表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
1-5 東の国々 最前線
81/359

戦後

 〔自然祭司/ドルイド〕系にも〔野伏/レンジャー〕系にも動物と親しくする能力があるが、だからといって牛の表情が分かる訳ではない。

 

 〔酪農家/デイリーファーマー〕には、牛の機嫌を良くしたり円滑に意思疎通するスキルがあった。あれなら牛の表情を読み取れたかも知れない。あるいは〔悪魔支配者/デビルルーラー〕なら分かっただろうか、しかし魔族ナイトメアはあくまで人間だ。


 そんなことをルキウスが考えるのは、ヴァルファーが悪魔形態、つまり立派な角の生えた雄牛の顔で、正面に立っているからだ。背中の羽が、時折バッサと素早く少し開き、閉じる。


 ルキウスは顔に出さないものの、その動きに若干筋肉が緊張する。

 横幅の狭い洗練され締まった顔、動きのない黒々とした瞳を眺めていると、この造形は牛の尺度では良いのか悪いのか、などと考えてしまう。


 ルキウスは、自室に最近造った執務用空間で、机に付随する椅子にかけていた。ゴッツとモクザイソウコが刺激的な赤みのあるゲルラウッドで作った、かなり大きな耐火キドニーデスクだ。緊急時には盾にできる代物である。


 ヴァルファーの他にはソワラが近くに、アブラヘル、ゴンザエモン、暇なサンティーが少し離れて立っている。


 メルメッチは既に帰った。ゴンザエモンの甲冑の破片を過不足なく回収した褒美として、炭酸の効いた正確には表現しがたい味の菓子、スパワッフルを与えられ、喜びを爆裂させながら高速ステップで飛び跳ね走り去ったのだった。


「怒っているのか?」


 ルキウスが机に肩肘を突きながら言った。


「怒っていません。半島ではゴンザエモンが魅了を受けました」


 ヴァルファーが無表情というか牛表情で答えた。


「何回も聞いた、お前の実況中継でよく分かっている」


 ルキウスが渋い表情で言った。


「ゴンザエモンが魅了を受けました」

「……だから怒っているのか?」


 ルキウスが神気を消費してこっそり〔真実の部屋/ディバイントゥルールーム〕を発動した。


「だから怒って……ぬぐ」


 ヴァルファーが途中まで言いかけて一旦黙り、魔法を無効化して続けた。


「怒っていません」


 ルキウスが顔の片側を吊り上げて笑った。


「なーるほど」


 ルキウスにとっては感情を出してくれた方が付き合いやすいが、草をはみだしても驚かない完全な牛の顔だ。


「こいつが一人で魅了を受ける分には、多分大丈夫だと結論が出ていただろう」


 ルキウスの視線は、何にも考えていなさそうなゴンザエモン。


 精神系の状態異常でどうなるかは、ルキウス以外については大体調べた。彼で試さなかったのは不測の事態を恐れたのと、用心していれば精神異常を受ける事がないからだ。


 魅了状態のサポート達にルキウスへの攻撃を命令すると大半は魅了が解けた。アトラスとは異なる症状で、それほど強い拒否感があった。


 ちなみにゴンザエモンは、鬼化状態かつ魅了状態だと喜々としてルキウスに斬りかかり、骨折させても魅了継続、術者にも制御不能、解除しても続けて襲いかかったので、ルキウスに木刀でのされた。さらに起きた後、寝ぼけてまた襲いかかったために、ルキウスのアッパーで顎を破壊された。


