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森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
1-4 最後の試験
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自動車

 普段より一層静まったコフテームの夜、宿屋の前に立つルキウスとヴァーラ。宿は初日に泊まった安宿から高めの大きな宿に変わっている。

 道側を見ている二人の目の前に、優雅で白い箱馬車のような車両が静かに止まった。


「見た目はほぼ馬車だな」

「そうですね、工業的な感じはしません」


 白い箱馬車のような車両は自動車、前部の御者席にはハンドルと操作ペダルがあり、馬はいない。車体には凝った技巧で精緻な立体的装飾が張り巡らされている。

 ルキウスには中から漏れ出る魔力が見えている、内燃機関、電動ではなさそうだ。

 自動車のドアが中から開き、トンムスが出てきた。


「お待たせしました」

「闇夜には派手な乗り物だ、誰も見てはいないだろうが」

「人目が無い方が良いですからね、フォレストさんも人が少ない方が良いと言ったのでこの時間です、さあ乗ってください」


 ルキウスは頭を大きく下げてドアを潜り車に乗り込む、ヴァーラも続く。

 杖とヴァーラの兜は亜空間袋に入れてある。外で完全に兜を脱いでいるのは初めてだ、普段なら前部分を上げるだけ。後ろでお団子にした黒髪と丸く黒い瞳が露出している。一種の完璧な造形は夜ですら際立っている。


 御者の男がそれを数秒目で追ったがプロ意識の高さによるものかすぐに前だけを見た。

 車中は乗員四人の対面座席、そこに三人が座った。

 トンムスがドアを閉めて、二人いる御者に指示を出すと車がゆっくり静かに動き出す。


「ここのところ、街のどこにいても商人が群がってくる。あいつらは笑顔でも目の奥が笑ってないから恐ろしい。取引をする相手を選定する必要はある、それを考えると憂鬱でね」


 車体に対して大きめ窓からルキウスは外を眺めてため息をついた。

 ウリコを生命の木の外に投入するタイミングかと少し考えたが無理だと判断した。

 出自不明で魔族ナイトメアで一騎当千の若い女商人、大々的に商売をするには悪目立ちしている。現地の商人を使った方が良い、そこから人脈も増えるだろう、一応は商社マンの端くれだ、面倒でも自分の仕事をしないといけない。


「それは大変ですね、その仮面をとっても……変わらないでしょうね、多分」

「これは目立たないように隠密用の仮面を用意しないといけない」

「仮面は着けるんですね……」

「しかしこんな物がわざわざ迎えに来るとは、それにトンムスさんまで」


 ルキウスが車内を観察しながら言った。


「本人を知っているのが私しかいないですから。それに元々伯爵邸の人の出入りは隠すものです。特に今回だとギルドに話を通さずにハンターを呼ぶ形ですからね」

「吸血鬼はそこまで大事か?」

「それはそうでしょう。それが無かったとしても伯爵は市井の動向を常に知りたがっていますし、優れた兵、家臣を求めています、一方でそっち側にいきたいハンターも多い。私はそこの仲介をしています」

「それはおいしい所を押さえてますね」

「ふっ、まあそうですね、どっちにも顔が利きます。その分、まずい人間は紹介できない。何かあればフォレストさんも当てにしてもらって構いませんよ」


 トンムスは軽く笑ってルキウスの仮面を改めて見た、どう考えても不審人物だ。


「それは高くつきそうだ」

「二人には世話になっていますし何も取りませんよ。それに世話をさせてもらった方の価値が上がる場合もあります。これまで他の国でも赤星級のハンターを見てきましたがなるべくしてなる人は最初から突き抜けている、二人もそっち側でしょう」


 ルキウスが話を聞きながら外を見ていると、指が窓ガラスにズブズブめり込んだ。表面が微かに波打っている


「なんだこれ?」


 ルキウスは窓を突き破ったかと思いすぐに引き抜く、窓に異常はなかった。


「錬金水ガラスですね、初めてですか」


 窓に目をやってトンムスが言う。


「知らないな」

「確かにそう見る物でもないでしょう。ああ、それに魔法は使わないでくださいね、術が解けると液体に戻って流れてしまうので」

「これだとなんでも素通りするのでは」

「外からの物は硬化して中に入れません」

「へー……中から外には出ると? 戦闘用かな?」

「一応、中から外に攻撃はできます。でも戦場に行くような物ではないですよ。鉄より弱いですし」

「非常時用って事ね、なんとなく高そうな感じ」

「それなり値段だと思いますが、ギルヌーセン伯爵家は裕福ですからね。国の建国初期から最奥部の開拓に入って、順調に土地を拡大して今に至ります」


 生命の木の窓にいいかもしれない、それに強度を上げられれば罠にも使えそうだ。

 ルキウスはそんな事を窓をかき混ぜながら考えていた。

 ヴァーラも窓に興味を示し、窓をつついている。


「私は二人のおかげで助かりましたが、内では死人が出たので、ここ数日そっちの処理をしていました。死んだ場合の取り決めもありますから、リーダーとしてやらねばならぬ仕事です」


