黒獅子将軍3
(こいつら何考えて堂々と出てきた? 軍総出で討伐しに来るぞ。それにヴァーラの回復魔法を見ているなら〔聖騎士/パラディン〕系だとわかるだろうに。聖騎士にとって不死者は獲物、おまけに実際は〔聖人/セイント〕、あれより吸血鬼の相手が得意なのは〔吸血鬼狩人/ヴァンパイアハンター〕に〔吸血鬼殺し/ヴァンパイアスレイヤー〕の特化系ぐらい。勝てる目算があるなら街を制圧できる戦力があることになるが、群生相というには少ない)
彼は引っ掛かるものを感じながら群れの外に飛び出し、さらに迫る吸血鬼の波を全速で横切る。そこから一瞬で直角に曲がり、波に突入、障害物を殴り飛ばし進む。
今度は目標がある。ルキウスが巨大な杖を両手で持ち右下にタメを作り構えた。
右下から左上へと敵を巻き込みながら跳ね上がる杖と振り下ろされた大剣が激突した。杖と大剣がお互いに弾かれる。
「さっきのはお前だな」
「そうだ」
重い声が帰ってきた。
吸血鬼の群れの中から現れたのは戦士。バケツを被って目の部分に穴をあけたような大兜を被り、着ている鎧――金属や革の札を紐でつなぎ合わせて作る札鎧――は金属製、二メートル近い大剣は長さの割に薄い。
ルキウスと同じぐらいの体格、大兜の穴からやはり深紅の瞳が覗く。
「がははは、俺様がドン・ダンだぜ」
豪快に笑ったドンが再び大剣を両手で振り回す。
「知らんな」
向かってくる大剣を杖で迎撃する。再びぶつかる杖と大剣は互いに止まった。
力は五分五分、ルキウスが全力で杖を振り回せば質量で打ち勝つ。しかし、ブドウのツルが後方の敵に突きを放っているが牽制程度にしかなっていない。彼は組み付きにくる敵を殴り、蹴とばし、投げ、かわしながら戦っている。
ルキウスは周囲の敵を巻き込むように杖を振って戦う。鋼鉄をねじ曲げる吸血鬼の怪力だが、ルキウスはそれを完全に上回る。多少触れられても強引に引きはがし、わずかでも距離を作る。
彼から余裕が消えている。あの大剣をまともに受ければそれなりのダメージを受ける。視界内に捉えておかないと後ろから斬られる可能性がある。
「やるじゃねえか、その風体、調子に乗った新人だと思ったが」
「誰だか知らんがさっさと退治してやろう」
ルキウスがドンとの間にできた距離を利用して瞬時に加速、低く跳躍、他の敵を完全に無視して大兜目がけて横からのフルスイング。吸血鬼たちの頭の上をかすめる軌道で大質量が駆け抜ける。
響く金属の破壊音。
ルキウス本気の一撃、それをドンは身を後ろにそらしながら大剣の根元で受け、後ろに弾き飛ばされて倒れる。戦い慣れたドンは勢いを殺してなんとか防いだ。
「てめえ……こいつは神銀だぞ」
起き上がったドンの大剣は、根元が犬に齧られたように欠け少し曲がった。
対するルキウスは回避行動を停止したせいで、右腕に一人がっちりとしがみつかれてしまった。深紅の瞳が顔のすぐ近くで凝視してくる。
「安い神銀だ」
今のヴァーラの装備はすべてが最高級の神銀、多重に魔法で強化された結果、中位の装備でありながら高位の性能を有している。それと比べればドンの大剣は平凡だった。
「なんでできていやがるその杖」
「お前の頭を潰すのに適した木材だ」
ルキウスは減らず口をたたきながらドンの剣を杖で受け流した。
右手には一人しがみついたまま、その一人の体にさらに二人がしがみつき、それにさらにしがみつこうと敵が集まってくる。右手を振り回すが取れない。
(札鎧なら衝撃は通るが中身は吸血鬼だし、ヴァーラは……まだかかるか。これはやむなしかな)
ルキウスは力加減の訓練だけは徹底的にしてきた。そのためにゴンザエモンとの斬り合いも相当やった。リアルな現象をゲーム時代と同じ数値で捉えられるようにするためだ。どれぐらいの速さが敏捷力五百相当だとか、腕力五百だとどれぐらいの破壊を生み出すかとかを調べ尽くした。
だから今の自分がどれぐらいの攻撃力を発揮しているかは正確に認識している。
周囲の吸血鬼は人間の戦士換算で四百レベルぐらいに感じる。装備が貧相で脅威はないが、強さにあった装備なら危険な数。
そして目の前のドンは戦士換算で五百レベルを超えている。
中位で最高水準の装備、つまりヴァーラのような装備であれば、今のルキウスを超える白兵戦能力になる。
