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森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
1-5 東の国々 最前線
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鬼2

 ジンは上昇した力と速さで刀を押し返し、強引に打ち払った。

 わずかに相手の体が崩れる。

 ジンがそこから近い胴体を狙った強烈な斬り返し。意図は必殺。

 ギンッと濁った金属音が鳴った。


 光の残像が途中で曲がっている。力と速度で無理矢理受け流された。

 戦技を使ったに違いない。侍の動作が急加速した。見えはしないが気の揺らめきを感じた。

 だが強引に受けたのか不自然な体勢、刀が横に大きく流されている。いまだ攻め時、このまま押し切る。


「かあっ!」


 数百の敵に包囲されても飄々としている男の芯が、プラズマの如く輝き熱を帯びた。

 〈疾風怒涛〉〈超即斬〉の戦技を発動、首、右手首、左肘、右膝、右肘、左手首、隙間を狙った極限の連撃は明滅する光にしか見えない。


「おらぁっ」


 侍も正面から応じる。

 空を斬る大きな音と金属音が多重に鳴り響く。

 刹那の攻防、侍は体の力を抜いたよろめくような身のこなしで、腕だけを大きく荒々しく動かし刀を操りギリギリで受けきった。


 ジンはそれを見て理解する。

 態勢を崩しているのではない。最初から力を入れていない。ふらふらとして捉えどころがない。それでいて瞬間的に力を入れている。

 ジンが初めて見る動き。特別な対処方法は思いつかない。

 さらに速度を上げて追撃せんと動く。


 ジンは腕に重みを感じた。機装の反応速度がわずかに足りない。脳から全身に伝わる電位と人工筋肉の反応にずれが生じている。ここまで性能を引き出す敵はかつてない。


 突きならばどうか、と最後に放たれた肩の付け根を狙った渾身の突きが甲冑の肩部分を強めに擦った。

 侍は体をひねりながら少し後方に下がる。


(これを防ぎきるか……甲冑も熱に強い、返しの一撃で露出部を狙うしかあるまい、それとも刺し違えるか)


「いいぞっ! そうこねえと」


 弾んだ声。顔はろくに見えないが侍が目を見開いたのが分かった。


 発砲音が連続する。侍を左右前方から銃弾の暴雨が打ちつけた。黒い侍の全身が火花で輝く。

 密接した斬り合い中に精密な援護が可能なのは精兵ゆえだ。


「くだらん、邪魔だぜ」


 侍が籠手で顔を庇いつつ吐き捨てた。

 ジンにも同じ気持ちはある。自分がずっと焦がれ求めた戦いだ。

 しかしそれとは別にまずい。近過ぎる。彼はもっと部隊に距離を取らせたかった。


 だが約五十メートルの距離で撃ってしまったのは仕方がない。

 ここにいる第二突撃機装中隊の機装は市街戦向け、ジン直下の第一白兵機装中隊は白兵戦向き、双方とも二百メートル以下の戦闘を好む。射撃には絶好の距離だった。


 そして敵が一体なら集中砲火で片付けるのが当然。

 ジンはそうならないよう戦闘では必ず敵を盾にするように動いている。だが目の前の侍がそうしない理由は見当が付いた。

 彼はいつでも斬りかかれるように身構えて、弾を浴びる侍の挙動を注視した。


「命中しているはずだ」


 誰かがつぶやいた。

 近距離での機装兵の大口径銃の連射。彼らが知る侍なら無傷でいられない。


 多くは籠手と刀で角度を微調節して反らしている。直撃した弾も鎧に傷を付けていない。

 ジンの予想どおり効いていない、あれほどの攻撃に速度、守備だけないと考えるのは無理がある。相当な魔法効果を付加された甲冑だ。

 あの様子なら隙間に命中しても致命傷にはならないだろう。


 しかも気配が薄い。集中して見ないと闇に溶け込む。赤外線に切り替えても視認困難なのは、こちらの意識に介入しているからだ。暗示に近い。

 ジンは目のスコープレンズを上にずらして裸眼で見る。暗いが気配を感じやすい。


「もっと距離を取れ」


 ジンが通信で指示を出す。


「支援できなくなります」副官が応答した。


 距離が空けば命中精度が落ちる。ジンに当たる可能性がある。


「支援はいらん、効いていない」

「グレネードなら」

「銃弾より速い相手。当たらん」


「邪魔から掃除するか」


 侍がぼそっとつぶやく。


 やはりそう来る。相手は自分より強い、ならば普段自分がやっている戦法をやるはずだ。

 彼がそう思った直後、侍は後ろに飛び退いた。部下の方に向かうなら、その横を突こうとジンが身構える。

 しかし侍はその場で数度刀を振り抜いた。


(何だ?)

