サポートキャラクター4
サポートキャラクター、その中でも普段パーティに加える主力の十一人。
呼ぶべきか否か。
主力級なら大戦力、魔術系の者を呼べればできることが格段に増える。二匹の猫はポンコツだ。
アトラスが始まりひとつき、狂乱に満ちていた頃、サポートは実装され課金で入手可能になった。
当時、動物の相棒を盾にしてショートボウを連射する戦闘スタイルだったルキウスに火力を足すため、〔女妖術師/ソーサレス〕を基本構成とする妖精人のソワラを作った。
ソワラは、種族や容姿、職業構成などを、ルキウスと組むパートナーとの認識で設計された。属性もルキウスと同じ、道徳は中立、倫理は混沌。
キャラクター作成時、非常に多くの設定を行う。プレイヤーキャラクターもサポートキャラクターも同じだ。設定によって初期の取得スキルやゲームに影響する性質が決定されるが、その中にプレイヤーとの関係性はない。
つまりソワラがパートナーであるとの認識は、プレイヤー緑野茂の認識。ゲーム内情報に存在しない。彼の逡巡は一瞬だった。
「そうか、タドバンが呼べと言うんだ。そうしよう」
責任を虎に押し付け、ルキウスはソワラを呼び出すと決めた。
ルキウスは確実に呼び出さんと、全身に力を入れ表情を強張らせて唸った。
あっさりとしたものだった。
力の入れように対して特に手応えもなく床が輝き、間をおかず人影が出現した。アトラスと同じ演出。
黒い影に色がついていく。
美しく長い銀髪の、光沢を含む流れは白以上に白い。ルキウスと同じく尖った耳に、妖精人らしい儚い美貌、眼は金色で非人間的に輝く。
服は白いホルターネックのロングドレスで、腰の辺りにミステリーサークルのような幾何学模様がある。
ドレスは背中から脇まで大きく開き、胸元も大きく開かれ、巨大な双峰は左右両方にこぼれ落ちそうだ。開いた背中には、蝶の羽に似た形で半透明で青を基調とした遊色の妖精の羽が生えている。
ドレスの下方には深いスリットが腰まである。靴は白の革靴。
ソワラだ。その銀髪はより輝いている。ガラス細工のような繊細さと鋭さがある。見慣れていなかったウリコと違い、高頻度で近くから見るソワラは差がわかった。
「おお、今日も美しいなソワラ」
ルキウスはパートナーらしい声かけをと考えていたが、自然と世辞が出てしまった。
彼女の造形は時間をかけて設定している。
女妖術師らしいセクシーさと、妖精人らしい浮世離れした容姿を両立させた苦心の作だ。
「ありがとうございます、偉大なるルキウス様」
その美貌のほほえみに心を奪われる。
NPC全般は標準では無感情で、視界にあるとゲームであると認識できたが、目の前に完全なる現実が存在した。
ただ、パートナーにしては距離を感じる返し。こちらも無難に硬めの言葉を使うことにした。
「ああ、今の状況に何か感じることはあるか?」
「今の状況……ですか?」
周囲に目をやったソワラが小首をかしげる。その所作も優雅さがある。
「久しぶりにタドバン様とお出かけになるのでしょうか? それとも、次のイベントはタドバン様を連れていく必要があるのでしょうか?」
ルキウスがタドバンに目をやると、ゴロゴロと転がっている。
この駄虎は様付け。戦闘能力は高いが納得いかない。
それよりソワラの認識だ。イベント前にはいつも準備確認をする。その記憶がある。
「そんな愉快な話ではない。現在、この生命の木は私の知らない森の中にある。その上、魔物が敷地に侵入するようになった。まったく安全ではない!」
「そんなことが! なぜ! どのようにしてその事態が発生したのですか?」
端正な顔に明確に驚きの色が浮かぶ。
「突如としてこの事態に直面し、困っている。魔術でこの異常事態に対処してほしい。ああ、魔法の効果も変質している可能性がある、注意が必要だ」
「なるほど」
「さらには町、外部への転移も不可能となった」
「魔法や魔道具での妨害ですか?」
「妨害は認識できないが魔術系だとわからない。ソワラ、転移の試行を」
これは普段からサポートに使っている言い回しである。
「はっ、では〔上位瞬間移動/グレーターテレポート〕」
ソワラの全身を魔力が包み、魔力が膨らんだ瞬間、霧散した。
「失敗だな、転移そのものが阻害されていると思うか?」
「いえ、行き先が存在しないか、それ以外の未知の状態にあると思われます」
ルキウスと同じ転移失敗だと確認できた。
「転移はできないとわかった。私のフレンドやその他の知り合いとも連絡が取れない。フレンドは……わかるか?」
「はい、ルキウス様の森に踏みいる不埒な略奪者を共に駆逐する同志、そして機械文明の敵に扮して敵地に潜入している同志の皆様です」
駆逐する同志は、森でパーティを組むプレイヤーだろう。
