戦場4
「周囲を厚く探るのだ。必ず精兵がいる」
ヒサツネは斥候がこちらに駆けてくる間に魔法使いに命令した。
〔陰陽師/オンミョウジ〕が式神――鳥を思わせる形状の紙を飛ばし、〔召喚士/サマナー〕が小鳥や小さなもやのように見える風の精霊を飛ばした。〔占術士/ディヴァイナー〕が砂の入った丸い箱に魔法を掛けると砂が動いた。
「足つき大小両方です。蜘蛛は四、蚤は二、他は地形が複雑なため確認できず」
戻った斥候が報告すると、ホウゲツが魔法による索敵結果を告げた。
「魔法の反応では蜘蛛六、蚤三かと。索敵範囲を広げています」
「ほかに必ずいるぞ。すぐに歩兵か機装兵が来る」
拠点に寄られる前に無理して迎撃に出てきた可能性もあるが、基本的に蚤は歩兵を支援するタイプだ。
「戦車の数は少ない。盾重騎兵をいくらか置いていきますぞ」
「かたじけない」
「姿を見せ次第突撃する、包囲突撃陣を整えろ」
ヘトザーウェンの命令に、騎士団が動く。敵の来る方角に対して散らばった横陣を敷いた。
進行方向にある五百メートル先の丘の向こう側から、ガチャガチャガチャと金属音が聞こえてきた。そして音の主は丘の上に姿を見せて停止した。
長さは通常の戦車の二倍、車高は四メートル、甲虫の脚に似た形状の太い脚が車体の側面に四対、前面には重機関砲の付いた腕が一対。
車体上の砲塔には大口径短砲身砲が二門ある。この砲は角度を上下に大きく変更でき至近距離でも当てられる。
あれが蜘蛛と呼ばれている発掘品の黒い大型多脚戦車。
重そうに見えるが、八本の脚をリズミカルに動かす直進後退はかなり速い。
複数並べて戦線を突破するより、強力な歩兵を粉砕するのに使われる。
そしてその横にぴょんと飛び出て来た茶色の小型多脚戦車は、蚤と呼ばれている。
こちらは通常の戦車より小さく一人乗りだ。
中央には上下から少し圧縮した感じの球形胴体、そこから四本の足が四方に向かって付いている。
胴体には角度を自由に変えられる機銃が左右に一対、武装のある腕が一対ある。
腕の武装は様々で火炎放射、毒ガス、榴弾砲、ヒートブレードなど機体によって違う。
歩くだけでなく足の車輪で走行できるので平地では速い。跳躍能力が高く五メートル以上跳ぶ。
「ではお先に。突撃! 数は少ない、砲の動きをよく見るのだ」
足つき砲撃のなか、騎士団は大型盾を持つ重盾騎士を先頭に、左右から囲むような突撃を開始した。速い鉄馬に乗る者は大きく迂回して回りこむ。
「我々は距離を維持して何かあれば騎士団を支援する」
武士団は足つきの正面を避けながら、遅れて騎士団を追う。
戦場を大きく離れたりはしない。どの道、完全に大砲の射程内であるし、離れると騎士を支援できない。
騎士の一人が蜘蛛の主砲を盾に受け、衝撃で姿勢を崩し落馬した。
十分な防御魔法を使っていても、蜘蛛の徹甲弾は戦棍で殴られたぐらいの衝撃がある。
騎士たちが前進して、少しずつ戦場では足つきと騎士が混じり合っていく。
騎士が近くになると蜘蛛は真っすぐに後退しながら、砲塔を回転させて砲撃頻度を上げた。
狙っているのは、自機に接近する騎士より他機に接近する騎士だ。
横から頭に主砲の直撃を受けた騎士が倒れ動かなくなり、最高の鉄馬も蜘蛛の主砲にはダメージを受けて減速する。
蚤は蜘蛛を支援する形に立ち回っている。
蚤の腕から至近距離で火炎放射を受け、火だるまになった騎士が倒れて燃えていた。
蜘蛛の装甲は戦技でも簡単には貫けないので、まずは足の関節部を狙って動きを止める。しかし動き回る目標に完全な突きを放つのは難しく、腕の打撃、機関砲で態勢を崩されたところに主砲を撃ち込まれ倒れていく。
それでも騎士たちは囲いこみ攻撃を敢行した。そして首尾よく脚を破壊して速度が落ちれば、一旦距離を離して突撃、深く槍を突き立てて破壊するのが基本だ。
