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森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
1-4 最後の試験
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伯爵

 車は門を潜ってすぐの場所で停車していた。

 ルキウスは車から降りて宮殿のように大きな伯爵邸を見上げた。

 外壁は赤を基調とした色鮮やかなタイル、屋根からは多くの小さな塔が突き出ており、塔の屋根は球に近いタマネギのような丸屋根、この屋根も色鮮やかでキノコの群落を思わせるような建物である。


「こっちです」


 トンムスの案内する方、正面玄関の横を抜けて建物と建物の間の狭い道を歩く。

 トンムスが正門から離れた建物のドアを開けて入って行く。この建物の上にも装飾性の強い丸屋根が載っていた。


「ここで待ちます、すぐだと思いますが」


 そう言ってトンムスは部屋内の長イスに座った。二人も横に座る。

 部屋の構造自体が塔をくり抜いたようになっていて、天井が非常に高く丸屋根の裏が見えている。そして部屋の真ん中に丸く区切られた場所があり、そこで炭がその内から染み出るような赤を宿して静かに燃えている。その上では天井の方から吊るされている金具に松明が固定され室内を照らしていた。長イスはそれを囲むように配置されている。


「囲炉裏?」


 ルキウスが確信のこもらぬ声を出した。


「訪問者に伯爵家の財力を示すものですね、貴重な木材、高級な炭をいくらでも使えると。フォレストさんは木に困らないでしょうが、外国の商人などは驚くものです。魔道具より平凡な木材の方が高い国もありますからね」

「ほう」


 ルキウスは自分の運んでくる大木の方が驚くだろうと対抗心を燃やした。


「この辺りの邸宅ではたまに見る造りですよ」


 ルキウスは部屋の隅、建物の内側で囲炉裏の火を受けてしっとりと輝くそれに目にとめた。円柱状で節のある太くて黒い物が継ぎ目のない石壁の中で柱になっていた。


「竹……黒晶竹こくしょうちく?」


 ルキウスの〈植物知識〉がそれを看破した。

 壁の中にあるのは全体が黒い結晶構造で成り立っている竹だった。火の揺らぎを受けて、黒い曲面に揺らめく輝きの川が現れては消える。


「よくご存じですね、鉄の斧で切り倒そうとすれば十年以上かかると言われる強度の黒晶竹、わざわざクロトア半島から輸入したそうですよ」

「私は知りませんでした」


 ヴァーラがそう言ったが、言った本人も知らない。アトラスにあっただろうか、植物素材は大抵覚えているはずだが記憶に無い。

 竹を柱に据えた石造りの建築物の中には囲炉裏、ルキウスからすると奇天烈な造りだが様々な理由が重なって生まれた建築様式なのだろう。

 そこから丁寧に部屋を観察する間もなく奥に進むドアが開いた。


「どうぞ、このまま真っすぐです」


 ドアから出てきた年老いた家人の男が言った。

 三人は立ち上がって家人の男に続いて細めの通路を歩く。

 ルキウスは進む通路に多くの薄いオーラが見えている、警備用の魔道具などが設置されているのだろう。

 家人の男が通路突き当りのドアを開けて三人は部屋に入る。


「こんばんは、私がセッター・レヌ・ギルヌーセン伯爵である。まあ気楽にやってくれ、仮面の方にお嬢さん、トンムスもな」


 小さな円卓の向こう側で立派なイスに深く掛けている男が良く通る声を発した。

 年の頃は四十、髪は赤茶色で立派なひげを蓄え剛健そうな顔、服装は簡単な刺繍の入った薄い黒のロングコートに黒いロングブーツ、コートの外に巻かれたベルトには長剣がある。

 その後ろには軽装の騎士が二人控えている。


「こんばんは、ルキウス・フォレストです」

「こんばんは、ヴァーラ・セイントです」

「さあ、掛けてくれ遠慮はいらない」

「失礼します」


 トンムスが円卓に着き、二人も座った。


「そもそも我が家は元々騎士爵、それが強情と言われるまでひたすらに森を切り開き魔物を討っていたら、いつの間にか伯爵になった、そんな家だ。だから君達と大差無い、むしろ君達あってのギルヌーセン伯爵家さ。それでだ、連絡してあるはずだが呼んだのは吸血鬼の正確な情報を掴むためだ、街のためにも協力してもらいたい」


 伯爵が明らかな世辞を絡めて親近感を演出しつつ本題に入った。


「もちろんです、あんなものがうろついていては鬱陶しいですから」


 ルキウスは少し迷ったが気楽にやれと言ってることだしと普通に答えた。これから先の事を考えれば特別貴族にへこへこする必要は無い、まだ星は少ないが既に実力は示している。