敵地に潜入している同志とは、単に銃を装備する〔銃士/ガンマン〕や〔機装兵/マシンアームズ〕、機械を操縦する〔操縦者/パイロット〕に〔魔操者/マギハンド〕などの職業のプレイヤーだ。
ルキウスは年がら年中本気で戦争しているわけではない。銃を装備する層のフレンドもいる。物騒なことに、それが工作員だと認識されているようだ。
(誤解を解くのは面倒だ。話が通じない人は言ってもわからない。会話は成り立ってる。あきらかにサポートの受け答えではないが、このまま行こう)
「そうか、わかるならいい。ソワラは魔法で連絡する手段を持っているな?」
アトラスには情報伝達系の魔法がある。イベント内ぐらいでしか使ないものだ。身内の会話はシステムチャットで済む。
多くは文明の利器を模した魔術系で、信仰術系を使うルキウスには大半が使用できない。
「はい、連絡できるはずです。どなたと連絡を取ればよいのでしょうか?」
「まず、ギルド長【いとこん・ハンマー】を頼む。この時間ならいるはず」
ソワラは【いとこん・ハンマー】に〔伝言/メッセージ〕の魔法で連絡を試みた。
失敗だった。これも相手が存在しない感じだ。
ほかに十人ほど当たったが駄目。ログイン者が多い時間帯にもかかわらず。
孤立、それも異様な孤立。一気に暗闇を落ちる喪失感と不安が彼を襲う。
ソロ志向の彼は、一人で知らない森にいてもそれほどストレスはなかった。ここで初めて世界が見えた。
(やはり異常だな、イベントの準備が無駄になってしまった。なんてことだ。どうするのが正解なんだ? 異常の種類がわからん。誰の意志だ? 何かの事故?)
「役に立てず申し訳ありません」
ソワラの顔に影が差した。
彼女は落ちこんだが、ルキウスは立ちくらみが直るように精神状態が改善した。
自分は一人ではない。ほかもおそらく召喚可能。
他のプレイヤーと連絡が取れない。吉か凶か、後にならなければわからない。わからないは、よい、だ。
「よい、周囲の森には私を脅かす魔物はいないようだ。緊急事態ではない」
ルキウスは会話中も索敵範囲に侵入する魔物を監視している。最初は情報の洪水に混乱したが、情報の区別に少し慣れた。索敵が効いていれば安心できる。
「ルキウス様に森で勝てる存在など、どこにも存在しません」
ソワラは誇らしげに胸を張って言いきる。
「生命の木を丸ごと隠蔽できるか?」
「幻術で隠せると思いますが、維持にはコストがかかります」
「今は一時的でいい、その他の防御術も一通りだ」
「他の者はお呼びにならないでしょうか? アブラヘルであれば永続的に隠せるかと」
「ソワラは呼ぶべきだと思うか?」
「いえ、必要ないのなら永久に呼ばなければよいと思います」
(永久にって、呼びたくないのか。自分で名前出して?)
アブラヘルは生真面目そうなソワラとは相性が悪いのかもしれない。
ルキウスはハッとする。
反逆以外に、サポート同士が対立する可能性もあった。これは厄介だ。
女の人間関係に巻き込まれて愉快だった試しがない。
相談があれば、二回に一回は機嫌を悪くされる。そして最後には彼が全部悪い、で結託されるのだ。適度な距離が必要だ。
「情報不足だ、まず少人数で行く。強大な敵から隠れなければならないなら、生命の木を放棄もありえる。問題がなければ、ほかも呼ぶ」
「そんなことはありえません! 森でルキウス様に勝てる者など……」
「私は強いが神龍の群れだとか、最上級の大型魔道兵器の軍勢にでも攻め込まれては耐えきれん」
「それでもルキウス様ならば」
ソワラが小声に力を込めた。
(期待値が高すぎるだろう……。どんな怪物だと思ってるんだよ。あっ、森の神か、リアルゴッドになれって? 評価が低いよりマシか、サポートにも評価点が? 評価の高い相手には従順? 今は吉としておこう)
「外に出る前に〔会話接続/メッセージリンク〕で接続、さらに固定を。いつでも連絡が取れるようにな。接続は維持の努力を行え」
「いつでも連絡を! それはすばらしい。すぐに」
ソワラが明るい笑顔で魔法を使う。彼女は友好的に見えるが、油断できない。
疑わしきは殲滅。同情を引いてくる者は殲滅。最初から友好的な態度も殲滅。
これがアトラス推理クエストの掟である。
「連絡は重要だからな」
〔会話接続/メッセージリンク〕は遠距離で会話できる状態を維持する魔法。NPCへの連絡など、特殊な状況で使う。制限はあるが複数人を同時に繋げられる。
風や大地の精霊を通したり、神託や虫に伝言を頼むのは標準で使いにくい。テレパシーは有効距離が短い。電信は傍受される。多人数ならこれが無難だ。
ルキウスは思考からどこかへ伸びる線を感じた、接続は成功。ここで魔法は妨害されていない。
異常の根っこはどこにある? 人だな、やはり人に尋ねるべき。
「では外へ向かう」
「はい」
魔法がかかったのを確認してドアへ向かう。