帝国会議
「悪魔の森を神聖な核の炎で焼き払うのです! 今すぐに!」
会議室に焦燥にかられた声が響く。
神がある者に恩恵を与えたならば、必然、別の誰かは被害を被る。
万事において変化が急である時、生じる幸福より不幸の方が多いものである。
会議室前部にある大きなモニターを見る上質な軍服を着た帝国軍将校達の表情は、呆け、不快、戸惑い、驚き、苦々しいと様々な感情の表情で統一されていない。どう受け取るのが正解か分からないのだ。
映っているのはルドトク帝国陸軍未回収地方面区第四監視基地だった場所。
今は狂気と錯乱に満ちた悪魔の庭園と化している。
「馬鹿を言うな、二百年前にそれをやってどうなった? 森はより活性化し、森からあふれた魔物が大挙して押し寄せ、東方の植民都市をことごとく破壊し、汚染が激化しただけではないか。あれが無ければ、南方は今頃帝国の手にあった。それにあれの材料は枯渇気味で、採掘コストが上がってきている。通常兵器にまわすべきだ」
野太い声で発言したのは、機装兵上がりの大柄な男の少将。
「馬鹿だと! これこそ教会の定める神敵に違いない。あの邪悪さを見よ、悪魔の森が真の姿を現したのだ。全軍をもって悪魔の森を滅ぼすのは今っ! 今しかないのだぞ。さもなくば世界は悪魔に滅ばされるであろう」
「おいおい、説法は教会でやってくれよ」
「機神ジェンタスの怒りが分からんのか!? 神罰が下るぞ!」
「はっ」
大柄な男は吐き捨てた。
「陛下の御前であるぞ」
別の将官が眉間にしわを寄せて注意した。
この部屋は長方形で前にモニターがあり、机がコの字型に配置され約五十人の将校がモニターを見ている。
部屋の側面には中二階があり、皇帝や他の大臣が視察できるようになっている。
下からでは中二階は暗く中は見えないが、現在は皇帝が来ている。
通常はこの会議に皇帝が顔を出さないが、より正確な情報を求めて参加している。
それがこの問題の大きさを物語っている。
「おお、陛下今こそ――」
中二階に向きを変えて叫んでいた男が唐突に倒れた。実に綺麗に、音もなく床に転がった。
「誰か医務室へ」
倒れた男は二人の軍人に両脇を抱えられて部屋の外へ出された。
「おい」
隣を見て小さくつぶやいたのは、コの字の中央にいる総白髪でくたびれた顔の中年男性。額から頭頂部まで禿げている。
軍務大臣であり参謀総長でもあるポウル・ホルスト元帥。
平民出身のたたき上げの優秀で堅実な軍人であり、それを広く国内に喧伝して平民出身の士官を増やす政策にも利用されている。
彼が実質的には帝国軍の最高指揮官である。
「少し寝れば落ち着きますよ。彼は仕事熱心過ぎていけませんな」
答えたのは隣に座るストレートの長い金髪で鋭い目つきをした細身で壮年の男。
心覚大臣のフィリ・キセン・スターデン。心覚大臣が長を務める心覚省は国内の魔法関係全般を司っている。
軍の中でも心覚軍は彼の管轄であり、本人も高位の超能力系魔法使いである。
「医務室に運んで寝ても起きてすぐに騒ぎよるだろう、神の啓示があったとでも言いだしそうだが」
さっき騒いでいたのは戦車兵出身の少将だ。
若い頃、未回収地での任務中に運悪く二回魔物に瀕死の重傷を負わされたが、神官の治療で回復した。
それから特別に信心深くなり、教会に入り浸るようになった。
森からやってくるものや、汚染された土地に湧く異形や悪魔に憑りつかれた機械などを目にすると、常軌を逸した信仰心を発揮するのが問題だがそれ以外は優秀な男だった。
「彼でなくても刺激的な映像です。教会に漏れないようにしたいですが」
「現地では既に噂になっておる。直に本土にも伝わろう。それの対処も面倒だ。色々とつまらぬ横槍が入るであろう」
「それはそれは。しかし予知能力者でなくとも何かが起きていると感じますな。少し面白くなりますか……」
「面白い事などあるものか、全ての計画書が白紙ではないか……この忙しい時に。神に祈って解決するならいくらでも祈るぞ、真に頭が痛いわ」
「閣下はそうでありましょう」
「そっちも駆り出されるぞ」
「本来、魔法戦とはお互いの腹を読みあう盤上遊戯のようなものであったといいますが、その技が失われ、心覚兵の多くは、自分が最も得意とする一撃を叩きこむことだけを考えている。報告書を読む限りでは、あそこに色々といるそうで。訓練に使えるかと」
