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森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
1-4 最後の試験
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トーマ2

 命中した複数の矢は矢尻が見えなくなるぐらいに刺さっている。干からびた体から体液の流出は見られず、矢が刺さっている膝も動いている。


「召喚体か、もしくは人造、ゴーレムみたいなものか、神金オリハルコンよりは脆いようだが」


 骨船谷の弓は至近距離なら鋼鉄の全身鎧フルプレートを完全に貫通する威力がある。それが直撃して少し刺さった程度、これに驚きはない。

 目の前の異形はあのシュットーゼに関係する何か、この弓で奴が殺せるなら最初から刺し違えてでもやっている。奴が使うものならこれぐらいの力は当然。


 浮いている異形はガクガクとぎこちないが瞬間的には速い動きで細長い腕を振り上げた。そこに黒いもやが集まり黒い大鎌サイズが出現する。その体の長さと同じぐらいの柄と湾曲した刃の大鎌だ。

 トンムスはその間も射撃を行い、かわす素振りを見せない異形の額に直撃した。矢尻の先だけが辛うじて刺さっている。


「頭が硬い。あれが核か」


 頭部を破壊すれば恐らく無力化できる。通常射撃で傷がつく。勝てない相手ではない。

 さらに鳥のような頭部に〈貫通〉を使用した矢を射る。矢はさっきより深く刺さった。


 異形が両手で大鎌を掴んだ。そして前傾姿勢に移行した瞬間、砲弾が撃ち出されるように彼の正面へ飛来する。同時に、彼を叩き割ろうという勢いで振り下ろされる大鎌。


〈超反応〉

 素早さを瞬間的に大きく高めて動きを見切り、綺麗に紙一重に大鎌をかわして、小さな動きで即座に射る。矢は意図した通り後頭部に命中した。しかし――


「くがあぁあ」


 堪らず肺の奥からうめき声を吐き出した。異形が通り過ぎた側の腕、肩が内側からかき回され熱く冷たく痺れる、名状しがたい感覚。

 咄嗟に腕を確認するが異常は無い。腕も動く。


 かつて実態を持たない幽体アストラルの魔物、灰色で雫が滴る気体の姿をした灰汁悪霊グレイジアに、魂を穢すといわれる灰色の噴霧を受けた時の感覚に似ているがこれはより苛烈だ。魂を直接刈り取る攻撃、体に傷を負わずに死ぬ事になる。