蚤はピョンピョン跳ねて後退しながら、巧みに騎士の接近を防いでいる。
こちらは当たれば破壊できる敵だが非常に身軽。蜘蛛ほど脅威ではないが、逃がすことが多い敵だ。
ヒサツネたちは周囲を警戒しつつも、馬蹄と砲の音を聞きながら一定の距離を維持してただ見ていた。
上位の侍ならあれの弱い部分を破壊できるが、非効率な力の使い方になる。
魔法防御力が高いので魔法使いでも同じ。攻撃魔法には防御力で耐え、中の人員も装備で状態異常耐性があり、穴に落としても出てくるし壁で足止めもできない。さらにセンサーが色々あるらしく幻術や視界妨害も効きが悪い。
つまり彼らは足つきと戦闘すべきでない。
戦車と騎士だけ戦闘しているのは理想的な状況で、喜ぶべき。
それでもただ見ている前で騎士が倒れていけば思うものはある。
彼らはピリピリと神経を尖らせて移動した。
「目的地の方角より標準型機装兵、百弱、接敵まで八分。加えて占術士が脅威度の増大を警告しています」
対戦車騎兵は銃砲に強く、機装兵の近接武器、心覚兵に弱い。
騎士と戦車の戦う戦場を迂回して先に進み、機装兵が戦いに割り込まないよう遮断する必要がある。
標準型機装兵は、精鋭の侍と魔法使いなら同数でも余裕で勝てる相手だ。
「……円陣だ、円陣で移動する。盾重騎兵は戦車側に」
しかしヒサツネは急がず防御を固めた。
魔法による防御があっても戦車相手に密集陣形はまずやらないが、彼は少し前から呼吸が浅くなり、少し視界が狭まったように感じていた。
恐るべき怪物が息を殺して攻撃の機を窺っている。油断をすれば一気に魔法使いを刈り取られる。
「敵襲!!」「機装兵だ」
ヒサツネのいる逆側、円陣の後方で声が起こった。
「円陣崩すな。敵の数を報告せよ」
やはりいた、と彼は思った。
集団が壁になって見にくいが、穴と開いた四角い蓋が見える。穴を掘り魔法を妨害する材質で蓋をして隠れていたのだろう。
後方から聞こえるのは銃声に混じった剣戟の音。
「数は三十二、すべて上級機装、後方に赤い機装が一」
式神で上から確認した情報をホウゲツが報告した。
来るべき時が来た。ヒサツネは焦燥を感じ、体が熱くなり手に汗を握った。
「鬼が出たぞ!! 鬼だー!」
真っ赤な機装兵が背中の推進機から火を噴いて、スキーのような姿勢で雪を高く巻き上げながら残像を残して彼の前を横切った。それを遅れて五人の機装兵が追随する。
その先にいるのは戦車と交戦中の騎士団。機装兵は全員は大型剣を背に装備している。騎士の後ろを突く意図は明らかだ。
「まずい、行かせるな。弓!」
戦技を使った複数の矢が鋭く飛ぶ。
矢は一人の首の根元に刺さり、さらに一人の推進機を破壊した。
一人が倒れ、もう一人は停止した。
「リンドウ隊は後方の機装兵を足止め、私とナツビシ隊は鬼を足止めする。残りは先の機装兵に当たれ、指揮はコーナンに任せる、機装兵を潰したら敵拠点を叩け」
後方の足止め五十、これは五分五分の戦いになるだろう。自分には三十、これが適切かどうかはわからない。コーナンは問題ないはずだ。
ヒサツネは部下を率いて全速で赤い機装を追った。
「大戦果ではある」
ヘトザーウェンは蜘蛛を一機潰したところだった。
精鋭対戦車騎士二十騎で当たるべき蜘蛛を一騎で完封、滅多にない戦果だ。
通常、蜘蛛が張り付かれると、蚤がきて金属網などの妨害攻撃を受けるが、その時間も与えなかった。
彼はまず〈乗騎加速〉〈乗騎強化〉スキルで加速した鉄馬で敢えて正面から突撃、二発の主砲を絶妙の盾さばきで後ろへ反らし、後退する蜘蛛の至近に迫り、一気に曲がり側面へと向かった。
側面に回る彼を打ちつけようと、腕が斜めに振り下ろされた。
位置を調整しながらそれを槍の刃で受けると、蜘蛛の腕に浅いが切り傷ができた。
これなら斬れる、と直感した。
槍の横の刃で腕の関節を斬りつけると、一気に半分ぐらいまで押し込めた。
