鬼4
ジンはポーションで体を治療して、動作に支障をきたした機装の左腕部分を左肩部分から切り離して立っていた。
蹴られた脇腹に多少の違和感、出血による体力低下、活動は可能だ。彼の周りでは生きている部下の治療が終わった。
彼からは大分距離があるが、戦闘、というより一人の男が喜び狂っている様はよく見えている。
大きな輸送車が縦に横に跳んでいる。その度にライトが踊った。
発砲音は絶えないが、素早く動く青い火にどれほど当たっているだろうか。完全に陣形内に入られている。同士討ちの方が多そうだと彼は思った。
「セネカ隊が抑え込みは失敗したようです。見えていると思いますが」
副官の平坦な声の中に少しばかり辟易としたものが混じった。
「違うな、あれは力場で捕らえてから圧力でねじ切るつもりで放った攻撃だ。コイオス型をスクラップにするぐらいの威力はあるはず。それをどうにかしてねじ伏せていたようだが」
ジンはあれの訓練で、鋼鉄製の乗用車がアサルトライフルの弾倉二、三個分のぐらいの大きさに圧縮されたのを見たことがある。綺麗な立方体に圧縮して、誇らしげな心覚兵を見て、あんな近距離高威力の攻撃が実戦で使えるものかと思っていたが、日の目を見たようだ。
しかし威力は足りなかったらしい。それでも足止めには成功したが、その後は見ての通りだ。
「そうですか、よく分かりますね。あれは中佐の生き別れの兄弟ですか? かなり似ている気がします」
「おいおい、あんなのと一緒にしないでくれ」
部下にはよく機械人と呼ばれ、研究者から魔族の資質がないかと検査され、敵からは鬼と罵られる。
自分があれを見て感じているものを周囲は感じていたのだろうと、ジンは理解した。
「そうですね、中佐の方が若干品が良いようです。中佐が上品だと思う日が来るとは驚天動地です。きっとこれが最初で最後でしょう」
「・・・・・・お前な」
最後の部分だけが引っかかった。
「で、あれはいつこっちに来ます? 中佐ならあれの思考がわかるのでは?」
「思考・・・・・・あれは魅了が成功したのだろう、あの幸せ女は苦手だが確実に幸せにさせる。さぞ幸せに違いないさ、本来ならそれで終わりのはずだが、見ての通りだ。それ以外はわからん」
「あれのどこが成功しているのですか? 状況がどんどん悪化している事だけは認識できます」
「さっきより和んだ。刺々しい気から気楽な気配になった。今なら命と引き換えに一太刀見舞えるか。右手と足は問題ないからな」
足に完全な一撃を入れて機動力を奪えば、部下は逃げられるかもしれない。彼にはそれぐらいしか手はないように思えた。
「中佐よりも派手にやってますよ、信じがたいですが」
副官はジンの言ったことを無視した。多分意図的に。
話している間にも、大きく飛んだ輸送車が地面に落ちて、派手に爆発した。
「だから何であんなものと俺を比較するんだ」
実に心外だとジンは思った。こっちはあくまで機装の力でやっている。あれは生身だ。
「今のうちに逃げましょう」
副官がジンの左手を掴んだ。
「逃げる? 敵はこの眼の中にいる。それも白兵戦だけの侍、俺の受け持ちだろう?」
「あれが歩兵を食い散らかしている今ならば――」
「無理だな、よく見ろ。戦闘能力を無視して逃げる者を優先して追っている。あれはもう本能的感覚だな、速度もあれだ、距離は意味をなさない。退こうとすればすぐに来る」
そもそもどこまで逃げる? あの侍なら簡単に防衛線を抜くだろう。
心覚兵が動きを止めて、発掘品で集中砲火ぐらいしか仕留める手がない。それには専門の部隊が必要だが、歩兵用の発掘品はここには無い。敵の魔法使いに操作されば簡単に奪取されるので、戦場に持ち込んでいない。
「私にはそこまで見えません。どっちにしてもカスカカウベを放棄して逃げればタダでは済みません。失って良い物ではありませんから」
「そんな理由もあったな、だがここがこいつを使い潰す時だろうよ」
ジンは面倒だなと思いながら答えた。
「上には通用しませんよ」
「なら今のうちに雪の中に隠れるか? 死体の近くで死んだふりする手もある」
「本気で?」
「それぐらいしか思いつかない、あれを斬るより現実的だろう。後はセネカ隊の攻撃に合わせるぐらいだが、奴らと連携するのは無理だ、むしろ邪魔になる」
ジンは手詰まりだと思った。やはり自分が何とかするしかない。
副官が手を放さないのでそのまま少し歩いた。