そのドンは曲がった大剣を気に掛けず、相変わらず全力で斬りこんでくる。
ルキウスは右手を振り上げ、右手に付いた吸血鬼の塊を盾にした。
しかし大剣は止まらない、吸血鬼が二人両断され血しぶきが散った。おかげで少し軽くなったが、足を緩めていたせいで敵の密度が高まり抜けられそうにない。
「仲間もお構いなしか」
ルキウスが言った。
「俺様は雇われてるだけだ、仲間なんていねえ」
「お前たちみたいなのは人生で一回ぐらいは大自然に感謝すべきだと思うね」
「横ががら空きだぜ」「何だこのツルは!」「一気にやるぜえ」
周囲から一斉に深紅の瞳が群がる。ドンが剣を振る前方は流石に空いていた。
吸血は接触して生命力を吸収する〈エナジードレイン〉を使っているがルキウスには効かない。
「自然の恵みだ〔おもちゃの太陽/サンオブトイ〕」
熱を感じさせる金と赤の輝き、日の暮れた街の片隅に太陽が出現した。
豆粒ほどの太陽、照らすのは限られた空間。ルキウスの近辺は快晴、少し離れた場所は光度が変わり曇り空ぐらい、その外側にはまったく光がない。
ルキウスの直上一メートルに位置する太陽は彼の動きに合わせて、飛んで追随する。
彼にまとわりつく冷えた圧力が弱まる。
弱まった周囲の圧力を無視、彼は舌打ちしてドンへと強引に踏み込み杖を振る。
吸血鬼は弱体化してはいるようだが、日光によるダメージがない。
中位吸血鬼以上は日光による大きなペナルティーを受けながらも日中活動できる、それより下だと日光でダメージを受ける。
命知らず過ぎる無茶な突撃から低位吸血鬼が混じっているかと思われたがルキウスの目論見は外れた、肌が焼かれている吸血鬼は見当たらない。
「〈大打倒〉」
周りが騒がしいがドンの声がはっきりと聞き取れた。
(戦技!)
重い一撃、だがルキウスの腕力なら受けられる。杖と大剣が衝突した。
「うおっ」
ルキウスは驚きの声を出した。
杖が当たり負けしていないにもかかわらず、足に相当な重さを感じ、後ろへと引っ張られる感覚があった。
(相手の態勢を崩す戦技、こんな感覚か)
ルキウスは堪らず片膝を突いた。弱体化しているものの大勢の敵が群がる。数え切れない手がルキウスを掴み、さらに掴んでいる者の上に次々の吸血鬼が乗っかる。
「立たせるなあああ!」
「うおおおぉぉ」
これではまともに身動きできない。
「仕方ない。〔集団軽傷治療/マスキュアライトウーンズ〕」
吸血鬼に埋もれたルキウスを中心とした範囲に回復魔法が発動する。
「回復魔法がなんになる」
「ひゃはは、もう治療は間に合ってるぜ……ぎゃあー」
ルキウスにワラワラと群がっていた吸血鬼が急に声をあげ悶え苦しむ。
「不死者になった自覚がないのか馬鹿どもが」
ルキウスが呆れながら吐き捨てた。
信仰魔法の回復は正のエネルギーによる、当然吸血鬼にダメージを与える。
弱体化し焼かれる者を容易に振りほどき、この好機に厄介なドンへ向かった。
ルキウスがやむなく魔法を解禁した頃、ヴァーラは順調に敵の数を減らしていた。
彼女を囲む吸血鬼は半数以下になって囲みに隙間が多くなり、彼女は大分自由に動けるようになっていた。
「偉大なる神よ、今日は実によい日です。良き者が増えただけでなく、悪しき者をこんなに減らせるなんて。ああ、これで世界が綺麗になります」
彼女は陶酔しながら剣を振る。
その前に白髪の年が行った男が出てきた、最初に何か言っていた男だ。深紅の瞳は血走りさらに赤く見え、両脇を短剣を持った二人に守られている。
「調子に乗ってやがるなあ、だがここまでだぜ鎧野郎。俺達は世界を獲るぜ。全世界が吸血鬼に支配されるのさ。国になるんだこの黒獅――」
「滅する」
彼女は白髪の男の喋りを無視して前に出る。両脇の男が即座に反応した。その速度は他の吸血鬼と比較にならないほどに早い、二人は風を切り短剣が鎧の関節部に迫る。
「はあっ」
ヴァーラが掛け声、同時に正のエネルギーが放射された。
正のエネルギーの壁に衝突した二人は飛ばないように耐えたが、動きが停止した瞬間、彼女は一振りで短剣の二人の首を落とし、前へ直線に駆け白髪の男の心臓を突いた。
「お前も正のエネルギーで焼けているはずだが?」
ルキウスの疑問を含んだ声。
ドンはルキウスが打ち込んだ杖を横に流すように弾いていた。