槍で斬る訓練などしたことはない。のこぎりで木材を切るように、そこから強引に押し斬った。
初めて味わう金属を両断する手応えに、なんとも言えない気分になった。
中の兵は腕が落ちたことに気づいていないのか、駆動音をグイングインと鳴らし短くなった手を振り回していたので、それを無視して脚を狙った。
脚の関節は、特に不規則に動く部位で長い槍で突くのは難しい。胴体は高く遠い上に上下動するので、下から下手に刺さると槍を持っていかれる。
少し蜘蛛から離れ、脚が地に突く瞬間に接近、大地に接する足首を突いた。これで足首が破壊され脚を突く動作がぎこちなくなる。
次に脚の関節を突き抜いた。普段は戦技を使うが、戦技なしでも貫通した。
それをもう一度行い、脚二本を潰すと蜘蛛の体が傾き減速した。
砲塔が回転し始めたが、遅い。
こちらに傾いた車体の側面に、鉄馬の動きで力を足した〈機甲衝貫〉の突きが深く刺さる。そして〈対戦車起爆槍〉による爆発が蜘蛛の中を焼き尽くす。
彼はこうして蜘蛛を仕留めたのだった。
「完全に槍の性能なのが複雑な気分よの。ここまでだと腕も何もあったものではない」
それにうまくいき過ぎる、そう言おうとした時だった。
「後方から機装兵!!」
部下が叫んだ。
「やはり伏兵がいたか、機装兵は回避せよ!」
しかし遅い。すでに赤い機装が騎士たちへ斬りこんでいた。
赤い機装兵が、赤熱した太く長い刀を手にして騎士の間を駆け抜けると、騎士が鎧など着ていないようにあらゆる場所を両断され落馬していく。
凄まじい剣速、振った刀を見るも至難。
進む道に死を振りまき、赤が彼の元へ迫る。
「よりにもよってこいつとは、さて生きるか死ぬか。〈剛力〉〈塁壁〉〈不動〉」
赤い機装兵は両膝を曲げると、高く跳躍して彼の上に降ってくる。
鮮烈な上段からの振り下ろし、それを即座に槍で受けた。強烈な衝撃で槍が押され兜に当たったが、両腕の筋力を限界まで引き出し槍を支える。
「なに?」
高熱で金属を両断する赤熱した熱刃を止められ、赤い機装兵はかすかな疑問の声を漏らした。
「真に良い槍よ、ふん!」
ヘトザーウェンは空中に浮かんだ赤い機装兵を全力で押し返した。
「少しへこんだだけか? 材質は何だ、神鉄でも薄ければ斬れるのだがな」
「ははは、材質は知らん」
「そうか、ブースト」
赤い機装兵が剣を盾にするようにして、背中から火を噴きロケット弾同様に飛んできた。
槍で剣を受けたヘトザーウェンが、馬上から空中に押し出される。
左肩へ目にも止まらぬ速さがきた。勘でどうにか槍を振って突きを反らしたが、鎧の肩を削られた。
「ぐぬ」
熱が襲う。
刃は直接体に触れていない。高熱で肩を焼かれたのだ。
槍を全力で振り回し、それを受けた相手が離れた場所に着地する。彼自身もどうにか倒れずに着地した。
(この槍が無ければ三回死んでおるな、しかし次は受けられんか)
赤い機装が前に進もうと強く踏み出して止まる。そこに馬上から刀が振り下ろされた。赤熱した刀と雷をまとった刀が衝突してバチバチと鳴る。
「邪魔が入ったか」
ヒサツネがヘトザーウェンの前に下馬した。ほかの侍も下馬して刀を抜いた。
「これは助かりました」
「申し訳ない。遅れました」
「ははは、おかげで槍の性能がよく分かりましたぞ、この槍ならあの剣も普通に受けられる。私も手伝いましょうぞ」
「いえ、それよりも副団長殿、手早く足つきを潰して先の目標に向かってください。鬼の相手は我の仕事にて」
ヒサツネは目の前の赤い機装をあらためて見据えた。
全身が真っ赤な機装は、どこか甲冑に似ている。甲冑の袖や草摺を模したように見える部品があるし、なにより顔を覆う総面の筋肉のうねった表情の意匠が同じである。
面には丸いレンズが二つあるが、今は上にずらしてあり黒い瞳が見えている。