「ストルナー大尉生きているな?」
「な・・・・・・んとか」
ストルナーが仰向けに寝た状態で答えた。機装の上体は完全に壊されている。
斬撃で一度切断された腕は繋がっているが、下手をすると神経は回復しない。
「調子はどうだ?」
「寒い・・・・・・です」
「死んだ奴の機装を使わせろ、首をいかれたのがいるだろ。凍えて死んでしまう」
ジンは周りの部下に指示した。立っている人数は二十人いない。
「これで全員か? 俺の命令を無視する奴しかいないのか」
「ナーエルエル少尉は弾切れで離脱しました。馬肉よろしくとのこと」
「彼女は距離があったからな。俺の命令を聞くのは彼女だけだ。表彰してやらないといけないな。生還できたら一頭分やろう」
「納得・・・・・・できん」
ストルナーがつぶやいた。
ジンはまた侍の方を注視した。発砲音と閃光が断続している。まだこちらには来そうにない。
「しかし本当にあいつだけなのか? 単独で動く戦力とは思えん」
「東側、反応なし、西はごちゃごちゃしているので判別付加」
不意にジンは緑の光に気付いた。赤ではなく緑。ジンの目のすぐ上で光っている。つまり目の上にずらした機装のスコープだ。
赤は破損による警告のメッセージだろう、だが緑のメッセージは何かわからない。たいていの報告は非表示にしてある。情報は副官から聞くからだ。
ジンは不審に思い、スコープレンズを目まで下ろして画面を見る。
緑のログは八分前と七分前。
――《機装系/マシンアームズ》系レベルが合計四百に達しました。標準機能が使用可能です。
――星の子との戦闘を確認しました。対星の子モードを起動しますか?
カスカカウベのOSは神代のものだ。マニュアルが無いのでよくわかっていないが、昔の言葉は今の言葉の原型であるから大体読める。
そして使用不能の機能があるのは知っていた。研究者が弄繰り回してもどうにもならず、下手に解析すると壊れるかもしれないのでそのままにされていた。
ジンは背中から簡易コンソールを取り出して操作した。
「対星の子モード起動」
機械音声のアナウンス。
「なんです?」
副官が怪訝な声を出した。
「さあな? 未開放の機能が解放されたようだ。壊した甲斐があったか、隠してる物はぶっ壊せば中から出てくるものだろう」
「分析開始、星の子、補佐型、推定職業、《鬼人/オニヒューマン》、《侍/サムライ》、《落武者/オチムシャ》、《無頼/ブライ》、《浪人/ローニン》、《鬼武者/オニムシャ》、《修羅道/ロードオブシュラ》、《天下無双/テンカムソウ》」
「・・・・・・この分析の信頼性はどの程度だ? 補佐だって、あれで補佐できる相手がいるとは思えんな」
「初回起動者の最適化を行います」
画面には大量の情報が表示され、なんらかの処理が行われていった。
ゴンザエモンは一通り歩兵を殺戮した後、そうだ一番の親友を斬っていないと思い出した。まだまだ歩兵は残っているが、部隊としては行動不能で、個々に銃を撃つか逃げ回るかしている。そろそろ親友の相手をしないと悪いだろうと、善意で思った。
ゴンザエモンに魅了を掛けたエレノラ・ポケーテは、術でできた精神的経路から睡眠、精神拘束による麻痺などを掛けようと試みていた。
しかしその精神は闘争だけで塗りつぶされていて、取りつく島もなかった。
彼女は人に幸せを感じさせる天与能力を有している。
手練れの戦士の精神は、戦闘状況では研ぎ澄まされており、魅了などを掛けるのは困難だが、天与能力で気を緩ませて魅了を掛け、それを幸福感で維持する。
それが必勝の形だが予期せぬ状況。接触に成功していれば、より太い経路を構築できたはずだが、いつも手順を崩された形だった。闘争以外の幸福をほぼ有していない。荒れ狂う熱と、刺々しい怒りと、乾いた苦さが逆巻いて混ざり合った闘争である。
彼女は対象の精神を探りながら、顔が引きつっていた。
「こっちに来るっ!」
彼女がゴンザエモンの意志を感じ取り、悲痛な声で叫んだ。
「念動と精神衝撃の両面で拘束、直接接触で脳を焼き切れ」
ロングコート集団の中心部の男が言った。心覚兵達が身構え、集団から多種多様で膨大なオーラが立ち昇る。
後のない彼らは〈心波増幅〉〈精神爆発〉〈極限燃焼〉〈無限潜行〉〈過剰活性〉〈脳力限界突破〉など後遺症の残りかねないスキルを使用して超能力を極限まで増幅した。
彼らは訓練通りにすかさず連携を決めようと、まだ距離のある青い火を油断なく見ていた。
