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森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
1-5 東の国々 最前線
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山間

 緑の閃光は、機銃のように断続的に太陽から降り注いでいる。


 三人は追ってくる緑の光をジグザグの高速機動で回避しながら、直視するには眩しい太陽を目をしかめてどうにか注視した。

 寸秒の後に太陽の中から小さな影が現れるのが見えた。

 教本に忠実な太陽を背にしての降下攻撃、機影は四。さっきの戦闘機よりも一回り小型の白い機体。機体の下に付いた筒から緑の光る弾が発射されている。


 まだ発砲していなかった四機目が、ラフィーン目掛けて発砲した。

 大まかに回避機動を予測して発射された弾がラフィーンの周囲に降り注ぐ。


「きゃあ!」


 ラフィーンが箒にしがみつきながら悲鳴を上げ高速でスピンした。雲をかき混ぜながら一キロほど横滑りした。


「ラフィーン!」


 レンディアがラフィーンを援護するため、直角に上昇して上方の敵機に箒を発射した。

 白い機体は高速で迫る箒の軌道から遠のく形で加速してこれを回避した。

 箒は反転してさらに追っていくが向こうの方が速い。箒は途中で失速していく。

 遠のく機体はさらに加速して雲海に入った。他の三機もこれを追随して雲の中に消えた。


「大丈夫、かすめただけですわ」


 ラフィーンが態勢を立て直してレンディアに合流した。


 四機はデメ・ジャーガ下の雲の中から現れ、デメ・ジャーガを守るようにその周囲を流している。

 三人は合流してデメ・ジャーガの周囲を離れて旋回する。


「まったく、調子乗ってるからだよ」

「なんですか? おばあさま」

「あれはブンブンと煩い風車を回したり、尻に火が点いてるポンコツとは違うよ。つまりはあたしらのと同じまともな戦闘器だってことさ。お前達はあれをやりな。雑魚も忘れんじゃないよ! たまに身の程知らずがいるからね。あたしはデカブツの乗員を減らす。でかい城を落とすにはまず兵を間引かないとねえ」


 にたりと笑ったルクレの視線の先では、デメ・ジャーガの上部甲板に兵員が展開されていた。発掘品のレーザーライフルを装備した狙撃兵に、その護衛の心覚兵。

 

「〔残像/アフターイメージ〕〔馬鹿騒ぎする幻影/ホースプレイファントム〕」


 ルクレが多重にぶれて見えるようになり、そのぶれたルクレが十人以上に増えた。各ルクレが四方八方に飛び去り様々な角度からデメ・ジャーガへ向かった。

 それに続いて二人が揃って狙いをつけた機体へ向かって複雑な機動で飛ぶ。


 白い機体がくるっと百八十度ターンして迎撃するべく向かって来た。その加速は戦闘機とは質の違う滑らかなものだ。デメ・ジャーガの各銃座も一斉に火を噴いた。




「アニ参式がどれほどかは未知数だが、遅滞には使えるだろう」


 モニターで外の様子を見て大佐がつぶやく。

 アニ参式は、帝国では極めて貴重な特殊木材に、限界まで魔法を詰め込んだ魔道戦闘機だ。エスアセイバーとは比較にならない製造コストだが、性能も高い。


「南南東から敵機三十以上」


 レーダーを見ていたオペレーターが報告した。


「エスアセイバーの半数をそちらへ、遠視で後続を見つけろ」


 戦闘能力が突出しているのは三魔女だけ。ただし彼女達の空対空箒の性能は全て同じだ。

 デメ・ジャーガの胴体装甲でも一斉に二十発も撃ち込まれたならそこまでだ。


「後続百以上。このままの速度なら接触は九分後です」

「残りの半分はそっちにやれ、それと修復用物資の残量を確認させろ」


 モニターでは点にしか見えないが、エスアセイバーが交戦を開始した。

 数百の機銃が火を噴き、箒に乗った魔女たちが様々な方向に散る。その後に空対空箒を喰らった十数機が爆発した。

 空中を無数の黒い点が激しく動き回り、機銃の火が見える。


 ときおり何の前触れもなくエスアセイバーがきりもみ状態に陥り海に落ちたり、戦場外に飛び去ったり、エンジンが爆発しているのは直接魔法で攻撃されているからだ。


 高速で箒を操りながらの精神集中は困難だが、百メートル以内を五秒維持できれば魔法を放てる。当然戦闘機は回避機動を行うが、魔女は縦横無尽。対処は困難だ。知らぬ間に機体の裏側に張り付かれる。


