潜水艦
不気味な黒を湛える水面を静かに割って浮上する巨大な影。
短距離弾道弾を搭載した試作大型潜水艦ピッツダッグ。
深く潜れないが乗員の気配を完全に隠蔽する構造で、海の魔物に襲われずに済む。
「周囲に敵影無し」
通信士が報告した。
「こんな場所に人間はいないさ。さっさと発射してずらかろう、ギルイネズ内海にいると考えるたびに寒気を感じる。何度でもだ。位置確認急げ」
艦長が応じた。ここ数日で、神経質に眉毛を寄せた表情が焼き付いている。
非常に高コストだが、帝国は短距離弾道弾を製造できる。
ただし誘導性能が低い。汚染や魔力の影響で距離が遠くなるほど途中で故障するリスクが上がる。
さらにクロトア半島を攻撃すれば、魔法で弾の制御を奪われ、たいてい発射点に返される。
しかし潜水艦なら目標近く接近可能、発射後に潜行できる。
「目標には到達しないと思いますが」
副長が言った。
「ああ、奴らの対空監視迎撃能力は高い」
「迎撃されなくてもあの命中精度ではどこに落ちるやら」
「そればかりは仕方あるまい。大戦前ですら直接誘導無しでは当たらん、邪魔があれば尚更だ」
「息をひそめた棺桶生活でただの威嚇、割に合いませんよ。艦長」
「ギルイネズ内海側からの攻撃に意味がある。半島のどの国家もこの海から人が来るとは思っていない。ここを航行できると知れば、向こうはこちらにも警戒を割く。持久戦なのだ。前線から部隊を引きはがすだけで十分な戦果になる」
潜水艦は元々の雷雪作戦には含まれていない。
兵器局の必ず上手くいく、との強い押しで急きょ追加された作戦だ。
叢生騒動への対処でこの機を逃すと大きな軍事行動は当面なくなる。
下手をすれば潜水艦開発計画が凍結になる。それを恐れて実績作りのために実験段階の潜水艦を実戦投入した。
「死後の世界があればこのようなものでしょう」
「生きた心地がしないのは私も同じだ、海の中じゃ何も見えん。速く船に戻りたい」
「本当に貧乏くじですよ」
副長はうんざりした様子だが、彼以外もそうだ。
ここ一年訓練だけしていたものをいきなり実戦投入。誰でも避けたい状況だ。
「まあ、ここまでは予定通りの性能を発揮している。この作戦を完遂すれば潜水艦の時代になるかも知れん。そうなれば我々は歴史に残るぞ」
「昔はあったらしいですがね、潜水艦。神話と現実を混同されては堪らない」
「昔の設計図を参考にしたのであって同じじゃない。どこがどう違うのかは知らせやがらねえ、兵器局め。発掘品でもそうだが、中途半端に再現した昔の技術を混ぜやがって」
「初期魚雷は発射した瞬間に爆発ときている、推進力だけ強くて」
「まあ、神話では一艦で全世界の軍を撃滅したとある。その1%の力ぐらいはあると信じよう」
「位置確認終わりました、予定の位置です」
ここからが本番だ。無事発射できるか。できたとして、その後生還できるか。
「良し、ロック解除。発射段階開始」
艦長がダイヤルを回して数値を入力した。
「発射段階に入りました」
カウントの後、潜水艦上部の開いた甲板から短距離弾道弾が発射された。
弾道弾は煙を噴いて真上に飛び出し、弾道軌道を目指す。
「発射成功、高度千、二千、三千」
「良し、潜行――」
「短距離弾道弾喪失!」
艦長は軽く歯噛みしてから、気を取り直し命令を下した。
「再確認しろ」
「他に対空レーダーに反応は?」
「反応なし」
空の魔物ではない。自壊だろうか? 視認はできない。
「潜望鏡は?」
「海面には何も確認できず」
「人を甲板に出して確認しますか?」
「……外に出せば生命反応が出る。このまま予備を発射する。ここにいると何が起こるかわからん」
潜水艦は隠密性があっても弾道弾は目立っている。相当な光と音が出ているはずだ。
武装はあるが海の魔物に襲撃されればまず助からない。
「上空三千、魔力反応!」
艦内に緊張が走る。
「いかん! 何かに見つかったか。発射中止、急速潜行」
衝撃音と金属の軋む音が聞こえた。潜水艦が大きく揺れる。
「ぐお」
乗員が揺さぶられ、計器に多くの警告ランプが灯った。
「ソナーに反応! 大型です。本艦に真っすぐ向かってきます」
何かの魔物に見つかった。外部装甲の破損で隠密性が失われたに違いない。
「魔道囮を出せ」
「駄目です、来ます」
「接近物に後部魚雷発射」
「命中……止まりません!!」
