現状
最適化されたシステム
ルキウスが生命の木を魔法で変形させ間取りを変えて新しく作った資料室では、壁、柱部分を直接変形させた棚が部屋のいたる所にある。
えぐり抜いたような穴が多くある壁、柱と一体化した棚には、この世界で得た新たな情報が記された紙が既に大量に保管されている。
部屋の隅では机に向かって四人が掛けている。
「では今回外で得られた成果を報告せよ」
ルキウスの声にソワラが反応する。
「では私が。現在までに吸血鬼狩りで七千八百万セメルの資金を得ました。その他、宝石・貴金属、魔道具等金銭価値のある物品を回収。ただしエフェゲーリ・メクレルはザメシハ嚆矢王国、スンディ魔術王国を中心にその周辺国を含め非常に広域に存在しすべての回収は不可能です。
また、組織の末端は吸血鬼の組織に属している認識はないと思われます。組織には一般的な商家まで含まれており、どこまであの組織と判断するべきか。得た情報はまだ整理中ですが、彼らはそこそこ物知りでした。犯罪のノウハウ、交易路、魔法技術、軍事情報、大戦以前の古い知識、一般に流通していない性質の情報を持っていました」
吸血鬼は捕縛困難だが吸血鬼に従う人間は別だ。前回、吸血鬼と行動を共にしていた人間を捕まえて、そこから情報を辿り組織を追っていた。
「あの組織の上層部が消えたことで、各国に一定の混乱が生じます。組織の情報は継ぎ接ぎですが、巨大です」
ヴァルファーが付け加えた。
「無理のない範囲で犯罪組織なら秘密裏に狩って金を確保せよ、判別がつかぬ組織は放置。計画はヴァルファーに任せる。ハンターの収入は個人としては莫大だが、組織運営には足りない。普通の木を巨木にしても三十万セメルぐらいだ。希少木なら二桁変わるが、不自然だからな」
三十万セメル――金貨なら三十枚は一流の職人の年収ぐらいだ。ハンターなら三ツ星が完全な仕事で損害を受けずにひたすら一年通して働けば可能だが、現実的ではない。四つ星の平均年収ぐらいだ。
コフテームなら十万セメルで一世帯が一年生活できる。つまりは、一億セメルで千世帯が一年暮らせるだけ。
以前は会社の取引金額を見てこれだけ有れば大金持ちと思ったものだが、組織運営側になって算盤を弾くと全然足りない。大きな動きはできない。
「わかりました、急ぎます。すぐに情報が古くなると考えられますので」
ヴァルファーは過労気味だが、ここは勝負所だと気合を入れて職務に当たっている。
「それに何度も遺跡を見つけるのも不自然だ。前回の遺跡での発掘品――つまり我が倉庫の肥やしの総額が一億四千七百万になったが、あれは緊急措置だ。ここの物資は減らしたくない、生産できる物はいいが」
「植物由来の品を販売するぐらいしかないかと」とヴァルファー。
「そうだな。情報の中にプレイヤーと確定した者はいないな、一人はいないとおかしいんだが」
「そうですね、しかし大戦前は千レベルの可能性が否定できない存在もあります」
「昔の情報は余裕ができれば追う、次は」
「次にアブラヘルの占いが凶だった理由が分かりました。あの吸血鬼達は呪詛を集めて返す魔術系魔法を修めていました。我々が知らない魔法で吸血鬼独自の技術のようです。もしアブラヘルが呪術を使っていれば致命的な反撃を受けていたかも知れません。ルキウス様も凶だったと聞いていますが?」
ソワラが書類に目を落として言った。
「私は神だ、不都合な出来事は一切なかった」
結果的には大戦果だったし間違っていない、ルキウスは自分に言い聞かせる。
「次に吸血鬼の数です。確認した吸血鬼貴族の数が少なくとも二十六、内、二十二は我々が討ちました。二は街を防衛していた兵士などの戦力が、残り二が現在まで不明です。我々を見た吸血鬼は取りこぼしていないはずですが、誰かの介入があったのはばれているでしょう」
「顔を見られていないならいい。突如現れた吸血鬼の群れにそれを迎撃した何か、人々の話題になっているだろうな」
その人々の騒めきも何かに繋がるかも知れないとルキウスは思う。