 箒とエスアセイバーの最大速度は同じぐらいだが、機動性は比較にならない。

 優位なのは機銃の射程距離、弾数、機数。それを上手く利用すれば有利なはずだが、遠距離からでは小さな的に当てられず、接近しての乱戦になる。


 モニターを見ているとドウンという重い爆発音が響き機体を揺らした。


「取りつかれました、第三、七、二十六、二十八銃座大破」


 オペレーターが叫んだ。


「甲板に迎撃を出し隔壁を下ろせ、とにかく撃って魔力を使わせろ。魔力が減ればばばあは帰る」


 大佐はぎゅっと拳に力を入れた。彼が現役の操縦士だった頃に一瞬見たルクレ・オプテフの目を見開き引き伸ばされた笑みを浮かべた顔が頭をよぎる。


 大佐はあれからそれなりの年になり老けたが、向こうの顔は変わらない。彼が生まれる前から変わっていないのだろう。戦争が始まった頃は普通に若かったらしいが、激戦の中で空では上位竜以上の危険度を誇る化け物になった。


 あれの顔を直接見て生きていられたのは運が良かったに過ぎない。

 今はその姿が上部甲板のモニターに映し出されている。

 青く長い髪を風になびかせて、小柄な体に対して大きな箒を右手で持ち立てている。

 配置していた兵は頭を押さえてのたうち回った後で自ら空に身を投げてしまった。


(どうせあんな化け物殺せやしないんだよ。ひたすら足止めに徹すれば良いものを、若い奴が無理して突っ込むから損害が膨らむんだ。それにしてもばばあが歩くのは希少映像だな、戦闘が終わったらゆっくり見よう)