 トンムスがしっかりとルキウスとヴァーラを見て言った。


「……そうですか」

「それは御立派です」


 ヴァーラが労をねぎらうような笑顔で言った。


「ドニは妻子がいますから、フォレストさんに買って頂いたこの間の遺跡の分など、彼とレニの取り分を家に届けようとしたのです。かなりの額ですから生活には困らないだろうと思っていたのですが……」


 トンムスは少し言葉に詰まった。


「何か?」


 ルキウスがトンムスの顔を見て尋ねた。


「家は火事で焼けていました、一体何が燃えたのか妻子の死体は消し炭のようだったそうです。……夫の死亡を伝えずに済みましたが、これは何なんでしょうね、どう考えればいいのか。良かったのか、悪かったのかも私にはわかりません」

「それは……死後、皆で楽しい所に行って愉快に暮らしているんですよ。そうだ、そう思えば良いと思いますよ」


 ルキウスは少し悩んでからそう言った。


「フォレストさんはそういう宗教観ですか? 死後の仮説は山ほどありますよね、どこか、山、島、空の上だのに行くとか、様々な道のりを経て再びそこから帰ってくるとか、塩の砂漠や骨の流れる川を越えなければならないのは何の神だったかな。ドニは旅の神でしたから、死後の旅でしょうか」

「そうではないですが、こんな時ぐらい楽園の類があることにしても良いと思いますよ」

「そうです、きっと皆で幸せに暮らしているに違いありません」


 ヴァーラは身を乗り出して自信を持って強く言った。


「そうですか、なら私もそう思うことにします、重ね重ねありがとうございます、どうも嫌な事が続くもので、こうなるとまだ嫌な事が続くように思える」

「それは少し気が滅入っているだけですよ。きっとじきに良くなります」


 ヴァーラがさらに前に出て言った。


 ルキウスは死後の世界は無いと思っている。これはサプライズ協会御用達の統一的全宇宙観に属する宗教観の一種。統一的全宇宙観と言うと大層な物に聞こえるが、中身は単純、科学的な事実を根底にした価値観全てを指す言葉だ。


 この価値観内では宗教も科学的な理屈が必要になる。いきなり神が世界を作った、は完全に失格だ。ただし、未知の領域はいくらであるのでどうとでも理屈付けができる。

 最終的に発展した現在の科学技術でも観測できぬ宇宙の果てに神がいるとか天国があると言っても良い、観測できない霊体の存在を主張して良い。ただし明らかに科学的見地から外れてはならない。

 それだとあまり変わらないと思うかも知れない、実際、宗教の教義は大筋では変化しなかった。それでも一種の統一ルールが生まれた影響は大きかった。


 旧世界において聖典の改変は禁忌であり、その運用は解釈の変更で行われていた。

 科学の発展に応じて頻繁に聖典自体が更新されるようになったのだ。このせいで再構築後の聖職者は少なからず科学者の性質を帯びていた。

 結果、ありとあらゆる思想がわずかにだが歩み寄った、それだけ争いの危険は大きく低下した。それが再構築後の世界の普通だった。


 ルキウスはその中でもゆるやかな物理円環論者。

 生と死に本質的な差は無い、全ての存在は物質的に連続している。そんな考えを持っている。だから生と死にさほど頓着しせず天国も地獄も無い、何かを殺す事も本質的には禁忌ではない。

 ある意味、自然の神格に相応しい思想を持っていた。


「それより原因の吸血鬼の話も聞いておきたいのですが、相当に犠牲者も出たらしいですし、伯爵に話す事になりますが漏れがあると良くないので先に確認を」


 トンムスが意識的に話の調子を切り替えた。

 ルキウスが窓から眺めていた街並みにも人は少ない、まだ宵の口だから普段なら酒場などに出入りする人間も多い時間だが、吸血鬼用の装備を整えたハンターに神殿から派遣された神官などしかいない。