「それは未調査。そこの男はだいぶん目立っていましたが、全員に〔上位偽情報/グレーター・ディスインフォメイション〕を掛けてありました。これが抜かれた痕跡はなし」
ヴァルファーは何か思い出しうんざりした様子で答えた。
「あいつらはそれなりに手応えがあったぜ」
俎上に載ったゴンザエモンが机に上に身を乗り出して言った。
「なんでお前がいるんだ、ゴンザ。今後の方針を決めるための情報整理だぞ」
ルキウスはそう言ったが、近接戦闘ではこいつが一番だと認識している。話を聞く価値はあるので席に着くことを許していた。
「自分が一番吸血鬼を斬ったと言い張りまして」とヴァルファー。
「一番強かった敵、お前の見立てでは何レベルだ?」
「七百ぐれえはあったな」
「吸血鬼貴族なら夜でも六百ぐらいのはずだが?」
「身体能力はそれぐれえだったが、腕は良かった。楽しめるほどには」
「それも以前との変更点だな、個人差が大きい。全員がネームドか」
実在する個人なのだから、当然といえば当然だ。
「大将の相手はどうだったのか聞いてねえぜ」
「あの男は……そうだな。もし、互いの性質を知っていれば、本気で戦わなければならなかっただろう」
最初から弱点が知られていれば、火魔法を連発されて消し炭にされただろう。
「それは羨ましいぜ」
「魔法を使い始める前に距離を詰めなければ、お前には勝ち目がない。噛み合わんよ」
「魔法使いは駄目ってことだな」
ゴンザエモンが一人で頷き納得している。
「職業の性質の変化が大きいと感じた。以前の知識は当てにならない」
「遠目で見ておりましたが超神秘主義者としては異常な強さでした。あの職業は様々な技で器用に立ち回る感じであんな大火力ではなかった」
「彼らは本気で人類を立て直そうとしていました。吸血鬼の流儀で、ですが」とヴァルファー。
「実際にそれを可能にするだけの準備はあった。出会いようによっては組めた可能性もあったな。それを潰した以上、我々がこの世界を再生させる。お前たちもそう心得るように」
三人が深く頷く。
彼らの計画書を部分的に見たが、建国から近隣諸国の制圧まで緻密に計画されている。この計画書で周辺国の外交関係を理解できた。
なお分析はヴァルファーに投げた。ルキウスしかできない仕事が多いので仕方ない。汚染地の緑化と、独自の植物を生み出すのはほかに回せない仕事だ。
「なら早く世界征服しましょう。せめてこの大陸だけでもさっさと森にして、それから海は危険ですから全部埋めてしまいましょう」とソワラ
「帝国の常備軍だけで百二十万人。そうだな、ヴァルファー」
「はい」
「私と主力で一人十万だぞ、正面からでは厳しい」
「一気に奇襲すれば何とかなりそうな気もしますが」
「確かに我々が先手をとって、最大規模の軍基地に大魔法を使えば有利にはなる」
「これまでの情報では帝国はルキウス様の森に敵対的。あのような神に対して不遜な連中は許しがたいのです」
ソワラの整った顔には怒りが透けている。
「私としては、まだ情報不足で危険と。敵の最高戦力を直接観察したい」とヴァルファー。
「帝国本土はあまりに遠く森が少ない、帝国の言う未回収地、あの荒野もそうだ。戦うにしても気付かれない内に森を広げてからだ」
ルキウスはシュットーゼとの戦闘で情報の重要さを痛感した。もちろん、情報は重要と常識としては理解していたが、生死を明確に分けると肌で知った。
戦は帝国の情報を丸裸にしてからだ。
「実に忌々しい国です」
ソワラは
「ソワラ、戦いで私がやられて一番嫌なことはわかるか」
「火属性攻撃でしょうか?」
「もちろん火は苦手、だが、一番困るのは森そのものを削られることだ。最高装備で千レベルの手練れでも森に入る相手は殺せる、罠も使えるし」
「帝国の兵器でも森は焼ける」とヴァルファー。
「そう、総力で森を焼かれれば押し負ける。森を急激に増やせるのは私だけだ。情報は限界まで秘匿する」
「帝国の情報はマリナリの調査待ちです」