銃火器は一切装備しておらず盾も無い。武器は大きな熱刀のみ。
動きを重視した滑らかな装甲で、動きを妨げる余計な物はない。
白兵戦を前提としてるせいか腕肩部分が太く、その分出力が大きい。
これが発掘された神代の機装であると侍はよく知っている。
二十人以上の侍が囲むが、気圧されているのは侍のほうであり、刀を持つ腕は固くなった。
「我が邪魔は入れさせぬ、存分に死合われよ」
侍が壁になる中、ヘトザーウェンは鉄馬に飛び乗って、侍の戦いに割り込みそうな蚤を潰しに向かった。
「ヒサツネ・ライデン海底国守」
「帝国の剣、ローレ・ジン陸軍中佐である」
「海底国武士団が相手をしよう」
「お前は俺と斬り合えるんだろうな? 若いの」
「それほど年は変わらんだろうよ」
「それは失礼した、顔が見えないものでな」
ジンが熱刀を軽く動かしながら、余裕を持って軽い調子で答えた。
侍達の目は微かに動く熱刀に釘付けになっている。
「お互い様だ」
「それはそのとおりだ」
ヒサツネは軽い受け答えに飲み込まれそうな不思議な圧力を感じる。
平静を保つのは難しい。
目の前の鬼こそ、父の腕を落とした相手であり、かつては父と二人掛かりでも勝てなかった相手。
恨みはない。その強さだけが脳髄にこびり付いている。
「今日こそ帝国の鬼を討ち取ってくれよう」
それでも戦意をみなぎらせる。討てるとすれば自分だけだ。
「お前らの言う鬼などは知らん、そろそろやらんかね、ああ、別に逃げたいなら止めないぞ」
「その戦場で佇まい、鬼の証よ」
「酷い言いがかりだな」
ジンは目の上のレンズを下ろして構えた。
ヒサツネは刀を右手に持ち、八相の構えをとった。
その集中が極限に達する。
ジンが動く。
精鋭侍集団相手に、なんの工夫もない踏み込みからの横一閃。
単に速く、重い。
刀で受けた三人がまとめて後ろに押され、一人は完全に刀で支えきれずに浅く胴を斬られた。
後ろから斬りかかった侍が振り向きざまの一刀で首を突き抜かれ、さらに胴に蹴りを受けた侍が十メートル以上飛ぶ。
「かあっ!」
ヒサツネの喉を狙った鋭い突きが最小の動作でかわされ、逆に反撃の斬撃を受けた。
力に満ちた完全な体勢で受け太刀しても、体が後ろに流れる。
完全に力で負けている。
戦技の〈不壊刀〉で刀を破壊から守り、〈超力〉で腕力を大きく高めているがそれでも押し負ける。
ヒサツネに指示を出す余裕はない。
逆にジンは囲まれていることなど気にしない。多少、背中のバックパックを守る動きがあるぐらいだ。
しかし背が見えたと迂闊に斬りかかれば、狙いすましたカウンターの突き。
すでに積極的な攻撃を仕掛けた者が二人死んだ。重傷の二人は離れてポーションを飲んでいる。
背を取っても誘われているように感じて、攻めにくくなった。
戦車は無視している、接近して斬り合いをやっていれば撃てない。
つまり斬り合いに集中しているが不利な流れ。
ジンは複数の斬撃を同時に受け太刀し、簡単に押し返し、態勢が崩れた侍の顔面に体を回しながらの肘打ちを炸裂させた。
機装の肘打ちを受けた侍は顔面が陥没して倒れた。
攻めかかる者には漏れなく強烈な反撃が待っている。
これほどか。
「鬼め! これ以上やらせんぞ」
ヒサツネは電気を帯びた刀で突きを放った。
ジンはこの攻撃に特に注意を向けているようで、これだけは大きくかわした。
ジンの刀は鎧を軽く両断する。さらに機装の力を用いた打撃も致死の威力。
分厚い機装の腕足胴体装甲は、完全な角度で斬りこんでも両断できない。
ただし機装には機装の弱点がある。電気系に異常が発生すると機装は拘束具になってしまう。そこが付け目。
それに機装本体の稼働時間は長いが、熱刀は違う。あれはすぐに電池切れになる。
そして機動力重視型は関節部の隙間があり、首回りも保護されていない。
対機装ライデン流剣術には機装の弱点を突く技が多くある。