 強い奴が問答無用で偉いのがこの世界だ、それを理解できない相手と親しくなっても意味が無い。


「あれが鬱陶しいで済むとは噂通り豪気なのだな。まずあの事件の情報はこちらで制御したいので口裏を合わせてもらう。変な情報を流されると街が大混乱に陥るためだ。協力費ももちろん支払おう。ギルドの上には話を通しておくので心配いらぬ、バオカイにもだ」

「それは構いませんが、バオカイ?」

「タックさんですよ、受付の」


 横からトンムスが言った。


「ああ」

「彼は私の幼馴染だ、彼の父親は兵士だったがバオカイはハンターになった、今でも友人だ」

「なるほど」


 これでタックの態度の大きさの理由がわかった。領主と友人なら何の心配事も無いのだろう。


「戦闘の現場、職人街南の路上だな、そこから逃げた吸血鬼はいたか?」


 ルキウスはヴァーラを見た。


「あの現場から離れた邪気はありません、全て討ち滅ぼしています」


 彼女が自信を持って答える。


「だそうで」

「逃げ散った吸血鬼がいないなら朗報だ」


 伯爵は鷹揚に頷いた。


「それで吸血鬼の数と強さはどうだったかね?」

「明確な知性を持つタイプです。元がチンピラなせいか戦闘技術は低かったが、頭蓋が割れて死なないぐらいの頑丈さはありました。傷もすぐに治る。奴ら全体がそれぐらい、さらに一部は明確にそれより上、数は数えていないが百付近だと見ました」

「街に潜めるだけの知性がある自立した吸血鬼は、ハンターだと四つ星パーティで掛かる仕事だというが、全てがそのレベルだったのか?」


 伯爵が少し苦い顔をして聞いた。

 伯爵側で数は認識しているがその強さは未知数だったのだ。知性のある吸血鬼が百もいれば伝説に残るレベルの大組織である。それが自分の街に存在するとはとんでもない話だった。


「それがわんさかといましたよ、あの場を埋め尽くすほどには」


 やや間があって伯爵はトンムスをちらりと見た。それを受けて彼が言った。


「私は見ておりませんので、お二人に尋ねれば良いかと存じます」

「そうか」


 伯爵が納得して頷いた。


「それを二人だけで全滅させたと……」

「そうです。あいつらは――馬鹿でしたから」

「馬鹿とな?」

「単に成りたてだったのか、元が悪かったのか、まともに魔法を使えませんでした、奴らが持っている魔力を扱えればもっと危険だったでしょう。私は吸血鬼をよく知りませんが普通は時間が掛かって知性を持つに至るのでは? もしくは血族主が教育するのか」


 ルキウスはリラックスしてすらすらと話している。あの吸血鬼戦では設定していた《自然祭司/ドルイド》の力量の範囲内で戦いを終えた。隠す事柄は何も無い、遺跡の報告の時に神経を使ったのとは違う。

 ただし、吸血鬼の発生に違和感を持っているのは言わない、深く突っ込まれるのは困る、今回は伯爵が納得して終わればそれで良い。


「私の認識でもそうだ、低位の吸血鬼はむやみやたらに生き物を襲いその血をすする。そうしているうちに歳月を経て、格が上がり知性を持つと考えられている。血族主、吸血鬼社会の細部は謎に包まれている」

「そうですか。奴らは闘志はあったがそれだけです、もし奴らが戦闘のプロで狡猾に立ち回っていればもっと危険でした。普通の知性ある吸血鬼と一緒にはできないかと思います」

「なるほどな。しかし《自然祭司/ドルイド》なら街で力を発揮できないのではないか。植物を操るのだろう? よく勝てたな」

「街に被害が出るのを気にしなければ街でも十分戦えますよ、それに不死者なら回復魔法で済みますから被害は起きにくい」

「もし、血族主を嗅ぎ当てたなら討伐できるか?君達が相手にした吸血鬼の数段上になると推定される、場合によっては国家規模、つまりハンターなら赤五つ星クラスの仕事になる可能性も否定できない状況だが」