視界から青い火が消える。闇はいっそう暗い。全員が身構えた。体の中でのたうつ力は、いつでも開放できる。
いきなりポケーテと横の二人の首が落ちた。
「な」誰かの驚きの声。
ゴンザエモンが親友へ親切心を発揮して、より確実に殺してあげようと瞬時に側面から回りこみポケーテの首を刎ねたのだ。側面にも力場の防壁はあったが瞬時に切り裂かれた。
「左!!」
彼らが見た先ではゴンザエモンが刀を振り抜いた状態で固まっていた。そしてゆっくり動きだす。
「・・・・・・魅了か、くっだらねえ、小細工をしやがってえぇ、せっかくの楽しい記憶が曖昧になるだろうがよう」
ゴンザエモンがギロリと目を動かしてロングコート達を睨みつけた。
「解放」
静かな声と同時、強烈な力、熱、雷、収束された魔法が至近距離からゴンザエモンを打ち据えた。大地は大きくえぐれ、土が数十メートルの高さまで弾けとんだ。高熱で溶けた鉱物が光沢を放っている。
予定と違ったがそれでも至近距離からの最大火力だ。あまりにも大きな力に自分の体を保護しきれず、自傷した者も多い。
複数人で連携して力を収束させたこの一撃は、大型爆弾の爆発をゼロ距離で受けるよりも強烈な威力。
確実に仕留めたと思われた。土煙と蒸気で何も見えない。
「気が済んだか? 雑魚にしちゃあ頑張った方だぜ」
出来上がった大きなクレーターの底から、圧のある声が聞こえた。
ロングコート達の視線は声の方向に釘付けになる。徐々に視界が通る。
無傷ではない。甲冑には少なからず穴が空き、血が出ている。しかし平然と立っている。
「なんなんだ・・・・・・お前は」
誰かが怯えて言った。かわしたのなら、やりようはある。直撃で生存? ありえない。
「己は・・・・・・我こそは天下無双ゴンザエモン、修羅地獄から忍び出て浮世を彷徨う戦鬼よ、力なき者共よ、大人しく我が供物となるがいい。我が血肉となれることに喜び打ち震えよ」
戦場にゴンザエモンの大きな名乗りが響き渡った。
咆哮にも似たその名乗りに、ロングコート達は身が強張った。
間髪入れず、自らに向かう力の流れを強引に断ち切り距離を詰め、ロングコートの集団に斬りかかる。
荒れ狂う風と熱、鋭利な怒りと喜び。接近されてしまえば彼らにどうすることもできない。
何が起きているかも認識できず、一瞬の間に次々と斬られていく。そして最後の一振り。
「逃がしたか」
空振り、ゴンザエモンは舌打ちして空を見た。空には三人が浮いていた。《転移能力者/テレポーター》だ。集団後方にいた《転移能力者/テレポーター》が両手で触れた二人を連れて空に離脱したのだ。
ジンは何かの処理を待ちながら、ゴンザエモンの名乗りを聞いていた。
なるほど、あれが鬼か、ホツマの連中は俺をあれだと思っているのか、これは笑える。あれを知る者が自分を鬼だと言うわけがない。それに対機械の技を一度も使っていない。あれは対人剣だ。もし知っていてあれと同一視しているなら、全員叩き斬ってやらないと気が済まない。
ジンはあれがホツマの兵でないと確信した。
次からはっきりと言ってやろう。鬼はこんなものではないと。言ってわからねば実演して見せてやろう。それにしても長年の謎がこんな所で解明されるとは人生わからないものだとジンは思った。
「あれが何かなんてのは今はどうでもいい、そろそろ処理が終わるが・・・・・・どうなる?」
ジンの前の空間に、上向きに小さな黒い穴が空いた。
「現状に最適な装備を召喚します。名称、鬼切。属性、不壊、神聖、鋭利、中位魔法破壊。鬼属性に対するダメージ二倍、鬼属性に対して筋力体力器用さ敏捷力一五0%上昇、装備者の生命力減少度に応じて筋力最大五00%上昇、装備者に加速状態を自動付与」
黒い穴から抜き身の刀が、ゆっくり上がってくる。そして全部出ると穴が閉じ、落下した。
ジンはそれをすぐ掴んだ。瞬間、力がみなぎった。
「対星の子モード起動成功しました。対星の子モード残り十分。電池の消費が早まります。推定稼働時間、八分三十六秒」
「電池が先に尽きるか。しかし長すぎるな、まあ贅沢は言えん、では行ってくる」
刀は二メートル以上ある。重くは感じないが未体験の刃渡り。これでやるしかない。
「・・・・・・行ってくる」
副官が手を放さず、つながった腕が一緒に動いた。他の部下は何も言わない。ジンがため息をついた。
「誰にも俺は止められん、知っているな?」