「はははは、俺様はなあ、信仰魔法が特別効きにくい体質なのよ。おかげでパーティーの〔僧侶/クレリック〕ともめてぶっ殺しちまってハンターは廃業だ。だがわかったぜ、この忌々しい天与能力はこの時のためにあった! 俺様の時代がやってきたあ!!」
ルキウスは定期的に〔集団軽傷治療/マスキュアライトウーンズ〕を使って、周囲を牽制して戦技を警戒しながらドンと打ち合う。ドンだけが元気だ。低位の魔法をほとんど無効化している可能性があった。
「吸血鬼になったおかげで肩の古傷も治ったんだぜ、お前もどうだ?」
ドンが楽しそうに言う。
「遠慮しておく」
「つまらん奴だぜ」
「そうかい、大抵変わっていると言われるけどな」
続く打ち合い、大兜と鎧のせいかあまり太陽も効いていない。ドンはその技量と戦技で腕力に勝るルキウス相手でも五分五分に戦う。周囲の邪魔が減り、ルキウスの全力攻撃が増えたが大振りの攻撃はまともに当たらない。ドンは戦技で瞬間的に速度や威力を増すがルキウスの地力で受けきれる範囲だ。
急にドンが少し態勢を崩した。ヴァーラが放出したエネルギーの衝撃を少し受けたのだ。その機を逃さず大きく踏み込み前へ出る。そこにドンが強引に振った大剣がくる。
ルキウスは杖で大剣を受けるようにみせて、受けずに杖を手放した。身を低くして大剣を潜り接近、露出している手首の部分を掴んだ、そしてすぐに魔法を発動。
「〔致命傷治療/キュアクリティカルウーンズ〕」
「ぐおおおああああ」
正のエネルギーを直接注ぎ込む。ドンは絶叫、両膝を突き、ゆっくりと前へ倒れた。大剣が投げ出されて物悲しい金属音が響いた。
中位の魔法は効果があった。おそらく低位の魔法を大きく減退させる能力なのだろう。
「馬鹿な……俺に、信仰魔法は」
「完全に効かないわけではないだろう」
「こんな、威力は……」
「お前のパーティーの奴は腕が悪かったのさ」
「それ、は、ころ……てよかっ……」
言葉は途絶え、ドンの体から完全に力が抜けた。
兜の下の顔はどうなっているかわからないが気配は感じられない。滅んだとルキウスは判断した。
ルキウスの周囲にはまだ大勢の敵が残っている、しかしもういい、ヴァーラが走ってくるのが見えた。
輝く長剣が暗闇を切り裂く。
吸血鬼退治が終わり、おびただしい量の死体が転がる。その中に立つ二人。
ルキウスが周囲の気配を探る。派手に騒いだせいで辺りの人が出てきている。小さな太陽は消え暗いので見えてはいないだろう。誰も近づきはしない、トラブルに首を突っ込めば命がすぐに無くなる世界だ。
「セイント、まだ周囲に邪気はあるか?」
ルキウスは自分の体から引っこ抜いたブドウに実った果実を食べながら言った。
「不死者のような邪悪な者は感じません」
「……そうか」
「最初にいた親分っぽい奴、何か言っていたか?」
「特別なことは何も」
「強かったか?」
「いいえ、取るに足らない悪でしたよ」
「……やつら正常に見えたか?」
「普通に話していました」
「こっちも話してはいたが……」
ヴァーラは特に何も気にしていない。
ルキウスは吸血鬼が強すぎると思っていた、同時に行動がおかしいとも。
元々、奴らの力はアトラスのレベルで評価するなら、二百以下だと思っていた。魔物と人間種は基本的に別システムだが、それでも設定上吸血鬼化すると総合レベルは低下するはず。だというのに人間のレベルに吸血鬼のレベルを上乗せしたような強さになっていた。
この世界とアトラスで大きくルールが違う可能性を彼は疑う。
行動も不自然、やたらと攻撃的で訓練されたように命を惜しまず突撃してきた。
吸血鬼は精神系の完全耐性を有する、ゆえに操れない。吸血鬼になった万能感で高揚しただけか、ルキウスも神になった時にやらかしている。血族主なら意志に干渉できる可能性があるが、この中に血族主がいたのかどうかもわからない。
吸血鬼には特殊な状態異常の狂乱があるが、あれにしては冷静過ぎる。狂乱状態の吸血鬼は獣と差がなく言葉は通じない。
吸血鬼は人種と同じく多才、吸血鬼騎士、吸血鬼魔術師など膨大な吸血鬼種の魔物が存在する。ただし、性質は基本的に悪、性質が善、中立に限定される職業はない。
連中は吸血鬼悪漢といったところか、大量に道に転がり正確に数える気にもならないそれらは、元が日焼けしていたせいか色黒で吸血鬼にありがちな蒼白な肌ではない。
