相棒
エントランスホールに出たルキウスは、即座に《緑飛行/ヴァーダントフライ》の魔法で浮き上がると、間をおかず高速飛行に移行する。
風を切ってホールにブオッと風音を放りだし、螺旋階段前の時計の下を抜けて吹き抜けに突入、直角に曲がり上昇した。
目にも止まらぬ速さで終点の五百メートル地点を突き抜けそうだが、すぐに六階地点でピタッと停止して、ある部屋のドアの前に音も無く着地した。
ドアを開ければ、部屋の隅に伏せた赤と黄の存在。ふてぶてしいごつい顔だ。
全身は深い赤に、鈍く輝く稲妻がジグザグに走る虎模様。性別はオス。今は約二メートルだが本来は約五メートル、さらに大きくもなれる、便利なサイズ調節機能付き。
レッドライトニングタイガーのタドバン。ルキウスの相棒。
動物の相棒は、《野伏/レンジャー》や《自然祭司/ドルイド》などが使う絆で結ばれた獣で、自然の生物全般から選べる。ルキウスは隠密性を重視するが、派手好きは巨大な恐竜だとかを相棒にする。
街中を恐竜や戦車がうろうろしているのがアトラスの日常だった。
『どうしたのだ主よ。大きな心の揺らぎを感じるぞ』
ルキウスはこのトラにどう接するべきか悩む。
レッドライトニングタイガーは九百レベル台、バランスよく強い隠密型の魔物。
心の内に感じる繋がりからして味方だが、何かの拍子に機嫌を損ねてひっかかれてはたまらない。ウリコと違い、元が野生で情報がゼロだ。
「ちょっと色々あってな。タドバンはどんな調子だい?」
こちらの情報を出さずに相手の情報を手に入れるのが理想。
彼はそんな考えで、タドバンにゆっくり近づいていく。
『暇である。これまでで一番長い暇である気がする』
この暇の意味はわかる。ウリコと同じでアトラスの経験が現状に反映されている。
アトラスの職業は、一レベルから二百レベルまで。
通常は五十レベルになれば、職業を象徴する基本的な技能を修得できる。
百レベルで役割が一通りこなせる。それ以上は得たスキルの強化に、実用性の低い趣味スキルの修得。
多くのプレイヤーは上への通り道になる初歩的な職業を五十に抑え、上位職業を百にする。
特化しすぎると行動範囲が狭まるが、ルキウスは《緑の古き神》を二百レベルにして実用性にとぼしい大魔法を修得している。完全に森特化型で他を捨てた構成だ。
そのルキウスは転生するたびにレベル一に戻り、再度レベルを上げる。
その途中、総合レベル七百で《緑の古き神》になり、総合レベル八百で《緑の古き神》の戦闘能力がそろう。
この段階で彼は森では無敵、壁役のタドバンはルキウスより脆くなり、指示して管理するのが面倒で召喚しなくなる。
タドバンはこの部屋で、前衛役の期間と待機期間を転生のたびに繰り返している。
今回はイベントに備えて、長く転生していなかった。一レベルから八百レベル期間より、八百レベルから千レベル期間が長い上に、イベントの都合で長く暇だったのだ。
「そうか暇か、他に何か問題はあるか?」
獣の鋭敏な感覚に期待して、情報を求める。
『そうだな。生のうな重が食べたい』
それは生のウナギと生米ではないのか? なぜ、生にしようとする、狂気を感じるぞ。いや、待てよ、もしやこれは従魔向けの高級食がことごとく生であるせいか?
ルキウスは過去を振り返り、どこからこの回答が発生したのか考える。
うな重は過去に食べさせたかもしれない。中途半端に残った料理アイテム整理にタドバンに使う。
やはりアトラス時の経験から人格が発生しているのか。壁として使い何度も死なせている。嫌われていないか気がかりだ。
「タドバンよ、なんでも生ならうまいとの考えは間違っているぞ」
『なんだと! そんなバカな!』
タドバンが驚愕にぱっちり目を開く。このトラは当てにならない気がしてきた。喋れるだけで、普通の獣だ。
なお、タドバンにはきっちり食事を与えている。このトラはゲーム内の魔物なので、課金要素のサポートと違い、適切に運用しないと失われる。
部屋に入ってすぐに、飼育用課金アイテムの無限に肉の実がなる肉の木と、無限に水の湧く器を横目に確認した。
「あれは調理しないとだめなんだよ。肉と違ってな」
『なんとなんと、そのようなことがあろうとは』
近くまで来て、タドバンの口が動いていないと気が付いた。ウリコの時は動いていた。
〈動物語〉による会話ではない、おそらく〈念話〉。〈念話〉なら少し距離が離れていても意思疎通できる。
「この生命の木が見知らぬ場所に転移してしまったようなんだが、何かわかるか?」
『主にわからないことが我にわかるわけもない』
当たり前だろうそんなこと、という雰囲気で断言された。
「わからないか……」
『わからん』
「それなりに困っているんだが、タドバンは何の仕事ならしてくれるんだ?」
『主の盾となり、主より先に死ぬのが我の役目である』
「・・・・・・今は死なれると困るな、場所以外にも色々とおかしい。復活できないかもしれん。少しばかり魔法がおかしくなっているようでな」
『復活できなければ、一回しか死ねないではないか。それでは役目が果たせぬ、まだ暇が続くか』
こいつの認識は仕事、すなわち死、なのか? 確かにプレイヤー相手だとよく死ぬ。
一応の忠誠心は確認できたが、状況に変化なし。
「暇なら外に散歩にでも行くか?」
彼は黄金林檎の木と違い実績のある戦力。獣の感覚に期待したい。
『基本的に動きたくないので、放っておいてくれればよいぞ、主よ』
タドバンはゴロンと転がり、気持ちよさそうに体を伸ばした。
積極的に働いてはくれないらしい。所詮、畜生である。犬型を選ぶべきだったか。
転がったタドバンの腹を撫でながらルキウスは考える。
これは良い毛並み……じゃない。こいつの配置を入口にすれば、魔物が生命の木に侵入するのを防げる。ウッドゴーレムも稼働させればより確実だ。
森の探索なら身軽な自分一人がよい。心細いが戦力配分としてはそれが合理。
『困っているなら、いつものようにサポートを呼べばよいではないか。パートナーのソワラに、ターラレン達を』
ルキウスの難しい顔を見たタドバンが、これまた当たり前のように言った。