「その調査も僻地だけ。本土の情報が必要だ。まあ、やるべきと判断したらやる。今は帝国の政治状況が不明だ、技術水準はある程度わかったが……ヴァルファーが言うように最高戦力が不明。大きく動けん」
もっと根源的な、なぜ我々がここにいるかも知る必要があるが、と思いながらルキウスが言った。
もし人が大勢戦死するとプレイヤーが出てくるといった条件であれば、全面戦争中に帝国にプレイヤーが追加されるかもしれない。
ルキウスはここ最近少し落ち着いてから、プレイヤーが――自分がここに存在する理由と意味を考えてもみたが、皆目見当が付かなかった。意図が読めない。
サンプルが自分だけで推測するのは不可能だった。
「次に我らに足りないものは何か、ソワラ」
まだ帝国と争う気がないルキウスは話題を変えた。
「はい、アトラス金貨の入手手段がありません。魔法触媒を確保、優先して使用する必要があります」
「全員のインベントリにある分を合わせて金貨は十億枚ぐらいだったな。千レベルの蘇生には二百万以上必要だが」
「はい、触媒が必要な高位魔法で大量に消費しています。なおドニ・トニトレンの蘇生には約百二十万必要でした。ルキウス様の情報から推定するレベルは約三百、我々がレベル三百ですと十万に達していないので転生回数が多いと考えるべきだと思います」
「この世界にはアトラス金貨と同じ万能触媒があるが、実用には厳しい値段だ」
「我々側であれに近い物を開発できる可能性もあります」
「ターラレンの受け持ちだが彼は外に出る予定がある。魔法関係はそれが終わってからだな。次は?」
「次に上位金属の入手手段がありません。ここでは一般的に流通していないようです。精霊鉱が限度、これも安定供給されず。最高位の金属は合金ですから加工技術が無いのでしょう。さらに材料の魔物素材、上位の竜の心臓や上位魔獣の象徴的部位が手に入らない」
「採掘できる場所も無さそうだな。金属は……地道に遺跡でも掘る。この森だけでも大量に埋まっているはずだ」
「そうですね。あ! 報告書にない報告が一つ」
ソワラが何か思い出した。
「なんだ」
「昨日、ドニ・トニトレンの娘、モーニ・トニトレン二歳が転倒して大怪我しました。すぐに魔法で治療して事なきを得ました」
「それは大変だ、生命の木は子供には危険が多い、安全対策を考えなくては」
「それもありますが、彼女のは天与能力が原因だと推測されます」
「ん?」
思わぬ原因が出てきてルキウスが戸惑う。
「あの子は追跡系の天与能力を有しているようです。おそらく、追跡対象の能力に応じて敏捷力が加算されています、標準のウマ以上の速度で走って転倒したのです」
「それは危険だな」
「村では強い存在がなく、知れなかったのかと。自分から遠ざかる動きをする者は追跡対象とみなされているようです」
ヴァルファーが言った。
「天与能力、職業、スキルを鑑定する手段は確認できなかった。ギルドの書物では職業の性質を理解してそれに関係する経験を意識的に積むと職業のスキルが得られると説明されていたが」
「それだと知らない職業に成れないですね」
「本には最上級・最終職業はほぼなかった。特に魔法使い系は」
「それも研究が必要かと」
「仕事は減らんな。ふむ、まあ将来は優秀な追跡者になりそうだな」
ルキウスはゴールデンレトリバーのディッシュにしがみついていた子供の顔を思い浮かべた。
「己が鍛えようぞ」
ゴンザエモンが肩肘を突いて言った。
「余計なことはするな」「止めなさい」「刺しますよ」
「なんで止めるんだ大将まで、強いほうがいいだろう」
「ただでさえ危険が多いところに危険を追加するな」
「まったくだ。サンプルとしても貴重で、我々の知らないスキルの可能性が高い」
「今はどうしている?」
「現在は中型ペットを複数張り付けて対処しています」
「ペットたちにも仕事ができたか」
サンティーの友達以外の仕事をどうするかとルキウスは悩む。
「ペットたちも喜んでいます。特に犬、猫、魚類が」