 ルキウスはそれを見て、度し難いとはまさにこれだと思ったが、一人で敵陣に突っ込ませる分にはいいなと考えていた。


 だから逃亡後も放置したのだ。だが情報収集にしては少々やり過ぎ、ルドトク帝国の主力っぽい部隊を半壊させた。

 途中で退かせるか悩んだが、ゴンザエモンの機嫌が最悪になるのは分かりきっていたのでああなった。


 予定外なのは、本人が大きなダメージを受けた事だ。


 ただし回復アイテムも強化アイテムも未使用、本気には程遠い。それでも真正面からゴンザエモンと斬り合える人間がいる。驚愕と愉悦があった。


 ルキウスが当初思っていたより帝国の底は深い。


「魅了を受ける状況になっている事自体問題でしょう。そもそも彼が逃げなければ私は戦場の観察に集中できたのです。本来の目的を放棄して彼を探し回る羽目になったのです」


 ヴァルファーが言った。


「情報が抜かれたか確認したのだろう? 魅了の術者も始末している。ならば問題は無い」


 ゴンザエモンがどこの誰かなど分かりはしない。


「記憶を見ての確認です。本人が何も感じていなければ何の記憶も無い」

「馬鹿の記憶、感覚など当てになりません」


 ヴァルファーの発言に、ソワラが付け加えた。


「ふむ、アブラヘルもご苦労だった。これに関してはどう思う?」


 ルキウスがアブラヘルの方を見ると、彼女は全力の笑顔で答えた。


「わたぁしはいつでぇもぉルキウスさぁまのお考えがただしぃいと思います」

「なるほどなるほど、魔術の専門家の意見が割れたようだ」

「アブラヘルっ」


 ソワラがアブラヘルを睨んだ。


「なぁに、ソワラ。記憶に潜られていないのはあなたも確認したでしょう?」

「そういう問題ではないでしょう、重要な事です、真面目におやりなさい」

「私は至って真面目ですけどぉ?」


 わずかにいきり立つソワラにアブラヘルがにやけて応じた。ヴァルファーがそんな二人を無視して言った。


「魅了を掛けた術者は復活できます。それに未知の手段で追跡される可能性も」

「記憶を深く読む余裕があれば死んでいないだろう。未知に関してはある程度諦めた。我々はリスクを抱えて勝負するしかない、明らかに我々の知らない天与能力アビリティが存在しているからだ。日々前進といこう。それに未知はお互い様。ただ敵から見た我々の未知と、我々から見た敵の未知なら有利だと見る」


「……それは分かりました。では、なぜあの者らを、帝国の兵を始末しなかったのですか? あの段階で根絶やしにしておけば与える情報は減り、些少ながらルドトク帝国の戦力を減らせたはず」


 ヴァルファーが淡々と言った。


「情報を広げたいからだ。それに今は帝国の戦力を減らしたくない」


 ルキウスの思いもよらぬ答えにヴァルファーが考え込む。これまで情報を隠蔽する事に腐心してきたのだから当然だろう。


「何となくは分かりますが……」


 ヴァルファーがどう分かったのかはルキウスには分からないが、自信を飽和させた口調で続けた。


「我々はこれまでこそこそとやってきた。最初の基地攻撃以外はな。こんな覗きみたいなもので、分かる情報は知れている。ここらで刺激と反応から情報を探っても良いかと考えたのだ」


 大きな刺激になり過ぎたが、と内心思いつつルキウスは言った。


「仰られる意味は理解できます。クロトア半島とて友好的なわけではない」


「そうだ。クロトア半島は当面困っていてもらった方が好都合であるし、帝国が変に弱体化すると急進的な行動に出るかも知れん」

「それは良く分かります」


「そして結局重要なのは意思疎通だ。斬り合い、撃ち合いだって意思疎通の一種ではある。争い合う者はお互いを良く知っているものだ。そして刺激を与えるには深く関わる必要がある。我々の情報をできるだけ伏せつつ、そんな刺激を与えるにはそこの男が最適だろう。侍である点を差し引いてもだ。

