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森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
1-4 最後の試験
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茫緑の業毒

 コフテームのある白い二階建て建築、木造構造の上に白い漆喰を塗った内外壁で構成されたこの街の一般的な中流住宅だ。ただし、少しばかり裏口が多い。

 この家は秘密結社【茫緑の業毒】の隠れ家の一つ。


 その一室で男がイスに座り机に向かっている。机の上は紙で一杯だが乱れてはいない。紙と紙の間はきっちりとくっつき、角が揃えられてパズルのように並べられている

 机の上に広げられている紙の一枚は印の付けられた地図だ。男はそれを見ていた。


 イスに座った男が、部屋に入る唯一のドアのほうを振り返った

 ドアを開けたのは黒いローブのフードの男、黒髪は乱れ無精髭が生えている。

 座った男は甲高い声で言った。


「久しいな、ラワト氏。直接会うのはどれぐらいかね?」


 部屋に入ってきた男は骨船谷の弓のリーダー、トンムス・ラワトだった。


「三年ほどでしょう、大魔術師アークウィザードシュットーゼ」


 ドルケル・シュットーゼ、明るい茶色の頭髪は七三に分けられ整った口髭を生やした青い目の男。神経質な事務員のような顔だがはっきりと笑顔を浮かべている。服装は黒を基調としたアカデミックガウン。


「吾輩はいつだって元気だとも、吾輩は君らのおかげで研究に集中していられる。君は流石にお疲れかね、副業が多いのは大変だねえ」


 シュットーゼは明るく軽い調子で話す。


「ハンターの方のパーティーで人が死にましてね、どうでいい連中ですがハンターらしく対処しないと不自然ですから、まったくこんな時に死ぬとは迷惑な連中です」


「おお、君の仕事はいつも確実だ、最後まで手を抜かない、素晴らしいよ。だが我慢ももうすぐ終わり、素晴らしい時代がやってくる。あの遺跡に強大な魔道兵器が眠っているのさ。手始めにここで暴れさせよう」

「それは実に素晴らしい。楽しみですね」


 トンムスは深い笑みを浮かべる。


「しかし、君の所で死人が出たというのは初めて聞いた気がするな」

「件の遺跡に生きた罠がありましてね。それを馬鹿が踏んでしまった」

「それは難儀なことだ」


 シュットーゼは大げさに手を振り上げた。


「それで調査は終わったのですか? こっちは苦労して伯爵の所に潜り込んで警備システムを調べたんですよ」

「もちろんだともラワト氏、遺跡の入口位置は割り出してある。だがまだ準備が必要だ。スコップでチマチマ掘り返すわけにはいかんのだからね。一気に遺跡に到達するための術式を組んで魔道具を設置しておく必要がある。今はそいつの計算をやっている、計算と設置に数日掛かる」


「そうですか、そういえば吸血鬼の話は知っていますか」

「どの吸血鬼だね?」


 シュットーゼは興味深そうに聞き返した。


「職人街の話です。あそこで昨晩いくらか吸血鬼が出て、討伐されたとか」

「へえ、そいつは物騒な話だね」

「犠牲者らしい人々も大勢出まして。結構な騒ぎになってますが、興味あります?」

「もちろんあるとも、計画に差支えがあっては困る」

「あそこで大勢の警備兵が動員されて、他の地区では警備が減るかと思います。住民にも相当な緊張感が漂っている。隣人が吸血鬼かもしれないのですから」

「それはいい話だ、動きやすくなる。ほかに変わった事は無いかね?」


 シュットーゼは興奮して、イスをガタガタ揺らした。


「すでに連絡していますが、発見された遺跡に興味は無いのですか? ギルドからくすねた目録も送ったはずですが」


「なぜかというとだー、あの遺跡は我々に有意義じゃない。どうも科学的な武器が多い、あんな目立つ物はポイッだ。そして脈絡の無い魔道具群に貴金属か。なんの建物だったのかねえ、統一感の無さは個人宅のようだが、武器が多いとなると犯罪組織の隠れ家だったのかねえ。ははは、まるで我々のようじゃないか」

 

 シュットーゼは軽く笑った。そして窓の外を見つめた。遠くで動いている灯りは、灯り持ちだ。それ以外の光は、建物のはざまから漏れる弱いものだけだ。


「外に何か?」


 トンムスも外を見る。


「ここの夜は暗ーい。ザメシハ最大規模の都市だというのに、街灯があるのは要所だけだ」

「大きくとも急増な場所が多い。王都のようにはいかない」


「吾輩は、きらびやかな夜がいい。大戦前の都市は、昼も夜もなく盛んに人々が通りを行き交い、文明の頂上で踊っていた。物理的にも高く城のようだったし、それも魔道光で妖しく光って、夜を彩った」

「そんな明るければ、吸血鬼だって気軽には出ないでしょうね」


「くくく、予定どおり赤星のハンターはこの街にはいないのだね? ラワト氏」

「ええ、依頼で赤二つ星の【石山才腕】は遠方に行ったきりです」

「そいつは実に結構だ」

「警備兵が散っているのはいいですが、夜に実行するなら、件の吸血鬼と鉢合わせる可能性もありますが」

「この部屋に来るまでに見ただろう? 多少は戦える者を連れてきた。それに何より、吾輩は魔術師だ。吸血鬼程度に遅れはとらん」


 シュットーゼは左手に着けている大きな青い玉が収まった指輪を強調した。魔力を大きく強化し魔法の発動速度を上げ治癒能力まで付加する前時代の遺産。彼はこのガラドの雫は一国より遙かに価値がある宝物だと、普段から組織内でふれまわっている


