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森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
1-5 東の国々 最前線
77/359

 雲間に二つの月が隠れた。輸送用大型トラックの車列が慎重に移動している。


「助かりましたよジン中佐。敵陣を割る赤が見えた時の感動を共有できないのが残念でならない」


 バーカー・ストルナー大尉は、機装のヘルメットを手に疲れた様子だ。機装胴体からヘルメットへの配線が、行き先をなくして気だるげにしている。


「災難だったな。ここまで来れば安全域、三十分もあればケジゲン線だ」


 ローレ・ジン中佐が、車両の後方、雪に刻まれた轍、さらに先の闇を見ていた。日が暮れてからは聞こえる砲声もまばらになった。戦闘が鎮静化しつつある。

 トラックの荷台では、機装兵たちが電池切れのおもちゃみたいにへたばっていた。

 ジンはそれを見て、なんとか予定どおりに行ったと安心した。


 現在地は普段帝国と半島の軍が十キロ空けて睨み合っている双方の防衛線の中頃だ。

 元の防衛線まで取り戻せば追っては来ない。残していった罠の処理もある。


「後方に動体反応なし」


 ジンの副官の女が告げた。全身に様々な機材があり、色々と飛び出して雑然としている。ほかの機装と一線を画す外装の通信索敵型。


「狙撃だけ警戒してくれ、狙撃手は後方だと思うが」

「了解」


「中佐には世話になってばかりで。三年前にも似たようなのありましたね」


 ストルナーは少し落ち着き、軍人らしく気力を取りもどしたようだ。まだ基地に帰還していないのを思い出し、機装の状態を確認している。


「あの時の相手は精兵に魔法使い付きだったろう。第二突撃機装中隊五十名なら雑兵一万ぐらいは蹴散らせるだろう」


「弾があればです。補給したいタイミングで物資が爆発ショーに変わりまして。しかも半包囲、狙ってやられたのかと疑ってます。奴らは時々奇妙にタイミングが良いですから。連絡がいってるのか退く先々で横を突かれるし散々だ」


「予知の話なら気にする必要はない。個人の努力で食い破れる程度だ。まあ、全員無事で何より」


 重症の兵が別車両にいるが出血はポーションで直る。神経を痛めていなければ、やがて復帰できる。


「中佐レベルを期待されても無理です。それにしても結局押しもどされた」

「調子よく押しこみ過ぎた結果だ」


 それでも後方の予備兵力を投入すれば押しきれたのではないかとジンは考える。

 だが意図的に下げたのだろう。突破しても部隊が東西に伸びたところでより苛烈な反撃を受けるだけだ。


 こちらの最高戦力が損耗を嫌って温存されてるのと同じく、向こうの最大戦力も戦場には出ない。お互いが全力になるのを望んでいない。おかげで現場の兵が割を食う。


 ジンは今日一度も本気を出していない。戦技も制限のあるスキルも未使用。

 あの侍たちは斬れたが、斬れば次に魔法使いと戦う必要があった。未知の魔法は恐るべきものだ、手練れの機装部隊でも壊滅する場合がある。

 侍の方が安全だったし、後で撤退する部隊を支援する予定だったので手を抜いた。

 さらに軍の配置から補給拠点を本気で防衛する意志がないのを察していた。


 上層部が政治的な都合で動くのは今に始まったことではない。一兵卒の時は不合理な命令に何度も怒り狂ったが、今は割り切っている。

 上が兵の都合を無視するなら、自分も従う筋合いはない。

 自分にできるのは機装兵の仲間を少しでも多く生還させることだけ。


「ところであれはなんだ?」


 ジンの視線先にいるのは、わりかし元気なツポレ・ナーエルエル少尉だ。丸太を並べて眺め、みっともない表情でニタニタしている。


「忍者が落としていった木です。本人は家具にすると」

「ああ、変わり身か」

「奴らあれはずっと持ち歩いてるんですか? 実戦で初めて見た」

「特殊な召喚術だ、丸太召喚と同時に召喚者が転移している。丸太は事前に用意した物だろう」

「毒とか入ってないですかね?」


 ストルナーが疑わし気な目で並んだ丸太を見ていた。


「魔法には決まりがある。丸太と体を入れ替える術なら丸太以外は使えない。しかし奴らはてごわい。粘着物をぶちまけてくるし、近くに寄せると怖い。知ってるだろうが毒針一本で殺されるぞ」


 ジンもよくわかっていないが、教本の内容より実戦経験で何となく魔法を理解している。自分に意識を向けた魔法使いは瞬時に斬りふせる。無理な場合は土を蹴り飛ばし魔法を妨害する。それで対処できる。