 ジンは後ろでざわめきが起きたのを感じた。


「どうなった?」


 後ろを振り返る余裕はない、侍との距離を詰めつつ副官に確認する。


「五、六名倒れました」


(まさか斬撃か!? 戦技? 魔法ではない。便利な技)


「装甲を抜かれたか?」

「一名は首を斬られているようです。装甲には若干の切れこみ、確認継続中」


 その威力ならジンのカスカカウベの装甲を抜けないだろう。


「射撃戦だと思え、射撃防御姿勢!」


 遠距離攻撃手段があるなら自由にさせられない。ジンは前に出て斬りかかる。侍はそれを正面から受けた。そこから双方が連撃を放ち斬り結ぶ。


「気合入れねえとすぐに終わっちまうぜえぇ」


 苛烈な斬り合いの中で侍が叫ぶ。

 力も速度も負けている。技はどうか? 負けている、当然だ。機装兵は機装の取り扱いに技能を割かれている。同格以上の侍には、剣技で劣る。

 瞬きも許されない二人の斬り合いがしばらく続いた。部下が援護の機会を窺っている。


「もっと距離を取れ、救援を要請!」


 部下達に爆撃にも劣らぬ衝撃が走った。

 接近戦に限定すれば一人で十万人斬っても驚かない、そんな男が一人の敵に救援を必要とする。二人の剣戟は次元が違い、剣使いにも理解できない領域に達している。

 信じがたいことに不利な状況であると、周囲の兵も認識し始めた。


「通信応答無し、ノイズはありません」


 ジンは微かに顔をしかめた。

 ケジゲン線がもうすぐの位置、確実に通信範囲内。妨害されていると考えるべきだが副官との通信は有効、かなり特殊な妨害。


 魔法使いは様々な手で通信を妨害してくる。

 物理的電波妨害、通信機の音だけ聞こえない聴覚異常、通信機からの音に見せかけた幻聴、通信していないのにしたと思わせる暗示。

 たちが悪いのは機械の部分的な破壊だ、普通に動いているが特定の機能の使用を試みて初めて故障に気づく。魔法使いと交戦すると装備の点検が面倒になる。


 近くに魔法使いがいるはず、転移なら遠距離からでも離脱できる。あるいは東から撤退の支援が動きがあるか?


「ほかに敵影は?」

「確認できず」


 魔法使いがいるならそっちに兵を行かせるべきだが、当然隠れているのだろう。


 ジンが直接率いる特別機装部隊のうち、第一総合火力中隊、第一突撃機装中隊、戦術機動機装中隊、特務大隊に普段同行する心覚機装兵は別部隊の撤退支援で遠くにいる。

 特務大隊なら戦力の足しになったはずだが、大勢を塗り替えるには不足。


「喋ってる余裕はねえだろう、死んじまうぜえっ」


 侍から一層強烈な打ちこみが来る。

 想像を絶する手練れ、厄介な状況だがジンはやるべきことをやる。


「複数の通信方式を試せ。信号弾を上げ、お前達は離脱せよ。こいつは俺が止める」


 通信が不通でも、戦闘音と光は周囲に届いている。必ず救援が来るはず。


「何言ってるんですか!? 逆でしょ、中佐と機装を失うわけにはいきません」


 ストルナー大尉が通信に割り込んだ。

 軍人は命令に従うのが当然。しかし余りにも想定外の命令である。

 ここにいるのは一人を除いてベテラン機装兵。彼らは経験を積み最適化されている。自分で状況を判断し、下されるであろう複数の命令パターンに備え、命令が下れば即時実行する心構えがある。


 それだけにその範囲から外れた命令には困惑する。

 彼らが助けられらたばかりなのも裏目に出た。命の恩人を放置して逃げられるだろうか?

 それに元々上位機装兵の仲間意識は強い。その中心にいるがローレ・ジン中佐だ。


「お前たちでは足止めにもなるまい」


 これは事実だ。熱刃ヒートブレードを平然と受ける刀なら確実に機装を斬る。武器、盾、鎧ごと両断する。普段自分がやっている事をやる相手に数は意味がないと誰よりも知っている。


 しかし背中の推進機をフルブーストすれば、速度で振り切れるかもしれないが、それは言わない。

 それに戦術の都合以上に、ジンは一人で戦いたかったのだ。自分の極限はどこにあるのか、ここで初めてわかる。


「少しは時間を稼げます」


「おいおい、勝手な話をしてるんじゃねえぜ。まとめてかかって来いよ、全部斬ってやるぜ」


 侍は逃がす気がないらしい。部下も退却しようとしない。


(難しいか、こいつを斬るしかないあるまい)


 ジンは決意を新たに全力の斬りこみを見せた。しかし侍は受けず大きくかわすと、風をねじ伏せながら部下のほうへ向かった。


「来ないならこっちからだぜ」


 瞬時の加速、とても阻める速度ではない。


「くそ」


 ジンがブースターを使って追う。その間に侍は部下の陣形に突入した。

 一瞬で五人の首が飛んだ。対応できていない。銃口は侍が通り過ぎた後を撃ち、刃を振ろうとした時には両断されている。


「だから退却だと言ったんだ馬鹿どもが」


 侍は気楽に部下達を刈りながらジンの副官のいる陣に突入した。

 普段武器を持たない副官が銃を構えた。


「うおおお」


 ジンは全力で熱刃を振り抜いた、十メートル以上離れた侍目掛けて。


「ぐおあ」


 侍が急に呻き、首筋を押さえながら全力で後退した。


「おい、騙しやがったな、なぜ最初に使わなかった」


 首筋を押さえた手には血が付いている。ジンが遠隔斬撃を放ったのだ。


「いや、やったらできただけだ。さっき見たからな」

「くくく、ふざけた野郎だ」

「俺が相手をしてやろう、余所見をするな」

「はははは、斬るのは多いほうが楽しいに決まってらあ。しかしおめえから斬るのがよさそうか」


 ジンは違和感を感じる。こいつの性質は侍らしくない。侍とは正面から斬り合える機会を尊ぶものだ。対してこいつは飢えた獣のような気配。機装の弱点を突く剣術も無い。基礎能力差と別に、それが戦いにくさになっている。


