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森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
1-5 東の国々 最前線
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戦後2

 先刻のヴァルファーは、これまでで一番機嫌が悪かった。当たりの強さは、ルキウスが森の外に出ると言った時の比ではない。


 おかしな話だ、主が危険地である森の外に赴くよりも、元気一杯な鬼の行方不明を問題にするのは。彼も考えれば分かったはずだ。


 ルキウスは彼の機嫌が悪い理由は見当が付いていた。ゴンザエモンの心配である。恐らく本人は気付いていないだろう。自分のことは自分では分からない。つくづくそうだと深く思った。


 彼はゴンザエモンが逃亡した時、まず狼狽した様子で「大変です!馬鹿が逃げました、連絡が取れません。馬鹿だから何者かに捕まったに違いありません。早く救出の準備を!!」と通信してきた。

 ルキウスはそれを何度もなだめて、何とか落ち着かせた。


 その後は延々と愚痴が続いた。もちろんそれも嘘ではないだろう。しかし最初の反応が本物であり、後の言動は落ち着いてから取り繕ったものだ。


 一種のバイアス。最初にヴァルファーの感じた心配、そして不安が、ゴンザエモンへの不満へ全て転化されている。ついでルキウスが帰りに魚を取って来てくれ、と言った不満も載っているかも知れないが、いずれにせよ、最初の不安が無かった事になっている。


 自分は今通常見えない物を見ている、人の心を見るのはこんな感じか、とルキウスは少し感動してしまった。

 真っ白な風が吹き抜けて世界が塗り替わった、そんな感じだ。初めてVRで、現実に無い魔力を感じた時の感覚に近い。世界が広がった実感。加えて他人が知らないことを知っている優越感も感じる。


 ルキウスがここまで自信を持って判断できるのは、サプライズ協会に入った時に配布された教本の一つ、サプライズ精神論に記載されているからだ。サプライズとは無心、と。


 この無心状態で色々と分かり、利用できると教本に書いてあった。

 無心は、哲学、宗教、心理学系の協会員が話題に出す事の多い文言だった。しかし、ルキウスは小難しい話は師だけで十分、と興味を示さなかった。


 だが師も言っていた。「予期せぬ苛烈なストレスを与えれば人間の本質が見える、驚愕鑑定法だ」と、あれはこの無心の話だろう。ルキウスは当時気が付かなかったそれを、ヴァルファーの態度で思い出したのだ。


 協会のいう無心とは、対処方法が不確定なサプライズによって短期間訪れる精神状態である。

 つまり火事とか事故のように、対処方法が確立されていては駄目だ。これらではすぐに人は我に返り、通報等、予め決定された行動を取るだけで何も分からない。


 基本的な利用法は無心状態にした人間を観察して性質を見る事。計算の無い咄嗟の行動に本質が現れるという考えで、今回がこれである。


 協会関連企業の入社試験で無人島に置き去りがあった。予告なく三日間島で過ごし、途中で様々な課題が出されるが、突発的な課題への対処能力の評価点は高かった。

 哲学、宗教系の協会員はこの無心状態こそ人が目指すべき境地であり、長々とした修行や瞑想は不要とする者が多かった。無心状態の人間は神に等しいとする者すらいた。


 そして応用、無心状態者に対する攻撃と防御である。

 攻撃では物理的手段は当然として、効率的な交渉、洗脳の手法が記述されていた。冷静さを奪い、その間に意図した状況に誘導する手法である。

 防御ではこれらの攻撃者の見抜き方が記述されていた。


 なお宗教では伝統的に利用されてきた手法である。美しい宗教建築などの視覚刺激、歌などの聴覚刺激、香、時には薬物まで用いて、非日常を演出し冷静さを奪い教義を染み込ませる。


 詐欺師も近い手段をよく使う。まず何らかの手段で思考を偏らせ、時間制限、圧力、利益で冷静に戻る間を与えず、自己の利益に誘導する。

 ルキウスも罠に掛かった相手が冷静に戻る前に殲滅したり、怒らせてより深い位置に誘導して攻撃する。


 人の本質を掴みたい時にも、操りたい時にも、この無心は実に役に立つ。

 そしてこれは個人のみならず、組織に対しても有効である。


 例えば大恐慌が起きた時の企業の対応だ。ダメージを受けて人心が乱れバラバラになる企業もあれば、逆に結束する場合もある。閉じた貝のようにして耐える企業、特に何もしない企業、逆に大きく変化して対応する企業、顕著に差が出る。