 しかし忍者は俊敏な身のこなしと忍術で特異な白兵戦を挑んでくる。射撃武器を使わない彼が唯一苦手な相手だ。


「いや、気がついたら後ろにいましてね。音も足跡もない」

「奴らは雪の上、水の上を歩く。手練れは空中だ。足跡はつかん、心の目で見ろ」

「……中佐それよく言ってますけど、無理ですからね、侍じゃあるまいし」


 ストルナーが呆れた様子で言った。


「大尉ならなんとかなるだろう」

「上位の侍は普通にアサルトライフル一パック切り払うが、中佐は機関砲でやるでしょ、自分には無理ですから」

「あれぐらいやらなくては訓練にもならん。気配と流れを読めば誰でもできる」


 ストルナーがまた始まったという顔をしているが、ジンはそれを無視して荷台の隅にある大きな覆いに手を掛けた。


「それ、何です?」


 ストルナーは荷台に乗りこんだ時からあった覆いを被った盛り上がりを気にしていた。箱積みの軍需物資とは異なる盛り上がりだ。

 ジンが覆いを引っぱり下から現れたのはウマの死体だった。


「馬肉だ、鉄馬は処理しないとジャリジャリして食えないがな。魔法使いが前線に出てきたおかげで大漁だった。帰りが暇になるし、捌こうと思って一頭積んでおいた。後ろの車両に一杯ある」


 ウマ一頭、大都市に良い家一軒買えるぐらいの価値がある。

 前線で得た消耗品は現場指揮官の裁量で消費できる。つまり基地に帰る前なら食べてよい。


 もっとも消耗品でなくても指揮官でなくとも、多くが拾得物を勝手に使う。兵卒にとってこれらにありつくのが目標で、戦の勝敗はどうでもいい。うまく魔道具でも手に入れば年収以上の稼ぎになる。薄給で命を危険に晒す彼らにとって、唯一の希望といえる。