 魔法使いの情報は与えたくないし、他の者では力が足りない。ペットでは反応が分かりにくいしな。実に私の予想通りに事が運んだ、最高の仕上がりだ」


 ルキウスはゴンザエモンが逃げるまでまったく考えていなかったことを、さも予定通りのようによどみなく語っていく。


「それは……そうですが。しかし、なぜここまで急に?」


 まだヴァルファーには不満が見える。


「帝国の大規模な軍事行動は珍しいとの情報だ。この機を逃すは惜しい。騒ぎが大きければ紛れやすい。それに危険の無い殺し合いなど無いだろう、なあゴンザ」

「おお! 大将分かってるじゃねえか、そうなんだよ、そう! 命がかからねえと駄目なんだよなあ」


 ゴンザエモンが水を得た魚のように元気になって喋りだす。


「君は少し反省しないかっ!」


 ヴァルファーが声を荒げたが、ゴンザエモンは一顧だにしない。


「反省はしてるって、そりゃあもう大反省だぜ、だからお前ともたまには斬り合おうじゃねえか、そうすりゃあ問題は起きないって」

「まあ、剣士が戦えないのは苦痛だろう、それは分からないでもない」

「ルキウス様!」「ルキウス様!」


 ヴァルファーとソワラの言葉が揃った。大いに不満があるに違いない。


「しかしゴンザ、一度はわがままを許したが次はないぞ。次勝手に行動したら一生檻にでも閉じ込めるからな。今後は真面目に働くように」


 ルキウスが神気をみなぎらせて、やや低い声でゴンザエモンを見て凄んだ。


「お、おう……もちろん、分かってるぜ」


 これでゴンザエモンを真面目に働かせるという初期からの目的は達成されただろうか? いや、油断はできない。しばらく監視しようと、ルキウスは思った。


「今後は真面目に働くということだ。許してやれ、ヴァルファー」

「分かりました。真面目に働くのは至極当然だと思いますが。しかし帝国のどんな反応を期待しているのですか? 理想の反応をうかがいたい」

「ヴァルファー、既知の国家で私の力を一番高く買うのは誰だと思う?」


 ルキウスは質問に質問を返した。それぐらい分かれと言わんばかりの態度で。


「……それは帝国ですが」


 ヴァルファーが少し考えてから答えた。どう答えてもよかった。適当に話を合わせるから。


「そう、その通りだ、友もそう思うだろう」


 ルキウスがサンティーに話を振ると、私に関係ある話か、といった様子で言った。


「ん? ああ、前にした帝国がお前の力をどう評価するかって話か。そりゃあ欲しいだろうな、汚染を除去し、便利な植物を生やす力だもの」

「帝国と組むつもりだと!?」


 ヴァルファーが途中で思い至った感じで叫んだ。


「種は広く撒いておきたいというところだ。徒花が咲くやも知れんが。ひょっとしたら帝国を転覆させてくれる人間が帝国内部にいるかも知れない。逆に敵だと確定しても前進ではある」


 未確定情報が多すぎるのが計画を練るのに邪魔なのだと、最近ルキウスは気付いた。大きな確定情報が一つあれば、そこをとっかかりにして、計画を練れる。


「あんな不届き者共、今すぐ滅ぼしてしまえば良いではないですか」


 横からソワラが力の入った声で割り込んだ。彼女は部下の中でも特に帝国が嫌いのようだった。機神教の教義が許しがたいらしい。


 ルキウスもここが地球なら宗教的な国家には嫌悪を感じただろう。しかしここでは信仰すれば実際に奇跡が起きる。アトラスで慣れた景色で否定的ではない、ただ面倒だと思っているだけだ。


「私は難しいと考えますが」


 ヴァルファーも考えてからソワラに同意した。


「私も簡単だとは思っていない。邪魔なのは機神教だ」


 宗教的思考さえ取り払えば、帝国はルキウスを歓迎してもおかしくない、とルキウスは考えていた。切り離す手は思い浮かばないが。


「宗教施設をことごとく焼き払い、神官を皆殺しにすれば良いのですね」

「呪術がお役に立ちそうでぇすねぇ」

「己も幾らでも斬るぜい」


 三人が心肝を寒からしめる恐ろし気な笑いを顔に張り付けた。


「マリナリは改宗、改心させたいと言っていたぞ。機神教を知る友はどう思う」

「無理じゃないか、奴らは全てを都合よく解釈する」


 サンティーが遠い何かを思い出す感じで言った。


「前から思っていたが、教会に恨みでもあるのか?」

「いや、話が通じないと思っているだけだ、あの眼鏡も輪をかけて話は通じないが」

「なるほど、確かに難しそうだな」


 ルキウスはマリナリを思い浮かべて判断した。


「しかしまあ、マリナリの評価では機神教の神官は比較的善良だそうだ、だから根気よく拷問せっとくすれば、話は通じる。真心は大事だと言っていたぞ。だから機神教が友好的になる可能性もゼロではない。お前達も覚えておくがいい」

「確かに洗脳せっとくは大事ですとも」

「私ももちろん脳交換せっとくの重要性は理解しています」


 ヴァルファーとソワラも同意した。


「そうそう説得は大事だぞ、お前達は考え方が急すぎる」

 

 それからしばらくクロトア半島関係の話が続いた。


「――では今回の報告はこれだけです。詳細は後日になります」


 最後にヴァルファーがそう言って、今日の報告は終わった。


「ああ、ご苦労だったな」


 ゴンザエモンの強さに関する表現はガチットドーンとかで、良く分からないのでそれも結局ヴァルファーが翻訳する必要がある。

 ルキウスは一番働いている彼にも何か与えようと思ったが、暇になったら休みくださいとしか言われなかった。


 そして部屋にはサンティーが残った。彼女は別に仕事ではない。暇なのだ。


「忙しい友よ」

「何だ、忙しくない友」


 ルキウスが書類を見ながら応じた。


「たまには動物の相手でもしてやれよ」

「そうしたいのは山々だが忙しくてな、落ち着くまで待ってくれ」

「前は大体寝ていたのに、自分の家の事もよく把握していないんじゃないか?」

「一度動き出すと大変なのだ」

「本格的に私の仕事が無いぞ、早く何とかしてくれ」

「努力するよ」

「頼んだぞ」


 それだけ言ってサンティーも部屋から出て行った。

 大きな何かやってるはずなのに、感覚的には仕事で疲れている休日の会社員みたいだ。ルキウスはそんなやるせない気持ちで書類を確認していた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