最初に叩きのめして十日経っていない、色々と計算が合わない。
彼がよく知る魔物種は獣、鳥、植物、その他森・密林に出現する魔物種、森に吸血鬼種の魔物はほとんどいない。
ただし彼は推理クエストをやっているプレイヤー。吸血鬼捜しは推理クエストの定番であり、犯人のダミーとして吸血鬼が混じることもある。
クエストによっては吸血鬼の社会構造の理解が必要で、偽装された薬品の取引記録から錬金人造血液の材料を探し、気長に張り込み取引担当者を特定して、尾行から下っ端の吸血鬼を捕捉して、そこから地道に組織をたどっていく調査を行う、そんな面倒をこなしたりする。
吸血鬼の派閥も色々だ、貴族的な階級礼式を重視する集団、背徳的集団もあれば科学的集団もあり、世捨て人的な放浪者もいる。それらの様々な吸血鬼が関係するクエストをこなしてきた。だから彼はそれなりにアトラスでの吸血鬼を知っている。
実に多種多様な吸血鬼だがアトラスでは十一の階位に大別される。
最上位の刻印は吸血せず、眷属を造らない、太陽のペナルティも無い、一般的な吸血鬼と質が異なる。一般的な吸血鬼のイメージなのは刻印の一段下の吸血鬼起源から。
最下位の屍鬼は見た目が茶色く干からびた人間のようで、口には鋭い牙が生えそろいった化け物で知性はない。奴らは雑兵だ。他の下位吸血鬼も行動や知性が人間と異なる、人間的に見えるのは中位からだ。
今回相手にしたのは知性がある中位以上、ドン・ダンは高位、貴族でもおかしくない。
中位の眷属を作れるのは貴族からで一日に一体、王族なら三体。高位を作れるのは君主からで一体、中位なら五体。つまりルキウスの知識では、貴族・王族級が複数いないと短期間でこんなに中位吸血鬼は増えない。
夜なら貴族級一体でこの街が滅ぼせてもおかしくない。高速治癒があるので攻撃力が足りないと滅ぼせないからだ。さらに魔術やスキルで逃げることに長けている。しかし、そんな存在がゴロゴロ転がっているとは考えにくい。
ルキウスの見立てでは、国総がかりで君主級を討伐できるか怪しい。
ルキウスはそれらの上位存在を戦闘中、最優先で警戒していた。
彼のローブの内側には大量の道具がある。呪詛に対抗する扶桑の葉や絶対正義印、魔法による監視を検出するミスラの瞳、他に様々な用途の品々、牢武石、道人のお守り、鬱々たる決意、赤生黒玉、神鹿の直感、ヤドリギの偽足、反感の天使、勝鬨殺し、半減雑報等々だ。
それらの道具を起動して遠距離からの攻撃、監視がないか調べていた。
不自然な強さの敵、何者かが強さを測るために差し向けたのかと、ルキウスは疑うが監視されてはいない。ミスラの瞳に反応がなく、自身の感覚でも引っかからない。
よくわからない状況だ。
偶発的に発生するには不自然な吸血鬼、しかしそれ以上は何も起きない。
ルキウスは周囲を見回し、もうここで得られる情報は無いと判断した。
「で? こいつらは何だったけな」
「申し訳ありません、私もわかりません」
「ギルドに報告する時困るな、まっ、何とかなるだろう」
「そうです、何とかなります」
「吸血鬼は討伐対象だ、いくらかになるだろう、ついでここの吸血鬼についてもギルドで調べておくべきだ」
「それは私がやっておきます、一応は専門ですから」
「ああそうだな任せる、しかし木が血まみれになってしまったな」
ルキウスは放置されていた大木に近づいてた。相当に重そうだ。
(魔力がほぼなくなってしまった。浮かせるのは無理だな。課金アイテムを使うか、しかし数に限りがあるし)
ルキウスは残った枝の根元を掴み、持ち上げようと試みた。かなりの重量だが引きずることはできそうだ。
「どうしたのですか?」
「セイント、吸血鬼が再びということもある。だから大木を背負って鍛練しようと思うのだ。さらに強くなれる可能性はゼロではない。色々と試さなくては」
それらしく言ってみたが仮面の下の表情は機嫌をうかがうような感じだ。
「おお、なんと偉大な……か弱き民草のためにそこまで。全くその通りです、私もお供致します」
ヴァーラは涙を堪えているようだ。
この子は詐欺とかに遭わないように気をつける必要があるな、とルキウスは思った。
二人は身体強化魔法を使ってどうにか大木を下から持ち上げて背負い運びきった。