 ついでにトラックには人の死体も積んである、有機物だから。帝国では鉄より貴重だ。


「邪魔がないうちにさっさと捌いちまおう」

「おお! そいつはいい。久しぶりです、肉」

「卑怯者!!」


 ナーエルエルが会話にわりこんで怒鳴り、瞳に狂気に満ちた怒りを宿してストルナーを睨みつけた。


「何が卑怯だよ?」

「私の知らない間に肉を食らうとは悪魔め、祓ってやる」


 ナーエルエルが天を仰ぎデタラメな呪文を唱え始めた。


「え? お前が入る前の話だよ」

「私だってウマぐらい撃てる、撃てるのに」


 ナーエルエルが興奮してどんどんと丸太で荷台を打ちつけた。


「遠くまで取りにいけないだろう?」

「近くで撃つ」

「いや、遠くで撃てよ、狙撃手だろ」

「無茶言うな!」


 彼女は間髪入れず叫んだ。


「無茶ってお前……一度味をしめて人無視してひたすらウマ攻撃する奴いるよな、お前はそのタイプだ」

「そうだ! 今からでも」


 ナーエルエルが立ち上がろうとしたがストルナーが腕を掴んで止めた。


「行かせねえよ」


 ナーエルエルが獣ような低い唸り声を出している。


「彼女は変わっているな」


 ここにいるのは全員エリートのはずだが、ジンの知らない機装兵だ。この前線なら他部隊でも上級機装を使う者は知ってるはずだが知らない。


「こいつは戦技大会の優勝者です。よくさぼるんで困ってるんですよ」

「ああ、戦技大会か、懐かしい。俺のは二十年以上前だ」

「こいつは技しかないんです、なんとか言ってやってくださいよ」

「俺だって戦技大会から入隊だ。ウマ狙いで腕が上がるなら結構だ」

「止めてください、中佐。こいつは本気でやるから」

「たとえ肉であっても、私の木を奪うことはできない」


 ナーエルエルはジンの視線に気がつくと、金剛の意志をもって睨み返してきた。


「欲が深いな、働かない癖に」


 ストルナーはいまだに彼女の相手に慣れない。狙撃だけうまい面倒な性格の女を運用しないといけない。彼女の配属以来、上司として力量を試されている。


「心配せずとも全員分ある。ウマは大きいんだから」


 ジンは愉快な奴が増えたなと思ったが、その関心は既に馬肉に向いている。


「じゃあ俺も手伝いますよ」


 ストルナーは丸太をかき集めて抱きしめている女を放置した。


「いや俺が切る、一番切り慣れてるからな、お前たちは切り分けた肉を焼け、電気コンロも積んでおいた」

「人間ならばらしてますよ」


 軽んじられたと思ったのか少々不満げなストルナーに、ジンは肉の何たるかが分かっていないなこいつと思い、上官として指導する。


「大尉、切り方は重要だ。厚みはきっちり0・五コッツ、もしも大尉が0.一コッツ以上違えたなら俺は軍法に従い貴様を真っ二つにするだろう」

「……俺の知らない軍法ですが」

「放っとけば勝手に切るから、放っとけばいいんです」


 副官が言った。


「焼きも手を抜けない仕事だ。電気の機嫌、肉質の神秘、鉄板の表情、天候の変化、肉は一期一会だ。大尉なら良い肉切りに成れるだろうがまだ早い」

「別に肉切りになりたいわけでは……」


 そんなやりとりをしつつも、ジンが常識離れした速度でウマを解体していく。それを焼いて、ナイフで刺して食べる。

 現金なもので機装兵たちは元気を取りもどし、肉に喰いついている。


「それはまだ焼けてないぞ」

「培養肉でもべらぼうに高いからなあ、戦場以外じゃお目にかからん」

「遺跡でしか製造できないからな」

「パラパラの肉なんて、肉じゃねえよ。これが本物だ」

「疑似肉とは全然違う」

「そりゃ、あれは植物だし」


 一通り食べて満足した頃、ジンに通信が入った。


「車列の前方で異常」

「故障車両でも出たか」


 敵が来るなら後方からだ。それにもうケジゲン線に近い。


「応答ありません。距離三百、金属、熱反応が停止しています」


 副官が告げた。


「戦闘音は?」

「確認できません」

「機装を起動して降車だ。残り戦闘時間三十分以下は残れ」


 降車した機装兵たちは、停止した車両のライトが照らす方向を小隊に分かれて慎重に進む。


 ライトの光が途切れてすぐに火が見えた。複数の戦車がひっくり返って燃えている。それだけではない。切断されている。一つの戦車が大きく七、八個ぐらいに分割されている。人もそれに巻き込まれる形で切断されていた。


 あきらかな戦闘痕跡。

 この戦闘は連絡されていない。部隊が瞬時に壊滅したことを意味している。

 バラバラなのと、距離、炎で分かりにくいがおそらく六車両。


「停止」


 五十メートルまで接近して部隊は停止する。動体反応は無かった。

 部隊の大半がそこを凝視する。

 その視線の先に、家の庭を散歩するような足取りでふらっと黒い人影が出てきた。


 着ている侍の甲冑だが、多少妙な外見だ。

 長い刀、兜の上で左右一対の螺旋状の角、肩横、腰横部分は大きく長い盾状、甲冑面は怒りの表情。

 火に照らされながらも、闇に溶けているようで認識しにくい。

 機装兵は侍を見慣れている。侍には違いないがそこはかとない違和感がある。


「正面敵一、周辺警戒」

「おおぉ。少しは骨のありそうな奴が来たなあ、粘った甲斐があったぜ」


 場違いに陽気で楽しそうな男の大声。異様な振る舞いだ。


(こんな所で侍か、明らかに異常事態だ)


 ジンは長らく忘れていた緊張を感じた。遅れてそれを自覚する。緊張など初陣以来。


(あれは強いな)


 さらに望遠レンズで拡大して見れば、転がっている戦車の切り口は鋭利。こんな斬り方をする侍を知らない。


「音以外センサーに反応なし」


 副官が報告した。

 目の前の侍は幻術の類であるとの意味だが、熱で刺すようなこの闘気、偽物であるはずがない。

 ジンはそう確信して熱刃ヒートブレードを抜き、スイッチを入れた。


「一番強いのはお前かあ?」


 侍が周りを見まわして、視線をジンで止めた。


「俺が前衛だ、全員は距離を取れ。繰り返す全員だ」


 ジンが命令を下した瞬間、侍が動いた。


 多くの機装兵には動いた瞬間消えたように見えた。

 しかしジンは反応する。


 右手の熱刀に即座に左手を足して両手で持つ。

 ジンが今の機装カスカカウベを使い始めてから初めてだ。

 これまでは押し負けないので片手で十分、左手を空けておけば鈍器として使えた。


 ガギンと大きな金属音が響いた。

 正面から振りおろされた刀をジンが熱刀で受けている。

 周りは何が起きたか理解できていない。


 馬鹿げた腕力だ。初めて力で負ける。戦車を持ち上げる出力があるカスカカウベの腕をじりじりと押し込んでくる。

 こいつは強い、これまでのどの侍よりも強い。比較にもならない。


 心の中で燃え上がるもの、それは自分の中からいつの間にか失われていた闘志。


「やるじゃねえか、機装だけじゃねえな。千粒ぐらいに数えてやる」


 荒々しい声。自分の機装と同じような面で顔を見えないが年寄りではなさそうだ。


 ホツマが大戦にこれまで隠してきた秘密兵器を投入したのか?

 だとしたら、ジンには感謝しかない。この機装の全力で戦う相手がいるなど考えたこともなかった。つまらない戦場で日々を過ごしたのも無駄ではなかった。

 剣客として最強を目指していた幼い日の気持ちが急激に戻る。


「突機は中距離を維持しろ。こいつは俺が抑える」


 指揮も放棄できない。こいつの強さを正確に理解できるのは自分だけだ。

 鍔迫り合いをしながら周囲にも気を配る。

 こいつが一人である可能性は低い。


〈超人機一体〉〈超機装強化〉〈心眼〉〈超力〉〈極集中〉〈超反応〉


 スキル、戦技で基礎能力を引き上げる。

 力も速度も相手が上だ。さらにおそらく戦技を未使用。

 これまで戦技なしで熱刀ヒートブレードを受けられた経験はない。一日に二度も斬れない武器に当たり、奇妙な感覚だ。

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