スターデンは口前で組んだ手で口元を隠しながら言った。
「野生の魔物であれば良いが、悪魔の森東の国々の魔法使いの侵攻の可能性もある。その話は後でな」
「あれができる戦力があるならクロトア半島に投入しているのでは」
「まあ、そうよな。だが、東側は一枚岩ではないからな……おい! 説明を続けろ」
ホルストは出て行った軍人が帰ってきたのを見て、進行役へ声を張り上げた。モニターを操作していた軍人が説明を再開した。
帝国が基地の異常を認識したのはゾト・イーテ歴、三千十八年、十月十九日昼。
黒の荒野では自然現象である呪詛嵐と魔物によって頻繁に通信が妨害される。しかしそれは短期的で主に夜間だ。正午までに一切の通信が途絶した時点で異常事態と認定。
翌日、コモンテレイから強力な魔物との戦闘を前提とした部隊が基地に派遣された。問題無く午後二時に目的地へ到達。
部隊が見たのは基地のあるはずの場所に発生した異形の森だった。
異形の森の中を探索するが基地の所属者、死体、装備など発見できず。
探索の際、植物的な生物に攻撃を受け負傷者二十七、死者は無し。
内、植物の毒針による負傷者九名、いずれもポイズンポーションで回復。
奥に入るほど攻撃が苛烈なる傾向があり、調査は五十メートル入らずに断念。
さらに基地跡地から悪魔の森へと伸びる木の列を発見。こちらの木々は普通の木であったので基地探索を優先して放置される。
この段階で本国に連絡。コモンテレイからは調査用の学者や心覚兵を含んだ部隊が追加派遣されるが、これも標本を採取するに留まる。
追加調査で木々の列は悪魔の森まで続いていることが判明するが、悪魔の森内部の調査は見送られる。
次に本国から派遣された精兵と学者が、森の中を一通り調査するが、基地の痕跡はコンクリートと金属片と薬莢しか見つからなかった。
基地には思念が残されておらず、何があったかは完全に不明。
読心能力者が木々の性質を読もうとしたが、波長を合わせられなかった。
調査部隊は可能な限りの標本を採取して本国に帰還。分析に回された。
そして軍の生物研究所と魔法研究所の報告書が上がったのが昨日。
これまでに一月以上経過しているが、分かったのはあの森が混沌の性質を有することぐらいで、過去の記録にはあの植物群と類似する生命体、関連する魔法は確認できない。
「今後この現象を叢生と呼称する。森で観測した魔力パターンを記録している。各部隊にこれを配布するので、検知器に入力しておくように。この現象の発生を確認した場合、即時現場から退避せよ」
会議は結局、現段階では何が起きたのかは不明であるとの結論をもって終わった。役割としては僻地の異常を将校に伝達して注意を促しただけだ。
ただし基地以外でも異常が発生したのは明らか。なぜなら基地の外で任務に当たっていた部隊が複数存在するはずだが、全て行方不明だからだ。
この森は当面放置され、継続的に監視と調査が行われる。
軍本部の将校達はそれを当然と考える。
森への攻撃は危険であるというのは、将校であれば常識だからだ。
そしてここからが帝国にとって本番の会議である。
正式な会議は別にあるが、現在の帝国の最重要課題である軍事は窓の無い約五メートル四方の狭い部屋で決まる。
飾り気の無い部屋には正方形で側面に何かの装置が付いた机と、黒い革張りの椅子が四脚。
小さな四角い机に向かうのは四人。
ポウル・ホルストにフィリ・キセン・スターデン、新たにやって来たのが首相で財務大臣ゲオルト・キセン・ラッシャー。
丸眼鏡をかけ頭頂部にだけ残った白い頭髪が伸びて綿毛のようになっている面長の老人で、仕立ては良いが質素に見える落ち着いた服に身を包んでいる。
そして皇帝センシオン・コート・アリュートア・ルドトク。
頭髪は短めの黒髪で、灰色の目は複雑な輝きを宿している。
顔は日に焼けておらず白いが、頑丈で野性味のある面構えには肉食獣の獰猛さが潜む。
上品で重厚な赤のマントに鎧をかたどった模様の服は、遠目には鎧を着ているように見え、腰には儀礼剣として長剣を挿して、宝石の付いた指輪やブローチ、ブレスレットを身に着け、幾種もの輝きを放っているがこれらは全て実用的な魔法の道具である。
豪華な印象の中に武人の空気が漂っている。
その皇帝がまず口を開いた。
「会議は微かな混乱と呼べる状況であったな、脅威度が不明だからであろう。まずお前達の考えは?」