「くたばれ、ばばあっ!!」


 デメ・ジャーガの上部甲板への扉を勢いよく開けた歩兵部隊は即座に展開するとアサルトライフルを連射した。

 しかし銃口は完全に明後日の方向を向いていて、どれだけ撃ってもかすりもしそうにない。兵達がどれだけ腕に力を入れても銃口は標的だけを避ける。


「どうなってるんだ!?」


 戸惑う兵を冷ややかに見るルクレが、箒を軽く振ると横殴りの強烈な風が吹き抜け、悲鳴だけを置き去りにして歩兵が派手に空へ放り出された。


「あたしが空戦だけだと思ってるのかい」


 言い終わるとルクレは風に流されつつ後方に大きく飛び退いた。それを追って巨大で鮮烈な赤の炎がゴウと甲板を舐めたが、彼女が箒を振ると霧散した。


「まだいたか、上級心覚兵かい。本物の秘儀を教えてやろうかね」


 ルクレの視線の先には新たに扉の奥から出てきた三人の軽装の男がいる。隠す気の無い強力なオーラを発し、甲板の上でも一切の風を受けていない。

 両者が前へ一歩を踏み出す。甲板で強力な力場が衝突した。




 クロトア半島の南西部の戦場に近い山間では例年以上に雪が降り、既に三十センチ以上積もっていた。

 周囲の尖った山は雪化粧で白くなり、傾斜のきつい黒い山肌が強調されている。

 そんな山間にあるわずかな平地で雪の降る中、老婆は積もった雪をかき分けて鎌で野菜の葉を茎から切っていた。


「ばばあ、戦場はどっちだ?」


 突如後ろから聞こえた男の声に振り向いた老婆の前には、仰々しい黒の甲冑に身を包んだ侍がいた。


「ひい!」


 老婆が年甲斐もなく、感情ありのままの悲鳴を上げた。

 兜の螺旋状の角と強烈な怒りの表情の面からは、まさにこれこそが鬼であるとの印象を受ける。


「うちに盗るようなもんはねえぞ」


 老婆はいささか間抜けな構えで鎌を構えながら言った。


「戦場はどっちだと問うただけだ」

「だからうちに盗るもんはねえ!」

「戦場を探しとると言ってるだろうが、叩き斬るぞ!」


 黒い侍が怒鳴った。


「ひい! やっぱり落武者でねえか、盗人と同じだ」

「落武者じゃねえっ!! 牛から逃げるのが大変で迷っただけだ」

「……やっぱり落武者でねえか」


 最近の戦場では牛が出るのだなと老婆は思った。帝国だから機械の牛だろうか。


「落武者じゃねえつうの」

「じゃあなんだ?」

「うちの牛はよく喋るんだよ、それが騒ぐからちょっと逃げただけだ。とにかく落武者じゃねえ」

「牛が喋るわけねえ」


 きっと戦場で怖い目にあって精神がやられてしまったのだろう、哀れだと老婆は思った。


「……とにかく戦場はどっちだ?」

「あっちに行けばええぞ」


 老婆は一方向を指差した。


「よしあっちだな!」


 黒い侍は指差した方に走り出した。


「そうじゃ、あっちに行けば逃げられるでえの」


 黒い侍は足を止めて戻って来ると老婆の耳元で怒鳴った。


「戦場の方向を問うている。わかるか? ばばあ!!」

「そんな声で話さんでも聞こえとるで」


 老婆は落ち着いて言った。


「何で戦場に行きてえ?」

「まだ戦ってねえから戦場にいきてえんだよ、それから落武者じゃねえ」

「戦う前から逃げたのか」

「逃げてねえっての」

「死ぬぐらいなら逃げた方がいいだ」

「……ばばあ、こんな雪の中で作業する必要があるのか? それも一人で」


 侍がため息をついて、周りと足元の雪を見た。周囲には粗末な家が一軒あるだけで、後は雪と山しかない。


「こりゃあ雪菜を採っとるんだ。昔偉い大師様が広げなさった野菜で雪菜と言うんじゃ。雪が降っとる間は葉を採っても茎を残しておけばすぐにまた葉が生えてくる。味は苦いが滋養があってこれを食べとるだけで冬を越せるありがたい草じゃ」

「そうか」

「それにここは税がねえ、だから一人が食うには困らん」

「税がねえとはどういうことだ?」

「亭主も息子も全員戦で死んだ。娘は麓の方に嫁いでおるがの。だから免除されとるんだ」

「そうかい、そいつは寂しいじゃねえか」

「わしの婆さんが生まれる前から戦争やっとるだ、仕方ねえ」

「……そうか、それで戦場はどっちだ?さっきの逆か?」

「戦なんぞ行かんでええぞ」

「己は行きてえんだよ、話のわからんばばあが」


 哀れな侍だが、侍ともなれば家の事情で逃げる事もできないだろう。

 これを心底かわいそうに思った老婆は腰に下げていた包みを侍に差し出した。


「ならせめて、おにぎりを一個持って行け」

「いや、いらねえから」

「何を言っとるだ。何も持っとらんでねえか」

「見えねえようで一杯持ってんだ。ほっとけ」

「持ってねえもんは持ってねえ」

「無くてもあるんだよ」

「ねいもんはねえ。ほんにかわいそうじゃ」


 老婆は哀れな目で侍を見た。


「いや、だからだな……わかった、いただくぜ。ありがとうよ、ばばあ」


 侍は途中で少し考えてからおにぎりの包みを受け取った。


「さっさと受け取ればええだ」


 老婆は皺を寄せて笑って言った。




 ゴンザエモンはその後四苦八苦して、どうにか戦場への道を聞き出した。


「大将が言ってたらしいじゃねえか。仕事には報酬払えってな、逆に言うと物もらったら仕事しろってことじゃあねえか、己も中々賢くなったもんよ」


 ゴンザエモンは一人で悦に入りながら、雪を踏みしめて山道を歩く。


「おにぎり一つなら百万粒ぐれえだな、つまり百万人斬らねえといけねえ。こりゃあついていやがるぜ。これならヴァルファーも文句はねえだろう。日頃の行いが良いって事だな」


