王都
擬態社会
ザメシハ嚆矢王国の王都レンダルは領土北東部にある。国土の中で偏った位置にあるのは、レンダルこそが開拓開始時の拠点であり、ここから悪魔の森を南西方向に切り開いていったからだ。
ホセス川の緩やかな流れがレンダルを北西から南東へ横切り、約三十平方キロメートルの街は高さ五メートルの石壁で囲われている。
街の中央の小高い丘の上には王城がある。外壁の青いタイルが光を反射して輝いて見えている。
青の城として近隣国に名を轟かせている名城だが、それ以上に大きな存在感を放つ物がその近くに存在している。
それは丘の頂上に生えたレスラクスノキの巨樹である。樹形は丸々として穏やかな印象で、百メートル以上の高さがある。
城はこの巨樹を囲むように建築されており、王都中から見える巨樹は民衆に親しまれている。
「この様子であれば、無事にレンダルに入れたと考えるべきでしょう」
白を含んだ金色の長髪を揺らさずに歩く女、カサンドラが言った。
「それは良かったな」
隣を歩くサンティーが素っ気なく言った。
二人は城壁を飛び越えてレンダルに入った。余計な面倒を嫌い、時間の消費を惜しんだからだ。
カサンドラがどのような探知を行ってるかサンティーには知りようも無いが、ルキウスが当てにしている彼女なら確かなのだろうとサンティーは思った。癪なことであるが。
サンティーは地味な色合いのローブに身を包み、ローブの中にはゴシック調の黒い軍服ワンピースを着ている。
彼女はこの服に、どことなく上級心覚兵の装いに近いものを感じていた。何となく出世したようで気分が良い。
ルキウスが執拗に一番性能が高いらしい真っ赤で派手なドレスを勧めたが、膨らんだスカートでローブが盛り上がるので却下した。
隣を歩くカサンドラも似たようなローブを着て、白い金属の補助杖を突き、いつもと同じく目を閉じている。
サンティーはレンダルがどこにあるのかも知らない。帝国の一般人にとって大陸東側は完全に未知である。行き先の情報を求める意思はあるが、その説明を友に求めても、返答は俺も知らんである。
ずっと森で酒を飲んでいるのは退屈だし、楽園の食事と呼ぶに相応しい味にも慣れてきた。東の街が見たいと思っていたので、観光とやらは歓迎である。
しかし気楽に観光を楽しむには不安要因が多い。
治安は良いと聞いているが帝国の水準と比べれば悪い気がするし、それ以前に一応敵国である。振る舞い方も分からない。それでも森に居るよりは面白うそうだと思いすぐに観光大臣に就任した。
以前の彼女はここまで行き当たりばったりの行動はしなかったが、既に一度死んだようなものであり、日々の生活でこれまで価値観が崩れ去り、大胆になった。
さらにローブの中にはハイイロリス型ペットのデルデルが護衛として潜んでいる。護衛が付いているのも彼女の自信の元である。
まあ、何とかなるだろうの精神で行動しているのだ。
なお彼女にとってペットその他の動物の大半は完全に未知の生物だ。
彼女の育った帝国南部ではほぼ自然は無く、探して見つかる動物はネズミぐらい。よって、空飛ぶ魚、恐竜、異星生物、虫、歩き回る植物、などは全て同列の存在である。
ルキウスが言うには、彼らが話すのはペット語で動物語ではないそうだ。魔法、道具を使わないと彼以外は意思疎通ができない。ペット間では問題無いらしいが。
ルキウスがそれらを含め生物に関して分類だとかを色々と説明したが、危険な奴と安全な奴、食べれる奴と食べれない奴の分類で十分だと彼女は思うので覚える気にならない。
それに細かい事を聞くとルキウスは説明に詰まり、考え込んでしまう。これは何か深いことを考えているようにも見えるが、それが何かは分からない。本人は友には関係の無い話だから気にするなと言ってくる。
この言い回しはサンティーを苛立たせるが、文句を言っても関係無いの一点張りだ。ただこの話は他の全員も関係無いのが救いである。神だけに関わる話らしい。
