉が実るぐらいだ。
「主様は生で食べられる物を主体に植えているようですね、次いで保存可能な物かと」
「なるほど。何か器が必要なようだが」
焼き栗は店主が器にすくい量って、客の器に入れている。
「買うので?」
「それが仕事だ」
サンティーが少し自慢げに言った。
「先に宿を取ってからにしては。主様に良い宿をと言われている。宿の食事もそれなりであろうかと」
「少しぐらい良いだろう」
「あれは熱いので焼け死ぬ恐れが」
「・・・・・・子供が普通に食べているだろう」
「しかし観光友達大臣は貧弱ですし」
「一般人よりは鍛えているはずだ」
生命の木の人間が異常なだけだ。そのはずだ。まさかの広場を彷徨う人々があんな連中の同じではないはずとサンティーは思うが、少し不安になった。
それでも仕事だからと購入を決心して、何かあったかなと腰のポーチを探っていると、ローブの襟から底が深めの器が出てきた。ハイイロリスのデルデルがインベントリから出したのだ。彼のインベントリにはルキウスが今回のために持たせた物が入っている。デルデルが何を言ってるのか分からないが、向こうは分かる。
「ありがとう、デルデル」
サンティーは器を受け取り、問題無く焼き栗を買った。お代は九十セメルだった。
二人は広場の隅に寄った。
「焦げているな」
サンティーは焼き栗を一個手に取る。持てない熱さではなかった。
「殻を取らないと食べられませんよ、それは種ですから。小麦と同じです」
カサンドラが栗を摘まんで見ているサンティーに言った。
「小麦をしっかり近くで見た事は無いな。帰ったら見てみよう」
「中の薄皮も剥いだ方が良いでしょう」
サンティーは一個デルデルに渡して、一個口に入れた。悪くない、また買おうと思う程度には。これまでに無い味だったが、仕事のために感想をひねり出した。
「・・・・・・甘いイモに近い。記録しておこう。ほら、お前も食え」
「主様の恵みとは比較にならないと思いますが」
「そうかも知れないが、食べないと比較もできないじゃないか」
サンティーが押し付けるので、カサンドラは仕方なく栗を受け取って食べた。
「運命は悪くない部類でしょう」
味以外の何かを見ている。サンティーはそう思った。
「ふーん」
「まず焼きたてなのは幸運でしょう、冬にわざわざ冷まして食べる物ではない」
「・・・・・・なら全部焼きたてで売るんじゃないの」
「一度火を入れたら消せないでしょうから、焼き続けるはず。作り置きか焼き過ぎになるかと」
サンティーはある焼き栗屋台の方を見た。確かに鍋の栗をまとめて出し移し替えている。空いた鍋には新しい栗がドバドバと投入された。
「なるほど、なるほど。運が良かったのだな」
「しかし、やや時季外れかと」
「そうなのか?」
「秋のもののはず、しかし虫食いは混じっていない。粒の大きさや標準の味は不明であるから、全体の評価としてやや幸運」
「つまり私が初めて食べる普通の食事だな、お前達が言う普通だろ?」
街の食事が普通、普通を覚えてくるように、とルキウスが言っていた。
「普通に食べるには支障は無いが・・・・・・それで普通と見るには疑問の残るところ」
「なぜだ?」
「周りをよく見なさい。私達は寒くもなく、金にも困っていない」
サンティーは言われるまでもなく広場の方を見ているが、意味を解しかねた。
カサンドラは動かず目も開けず続ける。
「しかし、これは寒さに凍えながら、限られたお金で買い、そのありがたみを感じながら食べるもの。それがここの普通かと。そっちの方がおいしくも感じるでしょう」
二人は装備の効果で快適な温度に保たれている。一方広場を行く人々は、冬の早い時間の寒さで体が強張り、小さくなって震えながら白い息を吐いている。
「なるほど、言いたいことは分かった、普通は中々難しいようだ。しかし寒いより寒く無い方が良いに決まってるし、金はあった方が良いに決まっているぞ。私はこっちの方がおいしいからな。それにこっちは初めてだからその分有利だぞ!」
サンティーが力説して、カサンドラの澄ました表情が少し緩んだ。
「その考え方もあろうかと」
「そうだろう、そうだろう。そういえば期限も聞いていないが、宝探しとやらが終わったら帰るのか」
サンティーがどんどん栗を食べながら言った。
「そこは柔軟に。他には主様に新しい友達が落ちていたら拾ってきて欲しいと頼まれています。大臣も落ちていない見ておいていただきたい」
「友達は落ちている物ではないと思うが」
「友達大臣は落ちていましたが」
「落ちていない!お前に殴られたのは忘れていないからな」
サンティーが眩い衝撃を思い出し、少し声を荒げた。
「あれは放たれた電撃を返しただけです」
「だけじゃない、だけじゃ。そもそもどうやって判断した、何で私なんだ」
いきなり基地が襲撃され、起きたら基地は壊滅、そこから友か畑か、である。
なぜそうなったか気にしてが、やっぱり間違いでしたと言われると困るのでこれまで尋ねなかった。
「運命の大きさです、あなたの運命力だけが大きく輝き火花を散らしていた。他の者は死を間近にして弱々しく先が無い灯。あれだけ違えば見逃す訳も無い。主様は戦闘の前に必ずこの基地で友達を作る、絶対に居ると強弁されておりました。きっと神の力で大いなる流れを感じ取ったに違いない。皆は偉大な神に釣り合う友などできるはずは無いと言っていたが」