「犠牲者いたの? そりゃまあ、あれだけいればいるだろうな」

「あれだけというと?」

「百いるかどうかぐらいかな」

「え? そんなにですか? 精々十人ぐらいでは? ギルド情報では複数の吸血鬼と犠牲者が大勢発見されたとなっています、それも二人が発見者では?」

「犠牲者? 吸血鬼しかあの広場にはいなかったぞ、なあセイント」

「そうですね、あそこには吸血鬼の死体しかないはずです、何人かは焼いてしまいましたが」

「おかしいな、こっちの情報と違いますね」

「いや百ぐらいはいたぞ、死体見ればわかるだろう、戦闘中だから牙を伸ばしていたはずだ、死んだら引っ込むのか?」

「私も吸血鬼には詳しくないのでちょっと……」

「とにかく数はそれぐらいだ」

「なるほど、それはわかりました……それでどれぐらいの強さ、質でした?」


 トンムスが宙を見て思案しながら尋ねた。


「まあまあ、強かったぞ大剣の男」

「ドン・ダンですね、実力は確実に赤一つ星以上だと言われていました。吸血鬼になって死ぬとはね」

「へえ」


 ルキウスが気の無い返事をした。


「彼らはかなりの武闘派でこの街では大きなやくざ者の集団でした、腕利きとされているのが何人かいたはずです」

「いたか?」


 ルキウスがヴァーラの方を見て言う。


「全部斬りました」

「だそうだ。我々はどっちも回復魔法使えるから、不死者の相手は得意なんだ」

「私の頭に浮かぶ得意、と違うレベルなのはわかりました」


 トンムスが明らかに納得していない様子で言った。


「しかしギルド情報と合わないのですが、ちょっとずれが大きすぎる、何でここまで」

「ギルドへの報告は適当だからな」

「……実際はどのぐらいの戦力と見たので?」

「上手くやればこの街滅ぼせるぐらいかなあ、多分」


 ルキウスは気楽な感じで言った。


「それを過少報告したんですか!? 私は吸血鬼は十人いないと思っていましたよ」

「そう言われてもこっちは二つ星、いや明日で三ツ星だったな、とにかく三ツ星ハンターで勝てる程度の脅威と説明するしかないだろう、道端で遭遇した国家規模の災厄を討伐しましたと言っても胡散臭いだけだ、元がただのごろつきだし」


 ルキウスはつまらない面倒が大嫌いである。


「確かにそうですね、そして二人はそれ相手に損害無しと、余計に怪しい」

「損害といえば、運んでいた木が血まみれになってそれを置いて帰ったら、翌日商会の人に怒られたぐらいのものだ、吸血鬼の血だと言ったら、じゃあそれを売りにして売り出そうって言ってたから問題は無かった」

「それは商魂たくましいことで、ギルドには具体的にはなんと報告したので?」

「あの受付の暑苦しいおっさんの相手を長々するのが嫌なので控えめに言っておいた。吸血鬼ってのは名前の通ったのじゃないとあんまり金にならないようだし、強さを説明するのが難しいから、セイントが一人で滅ぼせる程度の数と質と説明しておいた、嘘ではない」


「それは大分実態と違った理解になりそうですね、警備兵、つまり伯爵側が死体を回収してますから数は認識しているでしょう。大騒ぎになるのでギルドに連絡しなかったと。なるほど、それは当然呼び出すでしょうね」

「だろうな、何かあるだろうと思っていた」

「あと、有名でなくても安くはないはずですよ、二人には安いかもしれませんが」

「木より吸血鬼の方が格段に安かったぞ」

「……フォレストさんの木が特別に大きいからでしょう、普通あの大きさの木は数十人の仕事ですし、これはタックさんにも言っておかないと」

「言わなくいいって、また面倒は御免被る。長々とおっさんの相手はしたくない」

「あの人は良い人ですよ、確実です」


 ヴァーラが口を挟んだ。


「セイントの判断基準は善悪しかないのか? あれは暑苦しくて面倒なんだよ」

「善良であることは重要ですからね」


 ヴァーラの前では常に善行を積まないとすぐに機嫌が悪くなる。

 ルキウスに文句を言う事は無い、あからさまに口数が減る、只々静かになっていく。

 彼女の無口化を防ぐには行き倒れを助け、恵まれない子供に小銭をやり、ありとあらゆる争い事を仲裁せねばならない。このままではルキウスも聖人になってしまいそうだ。


 ルキウスがそれを思い出している間に自動車は高級住宅街に入った、全体的に石造りで高くがっしりとした建物が並ぶ緩やかな坂を上がっていく。

 吸血鬼騒動のせいだろう、鎧を着こんだ完全武装の騎士が数組、道を巡回している。


「しかし本当にこの格好でいいのか? 領主に会うのに」

「細かいことを気にする人ではないので、多分喜ぶかと」

「しかも夜間とは珍しいのでは」

「吸血鬼の襲撃を警戒して夜は寝ないと言いだしてますから丁度良いでしょう」


 少し笑ってトンムスが言った。


「そこまで警戒するもので?」

「普通はやらないと思いますが勢いで行動する人なので」


 そんなことを話していると車が停止した。


「着いたようですね、では降りましょう」


 トンムスがドアを開けた。

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