「それでそっちは何しに来たんだ?私は自由に観光して来いとしか言われていない。観光とやらもよく分からないが、街を見物してお金を使えば良いのだろう。後で報告書にまとめて提出しろと言われているが簡単だろう」
サンティーがローブの中のデルデルを、ローブの上から触って確認しながら言った。
「宝探しですよ、大した宝は無いと思いますが」
「私も宝探ししたいぞ」
「宝探しは多分に危険なのでご遠慮いただきたいのです、それに全て主様のものですから」
「一応、私も戦闘訓練は受けているんだがな、奴は心配が過ぎるぞ。自分から観光に行けと言っておいて、いざ行くとなれば、ああしろ、こうしろと」
ルキウスは普段は放置しているくせに、外に行くと決まってから子供扱いしてきた。そのやりとりは友が外に出る言った時に、部下と友がやっていたのより酷い気がするが本人は自覚していないので質が悪い。
「それは観光友達大臣の身を案じての行動ですから」
「観光大臣ね」
「主様が任命されたのですから重大な役目に違いありません。主様は私にも読めない未来を読んでおられる」
友にしかできない重要な仕事であるとルキウスに力説されたが、適当な仕事を思いつきで考えた気がしてならない。しかし悪くは無い。
「確かに楽しいがな」
今歩いている大通りの石畳はたまに白が混じった黒い石が敷き詰められている。コンクリートばかりの帝国の道路とは違う。目の前にある石造りの家は、石を積んで何かで接着しているのかと思ったが、近くで見ると石自体が溶けて接いである。これは魔法で溶かしたらしい。
寒いせいで道を歩く人々の格好は似通っているが、天然の毛皮は始めて見た。
全てがサンティーには目新しい。
「楽しいばかりではありませんから、ちゃんと前を見て歩くように」
「分かっている」
またの子供扱いにうんざりする。
「大臣の安全にも気を配るように言われていますが、こっちは仕事があるので無茶しないように」
「大体あいつは私の目玉をえぐって義眼を入れようとしたのだぞ。何が安全のためだ」
サンティーが語気を強めた。
危うく目玉を奪われる危機であったが、やたらと宝石が張り付けられたハイヒールで、ルキウスの目玉を蹴り飛ばしてやったら、悲鳴を上げてもんどり打って倒れたので助かった。
少しはダメージがあったらしく驚いた。初めてやり返してやるのに成功した。初めてダメージを与えた記念を祝ってもらった、ルキウスに。
ルキウスの話ではこの服を置いていった友達はルキウスを殺す事を生き甲斐にしていたらしく、対ルキウスに特化した装備が多いようだ。
罠を一個踏む事に毎回毎回全力で罵ってくる素晴らしい友達で、手を尽くした新しいパターンの罠はその友達で試すらしい。相手が対策するたびに対策が無力化され、それに激怒した相手が突撃してきて、今度はまた古い罠にかかりさらに激怒するらしい。
反応が大きく素晴らしい友達だとルキウスが言っていた。
それは友達ではないのではないかと思ったが、言わない方が良いと判断した。
「とにかく義眼は使わないからな、私には目があるんだから」
「あの義眼には、月に一度、最高位魔法《竜王の吐息/ドラゴンキングブレス》を同時に両目から発射する能力があります。主様でも急所に受ければ死ぬぐらいの威力ですから、便利でありましょう」
ルキウスでも死ぬという部分に大いに魅力を感じる。彼女の全力の電撃がマッサージにもならないと彼に言われ、彼女は大いに憤慨していた。
「勧めても無駄だし、それはそれで危険すぎるだろう」
「集束型の魔法ですから都市が消し飛んだりはしませんよ、我らの内ではターラレンしか使えない」
二人は歩いている間に広場に出た。広場は活気があり、大勢の人々が行き来して、何かの呼び込みの声が飛び交っていた。
「お前達の基準は・・・・・・あれは何だ」
サンティーが人だかりの一つを見て言った。
「恐らく焼き栗の屋台でしょうね」