(こいつら人の基地を攻める前になにやっているんだ。しかし何となく経緯が分かった。運命の友達とか言っていたが、どうせ友達いないとでも言われて思いつきで何か言ったんだろう)
サンティーは色々と不満がぶり返してきたが、おかげで栗が食べれるんだと思い、不満をしまった。
「そもそも運命力が分からない」
「集まった可能性の衝突、因果の流れの大きさ、つまり運命ですよ。事象の揺らぎの大きさとも言える。神の友人に相応しいなら、神の近くにいる状況では当然大きく動く」
「余計に分からないが、友人でなくとも動くのでは」
「あなたの力量で害を与えるのは不可能でしょう。主様がどうでもいいと判断する性質の人間ならば何の影響は与えられない」
「影響ねえ」
「あなたも一応こっち側のはずですが」
「そう言われてもな、占術嫌いなんだよ、運命云々が気に入らん」
「・・・・・・その精神性でしょうか、もっとも力術も極まれば占術に通ずるものですが」
「興味ないな」
話している間に栗が無くなり、サンティーの視線は屋台や広場の人が手に持った物を彷徨い始めた。
「まだ食べる気で?」
「え、いや」
言葉に詰まったサンティーに、呆れた様子でカサンドラが言った。
「全く、私は先に宿を取っておくので。あなたはこの広場にいるように、すぐに戻るので」
「分かったぞ」
サンティーが嬉しそうに答えた。
カサンドラは広場から離れながら《念話/テレパシー》の魔法を使った。
『メルメッチよ、いるな』
『屋根の上にいるよ』
明るい声で応答があった。
『すぐに仕事に掛かってもらおう、貴族街はお前に任せる。それで駄目なら他から進める』
『大臣に付いていなくても?』
『運命に大きな揺らぎは無い。普通にしておれば問題無いであろう。護衛も三匹張り付いている』
『知らない場所で普通にはできないと思うけど?』
『・・・・・・最悪の場合は護衛が対処する。緊急離脱手段も持たせている』
『まあ、そうだけどさあ。ルキウス様がすっごく心配していたよ』
『重々承知している・・・・・・メルメッチ、これは手出し無用に』
『あいよー』
男二人が後ろから来て、前で道を塞いだ。目が見えないの良い事に、小銭でもせしめようと絡んで来たのだろう。
元気の良いことだとカサンドラは内心で笑う。場所は路地だ、長々と付いて来られても面倒なので故意に大通りからそれて入ったのだ。
「狭い道を塞がれては困りますが」
二人の男の表情に驚きが浮かぶ。見えていないはずなのにと。
「俺達は道を塞いでなんていないぜ」
「そうだぜ、体が悪くてゆっくりとしか歩けないのさ、この調子じゃ路地を抜けるのに一年掛かっちまうぜ、千セメルぐらいあれば良くなるかも知れねえぜ」
少々声が上擦ったが、余裕があるせいか強気に出てきた。
「ほう、わざわざ追い越して先回りしておいて?」
「な、何言ってやがる」
「見えなくともゴブリンより醜く汚い性根は良く見えるものでございます」
「何だとお!」
怒鳴った男がカサンドラの肩を突いた。
カサンドラはわざとらしく派手に転んだ。金属の杖がカランカランと高く硬い音で石畳の上を転がる。
「何をやっている貴様ら!」
路地を突き抜いた怒声。
大通りからやってきたのは、ローブを頭まで被った明るい栗色の髪に赤茶の瞳の若い女。
明らかに男は押した態勢である。言い逃れの余地は無かった。
「うるせえ、ぶち殺すぞ、失せやがれ」
男が怒鳴った。そこからは一瞬。女が素早く距離を詰めて、二人の男の腹部に打撃を打ち込んだ。両方ともうめき声と共に白目を向いて前に倒れた。
カサンドラが実にゆっくりと起き上がった。
「大丈夫ですか」
女がカサンドラの体を支えた。
「これはありがとうございます、お嬢さん。おかげで助かりました」
「当然のことをしたまでです。この手の輩もいますから、私が目的地まで案内しますよ」
女は快活な声で言った。
「いえいえ、それには及びません。怪我も無いですから。人の多い大通りの方からゆっくりと行くとします」
「そうですか、私は罪人を処理しますので」
女が転がっている男を見て、少し考えてから言った。
「大変助かりました」
カサンドラはそう言うと大通りに戻って、杖を突き歩き出した。ここまでの流れは大まかに視えていた。
そして身に着けていなかったが、女の荷物の中に赤三ツ星のタグが潜んでいるのも。しかし、特に接触する必要も無いので、今はあれだけで放置した。
『あれは治安の良い内か・・・・・・治安の比較対象は隣国と比べてらしいが、目に幻術を使っておいた方が無難であったか』
『うんにゃ、ちょいと騒がしい気もするね、不自然に警戒が厳しい。余計なのはよした方が良いかも』
『広場にも周囲を窺っている者がかなり紛れていたな』
『街中に警戒してる感じの人が多いね』
『既に何か起きた後か、それともこの抜け目の無い警備が元々か』
『官憲だけじゃあないよ、何かの緊張状態だよ』
『ふむ、争いの気は感じぬが、宝探しは途中放棄になるかも知れぬな』
『お宝と聞いて諦めるのはおいら的には無いんだけど』
『ヴァルファーは五つの内三つあれば妨害になると判断した。主様も無理に探す必要は無いと言っておる。他人が探せなければそれで十分だと』
『ええー、でもー』
『私の感覚でも世の流れに影響を与える物は無い』
『宝は宝さ』
『ならばなおさら早く回収してくるがいい。一つ目の鍵を見なければ、後も判断できむ』
『だね、行ってくるよ』