〈電磁脈動の太刀〉は強力な電気を流し機装を瞬時に行動不能にする。低級の機装なら装甲が刀に触れただけで行動不能。しかし神代の機装ともなれば電線に直接流すために傷をつける必要があるだろう。
〈雲峰吹雪〉は斬りつけた場所を短時間凍結させる。関節を凍結させれば大きなダメージだ。
〈霞椿〉は斬りつけた分の傷の数倍の傷を与える。関節の隙間から小さな傷でも出血をさせ、首なら小さな傷でも殺せる。
〈寂静重星〉は打撃武器同様の非常に重い打撃を高速で加える。頭部を斬りつければヘルメットを無視して首を直接へし折れる。
鬼であっても倒せる、これらの技があれば。
ヒサツネはそう考えていた。
しかしそれどころではない。
奴には機装の利である装甲すら関係ない。五分以上斬り合って一度も装甲で剣を受けていない。刀で受けるか完全な回避。
曲芸的な動き、正確な見切り、機装の剛力、冴えわたる技。
刀が一度も当たらない相手にどんな戦技があっても意味はない。
ヒサツネは歴代のライデン流剣術の使い手の中でも上位の腕前。家中に自分より上はいない。
だからわかる。よくわかってしまう。
侍でない者が、侍の遙か上の技を持っている。以前に戦った時は機装の力、速度頼みだと思っていた。
しかし違う。
機装の力がないと不可能な動きもあるが、多くは極めて合理的な動作。それは見習うべき手本だ。
すでに戦闘可能な侍は十人にまで減らされた。
いかにして鬼を討つか数年思案してきた。ここでヒサツネは結論にたどり着いた。
斬り合いでは勝てない。
「無理に攻めるな、防御に徹しろ、狙われた者は俺が助ける。囲みの外に出すな」
背中の推進機を使った機装兵は、歩兵より遙かに足が速い。
まだ戦車と騎士の戦闘が続いている。残してきた侍と機装兵の戦闘も。
それが終わるまでこいつを騎士のところに行かせない、それが死んでも果たすべき役割だ。
「どうした、討ち取ってくれるんだろ?」
涼し気な声でジンが言った。
「機装の性能頼みが!!」
苦し紛れに出た言葉だ。おそらく機装無しでも一対一なら負ける、それは自分がよくわかっている。
優位な点は戦技の数ぐらいしかない、機装兵は機装の強化にその力が割り振られているので、使える剣の戦技は少ない。
ヒサツネが斬りこむ。本気の攻撃ではなく、自分に引きつけるためだ。
ジンはそれに乗ってきた。熱刀は熱を失っている。
ヒサツネは戦技〈正眼受け〉で防御に徹し、剣を受け続ける。
武士団の長い時間稼ぎが始まった。
――そしてどれほど経ったか。
長い斬り合いが続き、ヒサツネの喉は完全に干上がっていた。
足つきは全滅し、騎士は敵拠点に向かっている。
「勝負は預けよう、若いの」
ローレ・ジンは最後にそう言うと、残存していた機装兵を引き連れて西に離脱していった。
ヒサツネはそれを無言で見送った。
彼の周りの兵は五人になり、置いていったリンドウ隊は十一人になっていた。
赤い機装が見えなくなった頃、代わりに轟音が響き、空数百メートルの高さまで沸き立つような赤い炎と黒い煙が上がった。
さらに燃えた色々な物が爆発し火花を散らしながら空を漂う。
それを見て美しいと思った。作戦が成功したのだろう。
しかし少々違った。帝国軍は味方ごと補給拠点を砲撃したのだ。
ただで破壊されるよりも少しでも敵を巻き込もうという攻撃だった。
「いやあ、この槍のおかげで助かりましたぞ」
煤けた全身鎧を着たヘトザーウェンが、焦げた鉄馬の上で機嫌良く言った。
「爆発で助かったのに槍は関係ないでしょう。副団長殿」
「はははは、そうですかな。今日の戦果は全てこの槍で一まとめにしております」
「こっちの損害も大きい、全体の半分ほどやられた。鬼退治は難しい」
「戦果は戦果です、こんな時は笑っておればよいのです」
「そんなものですか?」
「そうですとも!」