 ジンは感覚を修正しながら長い斬り合いを続けた。しかし大きな弱点を見出せず徐々に押し切られ、大きく態勢を崩し後ろに倒れそうになった。


「じゃあな」


 侍が大きく刀を振りかぶった。


(これは受けきれない!)


 ジンは敗北を覚悟した。完全に崩されればそのまま終わるしかない。

 その時、強烈なレーザーが侍の左目に飛び込み眼球を焼いた。

 狙撃位置についたナーエルエルが「肉は渡さん、肉略奪者に鉄槌を下す」と言いながら放ったレーザーだ。


「が」


 侍は呻いたが、そのまま全力で刀を振り下ろした。


「ブースト」


 自力では勝てない。しかし指揮官として部下を死なせられない。この機を逃せば次はない。

 ジンは背中の推進機で強引に姿勢を保つ。そして熱刃で刀の軌道を曲げる。

 刀は左手の装甲を破壊し、腕の肉を裂いた。しかし致命傷ではない。


 推進機の勢いを利用して、死角になった左側に低く潜り込む、そして左腋を狙ってありったけの戦技を載せた突き。刀の防御は間に合わない。

 突きが腋に吸い込まれる。ジンがそう感じた次の瞬間、破壊音が響き彼は地面を転がっていた。

 左胸に焼けるような強烈な痛みがある。


「な、にが……」


 見れば侍の脚が右足が上がっている。


「蹴りで機装の装甲を砕く……人間か?」


 左手の駆動装置が壊れた。もう戦闘はできない。


 侍の前にストルナー大尉が立ちふさがり両手の盾を重ねたが、一撃で同時に二つの盾を破壊され血を流し地に伏した。

 部下たちが銃を乱射しながら接近する。威力を強めるには近づくしかないのだ。

 その部下も遠隔斬撃を受けて倒れていく。


「退却だ!!」


 ジンが怒鳴った。

 侍はナーエルエルのほうをいまいましそうに見ているが何もしない。レーザーに神経を集中して甲冑で受けている。そしてハエを払うように斬りかかる部下を切り捨てていく。


 ここまでか、ジンには打てる手がない。初めて己の無力さを呪う。

 副官が倒れたジンの元にやって淡々とした口調で言った。


「中佐、生きてますか?」

「退却させろ!」


 ジンが痛みを無視してより強く怒鳴った。


「元気で何よりです。私が担ぎますからそれで何とか逃げましょう」


「逃がすかあ、全員きっちり斬ってやらあ」


 侍がこの動きを見とがめてゆっくり歩いてくる。

 もう動ける部下はジンの周りを固めた数人だけだ。


「私が装甲を捨ててフルブーストで飛びます、壁になってください」

「了解」


 部下達が答え、覚悟を決めて動くタイミングを見計らっている時だった。


 ゴウン。大きな何かが横から侍にぶち当たった。侍が人形のように吹っ飛んだ。


「は?」


 ぶち当たった物体がガランガランと鈍い金属音を鳴らしながら転がって停止した。飛んできたのは戦車の切れ端だった。

 そして大きな影がやってきた。


「ジン中佐生きてるか?」


 高い位置からエコーの掛かった大きな女の声が響いた。


「……死なない程度に生きている」


 ジンは自分の状態を確認してから見上げて答えた。

 視線の先あるのは約五メートルの人影。

 大戦前に製造された人型戦闘機械、硬律騎のコイオス型。中に人が乗って操縦している。単純に大きい分ジンのカスカカウベより力がある。


 全身は金属でさらにその上に金属装甲が張ってある。そのため全体的に太いが特に足が太くどっしりとしている。バランス的に一つ目のある頭部はかなり小さい。

 腕の側面には対歩兵用の散弾銃、背中に二門の砲を背負っている。他にも内部武装があるはずだ。


「敵はあれだけか?」

「気をつけろ、確認している敵は一体だが、あれは俺より数段強い」

「何だと!! 化け物か!? そんなものは人間ではない、魔物の類だ」

「……なぜ硬律騎がここにいる?」


 救援にしては早すぎる。彼らは遙か後方の基地にいるはずだ。

 製造不可能で貴重な兵器、特別に重要な兵はリスクの読めない場所まで進出しない。例外はジンだけ。これは機装を失わないと判断されているためだ。


「後方が襲撃されてる。その襲撃跡を辿ってきた、上級心覚兵もすぐに来る」

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