「勝ち目はあるんですか」
「前回より分がある、片腕を引いてもな。電池が残り少ない、放してくれ、お前達は退却せよ、五分ぐらいは稼ぐ」
副官が手を放した。
「無理です、勝ってください」
ジンは推進機をフルブーストして急加速する。接触まで数秒。
まだ遠い。ゴンザエモンがこちらを向いて構えた。
刀の長さを利用して横を抜けるように斬りこんだ。ゴンザエモンの斬撃をすり抜け、太ももを斬った。
(斬った、浅いが、甲冑を抜ける。いい刀だ)
姿勢を制御して、即座に急旋回、減速しようとすれば、目の前に鬼。
振り抜かれる刀、それを鬼切で受ける。右腕の機装がきしんで音を立てた。
(見えるぞ、最初より速いがはっきりと見える)
最初の衝突より大きく押し負けた。しかしジンは笑う。慣れない刀、片手の機装で耐えられる。最低限の条件は揃った、勝負できる。
お互いが刀を振り抜き、間合いが空いた。
「俺が先だろう、忘れたか」
ジンが鬼の全身を確認する。損害は軽くない。
「お前かあ。その刀、見ているだけで首筋に突きつけられているような圧があるぜ」
「そいつは何よりだ」
「お前はきっちり斬っていく」
二人が足を止めて斬り合う。
ジンが斬り負けている。少しずつ全身に傷が増え、機装の装甲も壊れていく。
それでも速度が上がったせいか、大きな一撃は避け、受け流しながら斬り合う。
幾度もの斬り合いの中でゴンザエモンの動きが変わっていく。
無駄のない美しい動き。癖の無い正道の剣、ジンから見ても見惚れる技。
この手堅い動きを崩せない。
ジンの傷だけが増えていった。
しかしある時から徐々に、ジンの刀がゴンザエモンの鎧を撫ではじめた。
ジンは学んだのだ、相手の剣から。
さらに生命力の減少が腕力を高め、大きく押し負けなくなった。
ゴンザエモンの流す血が増えていく。二人の技は拮抗しつつあった。
だがジンには余裕がない。体力も時間もない。
互いの刀が上下からぶつかり、ジンは骨を抜ける衝撃にうめいた。鬼は上体がかすかに浮く、ジンはしっかりと大地を捉えている。わずかな体勢の有利。
勝負を決める。その一心を込めた己の限界を超えた一撃を繰りだす。
ジンが刀を繊細な動きで返し放つ、胴体への横薙ぎ。ゴンザエモンは刀の横腹で受けようとしたが、間に合わず半ば胴に入った所で受けた。
ジンはそこから押し込もうとする。機装の出力以上に、隆起した腕が力を発揮した。
「ウウオオオオォオォォ」
「ハアアァアァァアァァ」
二匹の鬼が吠える。
ゴンザエモンが全力で鬼切を押し返した。刀が離れる。
そこからお互いの斬撃が同時に胴体に入る。浅くはない。さらにお互いの戦技が衝突する。二人は戦技の生みだす衝撃でお互いに後方へ吹っ飛んで倒れた。
二人が倒れたまま、数秒経った。
「負けるものかよ、この己が」
ゴンザエモンはふらつきながらも立ち上がった。
ジンは意識が朦朧としてもう立つことはできない。
「届かないか・・・・・・だがこれでどうだ」
ジンが見ているのは空。空では心覚兵達が限界まで力を貯めていた。
ゴンザエモンの甲冑はかなり壊れ、防御効果は減少しているはず。本人は立っているのがやっとだ。一撃で気絶ぐらいまではもっていけるはず。
残った三人の心覚兵が命を削った最後の一撃を放つ。
ゴンザエモンの周囲の空間が歪んでいく。空間ごとねじ切る攻撃。
ジンが決まったと思った時だった、瞬時に空間の歪みがかき消された。
代わりにゴンザエモンの周囲から白い霧が凄まじい勢いで湧きだした。周囲は白で覆われ、全く視界が効かなくなった。
「やはりいたか、魔法使い・・・・・・今度はどんな化け物だ」
「中佐、しっかりしてください」
副官と部下達がジンの近くまで来て、ポーションをかけた。
「今度こそ、逃げますから」
部下達がジンを持ち上げる。もう体は動かせない。
「ああ、逃げられるならな」
「魔力反応! 水ではありません。エタノールを検出」
「アルコール類、酒に、洗浄剤の匂いだ」
霧の中から騒ぎ声が聞こえてきた。
「ま、待て。話せばわかる。ギャアア、本当に刺すのか、おま――」
あの鬼が叫んでいる。いったいあの霧の中ではどれほど恐ろしい事が起きているのだろうか?
声が途絶え、しばらくして霧が晴れる。そこには何もない。
まるで最初から何もなかったような静寂が帰ってきた。
「退いたか、なんとかなったようだ」
ジンはかすれる声でそれだけ言って、意識を失った。




