表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
1-5 東の国々 最前線
76/359

機神教

 流麗に幻想曲を流す四角い物体、手に平に載る大きさ。これは鹵獲品ではない。


 森で音楽とかおしゃれじゃね、という都会人の最も醜悪にして浅はかなる思考により導き出された、知性の欠片も感じさせない白痴と頑愚と暴悪の群落による悍ましき会議から発生した有機反応による禍々しい力により、重力の井戸の奥底――人知を超えた諸悪の高徳者たる混沌が腐れながらにしてその血管、或いは無作法な無脊椎数学者達を無限に走らせる溶解と忘却の友情により維持されし時空連続体――不可知の中の不可知より這い出てきた結論により購入された魔道式音楽演奏器だ。


 普通に音楽を流すこともでき、遠距離の人物にピンポイントで音を届けられる高性能である。


 ルキウスは自室で音楽を聴きながら、マリナリから渡された物を読んでいた。機神教教典とそれを要約した書類を。


 機神教の教義では、機神が唯一の神になれる、神と同一の存在とされている。

 神代に神との合一目指して行われた実験で、ある機械が神を宿す事に成功した。

 この機械は様々な問答に答え、真理を告げたという。さらに部分的に神の力を使えたとか。

 これが機神である。


 これは機神教の創作ではなく、神代の伝説だ。吸血鬼から回収した資料にもこの記述はあった。

 つまり伝説を元に誕生した国家宗教。


「この機神、アトラスでは思い当たらない。それに神そのものではなく神に成れる存在? 自分が神だと言いだす教祖はいるだろうが」


 機神の説明を見てまず首を傾げた。地球の宗教でこれに類する存在を知らない。

 依代を通して神ではなく、依代そのものを主として信仰している。


 それはただの受信機ではないかと思ったが、神話によれば生物では無理らしい。つまり神になれるのは機械だけ。なるほど優位性があるわけだ。ならば神とする理由にはなる。


「地球なら神の依代になれるのは人間だけ。人だけが神の演技をできる。電子機械か魔道機械かわからんが、高度な機械の存在で成り立つ信仰だろう」


 機神が何を告げたかは伝わっていないが、その知識を元に邪神と戦う兵器やそれまでにない魔術が開発されたとか。


「機神の姿は伝わっていない。告げた内容も失われたとか、複製を作っとけよ。この辺は胡散臭い」


 ほかの神とされるものは、この唯一神の力の一部――教典では神の起こした火が火神だという具合で説明される。唯一神の行動結果、もしくは体の一部が各機能であると。


「俺の場合、好意的に考えても、神の垢から生えた植物みたいな扱いになりそう」


 教典には神に関する説話が山ほどある。二、三見ただけで機神教に都合の良い話を作ったか曲解したか、宗教にありがちなやつだと判断した。

 

 曰く、神が空飛ぶ光る皿の悪魔を大地に縛りつけた。神が数多の悪魔を大地深くにその身と共に封じた。この星だけが神の祝福を得た地であり宇宙に出れば死ぬ。神の体には細い糸が生えている。大地と海を造った。神の袋から無限の金貨が出てくる。手を伸ばして星を掴んで食べた。

 色々ある。とにかく結論は神を畏れ敬い信仰せよ。


 ただ、科学的と解釈できるちらほらと話もある、一例として神は地下にいるとの説。

 機神を空高くに運ぶと出力が低下、地下深くでは上昇したらしい。

 単純に高度と出力の相関関係だ。


 地下に神、の考えは東側でも多い。

 地球なら神の世界は、空の上、高山、海の果てなどだが、ここの人間は飛行可能。いずれも未知ではない。宗教観の形成には影響するだろう。

 死後の世界の概念も希少だ。ここでは人が生き返ってしまう。

 ただし召喚体がやってくる異次元は普通の存在だ。


「肝心の教義はおおむね節制、禁欲主義を説いたもの。まあ当然だな、帝国の環境で愉快には生きられない。現世利益はないらしい。ただ現実の目的がある。再び機神を製造するという目的が。そのためにあらゆる行動が正当化されている」