「そうですね、しかし用心を。私はこれで失礼します、長居はよろしくない」

「ああ、ではまたラワト氏。久しぶりに会えて良かったよ」

「では」


 トンムスは一言を残し、機敏な足取りで部屋から出て行った。


 【茫緑の業毒】は約百五十年前のクリルエンの緑禍をきっかけに誕生した組織だ。

 開拓都市クリルエンを建造中に悪魔の森から魔物の大群が押し寄せ、クリルエン以外も含んだ多くの都市が壊滅した事件、クリルエンの緑禍。


 この事件以降、各国の民衆の中で開拓政策に反発する動きが生まれ、そういった人々は連帯して領主に対抗するようになった、これが【茫緑の業毒】の原型。

 しかし統率者が無く自然発生的に誕生したこの組織は、横のつながりが緩やかで広範囲に渡って存在するために統一された教えが無く、組織の質が当初とは変質していた。


 緑に触れる事を危険視して触れる者を攻撃する禁忌派、緑を敵視してことごとく世界から滅ぼそうとする殲滅派、緑を崇拝し生贄を捧げたりしてその恵みを得ようとする崇拝派、現在はこの過激な行動をする三派が主流になっている

 もはやこの組織の共通思想は緑、特に悪魔の森を特別視していることぐらいしかない。


 この状態はルドトク帝国が悪魔の森に向ける態度と似ていた。どうしようもない未知の脅威に直面した時、人々が取る態度は似たようなものなのかもしれない。

 開拓村など狙って襲撃したりする【茫緑の業毒】は、悪魔の森に面した国々では危険組織として警戒されている。

 ドルケル・シュットーゼが率いるこの集団は禁忌派になる。目的はコフテームの破壊。


 シュットーゼが何かに気づきふと横を見た。

 窓の窓枠の上に白猫がいた。その赤みを帯びた黄色い目がシュットーゼを見据える。


「やあ、いつもどおりの登場だね、コウリル氏」

「遅いぞ、シュットーゼ。ここは大丈夫なんだろうな?」


 猫が、苛立った鋭い女の声を発し、部屋を見回した。


「この部屋は色々と仕掛けている。外には何も漏れないし情報も残らん。遅れたのはちょっとばかり寄り道する所があってな、くくく、心配召されるな結果は約束されている。吉報をお届けしようじゃないか」


「年月と予算が掛かっている。陛下の期待は大きい、失敗は許されん。お前が【茫緑の業毒】は使えると言い出しての計画だ。忘れていないだろうな?」

「わかっているわかっている」


 シュットーゼは半笑いで軽く手を振った。


「本当にわかっているのか! コフテームを潰せるかどうかが国の行く末を決する。これ以上ザメシハを増長させてはならない、嚆矢の先をへし折って全体を破たんさせるのだ」

「わかっていると言ってるだろう。これ以上どんな回答をお望みなのかね? さっぱり駄目そうだと答えて見せようかね?」


 白猫は威嚇するような顔で少し黙ると話を変えた。


「さっきのが使っているハンターか?」

「いかにも、ラワト氏は優秀だよ。堅実な仕事でギルヌーセン伯爵の近くまで潜り込んでくれた。そのおかげで探していた遺跡の正確な位置がわかった。なんせ伯爵の庭園内だ。むやみに掘り返す訳にもいかない、はっはっは」


「愚かなことだ。【茫緑の業毒】に入るような奴は何も考えてはいない」

「くははは、そうだね。恨みがあれば人は見えるものも見えなくなる。ラワト氏は魔物のせいで滅んだ開拓村唯一の生き残りだ、ザメシハの開拓政策を憎んでいるのさ」


「魔術師でもない者が危険な森に手を出せばそうなるのは当然だろう。そもそも開拓が上手く行っている事自体がおかしいのだ。この街以外も勝手に大失敗して無くなるだろう」

「我が国のようにかい?」


 シュットーゼは皮肉めいた口ぶりで言った。


「私は報告のために本国に一旦戻る。お前のせいで予定が変わった。この姿で随分と街を歩き回る羽目になったんだぞ」


 白猫は、にやけた彼の言う事を無視して不満をあらわにした。


「もっとゆっくりしていってくれて構わないのだよ、コウリル氏」

「ゆっくりなどしていられるか! しっかりやれ、お前とて三塔の魔術師、少しはその自覚を持て」

「はいはいはい、楽しみに待っていてくれたまえ」


 シュットーゼは調子を崩さずに答えた。

 白猫はシュットーゼを一瞥すると窓枠から飛び降りて消えた。

 シュットーゼはゆっくりと立ち上がり、白猫が出た窓から外を眺めた。窓から普段と何も変わらないのコフテームの街並みと生活する人々の往来が見えている。


「ふっ、実に予定どおり、吾輩の仕事も中々のものじゃあないか」


 一人部屋に残った彼はまたイスに掛けて、指からガラドの雫を外した。そして指輪の青い玉を顔の前で回転させて見つめた。

 青い玉を見つめる表情には、様々な感情が含まれているように見えた。


「くくく、五百年か……長かったな。あと少しだあと少し、用心しないとな」

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