 彼は満足して足を止めた。


「己がついてるってことは、おめえらはついてねえってことよ」


 彼が見ている百メートル先には、全身を頭まで白で包まれ顔だけが露出した人間が二十ほどいる。全員が黒いアサルトライフルを持っていてそれだけがよく目立っている。

 立ち上がったので見えているが潜んでいれば見逃したかも知れない。


「戦場が遠いのにここにいるってのは後方かく乱か?悪くない手だが――」


 白い兵達が銃口を彼に向けようとしたが途中で動作が停止した。全ての兵の頭がずるりと落ちて、首から血を噴きながら胴体が雪の中に沈む。

 ゴンザエモンの腰の刀が抜かれ、振り抜かれている。

 〈断空〉、攻撃力は低いが遠距離を斬れる戦技。


「遠距離は得意じゃあねえが。そこは己の刀の届く距離だ」


 彼の後ろでガキンと金属音がした。

 後方から接近した白い兵が後方から首にナイフを突き立てようとしたが、反応した彼が背に回した刀で受けたのだ。

 受けたままで彼が話す。


「前のは囮で静かに仕留めたかったってところか? おめえらは本当につきが無いぜ、この雪でなければ己の血を見れたかもしれんが――」


 彼が振り向くと同時に白い兵はナイフを引き、雪の中に消えるように透明化した。それを意に介さず、体を回しながら放たれたゴンザエモンの左裏拳は完全に顔面を捉えた。

 ガギンという音と共に白いヘルメットと頭蓋骨が粉砕され、透明化が解けて顔面のひん曲がった男が雪の上を転がった。


 そこから間髪入れずゴンザエモンが数歩で数十メートルを駆け、刀を正確に振り抜いた。狙いは降り続く雪が空中で不自然に途切れた箇所。

 何も無かった斬った場所から愕然とした表情の二人が現れ倒れた。胴から真っ二つになっている。

 彼は斬った人間には目もくれず元の道に戻る。


「後何粒分だ? うーぬ……まあ大体残り百万ってところだな」


 ゴンザエモンは白が血で所々赤く染まった雪の山道を軽快な足取りで走った。




 ルクレの目の前にはまだ三人の心覚兵が残っている。甲板の上は焼け焦げ凹み穴が空き戦闘の激しさを物語っている。


「今日はこれくらいにしてやろうかね」


 彼女はそう言うと華麗に箒に跨り瞬時に加速して飛び去った。追撃は無く、少し飛んだ先では大勢の魔女が空の上で出迎えた。


 大怪我、箒の損傷がある者はいない。

 魔女の薬で回復できない重傷なら死ぬしかない。

 箒が、修復魔法が効かない大損傷を受ければ落ちて死ぬ。


「何人落ちた?」

「下位十九名、上位一」

「上位は誰だい?」

「ケイリンです、最初の衝突でやられたと」

「ベテランが。ヘマをやったね。引退間近だろうに」


 〔飛行女呪術師/フライングウィッチ〕は特殊な例外を除けば、三十ぐらいで空から引退する。

 大抵の魔法使いは年をとっても仕事には関係無いが、彼女達は体力と反応速度を要求されるからだ。


「まあ、あたしらの仕事はこなしたさ。女の仕事はこれで終わり。後は男どもの仕事、帰るよ」


 箒に乗れるのは女だけだ。

 彼女たちの箒は、神代から伝わるルクレの【紺碧の彗星】を参考に制作された。


 紺碧の彗星は女の全能力を大きく高める一方で、男の能力を半減させる。ほかにも飛行速度の上昇、飛行時の魔法強化等多くの能力がある。その性質がほかの箒にも少し引き継がれているので男には向かない。それに男は限界機動で睾丸が潰れたりする。


 魔女達は雪を降らせる雲の上を、太陽の光を浴びながら三列になって軽やかに飛んでいく。

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