「私が本気で戦うと街に被害がでる可能性がありますが……」

「場合によってはそれでも構わん、一部の被害より全体の方が重要だ」


 伯爵は強く鋭い語気で言い切った。


「それなら討伐できるでしょう……どちらかと言うとセイントがメインで戦闘する事になると思いますが」

「確実に滅ぼします」


 ヴァーラが間髪入れずに言った。


「確かに街中ならそうであろうな」

「ええ、森の中に居れば私が対処しますが。どうも伯爵は吸血鬼に詳しい印象を受けますが、この辺りは元々吸血鬼が多いのですか?」

「この国の開拓初期には吸血鬼は多かったと聞く、曾祖父は常に吸血鬼に気をつけろと言っていた。統治が隅々まで行き届かず、森に入る人間が多かった時代は、奴らにとっては潜むにも狩りにも都合が良かったのだろう。しかし今では吸血鬼対策の魔道具が各町に配備され、街に潜む吸血鬼がよくとる行動などの知識も国中で共有されておる。そんな時にこの騒動だ。どこからやってきたのやら」


 そこからも話を続けてより細かい確認をしていった。最重要情報は奴らの血族主の有無と居場所、他に潜んでいるならそれはどこかということだったが、街に詳しくない二人には答えようが無かった。


「最後に尋ねたい、何かあれば直接依頼しても構わないかね? 吸血鬼以外でも含めて」

「もちろん歓迎しますよ、払いが良ければより歓迎しますが」

「敵が非常に強力であってもか?」

「相手が何でも構いませんよ、私に敵はいません」

「くく、それは大きく出たものだが……そうか、それならいずれ依頼させてもらおう。この件でもまた呼ぶ事があるかもしれないがその時は協力を頼みたい」

「もちろんです」


 トンムスはまだ話があるのでと残り、二人は先に帰路についた。

 二人が退出すると早々に伯爵は尋ねた。


「彼の信頼度はどの程度だ、トンムス」


 ルキウスとの会話中比較的柔和だった伯爵の顔はやや真剣なものに変化している。


「全体としては信用できると思います。フォレスト氏が《自然祭司/ドルイド》であるのも間違いありません、森で能力を散々見ていますから。つまり中立、悪ではありません、個人的な印象でもそうです」

「過激派でもないな、木を伐っておる。出自がちと不明過ぎるが、情報を集めても東で目撃例が無い。いきなりここに現れたようだ、そこが気にかかる。かなり目立つ二人だが……」

「だとしても他国の諜報員ではないでしょう。派手すぎますよ」


 トンムスが苦笑いして言った。


「それはそうだ。あの巨大な仮面でよく戦えるものだ」

「フォレスト氏の力量は確実に赤星以上に達しています、赤星にもなると特殊な装備が多いものです」

「お嬢さんの方はどうか? かなり若く見えたが」

「セイント氏に関しては回復魔法を使っています。信仰に忠実で悪しき者ではないと断言できますし、身体能力も極めて高い、こちらも赤星以上かと」

「信仰も様々だがな、自称善良な宗教狂いは本当に手に負えん、聖印は鎧の中か、確認できなかったな」

「偉大な緑神との表現しか聞いておりません」

「緑神な。自然系の神格は山ほどある。どれのことやら、特定は困難だ」


 伯爵は取り出した紙束を見ながら続ける。


「調査結果を見ても二人の関係性が良くわからんな、フォレストの方が上に見えたが、やはり何かの思想集団か、小集団は道端の石ころと同じぐらいそこらに転がっておる。腕利きのハンターが突如現れる場合、大抵何かの小集団に所属している」

「確かに。しかし何かに勧誘された人間は確認していませんが」

「コフテームに友好的な相手だと確定できれば後は何でも構わんのだがな、犯罪者でも悪魔でも領地の役に立ってくれればそれで良い」

「セイント氏はよく孤児などを助けていると聞いています、ハンター以外の部分でも役に立っていますよ」

「孤児か、春に孤児院を増設したばかりだがまだ足りんのか?」


 伯爵はコフテームの状況を熟慮してため息をついた。


「街に入る人間が多いですからね、私も全てのハンターを認識していません」

「ここ二十年で劇的に人口が増えたな、領主としては喜ぶべきだが、そのせいで吸血鬼にも紛れ込まれたか、先ほどの情報からしても強力な血族主が街中、あるいは近辺にいる可能性が高い」


 伯爵が一考して続けた。


「今コフテームの四つ星以上のパーティーは何組だ?」

「三十組無いぐらいかと」

「他からも応援を呼んだ方が良いな、全くもって足りん。また同じ数の吸血鬼が発生したら、騎士と兵とハンター総出で掛かる必要がある。何よりあの二人の所在を押さえておかなくてはならぬ」

「そうですね。しかし、厄介なタイミングで厄介な事になりました」

「そうだな。後は……普段通りに頼むぞ」

「無論心得ております、では私も失礼します」

「うむ」


 トンムスは立ち上がり部屋を後にした。

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