「ペットは割と暇にしているが、人手不足は深刻ではないのか?」
「そうですね。緊急ではないですが、組織を運営できる人間と技術者を増やしたい。しかし難しい」とヴァルファーが言った。
「私はもっと組織を大きくしたい。我々だけで組織的な動きをするのは厳しい。これでは世界規模の活動は不可能だ」
「数を増やすにはさらってくるのが楽です」ソワラが言った。
「それは考えている」
これにはルキウスも同意する。こちらの立場を明かせないのでまずさらってくるのが手っ取り早い。生活水準が上がれば一般民衆は納得するだろう。特別敵対的な人間は始末するまでだ。
「マリナリからの情報ではコモンテレイほか、帝国東方の植民都市では貧民があふれかえっています。まとめて確保すればどうですか?」
「やれば本格的に目立つ。それに何万も一気に迎えるのは無理だし、貧民ばかり集めて使い物になるかは疑問だ。食料は作れるから養えるが、役には立たんだろう」
「今迎えるのは無理ですから。そんな大施設を作る暇がない」
ヴァルファーが少しばかり嫌そうな表情をした。
「わかっている。最初は秘密裏に少人数から、できれば何か才能のある者を集めたい」
「吸血鬼関係が終わったら準備を。マリナリに手頃な人間をリストアップさせます」
「後は死者の復活が一番しがらみがない。高コストだが、有能ならやってもよいだろう」
「そうですね」
「そうだ、この話に関係するが、いずれは出先機関を作りたい」
「出先機関?」
「生命の木は外部に晒せない。そもそも外部の者はここまで来れない。だから取引するための場所を作る。そこに連れてきた人間を住まわせよう」
「どのような意図ですか?」
ヴァルファーが興味深そうに尋ねた。
「森の外部との交易と生命の木の存在を隠す目的だ。交易は単純に金銭物資目的。可能ならそこから外部の勢力を取りこむ。そして森から出る不思議な物の出本はそこだと思ってもらう」
「つまりダミーと……その村は誰に任せるので? 位置は森の東側ですか?」
「カサンドラぐらいしか空いてない、防衛も兼ねて彼女を使う。位置は未定」
「ここの予知警戒がなくなりますが」
「許容する。ここの戦力は多い」
「わかりました。計画を作成します」
「ほかには……私がいない間の生命の木の様子はどうだった?」
「おおむね上手くいっています。農地の拡大と維持、薬品工房七棟建設、研究成果はお伝えしておりますね」
「薬品工房七棟も建てたのか?」
「残存は一棟です」
「壊れない強度にできないのか」
「それなりの強度の金属が必要ですのでルキウス様の許可を、と思いまして」
「必要なら許可する」
「ありがとうございます。ゴッツに建造させます」
「南西のハイペリオン村に異常はないな? 派遣したコココットは上手くやっているか?」
「問題ありません。村人はルキウス様に感謝しております。ただレイア・クローリンが怖いそうです」
「誰だ? ああ、アイアの母親か」
「たまに気配がなく後ろにいるとかで」
「それも何かの天与能力だろう。気にするなと言っておけ」
「あと父親のほうはいまだに警戒していると」
「最初に家を壊してしまったからな。上手く懐柔しろ、トラブルは望ましくない。せっかく好意的な印象を形成したのだ。アイアも何か天与能力がありそう、いや、誰でも何かしらあるか」
「外部から人員が確保できない場合、村の人間を教育して使うことも考えていただきたいのですが」
「それも考慮しよう、展開次第だな。次は?」
「これが最後です。マリナリによると、帝国本土で大規模な軍事行動の予兆アリとの事」
「直接聞いた。基地一個潰して、こっちで大きな反応なし。一月以上無反応なら、村の隠蔽は成功か?」
「本土の軍事行動のために後回しにしているとも。ここまで基地周りの調査のみ」
「なんにしても、いきなり森に総攻撃はしないだろう」
「そうですね。私は戦地と推定されるクロトア半島西部を偵察してまいります」
ヴァルファーが言った。
「そちらは任せる」