「回避しろ!!」
船長は怒鳴ったが、接近物の方が速いのは明らかだった。
『――ヴァルファー、ヴァルファーどうした?』
魔法による主の声が聞こえる。
眼下の黒い海に見えた黒い物体は沈んでいった。そして何も浮かんでこない。
ヴァルファーは高度を上げて雲の中に入った。
「失礼いたしました、野生の潜水艦の攻撃を受けましたが問題ありません、既に沈めてございます」
『空にいるのではないのか?』
「雲の中で雲に溶け込み気配を絶っていたつもりなのですが……どのようにしたのか、正確に大型の誘導弾を飛ばしてきました。それを迎撃後、魔法を撃ち込みましたが、海中で浸水したらしい」
『小型の暴走機械は森の近くでたまに見るが潜水艦とはな。流石は大陸屈指の魔境』
「半島は大きな防空魔術が張られ私も飛行しにくい。それで海上ギリギリから、と思いましたが甘かったですね」
『十分に気をつけよ』
「御心配には及びません。しかしルキウス様は海に近寄らないでいただきたい。危険ですので」
『わざわざ行かんよ』
それはどうだろうか、元々森の外に出なかった主は、今では好んで外に出るようなった。
以前では考えられない行動の変化。
何が興味を引くか分からないが、気を引きそうな情報は黙っていた方が良い。
「非常に危険、魔術なしでは無理、その魔術もここでは少なからず狂います。転移などは特に危険です」
『わかってるって、心配性だな』
「さて、ゴンザエモンが逃げたわけですが」
『何回も聞いたよ、こっちとは通信は繋がってるから心配するな』
自分とだけ通信を切断されている事に改めて怒りを感じる。
あれのおかげで戦争の偵察任務に支障が出ている。
「逃亡したゴンザエモンを見失いました、かなり高速で移動しているようです」
『いる方角はわかるだろう』
「大まかにはわかるのですが」
『ならばよい』
「彼一人で薙ぎ倒せるほど帝国は弱くない。それに逆側、クロトア半島の勢力と戦闘になると厄介なことになります」
『それでも急いで本人を回収する必要はない。暴れれば満足して帰るだろう』
主には何か考えがあるようだが、彼にはそれが理解できなかった。
「それはどうでしょうか」
『心配か?』
「心配などは……そもそもルキウス様があれを連れて行ってやれと仰られるからですね」
『生命の木に置いていても役に立たんからな。放置すると暴れるし、侍がいるらしいから同じ侍が適任だろう、色々とごまかしが効く』
「それはわかるのですが……」
少し間があった。
『……やれやれ仕方ないな。私はあいつが逃げることなど最初からお見通しだ』
「なんと!!」
『あいつには逃げるのに成功して戦闘に参加した達成感を与える。これで少しは大人しくなるはず。それで駄目なら私が対処する』
「それなら私に言ってくだされば」
『事前に言うと行動が不自然になるだろう。あいつは勘が良い』
「それはそうですが……」
ヴァルファーは言葉を続けようとしてやめた。
主が森の外へ行く時も反対したが、結局は大規模な吸血鬼組織を最高のタイミングで捕捉、撃破できた。あれで大量の情報が集まった。
今回の判断にも伏せられた計算があるに決まっている。
『ただし回収はそっちで何とかしてくれ、私も半島の状況はわからないのだからな』
「わかりました。しかしあれの反応が帝国側からするのですがね」
『捕虜になったとでも? ありえんよ、心配するな。こっちの通信は生きている、困れば連絡があるだろう』
「心配はしていません。ただあれ一人で全部は無理です。ここには帝国七軍の内、二、三軍がいるはずです、それに敵の最高戦力がどれほどかも不明」
『闇蟋蟀を着ていったのだろう?』
「でしょうね、そうでなければ逃がしていない」
『なら問題ない、そっちはすぐに夜のはずだ』
ヴァルファーは日が暮れつつある空を見た。雪雲がゆっくり流れている。
「確かに夜の足音が聞こえています。しかし夜になると私も探しにくい」
『そんなことはない、派手に火の手が上がっている所にあいつはいる』
確かにその通り。考えればわかることだった。怒りで冷静さを失っていたか。
「……そうでした」
『気楽にやれ、あいつの行動も利用して帝国の戦力を測れ』
「次に発見したら、刺し止めて持って帰ります」
『穏便にやってくれ、援護が必要なら連絡しろ』
「了解しました」