 この敵は死に近い何かだと彼は判断した。あの鎌の周囲に魔法的な効果が発生しているはずだが、今はそれを見る手段が無い。

 どこまでかわせば良いのかわからない、距離を取るにも向こうは飛行していて圧倒的に速い。他に似たような遠距離攻撃手段があるかもしれない。最短で終わらせる。


 通り過ぎた異形が再び彼の方を向き、構えた。来る。長い腕が振り下ろす大鎌。


 彼が選んだのは砲弾のように向かって来る異形への最短距離での突貫。

 〈超反応〉、気を強く持ち、弓を構え前へ出ながら大鎌をギリギリですり抜け、迫る異形の正面に達した。


〈超強弓〉〈至近鳴弦〉


 弓の威力を強化し、至近距離だけで使える彼独自の戦技を使う。特殊な音波が防御力を減退させるものだ。

 甲高い弦の音と共に、顔に矢を押し付けるような距離で発射された矢は前の矢と同じ点を直撃、頭部は砕け散って大小の破片となった。

 仕留めた。しかし彼はそのまま異形の体と衝突、回転しながら弾き飛ばされ花壇を転がった。頭部を失った異形はそのまま飛行しながら塵になって消滅した。


「……こんな所で死ねるか」


 全身から脂汗を流し、体の内に響く聞いた事の無い大きな鼓動の中でトンムスは肩を押さえてフラフラと立ち上がった。

 立ち上がったが動けない。虫の音を聞きながら呼吸を整える。そして気づいた。

 あの異形と同じ気配が二つ、高速で接近している。


「二体だと、いやほかにもか」


 考える余裕もなく矢をつがえて的が見えた瞬間に放つ。狙いは最初からその鳥のような頭部。命中はしているがやはり止まらない。二つの影が並んで一直線に突き抜けた。


「ぐあ」


 どちらと衝突したのかもわからないが、彼は風に舞う木の葉のように飛んで、草地にドンと落下する。

 ふらついた体でかわせる速度ではなかった。意識が遠のいていく、これは死ぬ。おぼろげな思考は完全に消失した。


 体が揺れる刺激でトンムスは目が覚めた。目を開ければ眼前にあったのは大きな仮面、目が六つある。


「うおおおう」


 彼は物心付いて以来無かった絶叫をした。

 化け物だ、彼はそう直感して後ろへ逃れようとしたが化け物に背を抱えられているのであまり下がれなかった。


「おお!?」


 化け物が困惑した声を出した。少し下がって仮面以外も目に入った。

 ルキウス・フォレストだ、これはフォレストの仮面だ。


「フォレストさん?」

「割と元気そうですね、良かった。一式の回復魔法を使ったが。変な呪詛とか受けていないか?」

「大丈夫です。それよりも急がなくては。私はどのぐらい?」

「十秒も経っていない」

「十秒……敵は!?」


 完全に意識が覚醒した彼は、セイントが異形の一体を両断するのを見た。

 残り一体、そう思ったが、さらに一体いるのが見えた。三体来ていたらしい。


「あっちはすぐに終わる、任せておけ」

「どうにか一体倒したのですが、それ以上は手に負えませんでした」

「へえ、よく勝てましたね」




 ルキウスがこの場に到着したのは、トンムスがヴァンスに跳ね飛ばされた時だった。ヴァンスは彼よりかなり格上、死んだかと思ったが回復魔法を一式使ったら目を覚ました。


(攻撃能力に偏った死神系のヴァンス、召喚者によるが四百から七百レベルぐらいの強さだ。赤星の上位じゃないと一人では無理だと思うが)


「トンムスさんが中にいるハンターでいいのかな? この中の情報が欲しい」

「そうです。ここの中心部辺りに茫緑の業毒が二十人ほどいます」


 トンムスが斬られていくヴァンスを見ながら答えた。

 ヴァーラが突撃しながらの大鎌を盾で受け止めその勢いを殺し、大鎌を持つ腕を斬り飛ばし、間髪入れず頭部を突き抜いた。

 ヴァンスは即死攻撃に特化している。即死耐性があればさほど怖くは無い。


「そいつらは吸血鬼か?」

「それを疑った事もありますが確信は得られず、わかっているのは奴らの首領が上位の魔法を易々と使いこなす魔術師で、赤星クラスの強さがあることです。もしも奴が吸血鬼だとしたらどれほどの強さか想像もつかない。この〔次元半球/ディメンションドーム〕も……なんで中にいるんです!?」


 ルキウスが期待していた吸血鬼に関する情報は無いようだ。


「部分的に穴開けて入った」

「二人だけですか? 騎士に、ハンターは?」


「ハンターは途中で魔法を喰らって迷宮行き。ただの足止めだから危険はない、その内出てくるだろう。騎士は入っていない。その魔術師ってのは?」

「ドルケル・シュットーゼ、アカデミックガウンを着た線の細い男です。青い石の指輪、ガラドの雫により強化され、魔力と自己治癒能力を得ています、慎重で計算高く油断ならない」


「戦力はそいつだけ?」

「知る限りでは奴だけが突出している」トンムスが身を起こそうとする。「早く行かないと、シュットーゼが何をするつもりかはわかりませんが碌な事じゃない」

「目的が不明なのか?」

「目的はコフテームを害することで間違いない。その手段がわからない、遺跡にある何かを使うつもりです」


「遺跡?」

「庭園の真ん中に遺跡が。奴らの目的はその発掘品を用いてコフテームを害すること。その先も何かあるようですが」


 また遺跡かよ、とルキウスは思った。この前の自販機が頭をよぎる。


「なんであれ、悪しき者なら私が滅ぼしましょう」


 ヴァーラがヴァンスをすべて塵にしてこちらに歩いてきた。

 トンムスが体の様子を見ながら立ち上がった。


「私が案内します」

「トンムスさん、悪いが足手まといだ」ルキウスは庭園の中央方向を見据えている。「相手が高位の魔法を使うなら広範囲が戦場になる。我々二人で十分で、二人が最善だ。それに案内も不要。この距離で強烈な吸血鬼のオーラが見えている」


「吸血鬼ですか……確かに本人が吸血鬼でも、あるいは吸血鬼を手懐けていてもおかしくない奴です」

「その魔術師かどうか知らないが、街のとは別格、派手な戦いになる」


 ルキウスはトンムスにさよならの手を振る。


「……わかりました」


 トンムスは少し逡巡したが、ルキウスを見てなんらかを思うと、落ちていた骨船谷の弓を拾い庭園外側に向かった。


「我々は奥に向かう、急ごう」

「はっ」


 ヴァーラと移動を開始すると同時に、ルキウスは念話テレパシーを送る。


『メルメッチは彼を護衛せよ。ここから先はいい』

『あいよー』

『彼が余計なことをやりそうならこっそり寝かせておけ』

『あいあい』


 明るい声がルキウスの頭の中に響くと、おぼろげな気配が移動していった。

 そしてふたりは確実な足取りで前進する。

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