 機神が復活すればすべてが上手く行く、救われる。


「この発想のニーズはどこにある? 救われたい層、科学、工学系の人間か、国との相性は悪くなさそうだ」


 帝国が汚染の酷い大陸中央に進出するのは遺跡のためらしいが、遺跡に機神関係の物があると考えても不思議は無い。

 森を焼きたがるのもこれが原因かも知れない。森の下には遺跡がある。

 機神教徒にとって森は潜在的な聖地か、軍は森を恐れているようだが。

 彼は一旦教典を閉じた。


「しかし忙しいな、ゴンザのせいでさらに忙しくなるかも……」


 前向きな不満だ、以前のように逃避的な感情ではない。

 慢性的情報不足問題は別にしても、最低限の仕事だけで多すぎる。


 汚染地の緑化、急がないが自分にしかできない。よって中断はしない。森が命綱だ、太い方が安心できる。


 リーダーの役割、最終判断は自分の責任。しかし判断しようがない専門分野の話は理解不可能で素通しするしかない。

 ルキウスは提出された計画書に目を落とした。


「魔術系、魔道工学系の話はさっぱりだ。次元妖術型対高軌道迎撃装置。宇宙戦争でもするのか、アトラスに宇宙エリアは無かったが……ここが現実的ならあるだろうな、星空見えてるし、広い広い宇宙が」


 依然、部下と上司の関係は完全に固定化されている。

 彼らの性格が掴めてきたので以前より近くに感じるが、やはり友達になれない。

 

 森の探索、自分が最善だ、他でもできるが大きく劣る。当然だ。プレイヤーと役割の被るサポートを作成する理由がない。結果後回しになっている。


 金を稼ぐ、何人かこなせる部下はいる。しかし主力は仕事が有り、ほかは安全とは言えないし、人目に晒す人員は少ない方が望ましい。

 友達の相手をする、自分しかできない。中々に帝国の理解には有意義である。


「減らせるのはハンター業ぐらいか、あれが一番気楽で楽しいのに。何年かハンターやって金稼いで人脈作ってから本気で動くか。遺跡からパソコンが出てくれば色々マシになるはずだが……帝国には業務用だけ。とても再構築どころではない」


 現時点で実行可能な人類が幸福になる唯一の計画は、ルキウスが汚染除去して食料を生産するぐらいしかない。


 彼が世に力を示し、反抗する者を粉砕し、大陸すべてを緑化して生活環境を整える。

 後は全人類が彼を崇め、文明を放棄して自然派な暮らしをする。

 もし大陸中の国家に対して軍事的に優越していれば、今すぐ実行可能な計画だ。


 これなら皆幸せに暮らせる。原始的でも魔法は使えるしそれなりの生活水準だろう。

 しかし却下だ。


 革新の否定は協会員としてありえない。人類は進歩しなければいけない。

 それに宇宙規模の災害に対して無力だ。惑星が亡ぶなら人類は宇宙に旅立たなければならない。最低でも宇宙移民が可能なレベルまで文明を発展させる計画がいる。


「統治者が必要なんだがそれがいない。その当事者も不老不死じゃないと駄目だ。現実的にはAI。しかし帝国は車にOS積んでない技術水準だし。片っ端から遺跡をあさればあるか?」


 言ってる内にサンティーに車が運転できないのを死ぬほど馬鹿にされたのを思い出して腹が立ってきた。彼は自動運転の車にしか乗っていない。

 しかし愚痴を言う相手もいないので、ブツブツ喋りながら考える。


「勝手に緑化だけして放置するか? いや、やらないほうがましだな。人口が回復したらまた戦争になる。それじゃあ再構築と呼べない。手持ちの駒が足りない。今やるべき事は駒を増やすことだな」


 ルキウスの特性は緑化、食料生産能力。戦闘能力ではない。彼らは強いが、彼らが生み出せる破壊は、この世界の人間がコストを費やせばできるはずだ。

 四百年汚染が放置されている事から緑化できるのは彼だけと推測された。他のプレイヤーがいても緑化能力は無いはずだ。


 これまでに多くの木を創造した。今日も実験的に手羽先の木を創造している。骨が無いので何か違う物に見えた。

 ただし魚肉の木は作れなかった。魚は権能の範囲外らしい。

 サメ等魚類のペットは肉を食べている。


 だからヴァルファーに魚取ってきてと言いたかったが、ゴンザエモンが逃げたと寝耳に水の報告を受ける。


 どうしても戦場が見たいと言うから、渋るヴァルファーを説得してやったのに逃げた。

 生命の木にいても役に立たないし、戦場を見物すれば落ち着くと思ったが甘かった。ちょっと遊んだら帰ると言っていた。いかにも駄目男っぽい。


 すぐに回収を命じようとしたが、どうにか思い留まる。

 彼は能力が攻撃に偏るが有視界物理戦なら最高レベル、そうそう遅れは取らない。


 それを言えば自分の失態だし、どうせならゴンザエモンを戦場に放り込んで派手に爆発させようと考えたのだ。

 爆弾を爆発させ反響で地形探査するのと同じ。大きく揺さぶってその反応を見る。


 派手にやって不都合な結果を招く可能性もあるが仕方ない。リスクなくして再構築はない。


「しかし帰ってきたら一言言わないとな」


 何度も脱走されると困る、そう思いながら彼はまた書類を見た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