 変化する企業の中でも差がある。見せかけの変化しか無い場合、無計画な変化で破滅する場合、抜本的な改革で業種すら変化させて大成功を収める場合。

 サプライズから来る無心は、ありとあらゆる本質を浮き彫りにする。


 そしてルキウスの言う刺激とはこの無心状態にする事を意味している。

 ゴンザエモンという爆弾は個人には強烈な刺激だが、国を揺るがすには足りない威力だろう。それでも帝国内で動きが有るはず、それを観測して帝国の質を測る。

 さらに必要ならより大きな刺激を加えて、都合のよいように変えてやろうという腹積もりである。


 ルキウスは驚愕鑑定法を使って、この世界の最初を振り返る。


 自分がこの状況になって最初にした事は何か?確かログアウトしようとしたはずだ。

 あの時はこの状況から逃げたい、他人に何とかしてもらおうと考えていた。他人頼みの甘ったれ、それがルキウス・アーケインの本質だった。


 だが、ゴンザエモンが逃げた時は、すぐに連れ戻すより、これを何とか利用できないか、プラスに変えられないか、と考えた。

 突発的な出来事から利益を得ようとの考え。自分もたくましくなったものだと思う。性格の根本が変化した。非日常極まる日々が続いているだから当然かも知れない。


 思えばルキウスは子供の頃からよく友人に電気を流した。エジソンがやったように。あれは驚きを通じて人の深奥を覗きたかっただろう。ヴァルファーを通して自分の質も知った。 


 そして自分のサプライズ攻勢に付いてきた友人と離れた者の差も見えた。

 数少ない友人たちは例外なく社会的成功者である。考えてみれば当然だ。刺激を好み、楽しみ、何かに使えないかと考える者。片や変化を嫌い、同じ事だけを繰り返していたい者。


 成功するのはどちらか?考えるまでもない。

 とすれば、自分が求めるべき人材の性質も見えてくる。変化を好む人間、ルキウスの刺激に反応した人間、それが味方になる可能性がある人間だ。


「視界が開けたような気がするな、東側でも何かやった方が良いか」


 ルキウスは考えながら気付く。身内の性質もよく考えていなかったなと。魔術師とか侍とか表面しか見ていなかった。大いに反省して驚愕鑑定法を使っていく。


「ここで最初に会ったのは・・・・・・ウリコだな、あいつが最初にした行動は自己保身だった気がする。どうにもあいつだけは信用ならないんだよなあ、色々やらせて様子を見るか」


 ルキウスは相変わらずウリコだけ忠誠心が無いように感じていた。


「次はアイアか?あの子は性根が図太いのかも知れん。アイア父は駄目だな、妖精人エルフに対する強い先入観があった。素が見えない。村長ラリー・ハイペリオンはすぐに冷静に戻った、表面だけでなく奥底まで冷静。彼は何かに使えるかな、でもあそこから動かせないし」


 さらに思考を進める。

 骨船谷の弓の面々は様々な点で驚いていたが、肯定的な反応が多かった。きっと彼らの本質が善良だったのだろう。


 そしてドルケル・シュットーゼ、彼は緻密に準備した大計画が一歩目で破綻した。完全に想定外の場面で死んだはずの彼は、最後に文化財の管理を気にした。多分計画はどうでもよかったのだろう、彼にとっては。


 過去を振り返ったルキウスは、これから先のことを真面目に考えねばと簡易報告書をめくった。

 そして「くっ」と堪えきれず少し噴き出した。


「《竹束使い/タケタバー》いるのかよ、あのくそ職業クラス


 アトラスの《竹束使い/タケタバー》は最強の盾だった、この最強には蔑むニュアンスがある。


 本人はアトラスで最も硬いがパーティーでは役に立たないのだ。攻撃能力が皆無で鈍足、敵を引きつける能力も無い。ゆっくり動く障害物でしかない。

 前に出て敵の初撃だけを受ける役、罠を踏ませる役、狭い通路を封鎖する役ぐらいしかできなかった。アトラスを代表する役立たず職業の一つである。


 ただし最強の盾だけあってやたらと硬い。竹束さえ装備していれば、マグマの中でも、毒霧の中でも平然と歩けた。

 この硬さを利用してアトラス中を観光するギルド【竹束巡遊の会】が存在した。


 ルキウスの戦っている場所にも観光にやって来て、「右に見えるのがが森の神でーす」と言いながら観光に訪れ、設置した罠を踏みつけて回るので、迷惑極まる存在だった。


「あいつらでも弾除けにはなるか、いや、そもそもそれが正しい運用なんだろうな」


 ルキウスは感覚がこの世界に慣れてから、もう忘れつつあったアトラスを思い出して郷愁を感じた。


 しかしそれを振り払って、報告書から使えそうな情報は無いか、と書類に目を通していく。この地に適応してきた性格で。

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― 新着の感想 ―
[一言] 宗教に対して否定的な或いは距離を取るやうな姿勢の積りだらう本人がなによりもサプライズ教と云ふ宗教にどっぷりと浸ってゐるのね。 成功してゐるのはサプライズを肯定する人で否定的な人は成功してゐな…
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